プロローグ
キングストン聖女学院。そこは国内でも有数のお嬢様学校だ。キングストン聖女学院に通うのは一流企業の役員や政治家など、いわゆる富裕層とされる子供ばかりである。将来人の上に立つことが約束された彼女たちは、近代教育学に基づく一流のカリキュラムを通じて、淑女として必要な教養や振る舞いを日々学んでいた。
「本当にすごいよ。ロージーちゃん」
校庭の一画。校舎から校門までの通りを歩いている一人の少女がそう声を弾ませた。表情をキラキラとさせる少女。同級生でもある友人からの率直な賛辞に彼女――ローズマリー・クィンは柔らかく微笑んだ。
「相変わらず大袈裟ですね。別に騒ぐようなことではありませんわ」
柔らかくカーブした腰まで伸びた金髪。それを風に揺らしながらローズマリーはそう友人に返答した。透き通るような碧い瞳。その瞳に写された小柄な少女――友人のコニー・カートライトが「大袈裟でも何でもないよ」と首をプルプルと振る。
「今回のテストは本当に難しくて、みんな点数が落ちちゃったって話していたよ。それなのにロージーちゃんはほとんどの教科で満点を取ったんでしょ?」
「ええ……まあ、そうですね」
テストの結果は掲示板にて貼りだされる。特に成績上位者は誰もが注目しているため、学年首位であるローズマリーの点数をコニーが知っていても何らおかしくない。
「確かに今回のテストは少々複雑な問題が多かったように記憶しています。しかしどれも冷静になれば授業で学んだことの応用で対処できるものばかりでした。授業を真面目に受けて、日々の予習復習を怠らなければ、困ることなどないはずですよ」
「はうう……それができないから困っちゃうんだよ」
コニーの青いおさげ髪が悲しげに項垂れる。感情表現が豊かな友人にローズマリーは苦笑しつつ「そう難しく考えることはありません」と少女の青い髪に優しく触れる。
「コニーはまだ勉強のコツが掴めていないだけです。それさえ掴むことができれば、コニーも成績上位十名の中に入ることぐらい、すぐできるようになりますよ」
「あたし今回のテスト、ほとんどが赤点だったんだけど、それでもなれるかな?」
「も、もちろんです……ええ、きっと」
笑顔をやや引きつらせながらローズマリーはそう返答した。コニーが沈ませていた表情をぱっと華やかにする。どうやら慰めが効いたらしい。喜怒哀楽をコロコロと変化させる友人を微笑ましく思いながらローズマリーは「そうですわ」とぱちんと手を鳴らす。
「テストも一段落したことですし、久しぶりにコニーの好きなスイーツのお店に立ち寄りませんか? 話によれば最近販売された新作のスイーツがとても人気あるようですよ」
「うん、そうだね。いっぱい勉強したんだし、たまには自分にご褒美――あ」
コニーが話しながら何かに気付いたのか、明るくしていた表情をまた暗くしていく。
「ごめんね。今月はちょっとお小遣いがピンチなんだ。あそこのお店って高価な食材を使ってるから普通より値段も高いし、今月は食べに行くことは難しいかも」
「そう……ですか」
肩を落としたローズマリーにコニーがまた「ごめんね」と申し訳なさそうに呟く。
「あたしはみんなとは違って、お金持ちのお嬢様とかじゃないから。あたしをこの学校に通わせるだけでもパパは相当無理しているみたいだし、あまり我儘も言えないの」
コニーの両親は会社こそ経営しているものの、その規模は比較的小さなものであり、お世辞にもキングストン聖女学院に通えるだけの財力が十分にあるわけではない。一般的な基準からすればコニーもまた恵まれたお嬢様なのだろうが、国を代表する一流企業の令嬢が多く通うキングストン聖女学院ではどうしても見劣りしてしまうのだ。
コニー自身もまたその事実を自覚している。お金の都合から友人からの誘いを断らざるを得ない場合も多々あり、その際に彼女は決まって申し訳なさそうに表情を曇らせる。ローズマリーはコニーの心情を察して「謝ることなどありません」と頭を振った。
「そのような事情があるなら仕方ありません。お店に寄るのはまた今度にしましょう」
「うん……あたしのお家がもっとお金持ちだったら良かったんだけど」
「コニーのお父様が努力して築いたものを否定してしまう言葉は口にしてはいけません」
コニーをそう窘めつつローズマリーは「それに」と言葉を続けた。
「お金の有り無しなど下らないことです。そのようなことで人の価値など変わらないのですよ。コニーもお金のことなど気にせず、もっと堂々としなさい」
「う、うん……そうだよね?」
コニーが戸惑いながらも頷く。ローズマリーとしては一般論を口にしたつもりだが、友人の曖昧なその反応は、ローズマリーの言葉に納得できていないように感じられた。
(少し説教じみてしまいましたか?)
やや気不味さを覚えたローズマリーはコニーから視線を外して校門を見やった。すると校門前に見慣れた人物がいることに彼女は気付く。ブラウンの短髪に銀縁の眼鏡。皺のないスーツに物腰柔らかな立ち姿。ローズマリーは驚きながらも思わず口を開いた。
「お父様?」
校門前にいた男性――ローズマリーの父親であるシェード・クィンがローズマリーに振り返る。娘の姿を見つけて「おおい」とシェードが朗らかに手を振った。
「どうしてお父様が学校に?」
ローズマリーは困惑しながらも、校門前にいる父へと歩いて近づいていく。コニーとともに校門前に辿り着き、父の前で立ち止まるローズマリー。シェードが「やあ」と軽い挨拶をしてニッコリと微笑みを浮かべる。
「会えて良かった。もしかしてすでに下校しているんじゃないかと心配したよ」
「お父様。どうして学校に?」
「ちょっとした手続きをね。ついでにロージーとも少し話しておこうと思ったんだ」
「手続きですか……一体どのような?」
「ロージーの退学手続きだよ」
父のさらりとした言葉にローズマリーはぽかんと目を丸くする。友人のコニーもまた青い瞳をまん丸にして沈黙していた。唖然とする少女二人を気にもせずシェードが朗らかな口調のまま話しを続ける。
「退学手続きも滞りなく終えたことだし、明日からはもう学校に行く必要はないよ。というか、学校に行っても追い返されてしまうだけなんだけどね。はっはっは」
「……あ、あの……え? 退学手続きとは……その……なぜでしょうか?」
「会社が倒産したんだ」
シェードがこれまた平然と言ってのける。父の告白に呆然とするローズマリー。カラカラと笑っていたシェードが「というわけで」と何故か誇らしそうに胸を張る。
「僕たちは晴れて一文無し――いや借金を抱える身となったわけだ。これからはロージーにも借金返済のため協力してもらうつもりだから、その心積もりはしておいてくれ」
どこまでも軽い父のその言葉に、ロージーは目の前が真っ白になるのを感じていた。




