番外編「甘い休息と白銀の熱」
王都の中央市場は、活気にあふれた声と色彩で満ちていた。
影の派閥による襲撃から一ヶ月が経過し、街には少しずつ、かつての活気と平穏が戻り始めていた。
破壊された石畳は新しく敷き直され、露店には色鮮やかな果物や焼きたてのパンが所狭しと並んでいた。
香ばしい匂いが風に乗って鼻腔をくすぐる。
リアンは雑踏の中を歩きながら、隣を歩く大男を見上げてため息をついた。
「エリアス、少し近すぎる」
抗議の声を上げるが、エリアスは涼しい顔でリアンの肩を抱き寄せた。
「人が多い。はぐれたらどうする」
「子供じゃないんだから、迷子にはならないよ」
リアンが身をよじって逃れようとするが、エリアスの腕は微動だにしない。
彼の過保護さは、事件を境にさらに悪化していた。
以前のような強迫観念に駆られた監視ではない。
今は純粋に、リアンに触れていたい、リアンの体温を確かめていたいという、甘く執拗な独占欲の表れだった。
「お前は隙が多すぎる」
エリアスが冷ややかな視線を周囲に向ける。
行き交う人々が、王都最強の騎士の鋭い眼光に怯え、モーセの海のように道を空けていく。
「君が睨むから、みんな避けているだけだ」
リアンは苦笑しながら、露店の店主に会釈をして通り過ぎた。
今日は二人にとって、久しぶりの完全な休日だった。
神殿の務めも騎士団の任務も休みにし、ただ目的もなく街を歩く。
そんな当たり前の時間が、今の二人には何よりも愛おしかった。
「リアン、あれを見ろ」
エリアスが指差した先には、色とりどりの砂糖菓子を並べた屋台があった。
「甘いものは好きだろう。買ってくる」
リアンが止める間もなく、エリアスは長身をかがめて屋台の店主に声をかける。
彼の整った横顔を眺めながら、リアンは胸の奥が温かくなるのを感じた。
命を共有したことで、二人の間には言葉以上のつながりが生まれている。
エリアスの感情の揺らぎが、微かな熱となってリアンの心に伝わってくるのだ。
今、彼が感じているのは、穏やかな満足感と、リアンへの深い愛おしさだった。
「ほら、口を開けろ」
戻ってきたエリアスが、赤い砂糖菓子をつまんでリアンの口元に差し出した。
「自分で食べられる」
「いいから」
有無を言わさぬ圧に負け、リアンは小さく口を開く。
甘い砂糖が舌の上で溶け、果実の酸味が口いっぱいに広がった。
「どうだ」
「……美味しい」
リアンが素直に答えると、エリアスの顔に満足げな笑みが浮かぶ。
彼はそのまま、自分の指先についた砂糖を舐め取った。
その艶かしい仕草に、リアンの顔が一気に熱を持つ。
「こんな場所で、変なことをしないで」
「自分の指を舐めただけだ。何が変なんだ」
意地悪く笑うエリアスの青い瞳には、からかうような光が宿っている。
リアンは居たたまれなくなり、足早に歩き出した。
「待て」
背後から追いかけてきたエリアスが、リアンの手をしっかりと握り直す。
「顔が赤いぞ。熱があるんじゃないのか」
心配そうな声とともに、彼の手のひらがリアンの額に当てられる。
冷たい革手袋の感触が、火照った肌に心地よい。
「君のせいだ」
リアンがむくれて言い返すと、エリアスは低く喉を鳴らして笑った。
その笑い声が、街の喧騒の中に心地よく溶けていく。
呪いの冷たさに怯える日々は、もう二度とやってこない。
繋がれた手から伝わる確かな熱が、二人の未来を明るく照らし続けていた。




