第6話「交差する絶望と隠された恋情」
舞い上がった土埃が、静かに地面へと降り積もっていく。
広場を覆っていた瘴気は完全に消え去り、静寂だけが残された。
破壊された石畳の上で、リアンは仰向けに倒れていた。
全身の骨が砕けたような激痛が走り、指先一つ動かすことができない。
黒い血が口から溢れ、気道を塞ごうとするのを、咳き込んで必死に吐き出す。
視界の端で、ゆっくりと身を起こす影があった。
エリアスだ。
彼は全身に擦り傷を負いながらも、無事だった。
リアンが咄嗟に呪いの大半を自分に引き寄せたからだ。
「リアン」
這うようにして近づいてきたエリアスが、リアンの上半身を抱き起こす。
彼の顔は青ざめ、手が激しく震えていた。
「しっかりしろ。目を開けろ」
頬を叩く冷たい手の感触に、リアンは微かに目を細めた。
「……無事、だったか」
掠れた声で問うと、エリアスの顔が苦痛に歪んだ。
「ふざけるな」
怒りと悲しみが入り混じった絶叫が、広場に響き渡る。
「お前は自分が何をしたか分かっているのか」
「王都を……君を、守ったんだ」
「俺はそんなこと頼んでいない」
エリアスの腕が、リアンを折れるほど強く抱きしめる。
彼の大粒の涙が、リアンの冷たい頬に落ちた。
温かい。
ひどく熱かった。
「お前が死んで、俺だけが生き残って……それで俺が喜ぶとでも思ったのか」
エリアスの言葉が、胸の奥を鋭くえぐる。
前世で彼がどれほど絶望したかを知っている。
だからこそ、今度こそ彼を笑って生きさせたいと願ったのに。
「君は……強くて、立派な騎士だ」
リアンは息を継ぎながら、必死に言葉を紡ぐ。
「僕がいなくても、君は……」
「いなくても生きていけるなどと、勝手に決めるな」
エリアスがリアンの言葉を遮り、額をすり合わせた。
至近距離で交わる視線。
エリアスの青い瞳には、隠しきれない情愛と、狂気にも似た執着が渦巻いている。
「俺にはお前しかいないんだ」
震える声が、リアンの鼓膜を直接震わせる。
「お前がいなければ、世界などどうでもいい。王都が滅びようが知ったことか」
その言葉は、騎士としての誓いを完全に捨てるものだった。
彼をそこまで追い詰めてしまったのは、自分だ。
リアンの胸の奥で、せき止めていた感情のダムが決壊する。
彼を遠ざけようとしたのは、彼を愛しているからだ。
彼に生きてほしいと願うのは、彼を手放したくないというわがままなのだ。
「……僕もだ」
震える唇から、抑えきれない本音がこぼれ落ちる。
「君を失うのが、怖かった」
エリアスが息を呑む音が聞こえた。
「だから……一人で、背負おうと……」
「馬鹿野郎」
エリアスは泣き笑いのような顔をして、リアンの冷たい唇に自分の唇を重ねた。
それは血と泥の味がする、不格好で乱暴な口づけだった。
だが、そこからは確かな熱が伝わってきた。
互いの体温を確かめ合うような、切実な接触。
死の淵にあっても、彼が触れる場所だけが熱く燃えるように温かい。
「もう二度と、一人で背負わせない」
唇を離したエリアスが、決意に満ちた声で告げる。
「お前の呪いは、俺が半分引き受ける」
「駄目だ……そんなこと」
リアンが拒絶しようとしたが、エリアスは懐から短剣を取り出した。
迷いなく自分の掌を切り裂き、鮮血を滴らせる。
「君、何を……」
「魂の誓約だ」
エリアスは血に染まった手を、リアンの胸に押し当てた。
強烈な魔力の波動が、二人を包み込む。
身代わりの呪いではなく、命を共有する禁忌の魔法。
二人の鼓動が、同じリズムを刻み始めた。




