~第1章~ 表裏の空(6)
頭を両手で抱えながら保健室に入る。
ドアはあけっぱのようだ。
「患者の健康に悪いぞ」
オレは親切なことにドアを閉めてやる。
頭を抱えたまま保健室内を見渡す。
どうやら保健室によく出てくる、若しくは学園系エロゲによく出てくる保健室の先生はいないようだ。
(出張なのか?)
誰もいないようなので勝手に部屋を使わせてもらうことにした。
白いシーツが敷かれているベッドに横たわる。
いつも通りのフワフワ感に眠気が来る。
やはり、ずいぶんと疲れているようだった。
目を閉じた後、すぐ眠りに入った。
魔術による記憶修復完了。
侵入後の記憶と連結。
人格補正……失敗。
再補修……、
失敗したため、人格補正を中断。
これまでの刻の人格と統合。
Cross of axis(軸変換終了)
(記憶が……戻った?けど……何も変わらない。いや、オレにはやるべきことがある。だから……)
「ねぇ、ねぇ成人」
(何だ。オレは熟睡中だ)
「成人ってば~」
(オレは今眠い)
「起きてよ~」
(だから、オレは眠いと……)
「キスしちゃおっかな~」
(オレは……)
キス……だ……と。
「待て!キスだけは!」
一気に眠気は覚めベッドから飛び起きる。
目の前にはオレの唇と触れるまで数センチと近づく雪上の顔だった。
雪上はオレが眠っていたベッドの横に立ち、上半身をこちらに傾ける形でキスをしようとしていた。
瞼を閉じキスをしようと清ました顔が大人の女性を思わせオレはドキッとする。
その大人っぽさはオレにキスしてもいいんじゃないかと後押しをする。
成り行きなら、
そっと彼女の唇に触れる。
「あっ……て、何よ!」
雪上は瞼を開け見た現実に落胆する。
それもそのはず。
雪上の唇に触れたのはオレの一指し指なのだから。
雪上の表情は清ましていた顔から一変。ふくれっ面になり、
「私、期待してたのに!」
オレが寝ているベッドの上に身を乗り出し迫ろうとする。
危機感を抱き、オレは慌てて逃げようとしベッドから転げ落ちる。
しわ一つ無く綺麗に敷かれたシーツは見るも無残に、ベッドからはみ出てだらしない状態となる。
「痛っつ」
どうやら腰を強打した。
腰を片手で支えるように持ち立ち上がる。
「ゴメン、成人」
ベッドの横に立ち深々と礼をする。
突然の謝罪に困る。
「ど、どうした?」
「だって、いつも私困らせるようなこと……してるから。まいっちゃうよね、成人も」
「いや、ここでまいっている理由は違うが……」
「私、こんなことしかできないから」
「そんなに自分を責めるな……。長い髪を振り乱して笑顔、だろ。らしくないぞっ」
雪上に近づき左手を腰に当てたまま、右手で雪上の頭を優しく撫でる。
「ありがと……」
「礼なんて、それより長い髪を振り乱してだったか?」
「最初は“長い髪をなびかせて”だったけど、それって風が吹くから“なびく”んでしょ。だから、風が吹かなくても笑顔でいれるように、モットーを“振り乱して”にしたの」
「そうだったのか……」
いや、以外に奥が深い。
聞けて良かった……。
「それはそうと……、今何時限目だ?」
「4限目が始まるところ」
「へ?」
双葉目学園の時間割は40分×7の時間配分で授業があって、4限まで午前中の授業。
5限からが午後の授業。で、今4限だから……。
「昼食まだだ!」
「そう。朝の件で謝ろうと3限目に行ったら教室にいないから、もしかして……と思って此処に来たら……。成人が倒れてた」
1限後からオレは寝っぱなし。
まさに、眠り姫ほどでもないか。
「オレは倒れてたんじゃなくて、此処で眠っていたが正しい」
一応つっこんでおく。
「ところで、なんで3限目にオレがいるであろう教室に来たんだ?」
本当なら放課後とか、昼休憩に会うから3限に来る理由はない。
「……同じになっちゃうから」
「……へ?」
「い、いや。何でもない。こういうことは長引かせたくなかったから」
「……わかった」
納得できないことこの上ないが、雪上の表情を見れば納得せざるを得ない。
それほど彼女の面持ちには陰気があり、これ以上突っ込まないでくれとオレに訴えかけていたから。
「で……オレは昼休まで残り1限しか残ってないから此処で休むが、雪上は授業に出なくていいのか?」
「私も休む」
「あぁ、一つ付け加えると此処でサボる……だ。休むじゃない。人のことは言えないが」
「分かってるわよ」
お互いそれぞれのベッドに横たわる。といってもカーテンを間に挟んで隣どうしだが。
「なぁ雪上」
「何?」
カーテンを挟み会話をする。
「せっかく時間が取れたから、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいことって?」
「朝の話だけどさ、聞かれたくないならいいんだ。もし好ければ朝のこと話してくれないかな~と」
少しの間、沈黙する時間が流れる。
「話……せない……かな。何で坂宮さんって言ったかでしょ」
「ああ」
「私もまだ確信してないことだらけでね。別に、成人だから喋らないじゃなくて、今は話せないだけ。時間が経てば話せると思う」
どうやら話し難いらしい。
気に病まなければいいが。
「無理するなよ……。言いたくなったら、何時でも言ってくれればいいから」
「ありがと……」
「ねぇ、成人」
「………………」
「成人?」
「Zzzzzzzzz」
「もうっ。でも……成人らしいね」
4限終了のチャイムと共に起床する。
ベッドから降り、立ち上がってオレと雪上を仕切るカーテンを開けると、そこにはもうベッドに雪上の姿はなかった。
(先に出て行ったのか)
オレは乱れたシーツを元の綺麗な状態に戻し服装を整え……。
シーツの下からリボンを見つける。
何かしら魔力を感じられるが……、
(おっと。こうしてはいられない)
リボンを無理やりポケットに入れ、池井との約束の場所へ急いだ。
青い空の下、そいつは両手をポケットに入れオレを待っていた。
「俊一」
オレは池井を下の名で呼ぶ。勿論、わけがあってだ。
屋上で待つそいつは振り向き答える。
「俊一……か。話は後で訊く。で、本題は?」
池井に近づき横に並ぶ形で話しかける。
「実は、花見に誘おうと思って」
「花見……か。それは俺を出し抜くためか?」
「ただの花見だよ」
「本当か?俺を罠にはめて虐めようとか言う話じゃ……」
「そんなことするかよ。学園のアイドルにそんなことをしたら、オレに明日はないよ。それに、花見の主役は公林だからな」
「そうか。お前が気を使うとは、な」
「酷いな。結構、世話になっているから本心からのお祝いさ」
「公林は元気か?」
「見た感じは元気だ。だが本当に元気かはわからない」
「あいつ努力家だからな……。頑張り過ぎなければいいが……」
「その点おまえは、気を抜いてテストで凡ミスをする」
「そうだな。でも、アイドルは大変だ。アイドルと呼ばれる限り行動は制限される。それでも、みんなが求めているアイドルを俺は目指さなくてはならない」
「そんなプレッシャーの中、アイドルを何事も無くやってのけているお前の精神力はすごいな」
「お褒めの言葉か……。その裏では俺を馬鹿にして……」
「考えすぎだ。けどアイドルの宿命だな。存在感が無ければ、アイドルは成立しないからな」
「存在感か……確かに」
そう言った後、池井は神妙な面持ちで俺に話しかける。
「一つ気になったことだが、昨日の件が関わっているかは知らんが……、坂宮の存在が薄れてきている」
「……何!?」
その時、大勢の池井ファンが屋上へ押し寄せる。
「重要な会話をしようと……」
池井は自分のファンが来たことに悪態を吐くがファンの声に呑み込まれる。
洪水のように流れ寄せてきたそれらは、池井を連れ去り嵐のように去っていった。
嵐が去った後、雪上と零が姿を現す。
「池井君と話をしていたの?」
雪上はいつも通りランチョンマットを敷きながら、尋ねる。
「ああ。花見のことでな」
「池井先輩も来られるのですか?」
零は敷かれたランチョンマットの上に座り、弁当箱を広げながら喋りかける。
「その予定だが……、日時を言い忘れた」
「まあ、人気者だからね。で、池井君は来られるの?」
「何とかなるだろ」
「それで大丈夫なんですか?成人先輩」
「大丈夫だ。池井だからな」
「どういう理由なの……それ」
昼食を食べる準備は終わり、食事にありつく。
今日の弁当の中身は、ハンバーグ、ウサギウインナー、プチトマト、ブロッコリー、ポテトサラダ、唐揚げ、佃煮、鮭の塩焼きと炊き込みご飯。
なんと豪勢な弁当なんだ。
全てのおかずに手を出し自分の量だけ食べる。ちなみに自分の量とは目分量である。
だが、結果的にその残った分が、他二人の適量となっているため安心できる。もしかすると、二人が気を遣ってくれているのかもしれないが……。
「これは……。零、腕を上げたな」
お世辞ではなく本当においしかった。
「本当ですか先輩」
「あぁ~」
「零ちゃんやったね~」
「はい」
雪上と零はお互い座ったまま向き合い、笑顔でハイタッチを繰り返す。
仄々としたいい風景だな。考えたことはないが、他の人は昼休憩どうやって過ごしているのだろうか?
池井は女子とイチャイチャ、いや質問攻めに遭い昼飯を食べる余裕がないとか。
公林は図書室か、アルバイト先だろうし……。
坂宮は…………。
“坂宮の存在が薄れている”
恐らく原因は昨日のことだろう。
オレの記憶は…………
昨日のことだ。
坂宮の魂が無事に本人の躰へ戻った後、オレは坂宮を背負い自宅まで送ろうとした。その時、オレは今回の件についてファミーユから4つ今後に関わることを聞かされた。
1つ、リティはヴァルハラを現界させようとしていること。
2つ、そのため魂が必要なこと。
3つ、リティは坂宮を必要としていること。
4つ、坂宮は魔術師であること。
以上のことを聞かされ、オレはファミーユに別れを告げ売却地を去った。
帰り道、オレは重大なことに気づく。
坂宮の家をオレは知らないこと。
そのことに気づき、坂宮を背負うため支えていた両手を離し落とす。
「む……う……」
「起きたか?」
お尻を押さえながら坂宮は立ち上がりオレを睨みつけ、
「起きたか?っじゃない!すごく痛かった」
と、一喝。
「それはすまない。それよりお前の家はどこだ?」
「ふんっ!」
家はどこかと尋ねるも無視される。
「家を教えてくれないと、お前を送れない」
「私を……送る……?」
「そうだ」
オレは不思議に思う坂宮の顔を見て理解する。
(こいつ、黒騎士に襲われた時から気絶してたな~。)
「もしかして、私……騎士みたいのに襲われて……」
「すまん。先に説明しとくべきだったな」
「ナッリー……助けてくれたの?」
「いや、助けたのはオレじゃなくて違う人」
「でも……送ろうとしてくれたんだよね!」
可愛げな顔で同意を求める。否定を絶対にして欲しくない、そういう声でもあり、顔でもあった。
「……ああ」
そんな顔をされれば、同意せざるを得ない。
「私の家の場所……知りたい?」
いきなり話を戻される。
今度はどちらの反応でもいいという顔をしていた。
坂宮の家。知りたい気持ちもあるが夜も遅いことだから。オレは……、
坂宮がそっと右手を触る。
オレは“家に帰る”とするか。
そう思った途端、視界が真っ暗になった。
……記憶はそこで途絶えている。
目を覚まし気がつくとそこは見慣れた自分の部屋だった。
ファミーユは言っていた。
坂宮は魔術師……だと。
オレも朝、坂宮から魔力を感じた。魔術師ではないと否定はできない。
彼女は分かっていたのだろうか……、オレが魔術師であることに。
保健室で眠るまでオレは魔術師としての記憶をほとんど忘れていた。だから、坂宮が魔術師であることも、今日の朝分かった。
これまでオレが魔術師だと知っていてなお、友達として付き合ってくれたのか……?
疑問に思うことならいくつでもある。
…………あり過ぎる。
「成人?」
「成人先輩?」
二人が、どうかした?という顔で問いかける。
「…………ああ、ごめん」
「やっぱり……まだ保健室にいたほうがいいんじゃないの」
「いや、もう大丈夫だ」
「大丈夫、て顔じゃないよ」
「いや……ホントに大じょ……」
零は心配そうな顔をする。
「成人先輩、保健室に行っていたのですか?」
「ええ」
「……っあ、ああ」
雪上がなぜかオレより先に答える。そんなことをしたら、いらない事態に見舞われる。
例えば……、
「静先輩、保健室にいったのですか」
少し語尾の辺りが強く感じる。
「私と成人は保健室で一緒にいたよ」
「じゃ……その……もしかして、静先輩は成人先輩と……」
こ、これは不味い。
「そ、そんなことはして」
「教えて欲しい?」
不幸にも雪上の声にオレの訴えは掻き消される。
「い……いいです。それならそれで……私にも考えがあります」
ま、待て。これは変な展開だ。この場を何とかできるのはオレだよな、というよりオレが原因か。
「と、とりあえず飯にしないか」
放課後、自宅への帰り道を歩きながら、昼の出来事を思い返す。
何とか場は凌げた。空気は居辛いという言葉そのものだったが。どうにか関係を保 つことはできたし、縁を切られなくて良かった。
いらない心配事はつくりたくない。
雪上のことも心配だが、今は坂宮が優先だ。
なぜ、リティに狙われているかがわからない。
魔術師である以外になにか能力があるのか。
ふと、足が止まる。
周りの景色を見渡すと、そこはファミーユと初めて会った公園だった。
公園は帰路にはなく別の道だが、ふらっと来てしまっていたらしい。
今思えば会ってから2日ほど経ったばかりだ。なんとなく長く感じる。事があり過ぎたせいか。
止めた足を進めようとする。
「止まりなさい侵入者!」
聞き覚えのある声だ。こうなることは予測済みだ。
黒いマントを身に纏った十人がオレの周りを取り囲む。魔術師か。
「よく侵入する気になったわね、成人」
ファミーユは取り囲む正面の魔術師二人の間を通り前へ出る。
「侵入者……か」
「その通りね。約4ヶ月前からかしら」
「そうだな。で、オレを拘束すると」
「ええ。侵入者なのだから」
「そうだな。殺されないだけましか。魔術団は亡命してきた者を表側で助けたように見せかけ、その裏では亡命した者を禁錮へ閉じ込める。そして、自分達のために多くの人の命を奪い魔術界の半分以上を占める勢力の威厳を保ってきたのだから」
ファミーユは眉一つ動かさず答える。
「私達テンプル魔術団はあなたの言ったとおりの集団よ。一切の妥協は赦さない。抗う者には制裁を。秩序無き世界に秩序を。それがテンプル魔術団」
「じゃあその魔術団を統制、管理、指揮する最高位である賽の目の一人がなぜオレを野放しにしたんだ?」
「簡単なことよ。魔術師としての力も無く、人間と呼べるかどうかの感情しか持たないからよ」
ファミーユは一点だけを見つめていた。真っ直ぐなその視線に圧倒されるほどだ。冷たさも感じる。
「魔術師としての力がない……か」
そっと右手を拳にして前に突き出す。
「なら、試してみるか?」
「いいわ、試してみたら?この魔術師十人にあなた一人で勝てるのならば」
周りを囲む魔術師が一斉に身を構える。
「いくぞ」
片足で地面を踏む。
直後、オレの体から黒い煙が上がる。オレは腹を抱え、よろよろと立ち上がる。
ファミーユは冷たい顔から一瞬、驚きにも似た顔をするも直に表情を元の氷に戻す。
どうやらオレの行動に危険だと思った魔術師の一人が攻撃をしたらしい。賢明な判断だったかといえば賢明なのだろう。オレが何か魔術で攻撃をしていたのならば。
結果オレは何もしていない。
ただ、かかとが靴からはみ出て脱げそうになったから足踏みをしただけ。
「なぜ魔術を使わなかったの」
それにオレが魔術を使うことは、
「魔術は使わないしできない。一つの約束を守るため」
「……約束」
「ああ」
ファミーユはオレの話を無視するように振り返り、
「今回は真隼 成人の拘束を中断。魔術師は本部に戻るように。以上」
魔術師達に命令を告げる。そして、
「真隼 成人に三日間の猶予を与える」
とのこと。
オレを取り囲んでいた魔術師達は立ち退く。ファミーユは魔術師達を従え退こうとした時、ちらっとこちらを見てウィンクをする。
どういった意味でのウィンクかは分からないが、再び止めていた足を自宅に向け歩みを進める。
ガッ。
足に何かが当たった感覚が走る。
また、足を止め足元を見る。
(カード?)
招待状とも取れるカードを手に取り中身を見る。
内容は、今夜8時にこの公園で待ち合わせ、
byファミーユ。
と。面倒だと思いながら頭を掻き、そのままオレは帰路に着く。




