第四章 魔獣02
「魔女科学研究所の借金返済のため貴方様は10年前にヘヴンズライフに売られました」
3Sの研究施設。それは裏社会の人間が集まりやすい旧市街地区ではなく、一般の民家も立ち並んでいる、ごくごく平凡な場所に存在していた。デッドは煙草をふかしながら施設の廊下をのんびりと歩く。廊下には施設で働いているだろう白衣姿の人間がちらほらと散見された。誰もが一見しては犯罪者には見えない平凡そうな人間ばかりだ。
「以来、3Sは貴方様を奪還する機会を密かに伺っておりました。しかし相手は政府をも掌握するヘヴンズライフ。容易に手出しができなかったのでございます」
デッドの少し前を歩いている初老男性――シドニーがそう淡々と言う。デッドはシドニーの歩幅に合わせて歩きながら煙草の煙をふうと吐き出した。
「今回接触してきたということは、今ならヘヴンズライフと対抗できると踏んだのか?」
デッドの何気ない問いにシドニーが「いいえ、まさか」と苦笑を浮かべる。
「ヘヴンズライフと真正面から敵対するだけの力など我々にはありません。しかし我々も裏社会での活動を始めて久しい。彼らの目を欺くことぐらいならできるでしょう」
「目を欺くね……あいつをそう簡単に出し抜けるとも思えないけどな」
「ヘヴンズライフ社長――金勇王ですね」
金勇王。その単語を口にしてシドニーの口調が僅かに引き締まる。
「魔女を滅ぼした初代金勇王。そしてその血と才能を受け継いでいる金勇王の末裔。確かに彼――或いは彼女を出し抜くことは容易ではないでしょう。我々は金勇王の末裔であるその方が一体何者なのか、男性なのか女性なのかすら把握していないのですから」
「あいつは人を騙くらかすのが好きだからな。お前らが上手く立ち回っているつもりでも、存外あいつの手のひらで踊らされているだけかも分からねえぜ」
「どうやら貴方様は金勇王の末裔と面識があるようですね」
シドニーが背後を振り返る。探るような老人の視線。それを気にも留めず煙草をふかすだけのデッド。シドニーが「ふむ」と呟きながら視線を正面に戻す。
「或いは我々を混乱させることが目的なのでしょうか。あまりに巧妙に姿を隠しているため、我々の間では金勇王の末裔は存在していないのではないかという話まであります」
「あいつ存在感ねえからな」
「我々の情報網にも掛からないほどにですか。だとすればお手上げですね」
シドニーがクスクスと肩を揺らす。デッドの言葉を冗談だと受け取ったのか。それとも余裕を演出したかっただけか。
「何にせよ、金勇王の末裔が油断ならない相手であるならば、我々も相応の力を身に付けなければなりません。そのためには貴方様の協力が必要不可欠なのです」
「そいつは俺が魔女の力を制御している貴重なサンプルだからか?」
目の前に下りの階段が現れる。足を止めることなく階段を降りていくシドニー。その老人の後に続いて、デッドもまた躊躇いなく階段を降りていく。
「左様でございます。魔女の力を制御すること。それが当面の目標です。しかし我々はそこに留まるつもりもない。我々は魔女の力を制御ではなく支配する。つまりは――」
「魔女の復活か」
デッドのポツリとした呟き。シドニーが歩く足を止めないまま「はい」と頷く。
「魔女の力を支配して魔女そのものを蘇生する。3Sの存在意義はそこにあります」
「酔狂なもんだ。300年前に滅んだ連中をわざわざ蘇らせようってんだからな」
「確かに酔狂にも見えるでしょう。しかし我々はそれを真面目に取り組んでおります」
「それに何の意味がある?」
「意味などありません」
シドニーがそう断言して、一拍の間を空けてから「強いて言えば」と話を続ける。
「好奇心ですかね。300年前に滅びた異質な種族。それを自らの手で生み出したいと考えるのは至極当然でしょう。少なくとも3Sの研究員は誰もがそう考えています」
「お前もそうなのか?」
「私は研究員ではなく連絡係ですからね。しかし3Sの理念には共感しております」
「その理念とやらに口出しするつもりはないが、人様を巻き込まないで欲しいものだ」
階段を降り始めてから一分が経過する。デッドとシドニーの他にこの階段を使用している人はおらず、二人の会話と階段を降りる音だけが周囲に虚しく反響していた。デッドのこぼした愚痴にシドニーが「申し訳ありません」と謝罪を口にする。
「ですがご理解ください。貴方様の他にも魔女の力を制御した方はいました。しかし魔女科学研究所の解体に伴い、我々はそれらサンプルの多くを手放さざるを得なくなった。我々がその行方を把握しているサンプルは実のところ数少ないのです」
「だから所在が明確になっている俺を巻き込もうと考えたわけだ」
「正確には、所在が明確であり、なおかつその力が突出している貴方様をです」
ここで階段が終わる。漂白されたような白い廊下を足音もなく進んでいくシドニー。そんな彼とは対称的にデッドは足音など気にせずにズカズカと廊下を歩いていく。
「そしてこれは貴方様にとっても有益な取引であるはず。3Sは貴方様の価値を正しく評価している。もしご協力いただけるなら、不自由のない生活をお約束しましょう」
「別に俺は今も不自由を感じちゃいないんだが」
「あのような狭いアパートでの暮らしを強いられていながらですか?」
「薬漬けの毎日を送らされるよりはマシだろ」
シドニーが沈黙する。デッドとしてはただ事実を口にしただけだが、シドニーとしては非難されたと感じたようだ。しばしの沈黙が流れてシドニーが沈んだ口調で言う。
「当時の魔女科学研究所には焦りがありました。ゆえに貴方様に無理を強いることもあったのでしょう。しかし3Sは貴方様の意見を何よりも尊重したいと考えております」
「そいつは結構だな」
デッドは灰色の煙を吐き出して「ところで」とふと浮かんだ疑問を口にする。
「倉庫で俺を襲ってきた奴がいただろ。あれは何者だ? あれもお前たちの成果物か」
「あれは魔獣の試作品ですよ。魔獣は魔女の細胞を適合して製造される。しかし闇雲に適合しても魔獣が暴走して死滅してしまう。そのためまずは魔獣の試作品を製造することが一般的なのです。そしてその試作品から情報を採取して正式な魔獣の製造へと移ります」
「魔獣の試作品か。なるほど。どうりで人間離れしていながら半端な力だったわけだ」
「貴方がたのような完成品と比較して適合する魔女の細胞が少量ですからね。それでも魔女が有する固有能力を観察するには十分ですが。それに彼らにも利点はあります。それは彼らが魔女の制約に縛られないということです」
「魔女の制約――爵位の階級制度か」
魔女にはそれぞれ爵位があり、その階級制度には決して逆らうことができない。スコールズ・ファミリーが所持していた魔獣――ロージーがポチと名付けていた――がデッドたちを襲わなかったのも、デッドに適合された魔女の爵位が魔獣に適合された魔女の爵位よりも上だったためだ。デッドの言葉にシドニーが「仰るとおりです」と頷く。
「試作品である彼らは魔女の力が半端であるがゆえ魔女の制約にも影響を受けない。兵器として運用するならば或いは魔獣よりも優秀なのかも知れません。普通の魔獣では、どれだけ優秀であろうと魔女の制約により無力化される可能性がありますからね」
「あれが兵器ね……まともに運用できそうにもないが」
「仰るとおり兵器としては課題も多くあるでしょう。まずは媒体となる生物の精神崩壊をどう防ぐかです。適合される魔女の細胞が少量とはいえそれでも魔女の力を制御することは容易ではありません。これも貴方様のご協力が得られれば非常に助かるのですが」
「ここって灰皿とかねえのか?」
シドニーの言葉には応えずデッドはキョロキョロと視線を巡らせる。白い廊下には灰皿どころかゴミ箱ひとつない。デッドは躊躇なく煙草を足元に捨てて踵で踏みつけた。言及を避けるデッドを一瞥してシドニーが「まあいいでしょう」と微笑する。
「私は連絡係。貴方様の説得は業務外のことですしね。私がお話しできるのはこれぐらいですが、ご参考になりましたでしょうか?」
どうやら情報収集を目的としてこちらが会話を続けていたことはシドニーも気付いていたらしい。もっともあれだけ露骨に話を誘導すれば当然か。デッドは新しい煙草に火をつけると灰色の煙を嘆息とともに吐き出した。
3Sの現状はおおよそ理解した。気になることはまだあるが、シドニーも組織の内情に関わるような深い話はしないはずだ。デッドは煙草をくゆらせながら思案する。ヘヴンズライフへの手土産はこれぐらいで十分だろう。他に聞くべきことがあるとすれば――
それは個人的な探しモノだけだ。
「……あいつは――エミリア博士は3Sに在籍しているのか?」
「エミリア博士……ですか」
シドニーが一呼吸の間を空けてから頭を振る。
「残念ながら彼女の行方は私たちも把握しておりません。もし彼女が3Sに在籍しており、その知能を貸して頂けていれば、貴方の協力も必要なかったのかも知れませんね」
シドニーの返答にデッドは嘆息する。やはりそう簡単には行かないようだ。残念ではあるが仕方ない。今は気持ちを切り替えて現状の問題に集中するのが良いだろう。
「――到着いたしました」
シドニーが足を止める。シドニーの前にはスライド式の分厚い鋼鉄の扉があった。シドニーが半歩横に避けてデッドを促すように鋼鉄の扉に手をかざす。
「この先の部屋に施設を代表する優秀な研究員がいます。そこで詳しい取引の内容をお伺いください。貴方様が気にされていた彼女もこの部屋にいるはずです」
デッドは煙草の煙を吐きながらシドニーを横切り鋼鉄の扉の前に立った。扉が自動的に左右へとスライドしていく。扉が開かれてデッドは躊躇いなく部屋に足を踏み入れた。
広大なドーム状の空間が目の前に広がる。その広さは直径が約五十メートル、天井の高さは二十メートルほどあるだろう。白を基調とした清潔感ある床と壁。部屋に充満した消毒剤のような塩素の匂い。部屋の壁は所々がガラス張りとなっており、部屋の外側から内部の様子を観察できるようになっていた。
部屋を一通り眺めて、デッドはその視線を部屋の中心に向けた。円形状の広大な部屋のその中心。そこに二つの人影がある。目を細めて人影を遠目に見つめるデッド。その人影は二つとも彼の顔見知りであった。
人影の一つは、くたびれた容姿の中年男性だ。ボサボサの髪に無精髭。見慣れない白衣姿であるが、その男は間違いなく魔女科学研究所の元研究員――ノーマンだった。
そしてそのノーマンの前に膝をついている若い女性。ポニーテールにされた金髪に気の強さを感じさせる碧眼。ヘヴンズライフに担保として売られた同居人――ロージーだ。
ロージーがこの施設にいることはシドニーからすでに聞いている。ゆえに驚くこともない。デッドは部屋の中心へと歩きながらロージーの状態を確認した。
顔を俯けたまま床に座り込んでいるロージー。両腕を背中に回していることから手首でも縛られているのだろう。彼女の周りを黒い子犬――ポチがクルクルと歩いている。どうやらこの状況に困惑しているらしい。ロージーが俯けていた顔を静かに上げていく。そして近づいてくるデッドと目が合うなり――
「――デッドさん」
今にも泣きそうな声で呟いた。
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ロージーのデッドに対する印象。それは端的に良くない。出会った当初から彼はひどく横柄かつ傲慢で、思いやりもなければ常識もなく、取り立てと称して犯罪行為を平然と繰り返すような、そんな最悪な人間だった。この数日間で彼に何度腹を立てたか。彼から何度離れたいと考えたか。しかし今、腹立たしいはずの彼を見つけて――
ロージーは思わず涙がこぼれそうになる。
背中で手首を縛られているため身動きが取りづらい。それでもロージーは反射的に体を捻じり立ち上がろうとした。だが直後、ロージーの後頭部に何か固いものが押し当てられる。ゾクリと背筋が凍える。ロージーの後頭部に当てられたそれは――
指先ひとつで人間を絶命させる拳銃だった。
「そこで止まって頂けますか」
デッドが足を止める。咥え煙草のままロージーの背後をじっと見ているデッド。彼の視線の先にいるのは、ロージーに拳銃を突きつけている3Sの研究員――ノーマンだ。
「わざわざご足労ありがとうございます。そして昨日は失礼いたしました。僕が3Sの研究員であることはまだ知られたくなく、つい隠してしまいました」
「前置きはいいからよ、取引とやらについてさっさと話せよ。俺は忙しいんだ」
デッドが煙草の煙を吐き出しながら投げやりにそう言う。口調こそ鋭いも彼が苛立っている気配はない。デッドに促されてノーマンが「そうですね」とコクリと頷く。
「では無駄話は止めにして本題に入らせてもらいます。デッドさん。すでに概要はお聞きしていると思いますが、僕たち3Sは貴方を迎え入れたいと考えています。もしそれを受け入れて頂けるなら、僕たちは貴方にできる限りの快適な生活を提供いたします」
「もし断ったら?」
「彼女――ロージーさんを殺します」
つい聞き逃してしまいそうなほど淡々とした言葉。しかしその平然とした口調がノーマンの本気を物語っていた。ロージーの顔面から血の気が引いていく。
「僕たちの誘いを受けて頂けるなら彼女はすぐに解放します。もちろん無傷のままね。ただし解放後も彼女のことはしばらく監視させて頂きます。貴方が彼女を守るために話を合わせているだけとも限りませんからね」
「お前たちがその気になれば、いつでもそいつを殺すことができるってことか」
「貴方が僕たちを裏切るようなことがなければ彼女の安全は保障します。僕たちも無闇に人を傷つけたいわけではありません。どうか賢い選択をお願いします」
「……デッドさん」
お願い、助けて。その言葉が口を突きかけてロージーは慌てて口を閉ざした。
3Sは裏社会に魔獣を流通させている危険な組織だ。その組織がさらなる技術革新を図るためにデッドをサンプルとして欲している。デッドが3Sに協力することで、3Sの犯罪が助長されてしまうのなら、そのような事態は絶対に避けなければならない。
(そもそも……私が助かりたいからとデッドさんを身代わりにするなんてできない)
3Sはデッドにできる限りの生活を保障すると話している。だが犯罪者の言葉など鵜呑みにはできない。口先だけの戯言かも知れない。正直なところデッドのことは嫌いだ。だがいくら嫌いだからと、自分の身代わりに彼が苦しんでいい道理などないはずだ。
(……それに……デッドさんは私を助けるためにここに来てくれたんだもの)
彼には何度もひどい目に遭わされた。だがそんな彼が危険を冒して自分を助けに来てくれた。それが本当に嬉しかった。普段見せることのない彼の優しさ。それに初めて触れることができた。そんな気がした。だから自分も勇気を持とう。恐怖を押し殺して正しいことをしよう。ロージーはそう決断して掠れた声でその言葉を告げた。
「デッドさん……早く逃げて……」
デッドの眉がピクリと揺れる。ひどく息が苦しい。視界が揺れて焦点が定まらない。覚悟を決めたはずだった。だがいざそれを口にすると恐怖が胸を締め付ける。それでも言わなければならない。ロージーは碧い瞳に涙をにじませながら言葉を続けた。
「私のことはいいから……本当に大丈夫だから……デッドさんだけでも逃げて……私を助けるためなんかに……犯罪者の言うことを……聞いちゃダメだから」
瞳に滲んでいた涙がポロポロとこぼれ落ちていく。我ながらひどい醜態だ。自分ならどのような状況だろうと毅然とした振る舞いができる。そう自負していた。だが蓋を開けてみればこの様だ。これでは助けてくれと暗に言っているようなもの。それを理解しながらもロージーは涙を止めることができなかった。
「私を助けるために……来てくれてありがとう……嬉しかった……それだけで十分だから……だからもう帰っていいよ……私のために……デッドさんが苦しむことないから」
「ロージー……お前――」
「本当に――もういいから!」
感情を抑えきれなくなりロージーは声を荒げた。
「お願いだから逃げてよ! たとえデッドさんでも私のために傷付いてほしくなんかないの! 私のこんな情けない姿も見られたくないの! 分かって! お願い!」
「いや……ん?」
「助けに来てくれたことは嬉しいの! だけどそれでデッドさんが苦しむなんて――」
「俺は別にお前を助けるつもりなんかねえぞ」
「――耐えられないの! だから私のことなんて気にせずに――え?」
何やら今、不可解な声が聞こえてきた気がする。気のせいだろうか。目をポカンと丸くするロージー。その彼女を怪訝そうに見ているデッド。しばしの静寂。ロージーはこほんと咳払いして碧眼をまた涙で潤ませた。
「私のことは気にしないで!」
「気にしてねえ」
「貴方だけでも逃げて!」
「用が済んだら帰る」
「私のために傷付いたりしないで!」
「任せろ」
「何なのよアンタはぁああああああああ!」
デッドの淡々とした返答にロージーは堪らず絶叫した。ロージーの怒声にただ首を傾げるだけのデッド。頭を掻きむしりたい衝動にかられながらロージーはさらに声を荒げる。
「一体全体どういうことよ! え!? なに!? アンタは私を助けに来たんでしょ!? 私が心配でこんなところまで来たんでしょ!? 照れてないで正直に言いなさいよぉお!」
「照れるも何もな……さっきも話したが俺はお前を助けるつもりなんか全くないぞ」
「うそぉおおお!? じゃ、じゃあアンタはこんな場所にまで何しに来たって言うの!?」
「前から話してんだろ。ヘヴンズライフは融資先として3Sを探してたんだ。その3Sが自分の施設に案内してくれるってんだ。断るはずがねえだろ」
「じゃあ何!? アンタは3Sに融資を提案するためだけにここに来たってこと!?」
「そうなるな。まあお前が捕まっているって話は事前に聞いていたが」
「それを聞いてアンタはどう思ったの!?」
「まじウケる」
ロージーは唖然とする。確かにヘヴンズライフは3Sへの接触を試みていた。ゆえに3Sから誘いがあればそれを快諾するのも当然だろう。人質など関係ない。そもそも眼中にすらない。ロージーはそれを理解して顔を真っ赤にして絶叫する。
「ふっざけんじゃないわよぉおおおおお! 何なの!? 何なのよコレは!? ものすごくハズイじゃないのよぉお! 私を助けに来てくれたんだと感動してたのにぃいいいい! めちゃくちゃ弄ばれた気分だわぁあああああ!」
「知るか。お前が勝手に勘違いしただけだ」
「うるさいうるさい! もう何でもいいから責任とって助けなさいよぉおお! なんかもう命を賭してでも私を守りなさいよぉおお! じゃないと割に合わないわぁあああ!」
「お前さっき自分のために傷付いてほしくないとか言ってたじゃねえか」
「あんなもの詭弁よ詭弁! 本当はバリバリ助けてほしいわよ! アンタの命を身代わりに私だけ助かりたいわよ! 私はアンタを踏み台にして幸せになるのよぉおおお!」
「いっそ清々しいな」
「とにかく――」
ここでロージーの後頭部に当てられていた銃口がさらに強く押しつけられる。ロージーはふと我に返り慌てて口を閉じた。しんと場が静寂する。咥え煙草のまま平然としているデッド。まるで動揺のないその彼にノーマンが「なるほど」と納得したように呟く。
「どうやらハッタリでもないようですね。しかし意外でした。君たちは仕事のパートナーであり同居人であるはず。僕はてっきり二人が恋人同士だと考えていたのですが」
「冗談にしてもきついな。俺はそんな胸も尻もない幼児体形の女に興味なんぞねえ。俺の好きなタイプはもっと出るところが出ている見るからにエロい女だ」
黙れこのセクハラ野郎。そう叫んでやりたいも後頭部にある銃口がその罵声を喉に押しとどめた。ロージーの額にじんわりと汗が浮かぶ。これはどういう展開なのか。事態は好転しているのか。それとも悪化しているのか。
(デッドさんにとって私は人質の価値がない……それなら――)
もしかして解放される? ロージーはそんな淡い期待を抱いた。だがそのような都合よい願望は次のノーマンの一言により呆気なく打ち砕かれる。
「ならば――彼女はもう必要ないですね」
やはりそうなるのか。ロージーは期待から一転、表情を青ざめさせた。相変わらず煙草をふかしているだけのデッド。本当にこちらを助ける気など微塵もないらしい。ロージーはデッドに対する恨み言を胸中で吐き捨てながら固く目を閉じた。後頭部から引き金が絞られる音が鳴らされる。そしてその直後――
パンっと銃声が鳴り響いた。
撃たれた。そう考えるも痛みがない。ロージーは困惑しながら目を開けて背後を振り返った。ロージーに拳銃を突きつけていたノーマン。その彼が表情を強張らせて尻もちをついている。一体何が起こったのか。ロージーはそう疑問符を浮かべた。だがここで彼女は視界の隅に大きな影があることに気付く。慌てて視線を移動させるとそこには――
像ほどに巨大化したポチの姿があった。
「ぐぅるるるぅううう」
ポチが牙を剥いてノーマンを威嚇する。ロージーは呆然としながらも状況を理解した。ノーマンが拳銃を発砲しようとしたその直前、ポチが魔術で小さくした体を元の大きさに戻したのだろう。そしてポチの巨大化に驚いたノーマンが尻もちをついたというわけだ。
「悪いな。俺はこいつを助ける気なんぞねえが、そこの魔獣はそうもいかないらしい」
デッドが煙草をくゆらせながらそう呟く。散歩するような軽い足取りでロージーへと近づいていくデッド。余裕を湛えたその彼にノーマンが「そうか」と得心したように頷く。
「それが魔獣であることを失念していた。君は予めこの魔獣に命令を刷り込――」
「そんな話はどうでもいい」
ノーマンの声をぴしゃりと遮り、デッドがロージーの隣に立ち止まる。
「さて――ビジネスの話をしようか」




