第弐拾話 天壱、一本釣り
皆の目が眩んだ隙をついて、結子の身体が何かに強く引き上げられた。
「!?」
やがて誰かに抱きとられる感覚、そして甘い芳香……。
以前にも似たようなことがあったのだ。
(これって、まさか……)
目を見開いた結子は、男の腕の中にいた。
相変わらず彼は菅笠をかぶり、釣竿を下げている。
「お姫様を渡してもらおうか」
「そいつは無理だ。結子は渡せない───絶対に渡さない」
長屋の屋根の上、天壱は結子を横抱きにしたまま、険のある目つきで妖鬼を見下ろしていた。
使役符たちは香頭羅の拘束を解いて、天壱の傍へと引き下がる。
使役符が着物の襟から釣り針をはずしてくれた。またしても──釣られたのだ。
助けてくれるのはありがたいが、その方法が毎回、一本釣りだと文句も言いたくなる。
「……もう少しマシな助け方できないわけ?」
「助けてやったんだ、文句を言うな」
「私は鰹じゃないんだからねっ」
結子はテレビで鰹の一本釣りを見たことがある。
「あたり前だろーが!! 初鰹はカミさんを質に入れてもいいってくらいの高級魚だぞ!!」
「初鰹〜っ!?」
「鰹は俺にだって滅多に釣れない。それに……川魚の方が釣りやすい」
「その言い方って、所詮は川魚だって言われているみたいな気がする――っ」
「んなこたぁ、言ってねーだろッ」
一方は抱き上げたまま…もう一方は抱えられたまま…互いに罵り合う姿は実に奇妙だ。
天壱は結子を下ろすと、しかめ面をした。その視線は一点に注がれている。
「すまねぇ……もっと早く助けるべきだった」
骨張った指先が、首筋をいたわる様にそっと触れた。
「……え?」
首にクッキリと赤紫の手形がついている。香頭羅につけられたものだ。
「───やってくれるじゃねぇか」
天壱は冷たい笑みを浮かべて釣竿を手放すと、妖鬼の前へと降り立った。
香頭羅が見せつけるように手首の宝玉を握りつぶすと、ただの硝子玉は砕け散った。
「俺の擬態はどうだった? なかなか似ていただろう」
「……尾行させていたな」
「ああ、お姫様との出会いあたりからね。ククッ……お前は楽しめそうだ」
天壱が鞘から二本の刀を抜いた。そのとき。
「行けえーっ、夜叉丸!!」
上空からうねるように伸びきった刀が、香頭羅へと襲いかかった。
彼もまた輪状になった二本の刀で撥ね返す。
「起爆符!」
続けて放たれた護符を避けると、妖鬼が叫んだ。
「チッ、次から次へと……何者だ!?」
左近に続いて、万里と白蓮も駆けつけたらしい。四人の男が妖鬼と対峙する。
「暁が巫女、結衣姫さまをお守りする守護四家が白蓮」
「同じく万里。積年の恨み晴らすため、あの世より舞い戻りました」
「同じく天壱。みすみす妖王の生け贄にさせたりしねぇ」
「覚悟しておけよ、俺は左近だ」
香頭羅は四人の顔を眺め渡して、嘲笑した。
「守護四家……そうか……お前達の顔。覚えているぞ」
およそ百年前。
暁城を攻めた妖を梃子摺らせた集団がいた。
たかが人間と侮るなかれ。
彼らは予想以上の抵抗をみせたあげく、壮絶な最期を遂げたのだ。
雑魚だと思っていたのに、意表をつかれた記憶がある。
(それらの名は《守護四家》───玄間・竜崎・百鬼・雀居だったか……)
香頭羅が長屋の上の結子を見た。それに気づいた日天と月天が背後に庇う。
「最高だな、こんなにおもしろい余興はない。妖王はお急ぎのようだが、もう少し遊んでやるのも悪くない。また会おう、お姫様」
「逃がさねぇ」
二刀をかまえた天壱は、香頭羅のもとへと超人的な跳躍を見せた。
電光石火の攻撃が、妖鬼をわずかに怯ませ、その頬に赤い流線を描く。
「くそッ、この次会うときが、お姫様を失う時だ」
天壱に続いて左近たちが攻撃に加わろうとしたので、香頭羅は悔しげな表情を見せた後、つむじ風を巻き起こして消え失せた。
なんだこのサブタイトルと思った、そこのあなたっ!! 私も同感でありますっ!
慌てて考えたらなんだか妙なタイトルになりました。次回は結子と天壱のデートをお送りする予定でありますっ! (ビシッと敬礼・もはや意味不明)




