第9話「影の急襲と二人の覚悟」
王城の地下へ続く螺旋階段は、底なしの暗闇へと吸い込まれているようだった。
冷たく湿った空気が、肌をねっとりと撫で回す。
カビと鉄錆の匂いが混ざり合い、鼻腔の奥を不快に刺激した。
エリアスを先頭に、リアンは足音を殺して慎重に階段を下りていく。
かすかに聞こえる水滴の音が、異様なほどの静寂を際立たせていた。
突然、エリアスが足を止め、片手を上げて制止の合図を送る。
リアンは息を潜め、背後から彼の肩越しに前方を覗き込んだ。
「伏せろ」
エリアスの鋭い声と同時に、暗闇から無数の黒い刃が飛来した。
空気を切り裂く鋭い風切り音。
エリアスが長剣を振るい、火花を散らして暗器を弾き落とす。
金属同士が激突する甲高い音が、地下道に反響した。
「チッ、ネズミが嗅ぎつけたか」
暗がりから、嘲笑を含むしゃがれた声が響く。
黒装束に身を包んだ複数の影が、音もなく床に降り立った。
影の派閥の暗殺者たちだ。
彼らの手には、呪毒を塗られた不気味な紫色の刃が握られている。
「ここは通さないぞ、騎士殿」
「通さないだと」
エリアスが鼻で笑い、冷気すら帯びた殺気を一気に解放する。
「そこをどけ。俺の機嫌は今、最悪なんだ」
次の瞬間、エリアスの姿が掻き消えた。
凄まじい踏み込みの速度が、石の階段を粉砕する。
悲鳴を上げる間もなく、先頭の暗殺者が壁に叩きつけられ、鮮血が宙を舞った。
それは圧倒的な暴力だった。
守るものを得た天才騎士の、容赦のない蹂躙だ。
『凄い』
リアンは息を呑んでその光景を見つめる。
前世では、一人でこれほどの敵を抱え込もうとしていたのだ。
だが、暗殺者たちは死を恐れていない。
仲間が倒れるのを意に介さず、残りの影がエリアスの死角を突いて一斉に飛びかかる。
「エリアス」
リアンが叫ぶと同時に、一人の暗殺者がエリアスを迂回し、背後のリアンへと凶刃を振り下ろした。
毒の刃が迫る。
リアンは逃げなかった。
右手に魔力を集中させ、迫り来る刃を素手で正面から受け止める。
「なっ」
暗殺者が驚愕の声を上げた。
刃に塗られていた致死量の呪毒が、一瞬にしてリアンの掌に吸い込まれていく。
激しい痛みが腕を駆け上がるが、リアンは顔をしかめるだけで持ちこたえた。
エリアスとの誓約が、呪いのダメージを分散させているのだ。
「よそ見をしている余裕があるのか」
背後から迫ったエリアスの剣閃が、暗殺者の胴体を薙ぎ払う。
血飛沫を浴びたエリアスの横顔は、夜叉のように恐ろしく、そして息を呑むほど美しかった。
床に転がった死体を一瞥し、エリアスはすぐさまリアンへと向き直る。
彼の目線が、リアンの右手に吸い込まれた毒の痕跡を捉えた。
「無茶をするなと言ったはずだ」
怒りを含んだ声だった。
「君の背中は僕が守る」
リアンは真っ直ぐにエリアスの目を見つめ返した。
「もう、足手まといにはならない」
その言葉に、エリアスの険しい表情がふっと和らぐ。
張り詰めた空気の中で、彼だけが放つ熱が、リアンの心を強く打ち据えた。
「……行くぞ。魔力炉はすぐそこだ」
エリアスが血糊を振り払い、再び暗闇の奥へと足を踏み出す。
リアンはその背中を追って、深く冷たい地下の最奥部へと向かった。
王都の命運を懸けた最後の戦いが、すぐ目の前まで迫っていた。




