第拾八話 着信アリ
(うわぁ…人がたくさんいる〜)
江渡の町はたくさんの人と物資、店で賑わっていた。小袖姿の結子は特に違和感もなく溶け込んでいるつもりなのだが──。
(気のせいかな…? なんだか視線を感じるんですけど)
人間のように見える者は大勢いる。明らかに妖鬼っぽいのもいる。多種多様なのに…どうしてか視線を集めている。
「ありゃあ人間の女子じゃあないか? 誰の持ちモノだろか」
「人間だとしたら、どこの色妓だい? もしかして食用かい?」
「旨そうな匂いがプンプンするなぁ〜」
すれ違うモノたちが交わしているヒソヒソ話に、結子は全く気づいていない。本来なら、人間の女が一人で歩いていることなど考えられないのだが、あまりにも堂々としていたので、妖鬼たちは襲ってこなかった。
「こまつや? い、く、よ、も、ち…って読むのかな」
小さな店からは香ばしい匂いが漂っており、店頭ではでかい図体をした妖鬼が、餅をあぶって餡をつけている。
「いらっしゃい、姉ちゃん味見していきな」
皿にのせて差し出された餅はかなり大きめだ。妖鬼にしてみれば味見用の一口サイズなのかもしれないが、結子には特大サイズに見える。
お餅もこんがりしているし、餡も程よい甘さだ。様子を見ていた店主が言った。
「ウマいだろう? まあ、俺にしてみりゃ姉ちゃんの方が、はるかにウマそうだけどよ」
「そりゃ、違いねぇや」
あたりに群がっていた連中も、相槌をうつと一緒になって大笑いする。
「ごっ、ご馳走さまでしたぁっっ」
逃げるようにその場から駆け出すと、背後からどっと笑い声が聞こえた。彼らが言うことだと、冗談が冗談には聞こえない。
そのまま通りをふらふらと散策してみる。よくよく考えてみれば、暁のお金を持っていないことに気がついた。これでは、はっきりいって何も出来ない。
着物の袂に入っているのは、役に立たないと思われる携帯電話のみだ。
着物の袂が振動で震えた。今度は設定した覚えのないマナーモードでの着信らしい。
気味が悪くて仕方がない、と結子は通話ボタンを押して覚悟を決めた。
「も…もしもし」
「結?」
「いっちゃん!?」
驚いたことに着信相手は幼なじみの貴枝郁巳だった。彼の声はときどき擦れて聞き取りづらくなる。それがよけいに二人の距離を遠くに感じさせた。
「今、どこだ?」
「えっと…日本じゃないと思う。あのね、いっちゃん…」
「わかってるよ。暁の何処だ? 奴らと一緒なのか?」
(どうして……いっちゃんがこの世界を知ってるの?)
結子の沈黙に不安を覚えたのか、郁巳の口調が強くなった。
「怪我とかしてないよね? 結、返事して」
「大丈夫だよ、たぶん江渡ってところだと思う。友達と一緒なの」
「あぁ、江渡か。なら風間家の屋敷だな」
「ねぇ、どうして携帯がつながるの? なんでいっちゃんが暁のことを知ってるの?」
「落ち着いて。理由は会ってから話す。迎えに行くから、しばらくは江渡を離れて欲しくないな。じゃあまた」
郁巳はそれだけ話すと、通話を断ってしまった。
こちらからかけなおそうとするが、やはり電源自体が入らないのだ。
(私だけじゃなくて…いっちゃんもこの世界に関係しているってこと…?)
束の間、放心していた結子の視線の先に、長屋の間をぬって歩いて行く後ろ姿があった。
(天壱!?)
「天壱っ!! 待って!!」
その姿を追いかけて賑やかな通りから離れていくと、やがてひと気のない集落へと辿り着く。そこは粗末な長屋が軒を連ねていた。
「また…いなくなっちゃった」
「泣いているのか?」
長屋の影から声がした。
着物に袴といった初めて会った時と同じ服装で、結子の方へと近づいてくる。
「天壱……」