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獣の烙印  作者: 日野枝 弥
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第拾参話 運び屋 喜兵衛

 重い身体をひきずりながら、結子は(おか)へとあがった。

 川に流され冷えきった体は、思うように動いてはくれない。

 妖鬼に襲われた際にバッグはもちろん、天壱にもらった草履も菅笠もなくしてしまったようだ。

 足に万里が頭にまいていた白布が絡んでいるのを見つけるとポケットにしまいこむ。

 また一人ぼっちになってしまい、悲しくなった。


 あたりを見回すとそこは、石の転がった川原ではなく、草木の生い茂った森といった様相をしていた。不思議なことに雪も積もっていないし、かえって夏場を思わせるようにうてる陽射しだ。

(ほんとにどうなってるの…? 天候が狂っているとか? これが六國(りっこく)の天気なのかな)

 摩訶不思議な空を見上げていると突然、背後から腕が伸びてきて羽交い絞めにされ、茂みの中へと引きずり込まれた。

「んんっ…」

「しぃ〜、静かに」

 口を塞がれたまま見上げると、尖った耳に鋭い爪をした───明らかに妖鬼と思われる少年がいた。

 その腕から逃れようと身をよじるが、上空から更に声がして思わず固まった。

 焦げ付いた衣装の芙蓉(ふよう)明凛(めいりん)が、よろめきながら川筋に沿って言い合いながら飛び去っていくのが見えたからだ。

 二人が結子たちに気づくことはなかった。

(万里…白蓮…、無事だよね…?)


 妖鬼と見られる少年は結子を離すと、草のたくさん入った駕籠を背負いなおした。

「ふぅ〜。危なかったですね。あの二人は妖王の腹心の部下ですよ、僕は半妖鬼だからかまわないけれど。お嬢さん、あなたは人間みたいですけど?」

「半妖鬼ッ!? 私は、私は食べられても絶対に美味しくないって自信ありますから…ッ!!」

「ぷっ…、あはっはっはっ。おもしろいお嬢さんだ」

 自らを半妖鬼となのった少年は、慌てふためく様子を見て軽やかに笑った。

「安心してください。父は妖鬼ですが母は人間です。僕は生前の両親に妖鬼も人間も食べないと誓いました。このとおり、薬草を売って生活してるんですよ」

「薬草って人間が使うの?」

「そうですよ。人間はもちろん半妖鬼や妖鬼も傷を負ったら薬草が必要です。まぁ、妖力の強いモノに手当てする必要はないですけどね…」


 禄絽(ろくろ)と名乗った半妖鬼は、同じ十六歳で一人暮らし。

 彼は容姿が多少異なるだけで、話し方や立ち居振る舞いは、なんら人間と変わらない。

 この半妖鬼には妙に親近感を覚えた。

 これまで旅してきた景色を見る限り、自然は豊かで妖鬼との戦いの痕跡など見られない。

 それに禄絽(ろくろ)が助けてくれたということは、国民が心理的に追い詰められているわけでもないのだろうと、結子は勝手に安心してしまう。

「よかったら僕の家へきませんか? ここから近いですから」

「ごめんなさい。せっかくだけど急いで江渡に行きたいの」

 結子は一人で江渡に向かうことを決意していた。

 万里たちが江渡屋敷へ向かうと語っていたからだ。

(…江渡に行けばみんなに会えるかもしれない。天壱にも…会える?)

「江渡ですって!? 女性の一人旅は危険ですよ」

「だけど…仲間に合流しないと」

「そうですか…あまり気は進みませんが…。いいですか、私と異なり人間を食す半妖鬼もいます。それから、人に化ける妖鬼もいますから、決して油断してはなりません」



 道中を心配してくれた禄絽に草履や吸い筒などを譲り受け、結子は山道を歩き始めた。

 地図があるわけでもなく、コンパスがあるわけでもなく、ただひたすら続く一本道を歩き続ける。

 結一の救いは言葉がわかることだ。

 たまに分岐点にさしかかったりすると、道祖神(どうそじん)のような地蔵のような…文字の書かれた道路標識みたいなものにでくわすからだ。


 上り坂にさしかかると、前方で木の切り株に腰をおろしている人影が見えた。

 男の前には醤油樽や味噌樽を思わせる大きな樽が置いてあった。

(人間…? 用心しないと。でも無視して通り過ぎるのも…)

 森の茂みにでも隠れてやり過ごそうかとも考えたのだが、男はいっこうに立ち去る気配がない。

 焦れた結子は、足早に横切ることにした。

「おや…? 娘さん、一人かい?」

 切り株に腰掛けたまま男は声をかけてきた。

 年は三十を過ぎた位に見える。その声はまだ若く、継ぎ接ぎだらけの着物に汚い麻袋を肩にかけていた。しかし、痩せてエラのはった顔から若々しさは感じられない。

「こんにちは」

 無難に挨拶だけすませ通りすぎようとしたが、男は立ち塞がった。

「なっ…なんですか」

「どこに行くのかは知らねえが、山道は物騒だよ。妖鬼だけとは限らない、山賊だって現れるかもしれない。おいらは江渡方面へ向かうが、よければ途中まで一緒に行くかい?」

 山賊が出ると聞いて身体が震えた。

 男の顔を見るが、どうみても妖鬼にも半妖鬼にも見えない。

(親切で声をかけてくれたのかもしれない。それに一人は心細いし…)

「あなたは…人間ですよね?」

「もちろん。おいらは運び屋の喜兵衛(きへえ)。この山道はよく利用するが、昼間でも女は用心するにこしたこたぁねえよ」

「じゃあ…江渡へ行きたいんですけど、途中まで…いいですか」

 その返答に喜兵衛は笑みを浮かべ、さっそく二人は山道を登りはじめた。



 喜兵衛は麻袋のみを背負い、木樽をなぜかそのまま置き去りにしていた。

「あのぉ、樽を運んでいたわけじゃ…?」

「へ…? ああ、いいのいいの。入れて運ぶよりこっちの方が楽だから」

「楽…?」

 かみ合わない会話をしながら進んでいくと下り坂になる。

 すると前方にまたしても人影が現れた。

 木の樽によりかかるようにしている巨大な姿は、あきらかに人の姿とは異なっている。

「よっ…妖鬼っ!?」

「平気平気、おいらの知り合いだから。食われることはねえから」

 喜兵衛の言葉を信じたいが、腰巻一枚の逞しい巨体に裂けた口、緑色の鱗のような皮膚をした異形の姿はおぞましすぎた。

「よぅー。待たせたかい」

「なかなかの収穫じゃないか。待たせたことなんて、チャラにしてやる」

 結子にはなんのことだがわからない。

 だが二人の様子からしても、この妖鬼は人間を食べようとはしなかった。

「さぁ、邪魔が入らぬうちに急ごうか」

「鮮度が落ちちゃあ値がさがる。上玉だから高く売れるぞ」

 腰巻妖鬼は寄りかかっていた木樽の上蓋をはずして、こちらを見た。

 その視線に結子はギクリと後退(あとずさ)る。


(な、なななな、なんだか、とっても嫌な予感…)


「ちんたら歩いていたら日が暮れちまう。娘さん、この樽の中に入ってくれねぇか。そしたら、ククリが背負って走るから」

「ちょっ…ちょっと待って、やっぱり一人で…」

「今さらつれないことを言うなよ、さぁククリ、商品の梱包だ!!」


(イヤあぁぁっ、商品って何ですかあぁぁぁっ!!)


 ククリと呼ばれた妖鬼が、駆け出した背中をむんずと捕まえると、木樽の中に無理やり押し込めた。喜兵衛がすぐさま蓋をしてしまう。

「出してっ、出してよ、出しなさいってばッ!!」

 叩いても喚いても、木樽はびくともしない。

 (くう)気孔(きあな)のつもりなのか、蓋に一箇所ちいさな穴が開いている。

 狭く暗いうえに酒臭くて気分が悪くなりそうだった。

「喜兵衛の嘘つきッ、人間だって言ったじゃない!!」

「ははっ、嘘なんかついちゃいないよ、娘さん。おいらは正真正銘の人間さ」

 どうして人間が妖鬼と一緒に行動しているのか、どうして樽の中に押し込められたのか、わけがわからなくて結子は泣き出してしまう。


 ククリが木樽を背負う気配がした。

「何処に連れて行くの? 江渡まで連れて行ってくれないのっ」

 泣き喚く結子を嘲笑うように、ククリが応えた。

「なんだよ、そんな嘘をついたのか悪いヤツだな。妖鬼よりよほど性質(たち)が悪い。あんたは江渡には行けない。そこに着くまでに売られちまうから」

 必死になってどんなに足掻いても、木樽はビクともしなかった。

 泣き疲れた少女は、樽の中で小さくなる。

(もうダメ…こんなに暑くてもモツ鍋にされちゃうのかな。万里も禄絽も、警告してくれたのに…)


 以前、妖鬼に襲われた時は天壱が助けてくれた。偶然の出会いとはいえ、彼は助けてくれた。

 だが今回は樽の中に閉じ込められている。誰が気づいてくれるというのか。

 喜兵衛とククリがどこへ向かおうとしているのかはわからない。

 彼らは商品を携えて、意気揚々と山道を歩き続けていた。


 今回の話は長めとなりましたが、最近、思うように筆が運びませぬ…。

 結子は人間と妖鬼の二人に捕まっちゃいました。さてさて、彼女の運命はいかに…やっぱりモツ鍋でしょうか…。 十四話のタイトル「結子モツ鍋になる」となるのでしょうか。 


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