~第1章~ 表裏の空(8)
誰もいない、何もない伽藍とした校内。まあ、夜だから当然のことですね。だからこそあなたのその体を使わせてもらう。全ての事を起こすため。ここが始まりでありこの街に張られている結界を穿つ。それが私の任務なのだから。
私がこの街へ侵入した理由。それはヴァルハラを顕現させるため。そして、賽の目であるファミーユを手に入れること。
それが私たちに課せられた使命であり任務。
とはいえ、ヴァルハラが何かと知らなければことは始まらない。
ヴァルハラ、それは選ばれた戦士だけが辿り着ける天国であり理想郷。魔術界ではそれを魔術師の最終到達点とされ、そこへ辿り着いた者は魔術より強大な魔法以上の力を与えられるとされている。そして誰も辿り着いたことのない空想のお伽話の域。でも、誰も辿り着いたことがないとされるヴァルハラについての文献は多く存在する。
なぜ……か。
まるで辿り着いた者がいるかのように。当然、辿り着くための方法も載っている。多くの魔力を一ヶ所に集め、書物に載っている魔術式を描き発動させる。多くの魔力は人間一人では足りないほどの魔力量。だから、ヴァルハラへ辿り着こうとする者は多くの人の命を奪い魔力の糧とする。どうして人の命を奪わなくてはいけないのか……。人の魂には魔力があるから。
と言っても意味不明にしか聞こえませんね。
魔術界では魔力を正式名称で術性元素と呼んでいる。簡単に役割を説明すると、体内に保持することで自然治癒能力や、体内の有害物の無毒化などがある。そして、この世界に魔力を持たないモノはない。それが世界の理。今のところ例外はないとされている。でも、魔術を行使できる器官を持っているのは人間だけ。なぜかは分らない。触れるだけ無駄なのかもしれない。この説明で分るとおり私たち人間も魔力をもっている。でなければ魔術師や魔法使いは存在しません。
もう一つ説明しておきます。
人間には二つの魔力が存在し、一つは呼吸のように日々排出と吸収を繰り返すための魔力。人が溜めておける魔力には限界があり、それを超えると人体にとって有害なものへと変わる可能性がある。また、保有している魔力は体内にある間、人の感情を取り込み純度が落ちる。純度が落ちた魔力は身体への恩恵による効果が落ちていくため、自然に純度が落ちた魔力を体外へ排出する。そして、減った魔力を回復するためにまた吸収する。これを人以外の生物も行っている。
二つ目の魔力は、純性魔力。森羅万象における魂を指す。これは感情に汚染されることのない魔力で、生物の死と同時に放出される。この純性魔力は大抵成仏もしくは昇華するが、それまで一定時間現世に留まる。この純性魔力と体外へ排出され、純度が落ちた魔力とが融合した存在がDMFBと呼ばれている。
この説明でわかると思うけど、人の死は魔力を生み出す。それを利用しヴァルハラへの道とし、いかなる犠牲も厭わない集団『ギガス』。
そして、その反対が『テンプル魔術団』。
月に照らされ風が吹き抜ける屋上。ここなら街を見渡せ、魂を集めるのに最適な場所。
この街に張られた結界を打ち壊しヴァルハラを顕現させる。
「さあ……、始めましょう」
ぽそり呟き上を見る。星は輝き人々を見下ろす。
いつから日常と感じたのだろう?
いつから月は人々を照らしていたのだろう?
いつから、『月』、『星』は空にあると、必ず“そこ”にあると信じ込まされていたのだろう?
ずっと前から月は満ち欠けするだけで同じ場所にあり、ずっと同じ星座しか見られないのに。
もう、夢は覚める。この結界が壊れる共に……。
「Ich ziehe einen Teufel auf und mache es und Schütteln, und der Korb wächst mit Zeit auf(恍惚とした瞳に力を宿し、魔を育まん)」
街のあちこちから光が浮遊し双葉目学園屋上へ集まる。
魔力供給のための魂が……。
魂を集め魔力へ転換するには約1時間かかるだろう。
その間、私はこの魂が魔力になり『揺籃の目』に充填され一筋の閃光を放つ、その時まで見届けるだけ。
でも、ここまで魂を集めるのがスムーズにいくなんて、あなたのおかげ。
「坂宮」
足をフルに回転させ双葉目学園まで急ぐ。
魔術式が起動してから約十分。
公園から学校までの距離は走って十分だからもうすぐ学校が見えるはず。
「ねえ、成人」
隣で走っているファミーユが何か困った様子で尋ねてくる。
無理はない。
いきなり自分の守っている街を魔術式で何かされようとしている。こんな状況なら誰でも困惑する。もしくはパニックに陥る。
ここは出来るだけ励ましになる言葉を、
「どうかしたか?」
「いや、私の戦闘服ロングスカートか、短いスカートどちらにしようかって……」
そ、それは悩み深い。
戦闘シーンでいかにちらリズムを使い男性を魅了するか……、
「そんなの後にしてくれ……」
「じゃあ、短いスカートにニーソで」
「ああ、それ……」
最早、何も言うまい。何言ったって同じなのだから。
女性が、どっちらがいいと訊いた時、八割型決まっているそうだから、オレの意見は聞かないのだろう。
たぶん……。
と、思っている間に着替え終わってるし……。
か……可愛い。
さ、雑念は置いといて、
「いく、……か、……何してるんだ?ファミーユ」
横には誰もおらず、オレのポケットに手を入れるファミーユが右斜め下にいた。
「何?て……、ただ成人のポケットはあったかいと思って」
「思ってじゃなくて」
「ほら、学校が見えたわよ」
視線を正面に向けると学校の校門が見えた。それとともに、おびただしい数の光の球体と、それを吸収する大きな目が学校を見下ろすようにある。まるで満月が学校のすぐ近くまで迫ってきたかのように。
「……『揺籃の目』か」
オレはそう呟くことしかできない。
別に、絶望したわけじゃない。
「そう、『揺籃の目』。あらゆる純性魔力を吸い込み、その収集された魔力が巨大化してゆき、目と見えることからそう呼ばれている。でも、街全体の魂を集めるなんて能力はない」
嫌な思いが胸を駆ける。
「その言い方じゃ、誰かが集める役目をしているのか?」
「何驚いているの?リティにその能力はないの?」
そうだ、何か忘れている。この件に関わっている人物。
「……ない」
オレ、ファミーユ、リティ、後……。
「なら、成人の友人にはその能力があるんじゃない?」
「オレの友達……」
坂……、まったくオレの頭は老化傾向らしい。
この世界で通常とか普通とかあるはずがない。いつもが異常でありイレギュラーだ。
「ファミーユ、まだ断定はできないがその可能性はある。だって魔術師なんだろ、あいつ?」
「おそらく……そうね、リティがさらった目的と辻褄を合せていくと魔術師もしくは異能力者だろうね。でも断定はだめよ」
「……そうだな、とにかく学校へ急ごう」
まだ、坂宮がそこにいるとは限らない。可能性があるということだけ。
とにかく、今は学校に着くことが先決だ。
校門まで続く桜並木の一本道を走り抜け、学校に辿り着く。
校舎の屋上にはリティと、その上に浮かぶ多大な魔力を吸い込んでいる黒き月。
「ようやく来ましたね、ファミーユ」
学校へ来たオレたちを出迎えの一言。校門から校舎まではおよそ三十メートル。走れば約4秒で生徒玄関までいける。屋上まではそう遠くない距離。
「ええ、随分と探したわ」
屋上より見下ろすリティと屋上を見上げるリティ。
戦いが始まる……、いやオレがここに侵入した時点で始まっていたのか。
後には引かない。あの戦闘からオレはギガスを裏切ることは決めていた。
「真隼様、あなたはそちら側へ行かれるのですか?」
「ああ、これからオレはお前の敵であり、ファミーユを、……街を、……守らせてもらう」
「成人は正式に味方になってくれるってことかしら」
「その通り」
さあ、リティ……始めよう。
「分りました、真隼様。……始めましょう」
屋上より鳴こえる魔術詠唱。学校庭より現れる黒い影、魔術師。
どうやら、袋の中のネズミと言う訳か……。
見た感じ、DMFBと『ローマの惨劇』時の魔術師か……。
DMFB、純度が落ちた魔力と純性魔力が融合した生命体。まあ、ここにいるのはファントム(人間の純性魔力と融合した)と呼ばれるクラスじゃないが……、
強そうだな。
この数をファミーユ一人では倒せないだろう。
「……臆したのかしら?」
「ああ、少々気後れはしている。だが……ファミーユだけに任せてはられない」
そうだな。魔術は使えないが戦うことはできる。
「ファミーユ、……剣を」
ファミーユに右手を指し出す。
「へえ、ヘタレ設定を撤回しようと……。で、剣?西洋、それとも東洋?」
オレをおちょくり楽しむように訊く。
「西洋で……」
「いや、ノリ的には東洋で、刀でしょ?」
「どういうノリだよ」
「魔物退治は刀、お決まりのパターンじゃない?」
まあ、今話的にはどっかの学園浸食物語ぽいけど、
「どう?」
「やめとく」
「仕方ないわね」
ファミーユの手が光り……剣が、
「おい、それって……」
「ナイフよ」
どこの魔眼持ちだよ。
「謹んでお断り申し上げます」
「仕方ないわね」
魔術で作り出したナイフをオレの右手に預け、またファミーユは剣を作り出す。
「今度はどう?」
オレの左手に差し出されたのは、誰もが想像するような西洋の両刃剣。
刃の長さは、足のつま先からももまで。
柄は拳二つ分。
「悪くない」
できれば、約束されたなんちゃらとか、霜降りの剣とか、インテリジェンス・ソードとか、まあ贅沢は言わないようにしよう。
オレはそれを敵に向け構える。
敵の数は昆虫系のDMFB20数体、魔術師3、40人。
肩が凝るな。
「成人、一つ訊きいてもいいかしら?」
おふざけ時間は終わりと言うような声で、ファミーユは尋ねる。
「……なんだ?」
「あそこにいる魔術師は魂を支配されているとはいえ人間よ。成人は切れるの?」
なんだ、そんなことか。
「……そんなの」
右手に力を入れ真正面にいる魔術師目がけナイフを飛ばす。
魔術師は咄嗟の攻撃に反応できず、ナイフは綺麗に胸の真ん中に刺さった。
ナイフを刺された魔術師は黒い塵となり消える。
「オレは重々承知の上、ここにいる」
ファミーユは魔術師の最後を見つめ納得したように、
「成人の覚悟、受け取ったわ」
と軽い笑みをこぼす。
「じゃあ成人、屋上頼んだわね」
そう告げると、ファミーユはDMFBと魔術師で混成された敵達へ突っ込む。
「姫の頼みなら仕方ないか」
オレは生徒玄関へ向かう。
正面にはDMFBと魔術師それぞれ4体ずつ。
因みに、視界にはもっといるが省かせてもらう。
なんで?いや、相手にしていられない。
生徒玄関へ走る。まず、オレへ向け放たれた魔術による攻撃をかわし、攻撃してきた魔術師を一刺し。刺した剣を抜き振り向きざまに、ナイフを投げ右側にいる魔術師の脳天へ突き刺す。
補足、ナイフの柄は刃の部分と切り離しができ、刃と柄は細いワイヤーで繋がっていてナイフを投げた後自分の手に戻すことが可能。ハイテクだ。
最初に刺殺した魔術師が黒い塵となり消えると共にDMFBが迫る。
DMFBとの間合いを見極める。
間合いは剣の長さ分じゃない。自身の利き足半歩を剣の刀身に足した距離。
およそ140センチメートル弱。
間合いに入り次第、
「フッ…………」
DMFBを一薙ぎに切る。
そのまま駆けて目前のDMFBを飛び越え、敵を後ろ目に刃で背中を切り払い着地する。
オレの後ろ、駆け抜けた道は黒い塵が舞う。
ふと、ファミーユの方を見る。
魔術のオンパレードとしか言えないぐらい、両手の黒騎士戦同様に光輝く柱で敵を切り裂き、範囲外の敵はファミーユの周りをグルグルと回転する収縮された太陽のような球体が一掃してゆく。
こいつは、新型か……。
「っと………………」
魔術師の放った光弾を避ける。
余所見している場合じゃなかった。
時間はこく一刻と迫る。
魔術を使えないのは不便だが、逃げるために必要なのは足だけだ。
「後は頼んだ、ファミーユ」
恐らく聞こえただろうと信じ、魔術師の光弾を避けながら生徒玄関へ駆け込む。
ガラスを割り校内へ。
後ろでは今も戦闘が繰り広げられている。
また、ファミーユに押し付ける形となるが……、まぁいいか。
ファミーユ強いから。
………………いや、待てよ。
強いならファミーユ自身が屋上に行けばいい話じゃないか。
リティを殺すと最初に言ったのは誰だよ。
これじゃあ、城の最上階に姫が囚われているから、助けに行けと言われているような……。
まさか……、魔術式の中心は下で屋上はもう一つの魔術式が敷かれている?
それなら校内に足止めの敵が出てこない理由と重なる。
そうなれば上にいたリティは幻想で、実はすでに下にいるということ。
なら、
上には……。
急ごう。考えている余裕はなかったことを忘れていた。




