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獣の烙印  作者: 日野枝 弥
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第弐拾壱話 ソバ屋にて

 天壱(てんいつ)は賑やかな界隈(かいわい)を、なにか考え込むようにして歩いていた。


(あまり気乗りはしないが……傍にいないと危険だな)


 先ほどの香頭羅(かずら)といい、好戦的な妖鬼はいるものだ。警護するなら一人でも多い方がいい。正直、代償を背負った自分が傍にいるのはツライものがある、が……。


 天壱は着物の(たもと)を引っ張られた気がした。見ると結子が肩で息をしている。

「結子……屋敷に戻らなかったのか?」

「もう少し江渡見物しようかなって」

 天壱が見た限り結子は一人のようだった。

 香頭羅が立ち去った後、気をきかせた万里たちは一足先(ひとあしさき)に屋敷へと帰ったのだ。

 天壱はまいったな、と頭を掻いた。

 妖鬼に襲われたばかりだというのに、一人歩かせるわけにはいかないだろう……つまりは、警護をまかされてしまったということだ。



 結子は少し前をゆったりと歩く男の横顔をそっと見上げた。


(そういえば……助けてもらったお礼も、お魚のお礼も言ってなかった)


 今、彼の隣にいることが信じられなくて、自然と結子の顔は笑ってしまう。

 やっと……やっと彼に会えたのだ。

「あ、あの……」

「ん? 腹でも減ったか」

 こちらを見下ろす視線は、先ほどまでとうってかわって柔和だった。口調も穏やかなので、なんだかわけもなくドキドキしてしまう。

「さっきも、その前もだけど……助けてくれてありがとう。あと、お魚も美味しかった」

 天壱は一瞬、面食らった顔をした。それからすぐに背を向けて歩き始める。

 微かに赤くなった首筋を、照れたように掻いている。

「……ソバでも食うか」

「うん」



 通りはかわらず賑やかなので、人込みにはぐれそうになると結子は天壱の袂をつかんだ。

 人間の女に注がれる好奇の視線を気にしてか、天壱は結子の手を強く握りしめる。


(危なくて離せない───いや、俺が離れたくないだけか……?)


 天壱は、隣に並ぶ少女に歩調をあわせる。

 握った手は思ったより頼りなく小さい。幼い頃はよくこうして歩いたものだ。

 ふと昔を思い出して彼は頬を(ゆる)めた。

「少し寄り道してもいいか?」

「いいけど、何処に行くの?」

()(そで)を買ってやる。小間物屋(こまものや)に行ってみるか」

 誰が袖──と聞いて、結子の心はズキンと痛んだ。

 白蓮が天壱は愛する人にもらった匂い袋をもっていると教えてくれた。

 この世界では、香を贈ることに特別な意味でもあるのだろうか。



(どうして私に……? みんなに贈っているとか)


 天壱と同じような甘い香りを漂わせる──匂い袋。

 買ってもらったのはよいが、天壱もまた結子の知らない人からもらったモノを持っているのかと思うと、心中は複雑だ。

 それが顔に出てしまったのかもしれない。


 そばを食べていると、食べ終わった天壱が、向かいで険のある目つきをしていた。

 二人が入ったそば屋は、畳に座卓と、どこか日本を思わせる造りをしている。

「あまり嬉しくないみたいだな……」

「そ、そんなことないよ。ありがとう大切にするね」

 これみよがしにため息をつかれて、結子もムッとしてしまう。

「なんでため息をつくわけ?」

「別に」

 結子はソバをすすりながら、向かいの男をねめつける。

「おい、汁とばすなよ」

駒屋(こまや)

「は?」

「駒屋に行きたい。駒屋に連れてって」

 そうだ。駒屋だ。天壱と(ねんご)ろになった人がいるはずだ。

 一度、天壱の恋人を見てみたい、と結子は真剣に思った。

「な、なんでまた……誰に聞いた?」

 動揺を抑えるように天壱は茶をすすった。

 思いきり目が()わっている───可愛い顔が台無しじゃねぇか、と彼は心中でボヤく。

「白蓮と左近に聞いた」

「ジジイとウツケか……。で、俺がなんだって?」

「屋敷に帰ってないから、女の所に泊まってるって。こ、駒屋で…駒屋で…駒屋」

「オイオイ、あまり駒屋、駒屋って連発するなよ」

 呪文のように駒屋と騒ぐのには、天壱も焦った。

 駒屋に泊まっていることは事実だが、結子のこの様子だと何か誤解されている。

 白蓮たちに余計なことを吹き込まれたらしい。

「わかった。食ったら連れて行ってやる」

 結子は肯定されたような気がして、今度は泣きたくなった。


(どんな人なんだろう……天壱の恋人……彼に誰が袖を贈ったヒト)


 結子と天壱の視点がゴチャになって読みずらいかもしれません。

 でも、ずっと結子視点だとつまらないかなぁと思いまして。(ちょっと言い訳)

 

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