~第1章~ 表裏の空(4)
学校を出てから数十分は走り続け、都市外れの大きい広場に出た。確かここは売却地だったような……。
「ここがブラックホールを抜けた、ホワイトホールがある場所なのか?」
「ええ。間違いないわ」
彼女の表情から自信が窺えた。
到着してちょうど、黒い液体のようなものと共に騎士と、それに抱えられる坂宮が姿を現した。
「見つけたわ」
騎士は驚いた様子はなく、待ち構えていた様子だった。
「ここならば存分に事を構えられよう」
「その通りね。で、結界は張らないわけ?」
騎士の鎧が少し上下に動いた。
「まさか、この身で結界など張れまいて……」
「あらごめんなさい。察する事ができなくて」
嘲笑うファミーユの言動に騎士も応える形で、
「基より、また現界できるとは思ってもみなかったからな」
挑戦に乗る気も無いようにみえた。
「さて、本題に入ろうかしら。」
ファミーユの視線が鋭くなる。
その視線は真っ直ぐに騎士の姿を差していた。
「その子をどうする気?」
「―――我に回答権などない」
騎士はそっと坂宮を地面に下ろす。
「我が使命は貴公の抹殺のみ託された」
「ならその子は関係ないでしょ」
「我に回答の是非もなし」
「どうして騎士ってこうなのかしら。なら力ずくでってこと」
騎士は静かに頷く。
「いいわ。その代わりその子に怪我をさせないよう離しておいてもらえるかしら」
「―――承知」
坂宮の体は宙に浮きこの場から少し離れていった。
その直後、空が赤黒く変色した。
「結界?」
ファミーユの疑問に騎士が答える。
「その通り」
「あっそ。要するにあなたを倒さない限り、彼女を助けることはできないってことね」
「その通り」
ファミーユは納得したようだった。
「本気でいかせてもらうわよ」
「いざ、雌雄を決しようぞ」
オレは二人の間に立ち入ってはいけない空気を悟り、ただ戦闘を見守る傍観者役を務めることにした。
広場には静寂が漂い、決戦のときを迎えた。
向かい合う二人。先にファミーユが動く。
口から出る言葉と共に魔術式が円を描く。
そして、球体のようなものが、魔術式の周りに浮かび上がる。
球体は黄色にひかり、輝いている。小さく太陽を縮小したような形。
それらは大きさを増してゆき、騎士目掛け射出された。
その直前、騎士の腕が赤く染まっているように見えた。
射出された球体は呆気なく、騎士に切り裂かれた。
「へえ、やるじゃない。でも―――」
騎士は後ろを振り向く。が、遅かった。
ファミーユは弾を射出すると同時に、騎士背後に回っていた。彼女の手には輝く球体の光があり、騎士の頭部を捕らえていた。
大きな爆発音の後、辺りには焼け焦げた匂いがたちこめる。
騎士がいたところは煙が充満し、何も見えなくなる。
スタッと音を立て成人の横に着地する。
やがて煙は拡散してゆき、消えていった。
「嘘でしょ!」
消えた煙の先には大きなクレータと、その中心で無傷で立っている騎士がいた。
騎士はゆっくりと二人を見上げた。
「なかなかの俊敏性だ」
騎士は動き出す様子はなくその場に立ち尽くす。
「対魔術性の鎧とでも……」
ファミーユは何かに思い当たり言葉を失う。
「まさか……、魔術団で死後讃えられている『英雄13帥』の一人とでもいうの」
その問いに騎士は答えた。
「いかにも。我が名はベライゼレ・ライレル」
「あの第二次世界大戦中、幾万もの列強の軍を壊滅させ、その力は欧米全体を脅威にさらすほどと云われた魔術師。倒した魔術師は数千を越え、そして、一国を護るため自分の身と引き換えにして死んだとされる、私たち魔術団における英雄の一人」
「その通り。だが、我はこうして現界している」
「ええ、その通りね………」
微かに彼女の額には汗が滲んでいた。
騎士の立っている姿は威風があり、他を圧倒していた。
ファミーユは落ち着きを取り戻し、両手に長く細く、光る棒を作り握る。
大きく息を吸い込み、地面を蹴り騎士目掛け突進していった。
大きく振りかざした棒に対し、騎士は手で受け止める。
「腕装備まで対魔術性だなんて………」
ギシギシと音をたて小刻みに震える腕は、騎士との力関係を表していた。
「魔術師の天敵である我に叶うとでも」
ファミーユは一旦身を引き、体勢を立て直そうと飛び退ける。
騎士は追い討ちを掛けるように、手で引っ掻くように空を切り衝撃波を繰り出す。
騎士から繰り出される衝撃波は、地を抉る五本の刃。故に、衝撃波は衝撃刃と呼ぶに相応しい。
それに対し何とか反応し、衝撃刃を避ける。
再び攻撃を仕掛けるものの全く騎士に歯が立たない。
幾度と剣戟を交わすも、力の差は圧倒的だった。
だが、ファミーユは余裕がある表情こぼす。
何か奥の手があるかのように。
棒と鎧の腕はぶつかり犇めき合う。
「あなた、剣を使わなくて」
その問いに騎士は笑う。
「剣、だと……」
何かを察したようにファミーユは後退する。
頭を抱える形で騎士は手を添える。
「一つ君たち魔術師は勘違いしている」
その言葉に、彼女は戸惑う。
「何が間違いだというの……」
答えは根本的なことだった。
「我は魔術師ではない」
場が静まりかえる。全くの予期せぬ答えにファミーユは唖然とした。
「何ですって……」
「よくよく考えるがいい。どこに魔術を無効化できる鎧がある」
まだ、彼女は答えを導き出せずにいた。
「攻撃魔術への防御方法は二つ。魔術で守るか、打ち消すか」
騎士の鎧は圧倒的な魔力によって他の魔力を打ち消す。魔術が通じないのは鎧の魔力に対して鎧を攻撃する魔力が低いため。
騎士の答えに、彼女は一つの結論を導き出すことができた。騎士もそれを感じ取り、喋り続ける。
「そう。この鎧は強大な魔術によりできている。そしてこの鎧は武器でもある」
それは騎士に魔力がないことを意識させた。
簡単な答え、それ故に導き出せなかった。
騎士はその鎧を纏い幾多もの魔術師を死に至らしめた。そのため魔術団は畏敬の意を込め、鎧をある名称で呼んだ。
「『万人の惜敗』。見よ。この鎧に染み付いた数多くの魔術師の血。元は純白であった鎧は大量の返り血を浴び、今の漆黒の鎧となった。それでも挑むか、魔術師よ」
この状況において不適な笑みをあげる。
それが誰かというのは容易に分かる。
「あなたも一つ過ちを犯しているわ」
騎士とファミーユとの力の上下関係は、すぐにひびが入った。
いや、既に判明していた。
騎士は誰の命があって死地へ赴いていたのか。
誰の命で国を守ったのか。
誰の命で秩序を守ろうとしたのか。
―――――組織は誰が動かしているのか。
「ベライゼレは誰に主従しているの?」
「―――賽の目にのみ」
「賽の目の命には」
「―――絶対の服従を」
「あなたの命は」
「―――賽の目に捧ぐ」
「なら」
「全ては過ぎたこと。今はギガスに我が命を置き、主としている」
決して騎士の意思は揺るがない。
「―――それが騎士道」
「なら、その望みどおり葬ってあげる」
「たかだか小娘風情が、我を倒すとでも」
「ええ。それが主人であった者の役目ですから」
騎士は彼女の言葉を聞き驚くより寧ろ、歓喜に沸く。
「―――そうか。貴公が賽の目の一人であったか」
「ご名答」
騎士はクスクスと笑う。
「これは悲運か、否。……運命か。ならば裏切りの使徒として」
「ええ。あなたを煉獄に送ってしまった主人として」
「「この運命に終焉を」」
半径十メートルのクレータの中、二つの風が渦を巻きぶつかる。
異様な魔力の感じ。そこから、これから行われる戦闘の激しさを予期していた。
ファミーユの両手に握られる輝く柱は大きさを増し、黒き騎士の回りには黒き液体が渦を巻く。
二つの風の渦は一瞬揺らぎ、消滅する。
――――開戦。
先ほどと同じ剣戟。ファミーユの攻撃に腕で応戦する騎士。見た目は何も変わらない。だが、一つ一つの攻撃に風圧がかかり辺りの土を吹き飛ばす。
一撃一撃が強く激しいことを土は語る。
両者の手は緩まない。
ファミーユの持つ鋭い柱は輝きを増し、騎士の腕は赤く燃え滾る。
動きに隙を見せず一身一体の攻防。
騎士の放つ衝撃刃を薙ぎ払い、鋭き柱で一撃を食らわせ退く。再度近づき二撃。
ファミーユの攻撃は見切られているかのように、そのことごとくは防がれ騎士の反撃を待つ。
手を抜いているわけではない。決着がつかないのは両者の強さを意味していた。
永遠に続くと思われた。
「全てをここに」
騎士の攻撃が止まる。
その代わりに騎士の背後から巨大な自身の幻影が現れる。
「Est cassé qu'un récipient, et le fait; un pouvoir magique(魔力は我が鎧の臓器に注がれ全てを喰わん)」
騎士の周りを黒き液体が波を立て囲む。
「Je bois le corps et suis raffiné(忘却せし涙は我が血に)」
ファミーユは成人のいる、クレータ外部に退く。
空気は二人の肌を刺し刺激を与える。
今までとは違う、大地の震動を感じさせる。
空気は重くなり、重力が増す。
「La compensation ici.Pitié(幾多もの惜敗はここに、一振りの刃を授けん)」
鎧の腕の一部分が溶け、騎士の両腕から現れる槍のような長剣。
柄は銀に輝き、刀身は黒く光る。
両手に現れたその剣は見るものを釘づけにする。
騎士の姿をただ見つめることしかできない二人。
何も予測することはできない。そういえるのは魔術(非現実)という概念がこの場を支配しているから。その束縛された考えの前に二人は立たされていた。
「成人、私たち勝てるかしら?」
ぼそりと弱音を吐くファミーユ。
横にいる少年は答えに迷った。状況からして戦力は五分五分、若しくは押され気味に見えたからだ。
「勝てる。そんな気がする」
「何よそれ」
「気休めに絶対を付けて“勝てる”と言いたいが、そこまでオレの肝は強くも無ければ、精神的にもまいっている」
「あら、……それじゃあ仕方ないわね」
少年の答えに彼女は肩を落とす。
二人は騎士に眼を向ける。
騎士を囲んでいたものは全て、騎士の背後に映る自身の巨大な幻影も消えていた。
「自己装縛を知っているか?」
騎士はクレータを登り歩き始める。
その問いかけは成人にとっては意味不明のもの。代わりにファミーユが騎士の問いに答える。
「ええ。知っているわ。『多角術界』の一つ。自身を強化する類でしょ。でも、何?別にあなたが持っていようが驚きはしないわ」
魔術師自身が持つ得意魔術を極めた果てに辿り着ける固有の魔術。それが『多角術界』と呼ばれている。これには部類がされており、自身の強化型を『自己装縛』。ある一定範囲を自身の魔術で覆い効果を発起するものを『幻覚現鏡』。平行世界全てに影響を与えるものを『極終結』。その他分類不可能なものを『理壊』、とされる。多角術界を習得できる魔術師は少なく、その習得者は世界で53人とされている。
騎士もまた、その中の一人である。
「ほう。だが、我が持っているとは言ってはいない」
「それって……」
「我は魔術師ではない。故に、この鎧こそが自己装縛そのものだ。幾多もの戦いにこの身を捧げ、多くの魔術師を葬った結果だ。運命は我に力を授けた。我はそれに従うのみ」
ファミーユはただ騎士を見る。
見つめるでもなく、目を開き騎士のほうを向いている。
「ファミーユ。魔術師でない者が魔術を使えるのか?」
少年は一瞬、頭に浮かんだ疑問をファミーユに聞いた。
「使えるわ。魔法具とか、知識があればね」
「ストックってあるのか?」
「ええ、ちゃんとある。魔力が続く限りわね」
「もしあの鎧自体が自己装縛とかなんかの魔術って言うのなら、その魔力の供給源は何なんだ。そして、魔法具なら誰が渡したんだ、あの鎧を」
「供給源は所有者の魔力から、もしくは他人の魔力から。“あれ”を渡したやつは知らないわ」
「あの鎧は倒した魔術師の魔力を奪っていたと考えてもいいんだな?」
「そうね」
面倒くさそうに返事をする。
「最後の質問。ヤツは本当に魔術師じゃないのか?」
「何それ?」
勝手な先入観からくる不確定な事実。それ故に、彼が魔術師という可能性も曇らせ、ないものと想像し、いつしか簡単な答えを見失う。
異常だから見逃す通常。騎士の話術に二人は翻弄されていた。
だがここに来て、少年は一つの答えを導き出す。
「魔術団には魔術師しか入団できないんだろ?」
「ええそうよ。でもあなたが言いたいのは、魔術師じゃないのになぜ入団できたのってことでしょ。そんなの“あれ”を持っているからじゃない」
「そこらの人間に、魔術団に入団していない者にあの鎧を渡すのか?」
沈黙の時間が流れる。
ファミーユは小声で喋る。
「成人はあいつが魔術師だって言うの?」
「ああ。そうした場合の弱点もある。それは……」
ファミーユはオレの口元に人差し指で触れる。
「だめよ……。私を誰だと思っているのかしら?」
その言動から成人の解答を先読みしたことを意味していた。
騎士がクレータを登り終える。
「避けないでよ!」
ファミーユは騎士へいきなり飛び掛る。
剣と剣がぶつかる音。実際は剣と光る鋭い柱だが。
騎士はファミーユの行動を予測していたように、剣と柱がぶつかる位置に剣を構えていた。
「甘いな、貴公は」
「何が?」
騎士の弱点を知ったファミーユは、“抜かりない”そう思っていた。
ファミーユの知っている弱点とは騎士は長期戦に弱いと言うこと。鎧の魔力の供給源は魔術師からだ。しかし、魔術師は1回他界し鎧の供給源は断たれている。大量の魔力により長年魔術により具現化している鎧も、供給源が無ければ、貯蔵する魔力を失っていくのみ。そこから、長期戦に持ち越せば騎士の魔力は無くなり、勝機を大きく手繰り寄せることが出来る。ファミーユは自身の持つ魔力に絶対の自信があった。それが彼女の騎士に対する強みであったが、考えが浅はかだったことを思い知らされる。
「貴公の魔力は軽く我を超える。しかし、その魔術の使い方によっては貴公の魔力を上回れる」
柱にひびが入る。
「え……」
「貴公の魔力を千としよう。そして、我が魔力は百とする」互いに剣と柱を交える。「貴公は魔力を全体に均等に振り分け我と対峙している」騎士の剣とぶつかる度に柱のひびは広がりを増す。「しかし、我は己が魔力を一点へ集中させ貴公と対峙している」
ファミーユは気づいたが遅かった。
剣と柱がぶつかり、そのまま刃を交えたまま停止する。
「そう。我が対峙しているのは千の魔力ではない」片手の剣を柱に当てたまま、もう一方の剣を大きく振り上げ柱にぶつける。「割り振られた十の魔力に対し、我は百の魔力で挑んでいるのだ!」
大きく振りかざしたにもかかわらず、剣を振る速度は速く、通常の剣捌きとほぼ変わらなかった。
振りかざされた剣圧に柱は耐えることなく、両手の柱は脆くも崩れさる。騎士は間髪いれず次の攻撃に移る。
振りかざしたもう一方の別の剣で、ファミーユの腹へ目掛け突く。
両手にあった柱は消え去りファミーユを守るものは何も無かった。
「こんのっ!」
ファミーユは右手手の平を自分に近づく剣へかざす。
右手から現れた薄っぺらい円形状の魔術式による盾は剣を食い止めた、かのように見えた。
「―――温い」
刹那の内に剣は盾を突き抜け目的の場に迫る。
ファミーユは剣の刃先が“そこ”に届く前に回避した。が、腹には切り裂かれたような痛みが走る。
「痛っつ…………」
確かに避けたはずだった。剣の刃先は届かず空を切ったと思った。
ファミーユは腹を片手で押さえ膝をつく。
その光景を見た騎士は剣の刃先を地面に向ける。
「一つ教えておく。我が持つ自己装縛の名は『魂炉』と言い、この剣の名はハルバードと呼ぶ」
それを聞きファミーユは少し笑みをこぼす。
「ハルバードって、斧とか槍の名前じゃないの?」
騎士も笑いで返す。
「ふんっ。その通り。だが、それこそが油断を生む。我が自己装縛の能力は武器の能力を生かすことにある。」
――――――――過去にさかのぼる。
「我は昔、使い慣れた剣を戦争中折ってしまった。そこは戦いの場、武器が無くては殺されるのみだ。そこで近くで戦死した兵士が所持していた武器、ハルバードを使いその戦いを切り抜けた。だが、我の本来の武器は剣だ。あまりにその長槍は使いにくかった。そこで、鍛冶屋に頼み、この鎧の一部と共にその槍を溶かし剣に鍛え上げてもらった。我はその剣を貰い戦場へむかい、早速その剣を使い戦った。だが、妙なことに刃の長さと攻撃範囲は一致していなかった」
「何それ?」
ファミーユの言葉に騎士の右手に持つ剣の剣先が元主へ向けられる。
「無論、答えを知っていての発言だろう」
刃先はファミーユに迫る。
ファミーユは刃の軌道を読み回避する。
獲物を見失った刃は空を切る。
「――――――さて」再び剣先はファミーユに向けられる。
「そろそろ終止符を打つか」




