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金勇王  作者: 管澤捻
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第四章 魔獣03

「だがその前に、愚痴だけは言わせてもらおうか。よくもまあ俺を騙して――ぐは!?」


 デッドは顎に衝撃を受けて堪らずに後退した。顎を押さえながら目を白黒させるデッド。彼の前に目を怒らせたロージーが仁王立ちしている。どうやら顎の痛みは彼女の頭突きによるものらしい。それを理解してデッドはギラリと目を尖らせた。


「いって……テ、テメエ! いきなり何しやがんだ!?」


「何しやがんだじゃないでしょ! 私のことを見捨てようとして! ふざけんじゃないわよ! ポチが助けてくれなかったら本当に殺されていたかも知れないのよ!」


「結果的に生きてんだから別にいいだろうが! つうかお前は黙ってろ! 俺はそこの眼鏡と大切なビジネストークがあんだ! 大人の話をガキが邪魔してんじゃねえ!」


「勝手なこと言わないでよ! 二、三発ぶんなぐらないと気が済まないわ! ちょっとこの手の拘束を解いてちょうだいよ! じゃないと貴方を直接ぶん殴れないでしょ!」


「んなこと言われて解く奴がいるか! 一生縛られたまま生きやがれ、この馬鹿!」


 子供のような悪態を吐いて、デッドは改めてノーマンに視線を戻した。悔しそうに歯を鳴らすロージー。怒り冷めやらぬその彼女を無視してデッドは「さて」と話を始める。


「ノーマン・エッジ。昨日はよくも適当こいてくれたな。魔女科学研究所の元研究員とは言え、如何にもモブなお前がまさか3Sと直接つながりがあるとは予想外だったぜ」


「モブとはひどいですね」


 ノーマンがズレた眼鏡を指先で直しながらゆっくりと立ち上がる。


「しかしその評価は間違っていません。魔女科学研究所には私より優れた研究員が大勢といましたからね。私など所詮、優秀な彼らの小間使いのようなものでした」


「その割に、ここの連中には随分と信頼されているようじゃないか。ロージーを人質にするこの回りくどいやり方も、お前が3Sに指示したものなんだろう?」


「3Sは人材不足なんですよ。だから僕のような半端な研究員にも頼らざるを得ない。信頼とは違う。まあそのおかげで僕も比較的自由に研究をさせてもらえるのですが」


 ノーマンの瞳に冷たい輝きが灯る。


「僕は本当の天才を知っている。魔女科学研究所が残した優れた研究成果。その大部分に関与した本当の天才を。残念ながら僕の技術力では天才の研究を再現できない。だからこそ天才が残した研究成果である貴方が研究サンプルとして必要なのですよ」


「悪いが御免だ。エロい女が相手ならともかく、男に体をまさぐられたくねえからな」


 デッドはふうと煙草の煙を吐き出して「だが」と口元をニヤリと曲げる。


「その研究から生み出される金については興味津々だ。そんなわけで、ヘヴンズライフは3Sに融資を提案したい。融資する金額は言い値で構わない。検討願いたいね」


「ちょ――ちょっと待ちなさいよ!」


 本題の交渉に持ち込もうとしたデッドに、ロージーが慌てたように声を荒げる。


「まだそんなこと言っているの!? 魔獣を製造したり無実の人を人質にしようとしたり、デッドさんも3Sが危険な組織であることはもう十分わかったでしょ!? そんな組織にお金を貸すなんて間違っているわ!」


「またその話か……前にも話したがヘヴンズライフは相手が誰であろうと必要なら金を貸す。その金をどう使おうかは顧客次第で俺たちが関与するようなことじゃない」


「もしそのお金が犯罪に使用されて、被害者が出るようなことになったらどうするの!?」


「どうもしないな。強いて言えば顧客が逮捕されたら借金回収が面倒になるぐらいか」


「最低だわ!」


「ゴチャゴチャうるせえな。俺はお前にじゃなく、ノーマンの野郎に話してんだよ」


 ロージーを手で払いつつ、デッドは交渉対象であるノーマンを見やる。デッドの提案を沈黙して聞いていたノーマン。その彼がズレた眼鏡を指先で直しつつ口を開いた。


「確かに僕たちの研究には多額の資金が必要となります。現在は製造した魔獣を売買するなどして活動資金を工面していますが、ヘヴンズライフから融資を受けられるなら、当面そのような無駄な活動をする必要もなくなる」


「ほら見やがれ。俺たちの融資で魔獣の売買がなくなんだ。立派な平和利用じゃねえか」


 デッドはこれ幸いとそう勝ち誇る。「う……」と声を詰まらせるロージー。悔しそうな彼女にデッドがさらに皮肉を重ねようとしたところでノーマンがさらりと言葉を続ける。


「とはいえ借金は借金。いずれは利息込みで返さなければなりません。融資されたお金で設備を拡張し、より安価に魔獣を売買できる体制を整えておく必要がありそうですね」


「ほらみなさいよ! やっぱり犯罪者にお金を渡すだなんて間違っているわ!」


 ロージーが息を吹き返す。デッドは彼女からの非難を都合よく無視するとノーマンにまた視線を移動させた。ノーマンが嘆息して「何にせよ」と小さな笑みを浮かべる。


「僕の独断で決められる問題ではなさそうですね。3Sは至るところに研究施設を所持しており、ここはその一つに過ぎません。この施設だけに限った話であればともかく、3S全体に関わることなら、3Sの幹部と直接話された方が良いでしょう」


「だったら幹部に取り次いでくれねえか。手数料ぐらいなら払ってやるからよ」


「では交換条件でどうでしょう。僕はこの話を幹部へと伝える。その代わり、デッドさんは僕たちの研究に協力する。これならお互いに利益を得られると思いますが」


「言っただろ。それは御免だってよ」


「そうですか……では仕方ありませんね」


 ノーマンがそう溜息を吐いた直後――


 床からガコンと奇妙な音が鳴らされる。


 デッドは反射的に足元に視線を投げた。床から響いてくる機械的な駆動音。カタカタと細かく振動する床にデッドは疑問符を浮かべる。一体何が起こっているのか。するとここで突如、足元の床がゆっくりと降下を始めた。


「へ――きゃあ!?」


 突然降下した床にロージーがバランスを崩して転倒しかける。デッドは「ちっ」と舌を鳴らすと、ロージーの腕を掴んで後方に駆けた。降下している床の面積は部屋の中心から直径約20メートル。デッドは降下している床から動いてない床に跳び乗ると、掴んでいたロージーの腕をポイッと放した。


「ぎゃふ!」


 引きずられるように運ばれたロージーが顔面から床に倒れる。まあそれはどうでも良いことだ。デッドはとりあえず安堵すると降下していく床に視線を移動させた。


 どんどんと床が降下して部屋の中心に巨大な穴が空けられる。すでに穴を覗き込まなければ降下した床が見えないぐらいに深い。痛みに呻いているロージー。その彼女のそばに巨大化したポチが近寄る。どうやらこの魔獣も自ら危険を察知して退避したようだ。


 床から鳴り響いていた駆動音が僅かに変化する。デッドは視線を鋭くして足元にある巨大な穴を見据えた。駆動音の変化。その意味すること。それは容易に想像できる。降下していた床がまた上昇を始めたのだ。そして恐らくその上昇する床には――


 歓迎できない何かが乗っているのだろう。


 足元に開いた穴から大きな影がせり上がってくる。その影を一言で説明するなら神話に登場するドラゴンだ。全身を包み込んでいる黒光りする鱗。長い首の先に乗せられた鰐に酷似した頭部。顎に並んだ肉厚の牙に手足から生えた鋭い爪。背中にある蝙蝠のような翼を窮屈そうに折り畳み、頭部に埋め込まれた赤い眼球を凶暴に輝かせていた。


「……魔獣のお出ましか」


 デッドは気を引き締めながらも笑みを浮かべる。このような展開になることは大方予想できていた。魔女の力を制御した実験体。それが生意気にも協力を拒んだ場合に備えて魔獣を用意していたのだろう。つまり説得ができないのなら支配しようというわけだ


「魔女科学研究所の遺産であるデッドさん。貴方の存在価値は計り知れません」


 部屋の中にマイク越しのノーマンの声が鳴らされる。ふと視線を巡らせると部屋の外からガラス越しにこちらを眺めているノーマンの姿を見つけた。どうやら床が動いている間に部屋を出ていたらしい。ノーマンが手元にあるマイクに向けて淡々と言う。


「貴方は魔女を蘇らせる鍵となる。しかしそれほど希少な貴方を魔女科学研究所はヘヴンズライフへの借金返済のために手放さなければならなかった。3Sはこれを激しく後悔している。ゆえに3Sはこれまでヘヴンズライフとの関りを避けていました」


「んだよ。だったら融資の話なんぞ初めから聞く気もなかったってことか?」


「もとよりどのような条件であれ、ヘヴンズライフが貴方を手放さないのは分かっていました。だからこそ貴方個人の意思でこちら側について欲しかったのです」


「人質を使って脅してきたやつが個人の意思とは笑えるな」


「耳が痛いですね。しかしその人質もさして意味がなかったようですし、ここは最終手段として力での屈服を試みることにします。できることなら避けたい選択肢ですが」


「例え俺の体がバラバラにされようと、サンプルとしては問題がねえってか?」


「可能なら生きたままの捕獲が望ましい。そうならないように願っています」


「勝手なこと言ってくれるぜ」


 デッドは目の前のドラゴンに警戒心を強めつつロージーに口早に告げる。


「おい、ロージー。お前はポチと一緒に部屋の隅にでも逃げてな。お前を助けてやるつもりはねえが、周りをウロチョロされても迷惑だからよ」


 デッドの簡潔な警告。だがロージーから返答がない。動く気配さえ感じられない。デッドは怪訝に思いながらロージーを一瞥した。


「聞いてんのか? お前は離れてろってんだ。それともあの怪物に食い殺されたいのか」


「……あ」


 ロージーから掠れた声が漏れる。床に座り込んだまま表情を強張らせているロージー。凶悪なドラゴンを前にして腰を抜かしているのか。デッドは瞬間的にそう思うもどこか様子がおかしい。ロージーが顔面を蒼白にしながらドラゴンをそっと指差す。


「あ……あれ……あのブレスレット」


 デッドは眉をひそめつつロージーの指差した先に視線を移動させた。ドラゴンの左前足。その指先に何かが巻き付いている。目を凝らしてその何かを観察すると、どうやらそれは色とりどりの()()()()()()()()()()()()()()であるようだった。


「あのブレスレット……ノーラちゃんが持っていたモノと同じ……」


「なんだと?」


「私もノーラちゃんから同じブレスレット貰ったの。自分とお揃いだって……」


 ロージーが袖をめくり左手首を見せる。彼女の左手首には確かにドラゴンの指先にあるものと同じビーズのブレスレットが巻かれていた。状況が理解不能なのだろう。表情を混乱させているロージー。デッドもまた情報をすぐには整理できず動揺した。


 ノーマンの一人娘。ノーラ・エッジ。なぜ彼女のブレスレットと酷似したものをドラゴンが身に着けているのか。偶然似ているだけの別物か。それとも正真正銘同一ものなのか。仮にそれが同じものであるとするなら、それは一体何を意味しているのか。高速回転する思考。導き出される無数の可能性。デッドは一つの結論にたどり着くと――


 その表情を苦々しく歪めた。


「ノーマン……テメエ、やりやがったな」


「……え?」


 ロージーが呆然と聞き返す。彼女はまだ気づいていない。敵意を剥き出しにして赤い瞳を輝かせているドラゴン。目の前にいるその魔獣が()()()()()()()製造されたのか。


「その魔獣には強力な魔女の細胞が適合されている。デッドさん。その実力は君にも勝るとも劣らないでしょう。何よりも()()はその特性から決して負けることがない」


 ノーマンがズレた眼鏡を指先で直しながら魔獣たるドラゴンに優しく声をかける。


「さあ魔女の力をパパに見せてくれ――ノーラ」



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