第8話「王都の暗雲と真の標的」
騎士団の作戦会議室は、重苦しい空気に支配されていた。
壁に掛けられた王都の巨大な地図には、呪毒が散布された箇所を示す赤いピンが無数に突き刺さっている。
長机の端に座るリアンは、支給された熱い茶の入ったマグカップを両手で包み込んでいた。
指先には確かな温もりがある。
隣に立つエリアスと命を共有したことで、呪いの進行が劇的に遅くなっているのだ。
「被害の拡大は食い止められましたが、根本的な解決には至っていません」
騎士団長が、疲労の色を濃く滲ませた声で報告する。
室内には焦燥感が渦巻いていた。
影の派閥は、王都の地下水路を利用して散発的に呪いをばら撒き続けている。
リアンが浄化を引き受けても、それはモグラ叩きに過ぎない。
「敵の真の狙いは、市民のパニックではありません」
エリアスが静かに口を開いた。
室内の視線が一斉に彼へと集まる。
「呪毒はあくまで囮だ」
エリアスは地図の赤いピンを指でなぞり、中央の王城へと視線を移す。
「目的は王都の防衛網を分散させ、王族を直接狙うことだ」
その言葉に、騎士団長が息を呑む。
リアンは唇を強く噛み締めた。
前世の記憶と完全に一致している。
あの時は、広場の浄化でリアンが倒れ、エリアスが看病に釘付けになっている隙を突かれた。
王城への襲撃を防ぐことができず、国王は暗殺され、王都は完全に崩壊したのだ。
『今回は、違う』
リアンは顔を上げ、エリアスの横顔を見つめた。
彼がそばにいる。
彼の命が、自分の体の中で脈打っている。
「王城の地下には、古代の魔力炉があります」
リアンが立ち上がり、声を張り上げた。
「そこに強大な呪いを直接注ぎ込めば、王都全土を一瞬で死の灰に変えることができる」
室内にざわめきが広がる。
それは騎士団の上層部すら知らない、神殿の最高機密だった。
「なぜ、お前がそれを知っている」
騎士団長の鋭い問いかけを、エリアスが片手で制止する。
「理由は後だ。今は迎撃の準備を急ぐ必要がある」
エリアスの絶対的なカリスマ性が、動揺する騎士たちを瞬時に束ね上げた。
彼はリアンの方へ振り返り、低く囁く。
「俺とお前は、魔力炉へ直行する」
「……わかった」
リアンは深く頷いた。
これは、前世の過ちを塗り替えるための最後の戦いだ。
エリアスの右手が、テーブルの下でリアンの左手をそっと握りしめる。
革手袋越しに伝わる体温が、リアンの背筋に冷たく張り付いていた恐怖を溶かしていく。
「決して俺から離れるな」
「君もね」
短い言葉の交わし合いだけで、二人の意思は完全に同調していた。
会議室の扉が激しくノックされ、血相を変えた伝令が飛び込んでくる。
「報告します。王城の地下水路にて、所属不明の武装集団が侵入」
ついに、影の派閥が本性を現した。
エリアスが腰の長剣を力強く引き抜く。
冷たい鋼の刃が、魔力灯の光を反射して鋭く煌めいた。




