第13話「朝陽の誓いとふたつの温度」
地下の淀んだ空気が、一段階段を上るごとに澄んだ朝の冷気へと変わっていく。
リアンの体は、エリアスの強靭な腕の中にすっぽりと収まっていた。
歩みを進めるたびに、エリアスの胸板から規則正しい心音と力強い熱が伝わってくる。
それはかつてリアンが呪いを引き受けていた時の、ひび割れた氷のような冷たさとは対極にある、確かな命の温度だった。
石造りの階段を上りきり、重厚な扉を押し開けた瞬間、視界が真っ白な光に包まれる。
「眩しい」
リアンは思わず目を細め、エリアスの肩に顔をうずめた。
「朝陽だ」
頭上から降ってくるエリアスの声は、ひどく穏やかで、かすかに震えていた。
王城の中庭には、すでに完全な夜明けが訪れていた。
雲ひとつない青空から、黄金色の光が降り注ぎ、昨夜までの惨劇が嘘のように世界を明るく照らし出している。
遠くから、慌ただしい足音と鎧が擦れる音が近づいてきた。
異変が収束したことを察知した騎士団の本隊が、ようやく地下への入り口に到着したのだ。
「エリアス隊長」
先頭を走ってきた副官が、信じられないものを見るように目を見開く。
「ご無事でしたか。魔力炉の暴走は……それに、リアン殿は」
「終わった」
エリアスは足を止めることなく、短く告げた。
「首魁は討ち取った。魔力炉の浄化も完了している」
副官が息を呑み、安堵の表情とともにその場にひざまずきかける。
「事後処理と残党の確保は任せる。俺たちは神殿に戻る」
「お待ちください。隊長もお怪我を……」
「俺の指示が聞こえなかったのか」
冷気をはらんだ鋭い一瞥に、副官は言葉を飲み込み、慌てて道を空けた。
エリアスは周囲の視線を一切気に留めることなく、リアンを抱きかかえたまま中庭を横切っていく。
「エリアス、僕はもう歩ける」
リアンは周囲の騎士たちの視線に耐えきれず、小さな声で抗議した。
「下ろしてくれ」
「駄目だ」
即座に返ってきた拒絶は、鉄の扉のように固い。
エリアスの腕の力が、さらに強くなる。
「お前は魔力炉の呪いを直接引き受けたんだ。体がどうなっているか分からない」
「君と繋がったおかげで、呪いは完全に浄化されたんだ。どこも痛くないし、冷たくもない」
リアンは証明するように、エリアスの首筋に自分の両手をそっと這わせた。
彼の肌に触れたリアンの指先は、しっかりと温かい。
「ほら、嘘じゃないだろう」
その温もりに触れた瞬間、エリアスの足がピタリと止まった。
彼の青い瞳が、リアンの顔を間近で見つめ下ろす。
長い睫毛がかすかに震え、その奥底に渦巻いていた張り詰めた感情が、ゆっくりと解けていくのが見えた。
「……あぁ」
エリアスの喉仏が大きく上下する。
「温かい」
まるで奇跡に触れるような、壊れ物に触れるような、ひどく優しい声だった。
エリアスはリアンを下ろす代わりに、その温かい額に自分の額をすり合わせた。
「お前が生きている。お前の体温が、ここにある」
吐息が混じり合うほどの距離で、彼の大粒の涙がリアンの頬にこぼれ落ちた。
最強の騎士として誰よりも強く、誰よりも冷酷に敵を排除してきた男が、今、子供のように泣いている。
世界を救ったことなど彼にはどうでもよくて、ただリアンが生きているという事実だけが、彼のすべてを満たしていた。
『ごめん』
リアンは心の中でつぶやきながら、エリアスの背中に腕を回した。
もう二度と、彼にこんな顔はさせない。
「泣かないで、エリアス」
リアンは指先で彼の涙を拭い、微笑みかけた。
「僕はどこにも行かない。ずっと、君のそばにいる」
その言葉を聞いたエリアスは、泣き笑いのような顔をして、リアンの唇に深く口づけた。
朝陽に包まれた中庭で、二人の影がひとつに重なる。
血と絶望の記憶は完全に塗り替えられ、ここから二人の新しい時間が静かに動き始めていた。




