第一話 暁の封印
焼け落ちていく城の中に、人影があった。
袴と着物を身につけた男は、肩から下の両腕を失っていた。
『…百年…百年の後…再び…』
血を滴らせながら男は泣いている。
火の粉が花びらのように舞い散った。
『結衣…!』
ふと誰かに呼ばれた気がして少女はあたりを見まわした。
待ち人かと思ったがどうやら気のせいらしい。
待ち合わせ時刻より早く着いてしまった為に、風間結子は退屈していた。あくびがでそうになると、慌てて口をふさぐ。
ここは自宅の裏山にある暁神社。神社といっても神主はいないし、山頂に無人の社があるだけの、何が祭ってあるのかわからない名ばかりの神社だ。
町内の夏祭りというイベントのせいで、賑やかなお囃子のながれる境内は多くの人で溢れかえっていた。空手部の部活動の帰り、制服姿の少女は、一つ年上の幼なじみを待っている。
「遅いなぁ…いっちゃん」
入口の石柱によりかかりながら眺める先に、ひと際、人だかりが出来ている一角があった。好奇心にかられて、吸い寄せられるままに近づいてゆく。
「さぁさぁ、よってらっしゃい、見ておくれ!! カワイイ小猿の大芝居っ」
浴衣姿の子供たちにわいわいと囲まれた中心では、男が腰にぶらさげた小さな太鼓をトトン、とリズムよく叩く。
今時の若者風にピアスをつけてはいるが、その服装は赤地の半纏と裁着袴、それに脚絆とかなり古風だ。それに小猿はよく見ると日本猿ではなかった。
肩から飛びおりた小猿が連続して宙返りすると歓声があがった。
皆の拍手に気をよくしたのか、小猿は「もっと拍手をして」と自ら手拍子を打って見せた。 これは《猿まわし》という曲芸だ。
「カッ、カワイイ〜っ」
思わず声をあげると、猿まわしと目が合った。
「小猿は夜叉丸ってんだけど…覚えているかい?」
彼は栗色の瞳でウィンクして見せた。
(は、初めて会ったんですけど…ひょっとしてナンパ?)
鼓を叩く手をとめた男が立ち上がったので、思わず引いてしまう。
「あっ、おい、待てって!!」
待ち合わせ場所へ戻ろうとした結子は、視界に入ったものに驚いて途中で足を止めた。猿まわしは諦めたのか、追いかけてはこない。
入口に屯しているのは、このあたりでは悪名を馳せている集団だった。
絡まれた結子は、実は一戦交えたことがある。
空手部とはいえ女だから八人を相手にするのは無茶だった。幸、幼なじみがいてくれたお蔭で、その時は撃退できたわけなのだが…。
(マズいっっ! 待ち合わせ場所をかえよう…ってゆうか、見つかったらヤバくない?)
幼なじみにメールしようとポケットから携帯を出した時だった。
彼らが人込みに紛れてこちらへと近づいてくるのが見えて、慌てて駆けだした。
途中、猿まわしに再び、声をかけられたが素通りしてしまう。
屋台どおりを駆け抜けて、石階段を上がった先には名ばかりの本殿がある。
この神社の境内は幼い頃から遊び場にしていたが、本殿まであがってきたのは初めてだった。
本殿へ近づくことは幼なじみから強く禁じられていたからだ。理由はわからないが、今日だって一緒に行くことを絶対条件にされてしまったくらいで、幼なじみはかなり過保護だ。
地面には玉砂利が敷きつめてあり人の気配は全くない。
周囲に茂った杉の大木が、ときおり風に揺れて枝葉をさざめかせた。
「何これ…?」
首をかしげた結子の前、本殿の重厚な木扉には、なにやら文字の書かれた御札がベタベタと貼り付けてある。はっきりいって不気味だ。
石段を駆け上がる複数の足音に焦った結子は、偶然、御札の一枚に触れてしまった。
その瞬間───すべての御札が破けると同時に燃え尽きた。