第拾壱話 妖鬼現る
慌しく朝食をすませた三人は、昨日の川原までもどり、白蓮の乗ってきた小船を使って移動することにした。
「どこへ向かっているの?」
「とりあえず江渡にある我々の屋敷へ向かいます。江渡は暁の第二都として栄えた町ですが、今でも妖鬼や人間が商いをしています」
「よ…妖鬼なのに商売をしているの?」
「仲間相手に商売しているのですよ。それに人間との間に生まれた半妖鬼もいますし…人間と見てくれがかわらないので、注意してくださいね」
「天壱とも江渡で落ち合う予定じゃ。海にある神殿というのは妖王を倒す《破邪の剣》の手がかりかもしれぬ。しかし、問題はウリ坊じゃな」
「ウリ坊?」
「もう一人、はぐれてしまったウツケがおるのじゃ」
ウリ坊で、はぐれたウツケ…? 結子の脳裏に赤い着物を纏った青年がよぎったが、さすがに悪いと思いぶるぶると頭を振った。
澄んだ水を湛えた川は朝日が反射して輝いている。大きな川だけあって水の流れは速いようだ。
移りかわる景色を眺めつつ、結子は天壱のことを思い浮かべていた。
(守るって言ったくせにそばにいてくれないし。お魚のお礼も言いたかったのになぁ…)
突然、万里が船漕ぎ用の長竹竿を手放した。
「やはり来ましたよ」
「むぅ。女子は嫌いなんじゃが…」
見上げると、空に妖鬼が二人忽然と現れる。
「その娘をくださいな」
まるで蝶を思わせるような麗しい羽をもった少女は、鈴を転がしたような可愛らしい声で芙蓉と名乗った。
「我が名は明凛。アムリタはもらうよ!!」
一方、黄色と黒のまだら模様の羽をもち、赤い紅が艶めかしい女は明凛という。
(黄色と黒の取り合わせって…踏み切り? いや、なんだか虫っぽいような…)
二人の妖鬼は天女を思わせるような衣を身に纏っている。
小船の上では足場が安定せず、明らかにこちらが不利だ。
「起爆符!!」
万里が護符を投げつけると、二人の妖鬼の近くで連続して爆発した。
間をあけることなく、今度は懐から竹筒をとりだしかまえると、妖鬼たちめがけ何かを投げつける。命中した瞬間、炸裂音が響いて煙が噴き出した。
「今のが力なの?」
「いえ、忍術の一つで火薬と毒薬を使ったにすぎません」
「忍術ぅ!?」
煙がはれると妖鬼たちは傷ひとつ負ってはいなかった。
「人間の分際でなめやがって!!」
怒った明凛が羽を動かすと、鋭く尖った針の雨が降り注ぐ。
その羽音はまるで昆虫の蜂を思わせた。
「うきゃ――っ、蜂ッ!?」
「危ないっ」
結子をかばった万里の背中に無数の針が突き刺さる。針には毒でもあるのか万里は倒れた。
「万里、しっかりして」
「大人しくしてくださいな。アムリタ以外に用はありませんの」
続けて芙蓉がニッコリと微笑み、鉄扇をとりだした。それは小さな身体には不釣合いなほど巨大であった。
「…姫様をつれて…逃げて…この足場では…」
万里が苦しそうに呻いた。
その隙に白蓮が木杖をかまえ、手首の腕輪へと強く宣言する。
「解!!」
その瞬間、翠玉が輝き、木杖は瞬く間に薙刀へと変化した。それは刃と握りの長さが同じ位に見える。
物騒ですっ、物騒すぎますぅ!! 結子は頭を抱えて白蓮と妖鬼達を交互にみやる。
「ふ〜ん。ただの人間じゃないみたいだねえ。それに…コイツらの顔はどこかで見た気がする…」
「明凛どいてくださいな!! いきますわよッ、風の舞!!」
「風伯召喚!!」
白蓮と芙蓉の互いの刃が渦をまいた突風となって、衝突した。
「ひっ…」
爆風が川面を激しく波立たせたせいで小船がひっくり返り、結子と万里は川へと投げ出された。
白蓮はすばやく船底へと飛び乗って、再び薙刀をかまえる。
しかし、万里は船底にしがみつくのが精一杯で、身体が痺れて思うように動けない。
結子はつかまり損ねて、そのまま流されていた。
「姫様――っ!!」
「あら。アムリタを殺してはいけませんわ」
「アムリタっ、畜生、どこにいった!?」
白蓮もまた万里たちの声で、結子がいないことに気づく。
(急がねば…!)
「───雷気召喚ッ!!」
薄れゆく意識の中、結子が遠くで聞いたのは、白蓮の気迫に満ちた声と轟く雷鳴だった。