第5話「黒い煙と暴かれた身代わり」
王都の中央広場は、凄惨な地獄絵図と化していた。
石畳はひび割れ、そこからどす黒い瘴気が間欠泉のように噴き出している。
逃げ惑う人々の悲鳴と、倒れ伏す人々の呻き声が重なり合い、鼓膜を激しく打ちつける。
鼻を突くのは、物が焦げる臭いと、鉄錆のような呪いの悪臭だ。
リアンは息を切らしながら広場にたどり着いた。
右手首からは血が滴り、足元を赤く染めている。
だが、痛みを感じる余裕はなかった。
瘴気の中心には、濃密な呪いの塊が脈打つように膨張している。
あれが破裂すれば、王都全体が死の灰に覆われるだろう。
前世で彼からすべてを奪った元凶が、目の前にある。
「退いてくれ」
リアンは逃げ惑う人々をかき分け、呪いの中心へと進んでいく。
周囲の空気が氷のように冷たく、肌を刺す。
呪いの塊の前に立ち、両手を真っ直ぐに伸ばした。
祈りの言葉はいらない。
ただ、己の器を空にして、すべての穢れを受け入れるだけだ。
「来い」
声に出した瞬間、呪いの塊が意志を持った生き物のようにリアンの両腕に巻きついた。
全身の血液が一瞬で凍りついたかのような、強烈な衝撃に襲われる。
細胞の隅々まで黒い泥が入り込み、内側から肉体を食い破ろうとしていた。
「ぐっ……あぁっ」
喉から裂帛の悲鳴が漏れた。
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえる。
視界が真っ赤に染まり、耳の奥で激しい耳鳴りが鳴り響く。
それでも、リアンは手を離さなかった。
瘴気が渦を巻き、次々とリアンの体の中へ吸い込まれていく。
周囲の空気が徐々に澄んでいくのと反比例して、リアンの体はどす黒い染みに覆われていった。
皮膚がひび割れ、そこから冷たい黒い血が滲み出す。
『あと少し……これで、彼は……』
意識が途切れそうになる中、背後から凄まじい殺気が膨れ上がるのを感じた。
振り返る余裕などない。
だが、その気配の主が誰であるかは、魂が理解していた。
「リアン」
地を揺るがすような怒号だった。
エリアスだ。
彼は血走った目で、信じられない光景を凝視している。
呪いが浄化されているのではない。
リアンが呪いをその身に引き受けているのだという、残酷な真実。
すべてを理解したエリアスの顔が、絶望に歪む。
「やめろ」
エリアスが剣を投げ捨て、一直線にリアンへと駆け寄る。
彼の手がリアンの肩を掴んだ瞬間、強烈な冷気がエリアスにも伝播した。
「離れろ」
リアンは血を吐きながら叫んだ。
「君まで巻き込まれる」
「黙れ」
エリアスはリアンの警告を無視し、呪いの塊ごと彼を抱きしめた。
二人の体が密着し、瘴気がエリアスにも絡みつこうとする。
「なぜこんなことをする」
耳元で絞り出すような声が聞こえた。
「俺を守るためか。俺だけを生き残らせるためか」
「そうだ……僕は、君を……」
最後まで言い切る前に、呪いの塊が最後の爆発を起こした。
黒い閃光が広場を包み込み、二人の体は激しい衝撃とともに石畳へ叩きつけられた。




