第拾九話 香頭羅
突然、頭上から二羽の小鳥が現れた。
「姫様っ、だまされてはなりません!!」
「偽者です!!」
鳥達は羽根を懸命にバタつかせながら、なぜか天壱を突っついている。
「とっ…鳥がしゃべってるっ」
はっきりいって天壱が偽者だと言われることより、喋る小鳥の方が驚きだ。
やがて二羽の小鳥は変化し、ヒトの形をとって宣言した。
「日天、参上です!」
「同じく、月天です!」
二人はなぜか結子の方を向いている。
一人が手前にしゃがんで方膝をつくと、もう一人は背後で立ったまま、二人で両腕を伸ばして決めのポーズ。
ただ単に前後になっているだけなので、結局のところ、どっちがどっちだかはわからない。
ポーズを決めるより色違いの着物でも着てくれた方がありがたいのだが、彼らは、間違えられたことを気にしているようなので、結子はちょっぴり反省した。
「姫様、惑わされてはなりません」
「ヒドイじゃねえか、久々に会えたのに偽者扱いかよ」
彼が偽者…? 結子は目を白黒させるばかりだ。
使役符たちは小さな手に錫杖と縄をそれぞれ構えている。
対して、天壱は悠然としていた。
「なぁ、傷の手当てをしてやったろう?」
踵の傷のことを言っているのだ──と、結子は顔を赤らめた。さりげなく手首にはめられた腕輪を見ると、そこには青い宝玉が輝いていた。
(宝玉がある…)
天壱に近づこうとするのを、使役符たちがひき止めた。
「「なりませんっ」」
三人が揉めている隙に、天壱の体がフラリと傾いで、すばやく移動した。
次の瞬間、小さな身体が二体弾き飛ばされ、長屋の板壁を突き破った。
長屋の中で、妖鬼の四人家族が茶碗と箸をもったまま、こちらを見て硬直している。
「「お逃げください!!」」
長屋の中から飛び出してきた日天が錫杖を打ちつけるが、再びはじき飛ばされた。
その隙に、月天が縄をうって片腕を拘束することに成功する。
「早く、屋敷へ戻って!!」
結子は未だ偽者だと信じられなくて、その場に立ち竦んでいた。その容姿や声は───会いたくて仕方がなかった天壱と変わらなかったから。
簡単に縄ごと月天を放り投げた天壱が近づいてくる。
彼は長屋の壁へ片腕をついて、ニッコリと微笑む。それから、結子の耳元へとその唇を近づけた。
「結衣姫」
囁かれた瞬間、身体が凍りついた。
天壱は結衣姫とは呼ばない。彼だけが、彼ひとりが『結子』と呼んでくれる。
「あなたは…だれ?」
「あれ、ばれちゃった? でも会えて嬉しいよ、アムリタ」
(アムリタ!? こいつ妖王の…っ)
ひんやりとした物体に頬を舐めとられて鳥肌がたった。よく見ると、薄い紫色をした細く長い舌がチョロチョロと動いている。
「いいねぇ…とても甘い。知ってる? 妖鬼にとって、人間の女の血肉は極上の食い物だ。俺は別な意味でも好物だけどね」
「この…っ!!」
渾身の力をこめて男の腹を蹴りつけた。裾がめくれようとかまってなんかいられない。
だが、彼の身体はまるで金属のように固く、空手部員の蹴りをくらっても平然としていた。
「へぇ…。今生の姫様はずい分ジャジャ馬だな………だが、悪くない」
ニヤけた男の顔が歪んだ。淡い光に包まれると、徐々に青みを帯びた肌へと変わっていく。見る見るうちにその身体が四本の腕に鋭い爪をもつ妖鬼へと変化した。
やはり、芙蓉たちと同様に羽衣のようなものを纏っており、肩に輪状の武器を二つかけている。
「一緒にきてくれると助かるな、お姫様」
「冗談でしょ。みすみす生け贄にされたくないわよ」
「俺の名は香頭羅。妖王の側近の一人だ」
香頭羅は結子の首を片手で鷲づかみにすると、軽々と持ち上げた。
「うぐっ…」
「強気の人間もまた一興。だが人間の女には涙が似合う。…苦痛と苦悶に歪む顔は絶品だからな」
(い…やだ…死にたくない)
苦しくて呼吸が出来ない。やがて結子の視界は滲みだした。
「「姫さまっ」」
二人が香頭羅の腕を縄で左右から捕縛する。今度は簡単に吹き飛ばされたりしなかった。
「チッ…、やはり邪魔だな」
咽喉の拘束が解けると、咳き込んだ。
「殺すつもりはない。我が妖王の下へ連れて行く」
妖王の手下は、腕を捕縛されているというのに、余裕の表情で見下ろしている。
(誰か…誰か…────天壱!!)
強く念じた瞬間、手首の宝玉が強く輝き、あたりに七色の閃光が放たれた。
江渡にて天壱に出会えたかと思いきや……なんと彼はニセモノでした。
ちびっ子二人組みが奮闘しておりますが、香頭羅に襲われた結子の運命やいかに!?
本当に(苦笑)気長に話は続きます。よろしかったらお付き合いください。