第弐話 コスプレイヤー現る?
その瞬間───すべての御札が破けると同時に燃え尽きた。
バンッ、と扉が開き、もの凄い突風と眩しい光に目がくらむ。
風と閃光が消え失せてから、シャラン…と何かが音をたてた。
(しゃらん…?)
しゃがみこんでいた少女は手首にはめられたモノに驚いた。
それは金色に輝く腕輪。特別な細工は施されていないが、その腕輪にはさらに四個もの銀色の腕輪が絡み合うようにしてついている。
四個の腕輪には、紅、青、黄、翠色とそれぞれ石がはめこまれていた。
「なっ…、なんなのっ、ぬ、抜けないっ」
正直いって重いしダサい。まさに知恵の輪状態。結子はなかば躍起になって外そうとした。
「嘘でしょ!? 取れない――っ」
「こっちだ! やっぱりこの間の女だっ」
「男はなしか…」
一難も去らないうちに、災難は立て続けにやってきた。不良どもが追いついたらしい。
(洒落にならない…こんなものつけたまま拳を振るうなんて…ッ!)
それでも売られた喧嘩を買う気は満々だ。互いに睨みあっていると、なんとも間の抜けた声がした。
「見〜つけた。ありゃ? 姫さんと一緒ってことは、道が開いたのかよ」
石段から現れたのは例の猿まわしだった。
「左近、心配しましたよ」
「大方、見当はずれの場所に飛ばされたのだろう? チビは外見だけでなく中身も幼稚だからのぅ」
さらに背後から知らない男の声がして振り返ると、そこには二人の青年がいた。
「うるせー、チビって言うなっ! クソじじい!!」
「わしをジジイと呼ぶなら、同じ年月を生きておるお主も、似たようなもんじゃろが」
不良たちはあんぐりと口を開けたまま固まっている。
結子も思わず脳内でシャウトした。
(変なのがいる…!! 変なのがいるぅ───!!)
木杖を手にし、琵琶を背に担いだ着流し姿の男。それに金剛杖ではなく錫杖をもった白装束の…山伏ぃ?
二人の男は、猿まわしとは知り合いらしい。
新手の変質者? それとも斬新な衣装を見て欲しかったコスプレマニアか!?
どうやって背後にまわったのかと結子は怯えた。本殿への道は石階段しかないからだ。
「これは私の宝玉ですから、いただきますね」
二人のうち白装束の山伏男が前にでて跪き、結子の腕輪に触れると黄玉のついた輪がスルリとはずれた。
(えぇっ!?)
「わしのも貰いますぞ」
続いて琵琶をかついだ男が、なぜかビクビクしながら翠玉のついた腕輪に触れるとまた同様にあっさりとはずれてしまった。
あの知恵の輪状態は一体、何だったのかと結子は唸る。
二人が手首に腕輪をはめると、黄玉と翠玉はそれぞれが淡い光を放って、文字のような繊細な彫刻が浮かび上がった。
「勝手に御前に罷りでることお許しください。我らの名は───」
「おいっ、てめェらその女の連れか! だったら痛い目みるぜっ」
「そのアマには散々世話になったから、たっぷり礼をしないと気がすまねえんだよ!!」
不良どもが思い出したように息巻いている。
(今さら…そんなこと言われても困るし)
別に世話をしたわけじゃないと、結子は激しく遠い目をしていた。
八人の不良とコスプレイヤーが二名…。プラスご友人の猿まわしが一名。
「なに? こいつら。姫さんのことアマって呼ぶわけ?」
左近と呼ばれた猿まわしが不良たちを睨みつける。
「痛い目とはどのようなことをいうのじゃ」
琵琶男は盲目なのか、瞳を閉じたまま、にじり出る。
「か弱い女性に対して八人がかりとは…なんて卑怯なッ!」
結子が空手部とは知らない山伏が、錫杖をかかげた。
「たった三人だ、やっちまえ!!」
「上等だッ!! 俺サマに盾突く奴は、這いつくばって地面を舐めてもらうぜ!」
双方ともに悪ですかっ!? 結子は咽喉の奥で悲鳴をあげた。
猿まわし左近が真っ先に突進して行くと、結子を無視して乱闘が始まってしまった。
「いっちゃん、お願いだから早くきてよぉ〜」
嘆いた先の手首には、紅と青の宝玉のついた腕輪がまだ──知恵の輪状態。
これ以上関わりたくない、と喧嘩乱闘中の彼らからコソコソ離れようとしていると…。
突如、本殿の中から白い粘着質の糸が飛び出してきて、あっという間に、結子の身体は白い糸に包み込まれてしまった。
「きゃあぁぁぁっ……!!」
「姫様…っ!!」
結子が本殿の鏡の中へと引きずりこまれるのと、山伏男が錫杖を投げつけ鏡を割ったのはほぼ同時だった。
山伏男は錫杖を拾い上げると悔しげに口元を結ぶ。
「…不覚っ」
「万里ぃ、何やってんだよッ」
最後の一人を殴りとばしてから左近が叫んだ。
「そもそもチビ。お主が真っ先に喧嘩を買うのが悪い」
「なんだよ、俺のせいかよ? 喧嘩ってのは雨と一緒で降りかかってくるもんなんだよッ! 尻尾まいて逃げるなんてぜってェ嫌だ」
「ほんとに猪のようですねぇ。チビで猪」
「…ウリ坊じゃ」
「ウリ坊いうなッ」
「にしても万里…鏡を割ってしまっては帰れぬぞ」
「面目ない」
万里と呼ばれた山伏はしゅんと項垂れた。
「ま、夜叉丸がいればあっちにはいつでも帰れるからさっ。なあ、夜叉丸ぅ〜」
「うっきぃ」
左近の肩で小猿がはしゃぐ。
「そういえば…封印を解くよう姫様に頼んでくれたのでしょう?」
「うんにゃ。俺がきた時は、姫さんが勝手にはがした後だった」
「ああっ、なんと聡明なお方!! きちんとご挨拶したかったのにっ」
万里が手を組みウットリしていると、左近が手首の腕輪に気づいたらしい。
「あ――っ!! それ宝玉じゃねぇかっ!! だけど白蓮も…って、それっ!」
今度は白蓮と呼んだ琵琶男の宝玉をビシっと指さしてから、
「ズリぃ、俺だけが戦えねーのかよぉ…」
「宝玉があっても、姫殿がいなければ封印は解けぬ」
山伏男が何か考えるように割れた鏡に手を触れた。
「これは妖の仕業。早く捜しださなければ…さぁ左近、代わりの鏡をだして」
「そうだな、急いで姫さん捜さねえと!! 頼むから俺にも宝玉くれよなぁ」
どこから用意したのか、肩の小猿が「どうぞ」と大きな鏡を差し出した。
鏡が地面に置かれた刹那、三人がいっせいに突進した為に、互いにぶつかって弾き飛ばされる。
「むぅ」
「っざけんなっ!! 痛ぇー!!」
「一度に三人は無理ですよ、三人は」
額や頭を撫でている二人を残し、琵琶を背負った男が無言のまま鏡の中へと吸い込まれた。
「あぁ───っ、白蓮のヤツ、汚ねえぞっ」
「急ぎましょう。あちらには、彼もいますから大丈夫だとは思いますが…」
「天ちゃん? そういや会ってねぇなぁ。まだ寝てんじゃねぇの」
「昔から遅刻、寝坊の常習者でしたからねぇ。誰かが起こしてやらないと」
マジで寝ているかも…、よく考えたらあてにならん、と二人は固まった。
「あ、これって姫さんの履物じゃねえ?」
左近が拾い上げた結子のローファーを、小猿が受け取る。
「追いますよ、落ちあう場所は弐甲付近ということで。江渡は人が多すぎますから」
「はぁ? それって大雑把すぎねぇ? なぁ、おい、待てよ!!」
万里に続いて、小猿を肩に乗せたままの左近が、鏡の中へと姿を消した。