~第1章~ 表裏の空(9)
校門をまっすぐに抜けた、学生玄関の中にオレはいる。
早く、急ごう、とは言ったものの……。
現状、目の前に広がるDMFBの群れ。こいつらに行く手を阻まれ、邪魔されている。
DMFBは略さないで言うとDirectional Magic Fusion Being。日本語訳は『指向性魔力複合生命体』。
とりあえず言えることは地球外生命体、ではないということ。
まあ、この世界にある魔力を媒体として存在しているのだから当たり前か。
先ほど倒していたDMFBは説明した通りの昆虫系統のやつで大きさは人間くらいで、形はカナブンを想像してもらえたらいい。別に小さい虫を剣でぶっ刺していた訳じゃない。
で、今目の前にいるDMFBは獣。
想像するなら、ハイエナとか犬がいい。
4足歩行の動物……と言うよりは怪物が廊下に10匹。
「ここ……動物園じゃ……ないよな」
て、いきなり突進してくるな。
飛び来るDMFBを軽く右に避け、敵が横を通り過ぎると同時に、もう一体が右前足を上げ飛びかかろうとする。
避けることはできない。
なら、切って進むだけ。
飛びかかる前にDMFBの脳天を突き、素早く剣を払い後方へ行ったDMFBを薙ぐ。
「ゆっくりしてる、暇はない」
目線を敵のいる廊下へ向け、眼前の敵の配置を頭に入れ走る。
それに気づき4体が駆け迫る。残りは未だ気づいていない様子。
4体じゃ……勝てない。
一番始めに近づくDMFBの前足をしゃがみ回し蹴りでこかし、 次に来た、宙に浮き爪を光らせ今にも切り裂かんとする獣の腹を飛び蹴りで一発。
残り2体。
先行する敵を頭に入れつつ、遅れてくるもう一体に剣を投げつける。
投げた剣は見事頭にヒットし、先行する敵が飛びかかるのを横目にナイフで口から尻尾まで裂き、後方の頭を穿たれた敵から剣を抜き残党へ疾走する。
1階の犬たちを倒し階段を上がる。
時間は刻一刻と消える。
足を急がせ一気に上る。
息を切らせながら辿り着く屋上手前の扉。
汗で湿った左手でドアノブを掴み開ける。
地上からより鮮明に見える魔力の月。
そして――
ただ一人佇む少女の影。
もう一つの月がその影を照らしだす。
「……そんな」
そこにいたのは、ところどころに黒い鎧を纏った坂宮だった……。
「まさか、魔術式の場所を当てるなんて」
DMFBと魔術師を殲滅したファミーユの前に、茶色く長い髪を靡かせ現れる少女。
少女の出現とともに、何もない、ただの地面に魔術式が描かれていく。
「やっぱり、こっちが源だったのね……」
「どうしてお分かりに?」
「普通は屋上へ来るまでの時間稼ぎに駒は使うものだけれど、それってつまらないじゃない?なら、目的地と見せかけ本が当たりでした、の方がいいわ。駒は隠匿にも使えるから」
少女は微笑を含みながら、喋る。
「その通り。あと前言の“まさか”は撤回します。あなたは最高位の魔術師ですからこれぐらいは余裕でしたね」
「そうね、子供のお遊び程度に簡単だったわ」
ファミーユの口調に少女は眉を険しくさせる。
挑発に乗った。ファミーユは一人口元を釣り上げる。
「そう、でもここからは子供のお遊びとはいかせない。最高位であろうと倒す」
ファミーユはゴクリ、と唾を飲む。
さっきまでとはまるで違う何かにファミーユは気づく。
ここからは全くの別次元。
殺るか、殺られるか。
一瞬で生死が決まる。この刻……。
「畏れるならば退け。ここは無情の死地」
少女の周囲から現れる約直径110センチメートルの二つの黒い火の玉。
その一つをファミーユに向け、仁王立ちする少女。いや、その姿を少女とだけで言い表すのは語弊を招くだろう。
その眼光、その脚線、その身構え、その気迫は、歳とは不相応であり遥かに超えている。
故に、一言で畏れを抱かせ、威圧を与える、
『羅刹の如き少女』と表記するのが妥当だろう。
それほどに今のその者は何人も近寄らせない邪鬼であった。
「『ギガス』所属リティ・ビレット。テンプル魔術団最高位『賽の目』ケイトの名の下に抹殺する」
「こちらこそ、最高位に挑む者として」
二つの月の下二つの影がぶつかる。
振り下ろされる光る柱。
空気を走るその光は夜の黒をバックとし美しく写る。
対して、リティは二つの火の玉を両腕に付加しファミーユの攻撃を受ける。
素早く次の攻撃へ移る。
身長差はあるがそれを感じさせないリティの動き。
全くの互角。
リティから繰り出される突きはあまりに早く、空気は逃れることができず一瞬で圧縮され前方打ち放たれる。
空気でさえも武器と変えるリティにファミーユは苦戦を強いられる。
リティの拳は重く柱に掛ける力を上回り、拳と柱がぶつかるたびに握力が失われていく。
何よりファミーユにとって型がみえないリティの攻撃は脅威だった。
ただの素手での攻撃なら子供の喧嘩のようなもの。
ここでそんなものは通用しない。必ず闘いには型が存在する。
だが、リティの型は空手、ボクシングを混ぜ合わせたようなもので構えからは中国の拳法を漂わせる。
リティ独自による戦闘スタイル。
腕の動きを読み相手の型を頭に入れるしかない。無から敵のパターンを積み上げる。一つでも手を失敗すれば相手の必殺の領域から打ちのめされる。
それを頭に入れ手を打ちパターンを読む。
碁盤で繰り広げられるが如くの頭脳戦―。
一手、一手の立ち回りが勝敗を決める。
数を打ち込み出方を見極める。
数合打ち結ぶ間にファミーユは少しずつリティの動きに慣れてきた。
いや、手を読み始めた。
上半身への攻撃は右腕で受け止めるか後退する。
下半身への攻撃は、攻撃方向を察知するなりそれとは逆に、避けてから3秒間をいれ左腕のガゼルパンチをいれる。
パターンを読めば簡単。簡単すぎる。
そう思うもファミーユには迷っている時間はない。
リティは時間を稼げばいいが、ファミーユは時間を急ぐ立場。
その型に疑問をかすかに感じるも、確かめるように反撃に転じる。
最初は上半身への攻撃。
風を切るように右腕、柱をリティの頭上へ振りかざす。
リティは当たり前のように後退する。
パターン制と型が合致する。
「いける」
ファミーユは自身の読みに狂いがないことに自信を持つ。
そして、慎重に闘うという戦闘方針を180度変える。
“ならば”と、一歩飛び退くリティに一歩近づき右回し蹴りをいれる。
ファミーユの繰り出す蹴りは宙を浮くリティの下半身を捉えている。
読み通りならリティは右回し蹴りの逆。つまり左へ避ける。
しかし、今は空中。
宙で左に緊急回避できない。別段、宙を蹴ることができれば問題はないが。
あることを狙っての行動。
今までとは違う動きを誘う。
それは、ファミーユ自身の読みへ対する自信を確信へ近づかせるための一手。
本当に確信へ近づきたいのならば相手の着地を待ち同じ攻撃パターンへ持ち込むのが妥当だろう。
だが、そうはしない。
地を這い避ければいい攻撃をあえて宙へ避けたリティへの挑戦。
まだ、自分の体に記憶されていない相手の動きのバリエーションを解読し憶える。
そして、動きが型として合致した時一番有効な手段で対応し反撃に出る。
本来なら、相手の動きを把握できていない現状で突発的な攻撃に出るのは迂闊である。
でも、あえてファミーユは相手の動きを未だ全て読めておらず、慎重をきする今だからこそ守りから転じ攻めへ移る。
守ってばかりでは進展を望むことは出来ないと考えたから。
なお且つ戦闘は既定、基本という言葉で縛りきれない千変万化する雲。
応用こそが自身の身を結ぶ。
もう一つ、この戦闘にファミーユは嬉しさを感じていた。
その気持ちの根源は闘いの駆け引きもあるが、一番は魔術界で頂点の地位にいる自分が誰かに挑戦しているということ。
頂点の地位に上の地位はなく、そこに居座るということは誰よりも強いことを意味する。
ファミーユは驕ることなくあらゆる分野の研究をし、今も更なる強さを求めている。
だが、明確な目標があるのとないとでは意識に格段の差がある。
比べる対象がなければ本当に強いかどうかはわからないが、対象があればそれを越えることで実感することができる。
子が親を越すように、弟子が師を超えるように。
ファミーユは自分より強い存在に出会えるのを待っていた。
その望みが正しく今実現していた。
目の前には自身より遙かに武術が優れているリティがいる。
それに対して武術で挑む自分がいる。
その現状にファミーユは興奮し、この闘いに歓喜していた。
ファミーユの挑戦でもある、攻めの一蹴。
ファミーユの挑戦に応えるようにリティは回し蹴りの軌道を読むなり、自身の背をそらせ空中で綺麗な弧を描き後ろへ宙返りしファミーユを一瞥し着地する。
「先ほどの探るような攻撃とは一変した動き。もし、パターンを“読んでいた”なら着地した瞬間をねらうはず……」
「ええ。でも、気持ちが変わったの……もっと、闘いたいってね!!」
何も表情を持たずファミーユへ向け前進するリティ。
ファミーユはゆっくりと柱を構え直す。
が、遅かった。
「なら、望みどおり闘いましょ。あなたが死なない限り」
腰の重心を落とし一瞬にしてファミーユとの間合を詰めるリティ。
ファミーユの目には腰を落としたところまでしか、瞳にリティの姿は映らず次に見たのは空だった。
そう、ファミーユは宙に浮き飛ばされている。
リティはファミーユが浮く高さまで一瞬で飛びあがり、ファミーユの鳩尾目がけ右腕の剛拳を食らわす。
「グッハッ……」
何の抵抗もなく落ちるファミーユ。ただ、体がへの字を上下逆にしたように腰の部分が折れ地面へ。
墜落したファミーユの周りは土煙が舞い、リティが着地したところからは何も舞うことはなかった。
5秒の出来ごと。
地面にリティの強さが強く深く刻まれた。
息を切らし見た先には無口で前に立つ坂宮。
何を見ているのかも分らないほど虚ろな瞳はどこか儚げに映る。
坂宮は二本のハルバードを手に屋上に敷かれた魔術式の真ん中に立つ。
視点を坂宮から外す。
辺りを見回すもリティの姿は見当たらない。
つまり、ここはハズレ。
『揺籃の目』を止めるには一階、生徒玄関外に行かなくてはいけない。
まぁ、ファミーユがいるから大丈夫とは思うが。
あと、坂宮がここにいることから『揺籃の目』と関係ないとは否めない。
ならオレは坂宮と対峙させてもらおう。というより、もともとファミーユにとっては作戦通りなんだろが……。
視点を坂宮に戻す。
坂宮は先ほどの位置から一歩も動かずじっとしたままだった。
坂宮が魔術師であることは魔力を感じ取りわかった。これだけ殺気立っていれば誰でも(誰でもではないが)分る。
だが、坂宮はいったいなんの能力を持っている?
見た感じ黒騎士を真似ているのは分るが“モノマネ”なんて能力ではないだろう。
リティにここを任され、『揺籃の目』に必要だからこそ坂宮はここにいる。
何のために……?
くそっ、考えている時間が惜しい。
……戦うか。
剣を両手で握りしめ、魔術式内に侵入し坂宮に先制攻撃を仕掛ける。
魔術式内に侵入すると同時に動き出す坂宮。
「ハァァァァァ」
「………………」
互いに近づき剣とハルバードをぶつける……が。俺は瞬時にハルバードの材質を見極め一瞬で剣をハルバードから引き、自身も後退する。
なぜ引くか。
魔術で剣を作り出すには創型魔術を使う。
これはモノの材質を魔術で補いモノを形作る魔術。この剣も創型魔術で出来ている。この魔術で創られたモノの耐久性は材質の純度で決まる。
どれだけ本の材質に近い純度を、魔術を使い構成しモノを創ることが出来るかが耐久性を決める。
今回、オレの持つこの剣は非常に本に近い材質の純度で出来ており、あまり文句の言えるような剣ではないが、ハルバードは別。
ハルバードは黒騎士が所有していたもので、自身の魔術研究のはて手に入れた多角術界の『魂炉』という魔術。その魔術からできたハルバードは個人のオリジナル材質となるため純度は100%で創型魔術の規則的なものは関係なくなる。
それを本人以外が使えば純度は大きく下がる。
この説明よりオレが剣を引いた理由が分るだろう。
ハルバードとまともにやりあえば2,3合で剣は砕けるだろう。
それより驚くことは、先の一太刀によりハルバードの耐久性は落ちていなかったこと。
坂宮が扱っているにも関わらずハルバードの耐久性が落ちていなかった。
なぜ?
本人以外が使えば落ちるはず……。
考える間もなく攻撃を仕掛けてくる坂宮。
応戦はできない。
ハルバードに対し剣で応えれば死ぬこと間違いなし。
「こ~の~や~ろ~」
一旦引くしかない。
急ぎ魔術式外に退く。
坂宮はオレが魔術式より外に出ると追うのを止め、魔術式の中心に戻っていく。
どうやら魔術式外には出られないようだ。
「また……へたれか」
どうしようもなく右腕に持つ剣をコンクリートに突き刺し黒い月(揺籃の目)を眺める。
未だに吸い込まれる光る球体。
坂宮が魔術式の中心に近づくにつれ光る球体の集まる量は増えていく。
「………………」
まさか、あの魔術式は坂宮の能力を増加させているのか?
咄嗟に考えたことだが見た感じ間違いではないだろう。
おかげで疑問が一つ増えた。
“集める”なんて極端な魔術はあっただろうか?
大抵の魔術師はいろいろな効果、能力が複合された魔術を操り自身の力とする。
そう考えれば“集める”なんて魔術は扱いにくい。そもそも“集める”なら黒騎士の所有物のハルバードを扱える理由が分らない。
謎が深まる。
いっそのこと……魔術師じゃないとか。
そんな存在……。
確か、魔術師とは違う異質な存在があったような…………。
思い出せない。
ああ~。
「そうだ」
要件を間違えていた。
坂宮が直接『揺籃の目』を扱っている疑いはない。
なら術式も関係なく『揺籃の目』自体を潰せばいい。
簡単なことだ。
魔術式は基本発動されれば防ぐことはできない。しかし、壊すことはできる。
大抵というより殆どは魔術式自体に直接何らかのダメージを与え魔術式を破壊する。
現状を見てわかるとおりファミーユがその役目を負って下でリティと闘っている。
そう。魔術式により発動された本体への攻撃は意味がないから。
いくら魔術式により呼び出されたモノを叩いても、魔術式が存在するならばまた発動する。永遠にループすることになる。使用者の魔力が尽きない限り。
基本は所詮基本。
魔術は進化するたびにその基本を破る。
「だから……オレもそれに従うだけ」
死ぬ覚悟はとうにできている。
約束した……あの日から。
これが、最後の魔術行使。




