第4話「監禁の朝と焦燥のにおい」
分厚い遮光カーテンが引かれた部屋は、昼間だというのに深夜のように暗かった。
じっとりとした汗がシーツに絡みつき、不快な湿り気を帯びている。
リアンは重い瞼をこじ開けた。
視界がぐるぐると回り、天井の木目が歪んで見える。
喉は砂を噛んだように乾ききり、息を吸い込むたびに肺が引き攣るような痛みを訴えた。
昨夜、エリアスに抱きすくめられた後の記憶が曖昧だ。
強引にベッドに運ばれ、そのまま深い眠りに落とされたことだけは微かに覚えている。
体を起こそうと右腕に力を入れた瞬間、金属が擦れる冷たい音が静寂を破った。
「動くな」
部屋の隅から、低い声が飛ぶ。
暗がりの中で、革張りの椅子に深く腰掛けるエリアスのシルエットが浮かび上がった。
彼の青い瞳だけが、獣のように鋭い光を放っている。
リアンの右手首には、いつの間にか銀色の手錠がはめられ、ベッドの支柱に繋がれていた。
「これは……何の真似だ」
掠れた声で問い詰めるが、エリアスは表情一つ変えない。
ゆっくりと立ち上がり、ベッドの脇まで歩み寄ってくる。
彼が纏う冷気と微かな鉄の匂いが、リアンの鼻腔をくすぐった。
「お前を安静にさせるための処置だ」
「僕を犯罪者扱いする気か」
「自ら命を削るような真似をするのなら、犯罪者よりも性質が悪い」
エリアスは冷酷に言い放ち、サイドテーブルに置かれた水差しを手にした。
グラスに注がれる水の音が、やけに大きく部屋に響く。
差し出されたグラスを、リアンは睨みつけた。
「外してくれ。僕には行かなければならない場所がある」
「どこにも行かせない」
グラスが強引にリアンの唇に押し当てられる。
冷たい水が口内に流れ込み、むせ返りそうになるのを必死に飲み込んだ。
「王都に……呪いが広がっているんだ」
息を乱しながら訴えるリアンに、エリアスの顔がわずかに歪む。
「それは騎士団の仕事だ。お前が背負う必要はない」
「違う。僕の力でなければ……」
「お前の力とはなんだ」
エリアスが身を乗り出し、リアンの顔を覗き込む。
その瞳の奥には、得体の知れない恐怖が渦巻いていた。
「他人の傷を治すたびに、お前の体温が下がっていくのはなぜだ」
「……」
「昨日、お前が吐いた血の色が、どす黒く濁っていたのはなぜだ」
核心を突く問いに、リアンは息を呑んだ。
彼の観察眼から逃れることはできない。
それでも、真実を明かすわけにはいかなかった。
身代わりの魔法だと知れば、エリアスは絶対にリアンを外に出さないだろう。
そして前世と同じように、王都は壊滅し、彼も命を落とすことになる。
「ただの疲労だ」
嘘を重ねるたびに、胸の奥が冷たく重くなっていく。
「休めば治る」
「嘘だ」
エリアスの大きな手が、リアンの頬を包み込む。
彼の体温が火傷しそうなほど熱く感じられた。
「お前は昔から、俺を守るためならどんな嘘でも言う」
親指が、リアンの目の下にある青白い隈をなぞる。
「だが、もう誤魔化されない」
その声には、悲痛なほどの切実さが混じっていた。
「俺がお前を守る。だから、もう何もしないでくれ」
祈るような言葉が、リアンの心を激しく揺さぶる。
彼に守られたい。
この温かい手の中で、すべてを忘れて眠りたい。
そんな甘い誘惑が脳裏をかすめる。
だが、窓の外から微かに聞こえた耳障りな破裂音が、リアンを現実に引き戻した。
影の派閥の呪いが、ついに表立った動きを見せ始めたのだ。
このままここにいては、すべてが終わる。
「……ごめん」
リアンは小さく呟くと、繋がれた右手首を力任せに引きちぎるように引いた。
金属が皮膚に食い込み、鮮血がシーツに飛び散る。
「リアン」
エリアスが驚愕して手を伸ばすよりも早く、リアンは枕元に隠し持っていた短剣を振り下ろした。
狙うのは彼ではない。
ベッドの木製の支柱だ。
鈍い音とともに木片が砕け散り、手錠の鎖が自由になる。
リアンは痛む体を引きずり、開け放たれた窓へと身を投げ出した。
「待て」
背後でエリアスの叫びが響く。
冷たい風が頬を打ちつけ、リアンは王都の喧騒の中へと飛び込んでいった。




