~第1章~ 表裏の空(3)
ふんわりとしたそよ風吹く屋上。オレは何時もと同じく空を見る。これが日課となったのはいつからなのだろうか?気がつけば空を見つめていた。だが決して夜の星空を見ることは無い。遠く、遠く離れている星が近づいてきそうで、俺はその情景を何度も夢に見る。
「あれ?早いじゃない」
「こんにちは、成人先輩」
「うぃーっす」
いつもの二人、雪上と零が到着する。
「今日の朝どうしたの?一緒に登校しようと思ったのに」
雪上がランチョンマットを敷きながら喋りかける。
「ああ、朝早く起きたから、気分的に早く登校しようかと」
「ふ~ん。私たちを置いて~。こんなにかわいい二人を~」
無理やり零の顔を手繰り寄せ、太陽の光を川の水面が反射したときの輝きのように、キラキラとした微笑を雪上が見せる。
零は、恥じらいながらもチラチラとこちらを見つめる。その仕草が異様に可愛らしい。そう。もうどうにでもなってしまえばいいと思うくらいに……。
いやいや。オレはどうかしていたようだ。何があっても零は……、
「か、可愛い~」
つい言葉が漏れる。
「ね~、それってどっちのこと?」
「そりゃ~、もう。れ……」
「なあに?れって?」
「そ、それは……。烈火のごとく両方とも可愛いってことだ」
適当に誤魔化す。
どこが適当なのか?
どれも不適当だ。
「やっぱり~。私も零も可愛いって~」
「な、成人先輩。本当ですか?」
ご、誤魔化せた。
「ああ。可愛いという言葉は二人のためにあるようなものだ」
「な、成人~」
雪上が抱きつく。
「な、何だ!?」
「そんなこと言ってくれるのは成人だけ~」
「せ、先輩……」
雪上の後ろから今にも消えそうな声が聞こえた。
「先輩は雪上先輩のことが~!」
零は屋上のドアをこじ開け急いで階段を下りていく。
「零!」
いきなり雪上が、思いっきり屋上の階段へ突き飛ばす。
「ゆ、雪上?」
「ほら。早く追わないと」
そう言い雪上がウインクをする。
突然の雪上の行動に驚いたが、どうやら謀られたようだ。
とにかくベタだが、
「零~」
と叫び零を追いかけることにした。
一人ぼっちの屋上、フェンスに少女が腰を掛ける。
どこか達成感のある顔と裏腹に複雑な笑みを浮かべる。
「私、こんなのでいいのかな~」
友達を助けたい反面、自分の欲が出てしまう。抑えようと思っても、抑えきれないものが、その少女の小さな心には大きな負担へと何時しかなっていた。
それでも、自分の願いを押し殺してでも友達を助けることを選んだ。
「いつも、長い髪を振り乱して笑顔」
虚空の空にそう呟く。
少し冷たい風が彼女の背中を吹き抜け長い髪を揺らす。
髪は旗がなびくように、水が透き通っているように、サラサラと、ただサラサラと、風に靡いていた。
「あの二人、うまくやっているかな~?」
3棟の校舎を繋ぐ、外からの風が吹き抜ける渡り廊下横にあるベンチ。彼女、零はそこにうつむいて座っていた。
頬は少し赤く、目も泣いたせいなのか赤くなっていた。
「零……」
ゆっくりと零に歩み寄る。
―――――そっと。
うつむく零の前を通り過ぎ、空いている横のスペースに座る。
「零……、すまなかった。だがオレは……」
「……先輩。空って青いですね」
「……零?」
「空は、何も心配事が無いから、いつまでも青くいられるのでしょうか?」
零は頭を上げて空を見る。
それに釣られオレも空を見上げる。
「私、泣きながら思ったんです。あの空のように何も考えず、何にも邪魔されずに、ただ自然に笑えたらって……」
「零……」
言葉が続かなかった。
普段見ている零はこのとき異様に遠い存在に思えた。
身近だからこそ気づけない心情。
離れてやっとその人本来の姿が見えてくる。
空を見上げる零は、オレの瞳にどこか大人びて映っていた。
「私は自然に笑える方法が分かりません。でも、先輩は私に自然に笑える時間と場所を与えてくれます。だから、私……もう泣きません。先輩と同じ時間を過ごした中で、笑って……いたい……から」
目配せし、終わりのほうはうつむいて喋っていた。
どうやら恥ずかしくなったらしい。
「零……。ごめん」
優しく零の頭を撫でる。
零の頬がりんごのように赤く染まっていくように見えた。
「さ、屋上にあがろう」
ベンチから立ち上がり零に手を指し伸ばす。
零はオレの手の平を握り立ち上がる。
「はい。成人先輩」
いつもの屋上。
「あ!来た来た」
「遅くなった雪上。ほら、零。3人で昼飯にするか」
「はい」
「もう、昼休憩終わっちゃうよ」
「大丈夫だ。ご飯を食う時間ぐらいはあるだろ」
「今、急いで弁当の用意をします」
「あ、オレも手伝うよ」
ランチョンマットが敷いてあったため、ご飯を食べる準備は手伝うまでもなく済む。
「急いで食べちゃいましょ」
「お言葉に甘え、頂くとしよう」
零の作った特製ハンバーグに手を伸ばす。
「そ、それ私が狙っていたの」
「なら遠慮なく」
「ちょっと!」
「二人ともけんかしないで食べてください」
いつもと変わらない風景に変わった。
これが本で、この画は変わることなく続く。
どこまでも……。
いつまでも……。
ふと今朝のことを思い出す。
花見への誘い。
二人とも誘うべきなのか?
さっきのこともある。
二人共誘うべきだよな。
「雪上、零。質問がある」
何だろう、と雪上と、零がこちらに視線を向ける。
「この頃忙しいか?」
「なに?突然。もしかしてデートの誘い?」
「な……なんだと」
「ず・ぼ・し・でしょ」
「成人先輩、本当ですか?」
「まあ、そんなところだ。実は今週の土曜日、花見に行こうと思ってな」
勢いよく雪上が右手を挙げる。
「私、いきま~す」
「なら、私も行かしてもらってもいいでしょうか?」
「もちろんだ。人が多いほうが盛り上がるからな」
「それって、どれくらいの人数でするの?」
「だいたい6人程度だ」
「ふ~ん」
「あの……、弁当を……その……用意していってもいいですか?」
「いいとも~。あ、すまん。用意してもらえると助かる」
「良かったね、零。これで好感度アップ」
「そ……そんな」
零はそっぽを向く。
「話はこれだけだ。早くご飯を食べてしまおう」
弁当の中は空っぽとなる。
「もう、こんな食事は嫌」
「オレもごめんだ」
「私も疲れました」
全員、早食いにより敗北。
急いで腹に物を詰め込んだせいで、よくわからない腹痛が襲う。それでもまだ、ここで負けているわけにはいかない。
「授業が始まる。みんな急ぐぞ」
雪上は腹を手で抑えながら屋上の階段を下りていった。
「あいつ、抜け駆けか」
結局、後片付けはオレと零がすることになった。
零の奮闘により次の授業に間に合うことができた。
「オレは一人、掃除~」
放課後、教室に一人。掃除に没頭するオレ。
「なんと良い子なんだ」
誰もいない教室。当然、独り言を喋れるのは一人だからだ。ここに他人がいれば喋ることはまずないだろう。
そうだ。
なぜ一人なんだ。掃除当番は4~5人と決まっているだろ。
「あ……」
思い出した。相次いで掃除当番は、今日早退していったのだ。
「呪いか!」
一人つっこむ。やはり一人は寂しい。だが、本来仕事は一人でやるもの。
「ならば……!」
机に立て掛けていたほうきを手に取り、
「掃除をするのみ」
一人でそう断言し掃除をしようとしたとき、
「こんにちは~」
どこか聞き覚えのある声がオレの後ろから聞こえた。
「へぇ~、ここが学園」
振り返ると、あの魔術師が立っていた。
「どうだ、ここが私の生活する学園だ」
自慢してみる。特別自慢できることなどこの学園にはないのだが。
「ちょっとは驚きなさいよ」
「驚こうとはした。ああ……頑張ったさ。だが、君のその魔術っていうもののせいで、どうも驚こうにも驚けない」
「あなたも知っているはずよ。魔術による瞬間移動なんて超上級魔術なんだから」
「オレの名前はあんたじゃない。成人だ!」
「そうだったわ。ごめんなさい。じゃなくて!」
「ん?じゃなくて……」
「だから……、なんだったっけ?」
「多分、今晩のおかずについて。煮干とか食べるのか?」
「いいえ、私の今夜のディナーはイタリア料理のフルコースで……」
「何!イ……イタリア料理のフルコースだと」
「ええ。週代わりで、来週はフランス料理かしら」
気がつけば無駄に大きな声を発していた。
「バ……バカな!」
「いいでしょ~。あなた、いえ成人も召し上がりたいというのならば、招待してあげてよくってよ」
「マ……マジか」
「ん……マジ」
「よっしゃ~。その挑戦乗った~」
「ってバカじゃないの」
「すまない。だが、結構アドリブがきくな」
「これでも魔術師よ。関係ないけど」
「とりあえず謝っておく。ところで何をしにここまで?」
「ちょっと通りかかったから」
「へえ~、そうか。とりあえず座らないか」
「立ち話もなんですものね」
お互いにイスを引き、向かいあうように座る。
「っと。成人はいつも学校なの?」
「その通り。オレは学校」
「みんなおもしろいって言うけど、実際にどうなの?」
「みんなって誰だよ。……まあおもしろいといったら、おもしろいのかもな」
「そう。私も通いたいな~」
「まず年齢制限に引っかかる。ここは老人ホームじゃないんだぞ」
「誰が老人よ」
ファミーユをじっと見つめる。
「え!私!」
「そうだ」
「なら敬いなさい。年上を敬うのは基本よ」
「悪かった。まあこんな美人な老人は、他を見てもいないからな」
ファミーユの顔が赤くなる。
「美人って……誰がよ」
「おまえ意外に誰がいるんだよ」
ファミーユのおでこを指先でつつく。
「や、やめなさいよ~」
「ごめん。指が止まらない」
何度もおでこをつつく。何度も、何度も。それこそ凹むんじゃないかというほどに。
―――数分後。
「ごめん。あまりにおもしろくって」
ファミーユは頭を抱え俯いていた。
「ごめんファミーユ」
「アハハハハハハ」
急に笑い出した。それもカラカラと。何か抑えていたものが吹っ飛んだかのように。
「あ……ありがと成人」
笑いすぎたのか目には涙が浮かんでいる。
「久しぶりに笑ったわ。何年ぶりかしら」
「そ、そんなに笑ってなかったのか」
「ええ。でもやっと笑えたわ。ありがとう成人」
「いや、オレは何も」
何かはわからないが、彼女の笑う顔はどこか印象深く心に刻まれた。なぜかはわからない。ただ自然に心は受け止めた。
笑ってもらえて良かった。そう感じた。
「成人、何か異常を感じたこと無い?」
考えるが異常なことなど何も無い。寧ろ……
―――普通の日常こそ不可解だ。
「はっ!」
「どうしたの成人」
「さっき誰か喋らなかったか?」
「ここは私と成人だけよ」
「そ、そうか」
「何よ、ビックリさせないでよね」
「ご、ごめん」
オレには聞こえた。自分でない誰かの声を。確かに聞いた。だがファミーユは聞いていないといった。なら、誰が……。
「何浮かない顔しているの?」
「ああごめん。少し考え事を」
「ねえ何か思わない?」
「思うって何をだ?」
思い当たることなど何も無い。
―――何かを思い、思うことなど不愉快だ。壊し全てに崩落を。
「ファミーユ!何か聞こえなかったか」
「何も……」
「キャー!」
教室を出た廊下から声が聞こえた。
「いくぞ!ファミーユ。覚悟と準備はできてるか?」
「ええ。大丈夫。行きましょ」
イスから立ち上がり急いで教室を飛び出し、声が聞こえたところへ廊下を駆ける。ファミーユもオレに続き駆ける。その途中、悲鳴がどこか聞き覚えのある声であることに気がつく。
「まさか……」
声が聞こえた場所へたどり着く。そこには想像通り坂宮がいた。
坂宮は漆黒の鎧を纏った騎士のようなヤツに抱きかかえられていた。
「坂宮を離せ!」
咄嗟に叫ぶ。
「来たか……」
騎士からは低い男性の声が聞こえた。
ファミーユが前へ出る。
「へえ~。魂を鎧に定着させたの。いったい何のまね。魔術師の規定は一般人を巻き込まないことよ」
騎士は弁明することなく唯一言、
「―――ギガスに忠誠を」
鎧の周りから黒い液体が噴出し、鎧自身と坂宮を包み込む。
「坂宮!」
それを追おうとするオレをファミーユが手で遮る。
「あれは“転蝕”っていう魔術よ。地面に穴をあけそこに入り、もともとの掘ってある穴から抜け出すっていうもの。つまり、ブラックホールとホワイトホールってわけ。でも穴に閉じ込めることもできる。今行けば危ないわ」
「じゃあもとの穴を見つければ」
「そう。魔力を感じることができるから、そう遠くないわ」
「急ごう」
「ええ」
放課後の伽藍とした長い廊下を走る。
漆黒の騎士。
ギガス。
全くどうかしている。
「一つ疑問がある」
「何?もしかしてギガスのこと」
「それだ。いったい何なんだ?ギガスっていうのは」
走りながらお互い顔をチラチラ見ながら喋る。
「ギガスっていうのは私たちと対極にある組織のこと。違いは……秩序を壊すか、護るかっていうところよ」
「具体的に」
「この世にあってはならない理を犯す者と、それを食い止める者」
「そうじゃない。オレが聞きたいのは秩序を壊すという根源たるモノの事を聞きたいんだ」
一時、オレの知らない間が空く。
「―――あなた、ヴァルハラを知ってる?」
「何だ?そのヴァルハラっていうのは」
「簡単に説明すると神話よ」
「―――神話」
求めた答えのたどり着いた先に困惑する。
オレの考えでは一つの兵器と思った。だが、ファミーユは神話という。仮にギガスが神話のために魂の収集をしているのならば、それは殺人鬼に他ならないジェノサイドと同じだ。なぜなら、神話ということは空想と同じだからだ。
そんな絵空事で人を手に掛けるなんて……。
ただひたすら実態のないものを追いかける集団。
ファミーユはあえてヴァルハラについて隠したのか?
もし空想を追い求めるなら………、なぜ集団を作る。
なぜ組織でやっていける。
なぜ魂を集める。
空想を追いかけてるのでなく、この世の真理をギガスは知っているのではないのか。
色々な思いを胸にしまい、坂宮を助けることに専念した。
ファミーユに先行してもらい学校を後にする。
ファミーユ。この世界で何が起きているんだ?




