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金勇王  作者: 管澤捻
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第三章 金の支配03

 鉄仮面の男が岩のように大きな拳を振り下ろす。デッドは「うおお!」と悲鳴を上げながら慌てて横に身を投げた。鉄管面の拳がデッドの肩を掠めて地面に軽々と突き刺さる。


「――あっぶねえな、オイ」


 デッドは無理に笑みを浮かべながら一歩後退して鉄仮面の男に拳銃を向けた。床に突き刺した拳をゆっくりと引き抜く鉄仮面の男。デッドは呼吸を整えて拳銃を発砲する。


 鉄仮面の男に銃弾が着弾する。胸に一発、腹に二発の計三発。鉄仮面の男が全身を震わせる。だが反応と言えばそれだけで鉄仮面の男が何ごともないように地面を駆けた。


「どんな体してやがんだよ」


 恐らくは分厚い筋肉で銃弾が止められたのだろう。両腕を広げて迫りくる鉄仮面の男。前後左右にどこに避けても逃げ切れない。デッドは瞬時にそう判断すると、迫りくる鉄仮面の男を見据えながら地面を強く蹴りつけた。


 鉄仮面の男を跳び越えつつ、デッドはさらに男の後頭部を蹴りつけて空中に跳ね上がる。後頭部を蹴られて動きを止める鉄仮面の男。デッドは空中で体勢を整えると鉄仮面の男に拳銃を発砲した。鉄仮面の男の無防備な首筋に銃弾が二発叩きこまれる。


 鉄仮面の男が地面に崩れ落ちる。首筋を貫通した銃弾が男の脊髄を破壊したのだ。デッドは地面に着地して鉄仮面の男に振り返った。地面に倒れたままピクリとも動かない鉄仮面の男。デッドは安堵して拳銃を懐にしまう。


 だがここで奇妙なことが起こる。地面に倒れていた鉄仮面の男。その首筋にある二つの弾痕。それが徐々に塞がっていったのだ。驚きの光景に唖然とするデッド。鉄仮面の男が体を起こして何事もないように立ち上がる。


「……どうなってやがる?」


 致命傷をも完治させた強力な再生能力。当然ながら人間にはない能力だ。一体どういうことなのか。鉄仮面の男を見据えながらデッドは慎重に思案する。


「可能性があるとすれば……ん?」


 ここで突如、鉄仮面の男が癇癪を起したように両腕で地面を殴り始めた。鉄仮面の男の奇妙な行動に呆然とするデッド。男の足元に地面の欠片が積み上がったところで、男がピタリと地面を殴るのを止めて、足元にある地面の欠片を勢いよく蹴り飛ばした。


「うげ!?」


 鉄仮面の男による予想外の攻撃。デッドは慌てて両腕を交差して防御姿勢を取る。弾丸のような地面の欠片を全身に叩きこまれデッドは堪らずその場に転倒した。


 腹に穴が空いたような激痛にデッドは地面に倒れたまま何度も咳き込んだ。痛みにチカチカする視界。それをどうにか動かして前方を見やる。掠れた視界に右足を振り上げている鉄仮面の男の姿が映し出された。咄嗟に体を横に転がすデッド。彼の頭部を掠めて鉄仮面の男の右足が地面に突き刺さる。


 背筋を凍えさせながらデッドは素早く立ち上がろうとした。だが先程のダメージで体の動きが悪い。鉄仮面の男が追撃の蹴りを打ち込んでくる。デッドは鈍重な体を懸命に動かして男の蹴りを両腕で防御、そのまま蹴り飛ばされた。


 両腕のビリビリとした痺れ。咄嗟に後方に飛ばなければ骨が折れていたかも知れない。そんなことを考えながらデッドは地面を何度も転がり鉄仮面の男から距離を空けた。


「いつ……やってくれんじゃねえか」


 鉄仮面の男から十分離れたところで、デッドは痛みを堪えながら立ち上がる。緩慢な動きでこちらに振り返る鉄仮面の男。デッドは慎重に呼吸を整えて瞳を尖らせた。


「仕方ねえ……体の負担になるから、()()()はあまり使いたくなかったんだがな」


 どうもそんな甘いことを気にしている場合でもないらしい。デッドは覚悟を決めると意識を深く集中した。肉体に満たされた魂。そこに溶け込んでいる不気味な異物。その一端に意識の指先を触れさせる。直後、異物が激しく鳴動して――


 デッドの内側から膨大な力が溢れ出た。


 鉄仮面の男が後退りする。デッドから感じられる気配の変化に気付いたのだろう。デッドの全身からミシミシと奇妙な音が鳴らされる。体内から溢れ出した人間のキャパシティを越える膨大な力。それを制御するために肉体が変異しているのだ。変異に伴う痛みを堪えながら呼吸を整えるデッド。そして彼の黒い瞳が――


 鮮やかな赤い瞳へと変化していく。


「さあ準備完了だ。来やがれ、でくの坊が!」


 デッドの敵意に反応したのか、鉄仮面の男が勢いよく駆け出した。迫りくる大男を赤い瞳で見据えるデッド。逃げる素振りのないその彼に、鉄仮面の男が右拳を突き出す。


 地面をも軽々と粉砕する男の拳。それをデッドは片手で受け止めた。拳の破壊力がデッドの体を伝わり足元で弾ける。砕けた地面の欠片が周囲に飛び散る中、デッドは微動だにせずギラギラと赤い瞳を輝かせていた。


 鉄仮面の男が今度は左拳を振り上げる。大男の割に俊敏な動きだ。だがデッドの赤い瞳にはそれがひどく緩慢に見えていた。デッドは体を捻じると、鉄仮面の男が左拳を突き出すよりも早く、男の腹部に蹴りを打ち込んだ。


 百キロ以上あるだろう鉄仮面の体。それがピンポン玉のように後方に弾ける。地面をバウンドしながら仰向けに倒れる鉄仮面の男。銃弾をも防いでしまう男の腹部には鉄球でも打ち込まれたような大きな陥没ができていた。


 デッドは蹴り足を下して地面に倒れた鉄仮面の男を冷静に見据える。鉄仮面の男がゆっくりと身を起こす。普通の人間なら致命傷だろう腹の怪我。だが鉄仮面の男にはさして不都合もないらしい。デッドは苦笑しながら徐々に体勢を低くしていった。


「やっぱ完全に殺すしかないか。恨むんならテメエの異常な再生能力を恨めよ――な!」


 地面を力強く蹴りつけて高速に駆ける。瞬く間に鉄仮面の男との距離をゼロにして、デッドは跳躍した。デッドの速度に反応すらできず棒立ちしている鉄仮面の男。表情を変えないその鉄仮面を見据えながらデッドは右足を鋭く振るう。鉄仮面の側頭部にデッドの右足が叩きつけられて、鉄仮面ごと大男の頭部が蹴り飛ばされた。


 頭部を失った大男の体がぐらりと揺れて後方に倒れる。大男に突出した再生能力があろうと首を切断されては生きてはいまい。大男の首からドクドクと血が噴き出している。デッドは男の血で靴が汚れないよう後退りしながら胸ポケットから煙草の箱を取り出した。


 煙草を一本咥えて先端に火をつける。のんびりと煙草をくゆらせてデッドは灰色の煙を吐き出した。内側から溢れていた力。それが徐々に沈静化されるのを実感する。デッドの鮮やかな赤い瞳が色彩を失い、普段通りの黒色へと戻されていった。


「素晴らしい」


 デッドは煙草を咥えたまま声に振り返る。薄闇に満たされていた倉庫。その暗がりから白髪をオールバックにした初老の男性が姿を現す。


「私たちの作品をこうも軽々と倒してしまうとは、全くもって驚嘆いたします」


「……3Sの人間か」


 デッドの問い掛け。初老男性が進めていた足を止めて深々と一礼する。


「シドニー・タナーです。主に外部との連絡係として3Sに尽力しております」


「随分なもてなしじゃねえか。今日は話し合いだと聞いてたんだがな」


 皮肉を口にするデッドに初老男性――シドニーがまた深々と頭を下げる。


「申し訳ありません。しかしどうかご理解いただきたく存じます。私たち3Sは裏社会を生きている人間。不用意に外部からの接触を受け入れるわけにはいかないのです」


「だからここにおびき寄せて、俺たちを始末してやろうと考えたわけか?」


「それは誤解でございます。私はただ貴方様の力をこの目で確認したかったのです。貴方様が所持している魔女科学研究所により与えられたその強大な力を」


 デッドの瞳が静かに細められる。シドニーがふっと微笑して言葉を続ける。


「その通りでございます。私たちは貴方様が何者であるかを把握しております。ゆえにヘヴンズライフからの接触を受け入れたのです。正直に申し上げます。私たちが取引をしたいのはヘヴンズライフではありません。貴方様個人でございます」


「……俺がここに来ることを初めから分かっていたってことか?」


「少なくともその可能性が高いと、あの方は考えていたようです」


「あの方?」


「3Sでも中心的な()()()でございます」


 シドニーの目が鋭く細められていく。


「貴方様を私たちの研究所にご案内いたします。ご足労お願いできますでしょうか?」



======================



 ノーマンが「それにしても……」と無精髭の生えた顎を撫でながらポツリと言う。


「まさかヘヴンズライフが魔獣を確保しているとは驚きました。3Sの調査も含めて、ヘヴンズライフと魔女科学研究所はどうにも運命的なつながりを感じてしまいますね」


「運命的な……あの、どういう意味ですか?」


 ロージーは困惑して首を傾げる。彼女の反応にノーマンが目をきょとんと丸くした。


「あれ……ロージーさんは何も知らされていないのですか。3Sの調査を任されているから、てっきり両者の関係も知らされているものとばかり思っていたのですが」


「3Sについて私は蚊帳の外なんです。だから詳しい話は何も聞いていません」


「なるほど。これは国の機密事項でもあるのですが……まあ構わないでしょう。ロージーさんは魔女科学研究所が国管理の施設であったことはご存知ですか?」


「は、はい。魔女の力を研究するための国家機関なんですよね」


「実は施設の運営資金の大部分はヘヴンズライフの融資により成り立っていたんですよ」


 ノーマンの耳を疑うその言葉にロージーはぎょっと目を見開いた。


「国家機関の運営資金を民間企業が支払っていたということですか? どうしてそんな……国家機関ならば本来税金により運営されるものではないんですか?」


「もちろん普通はそうですね。ただ魔女科学研究所は秘密裏に運営されている施設であり、その運営費もあまりに莫大でした。毎年公表されている政府予算からその運営費を怪しまれずに捻出することは難しく、ゆえに民間企業より融資を受けていたのです」


「しかしそのような融資を受けては、国家機関としての中立を守れないのでは?」


「仰るとおりです。ヘヴンズライフから多額の融資を受けたことにより、魔女科学研究所の研究内容はヘヴンズライフの意向が強く反映されたモノになっていたようです」


「国の定めた方針よりも民間企業の方針のほうが優先されていたということですか」


「そうです。因みにこれは噂ですが、魔女科学研究所がその力の活用ではなく、魔女自体を生み出そうと方針転換したのも、ヘヴンズライフの意向によるものだと聞いています」


 俄かに信じがたい話だ。国は中立性が求められる。それが魔女科学研究所に限られた話であろうと国家機関が特定企業の顔色を窺うべきではない。ロージーの困惑に気付いたのか、ノーマンが苦笑してゆっくりと頭を振る。


「信じられないのも無理はありません。しかしヘヴンズライフが国に関与することは何も珍しい話ではないんですよ。それは特定の施設に限らず政治家個人についてもそうです」


「政治家個人?」


「現在、国の中枢にいる政治家の大半がヘヴンズライフから多かれ少なかれ融資を受けることで現在の地位を手に入れている。その融資は政治活動の資金や賄賂に使用されていることから、多くの政治家がヘヴンズライフには頭が上がらないのです。ヘヴンズライフがその気にさえなれば、政治家を自由に手のひらで操ることができるでしょう」


 ノーマンの苦笑が静かに消えていく。


「政治家などはもはや張りぼてに過ぎないのです。ヘヴンズライフという支配者を隠すためだけのね。この国はすでにヘヴンズライフ――金勇王により()()()()()()()()()()()


 ロージーの背筋がゾクリと凍える。


 この国はすでにお金で買い取られている。あまりに途方もない話だ。あまりに現実味の欠いた話だ。自分は裕福な家庭で育てられた。お金に苦労した記憶などない。お金とは当たり前に存在するものであり、ゆえに執着する必要性すら感じないものだった。


 だがノーマンの語るそのお金はまるで異質だ。国すらも支配下にするお金。それはこれまで自分が使用してきたお金とは別物に思えた。お金ではない不気味な何かに思えた。デッドに指摘された()()()()。以前適当に聞き流した戯言。それがふと思い起こされる。


(お前は金の本質に気付いていない)


デッドの話していたお金の本質。これがその一端なのだろうか。


「ああ、すみません。余計なことを話してしまったかも知れませんね」


 ロージーの動揺に気付いたのか、ノーマンが取り繕うように軽い口調でそう話した。衝撃的な内容に頭が混乱している。ロージーはそれを自覚してゆっくりと深呼吸した。


「何にせよ、そのような事情からヘヴンズライフと魔女科学研究所は深いつながりがある。ヘヴンズライフが3Sに拘るのも、当時の関係性があるからなのでしょうね」


 それは少し違うかも知れない。恐らくヘヴンズライフは3Sにそこまでの強い拘りはないだろう。融資先として優良だと考えてはいるも、多くの人員を割いてまで探そうとは思っていないはずだ。だからこそ個人的な事情のあるデッドにその調査を一任した。


(その個人的事情と言うのが確か……人探しだったかしら)


 3Sに知り合いでもいるのか。そう考えたところで、ロージーは今更ながらデッドから指示された自分の仕事を思い出した。


「――って、すみません。先程から私の話ばかりで、ノーマン様のお話しを何もお伺いしていませんでした。本日は弊社に相談事があるとのことでしたが」


「ああ、そうでした。ははは、僕もすっかり忘れていましたよ」


 恥ずかしそうに頭を掻くノーマンに、ロージーはピシリと背筋を伸ばした。


「改めまして、ノーマン様のご相談とは何でしょうか?」


「そうですね……ところでロージーさん。今の体調はどうですか?」


 ノーマンのあまりに突飛な問い。ロージーは意味が分からず「はい?」と疑問符を浮かべた。首を傾げている彼女にノーマンが微笑みながら言葉を続ける。


「ロージーさんの体調です。何か変化はありませんか? 例えば――異様に眠いだとか」


「眠い? い、いいえ、そんなことは――」


 ロージーの視界がぐらりと揺れる。急激に全身の力が抜けてロージーはソファにぱたりと横たわった。唖然とするロージーにノーマンが笑顔のまま淡々と言う。


「ロージーさんの紅茶に睡眠薬を入れさせてもらいました。そろそろ効き目が表れる頃だと思っていたのですがピッタリでしたね」


 睡眠薬。朦朧とする意識に聞こえてきた単語。ロージーは鉛のように重い瞼に懸命に抗いながらその言葉の意味に戦慄する。


「相談とは他でもありません。実はロージーさんに協力して欲しいことがあるんです。このような強引な手段を用いて申し訳なく思いますが、どうかご容赦ください」


 ノーマンの瞳がギラギラと怪しく輝く。


「貴女を3Sの研究所までご案内します」


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