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大英雄の修行旅、荷物持ちは最凶魔王  作者: 西奈 喜楽


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序章 出会い 二

ややこしい話をしてるので、流し読みでおk

「私は事件後、称号を制度の上では甘受した。そして……」


 ベアトリーチェがまず行ったのは国防の徹底強化である。

 長年、ペンではなく剣を握り続けた彼女は拙いながらも帝国中を東奔西走し苦手な書類仕事と向き合った。防衛大臣に直接協力を呼びかけ、時には国防最前線の名誉と大英雄としての威厳も利用するほどに。

 主に彼女が施した保険は4つだ。

 第一リィド要塞都市および、帝国周辺の要塞都市との連携強化。

 前線代理、司令委任。

 情報、補給の冗長化。

 第五魔王国との部分的協力合意。

 である。

 そう、全ては彼女が居なくなっても国防が機能するように。総団長が不在でも、より強い防衛が発揮できるように。

 ベアトリーチェは事件直後より、修行の旅へ出ると心に決めていたのだ。


 統天暦398年。襲撃事件から1ヶ月後。

 夜の天幕が降りる直前、帝都に鎮座する宮廷の西側庭園は夜虫の心地よい鳴き声に包まれていた。

月光が磨き込まれた石畳を照らす中、黒衣の近衛が二名、ひっそりと控える。

彼らが護衛していたのは、この国の最高権威――アウスデリア統一帝国皇帝、レウグスト・アウスデリア皇帝陛下。

その前に、片膝をつく女性の姿があった。「竜人強襲事件」を鎮圧した大英雄、第一戦闘師団長・皇室親衛騎士団総団長――ベアトリーチェである。

 突然の謁見、近衛すらも何事かと身構えていたのだった。

 しかしながら、上司であるベアトリーチェの頼みと、皇帝陛下から控えるようにとの命令が下される。

「………………。」

 近衛は戸惑うようにお互いを一瞥するが、軍人らしく直ぐに一礼し、中庭の入口へと姿を消した。

 凛と鎮まりかえった庭園には、皇帝とベアトリーチェのみとなった。

 陛下は眉間に皺を寄せ、顎を摩る。

 短く七三に分けられた白髪混じりの髪型、鋭い眉と目つき。昔ながらの王は威厳を出すため髭を伸ばすというが、レウグスト陛下の髭は短く整えられている。

 まるで、老獪な王様ではなく毅然とした職業軍人である。

「…………此度の呼び出しは、公式の記録には残さぬ。私と君の仲だ、忌憚なく発言せよ」

 重々しい声が発せられる。

 ベアトリーチェは陛下の言に、驚いたような顔をし頭を上げた。

 国防総団長による直接の謁見希望、しかも場所は皇室ではなく夜の庭園である。

 この判断は、半ば秘密裏に行われる政治的やりとりとして自然であると察しがついていたのだろう。

「はっ……。恐れながら、陛下。重ねて、多大なる感謝申し上げます」

 またもや深々と頭を下げる。

 顔を上げると、先程よりも険しい表情が張り付いていた。

「竜人強襲事件において、私は竜人一体の捕縛、討伐に失敗し、首都の被害を防ぎきれませんでした。

 しかも、我が部下へ大怪我を負わせる始末……。

それは、私が"この国しか知らなかった"がゆえに、"魔導"に無知であるが故に思考が狭まり、策を欠いた結果だと痛感しております。

故に、世界を見、己を磨き、知見を広げ、再びこの国に還り、より確かな力を持ち帰りたいと考えております……」

 陛下は目を見開き、驚きの表情を隠し切れなかった。

 しかし、静かに頷く。

「……君がいなければ、確実にこの国は傾いていた。自身を過小評価し過ぎてはいないかね」

 慰めに近い、優しい声色であった。

 ベアトリーチェは苦虫を噛み潰したような顔で反駁する。

「いいえ……。失礼ながら、竜人の駆逐は部下の身を削った援護と、運によるものです。彼らがいなければ、私は何度死んでいたことか……。

 ……………………私に、大英雄の称号は担ぎきれません。もとより、脆弱な騎士に総団長の任は不相応です」

 凄まじいほどの自己否定。

 それほどの後悔が、ベアトリーチェの中には渦巻いていた。

「しかし…………」

 陛下は険しい顔で、否定しようとする。だが、彼女の意を汲んだのだろうか、言葉を詰まらせる。

「………………第一戦闘師団を離れるということが、いかに重いかは理解しておろう。この国の防衛は、君が担っていた」

 沈鬱に、セリフは庭の草へと落ちて沈んだ。

「重々承知しております。それゆえ、陛下。私は出発にあたり、四つの"保険"を講じました」

「保険、だと……?」

 ベアトリーチェの言葉は先程よりも力強く、不確かな説得性が感じられた。

「はっ。第一に、周辺要塞都市との通信網と即応支援体制を強化。

第二に、南方同盟諸国との防衛協定を一部再締結。

第三に、"第五魔王国"との限定的協力関係を再構築。

国境沿いの警備と情報交換を、互いの利に基づいて行う協約です。

 そして第四に、委任です。

これらはすでに、防衛大臣レクター殿の承認を得ております。

 誠に僭越ながら、正式な書類を後日お渡しできるものかと……」

 淡々と、しかし語気のはっきりとした口調で述べ立てる。

 皇帝陛下は「なんと」と驚きの反応を露呈した。

「まさか、魔王国とまで………………。

 ……既に、そこまで動いておったのか。まるで、私が許可を下すよりも早く……。其方の意思はそこまで…………」

「いつぞや陛下が、臣に"責務を果たす自由"をお与え下さったおかげです」

 僅かにベアトリーチェは苦笑する。

 事件後間もないというのに、ここまでの仕事振り。功績とも言ってよい。

 なにより、その轟々たる熱意の燃料となるほどに後悔が染み付いているのだろう。

 暫しの沈黙ののち、陛下は深く頷いた。

「――よかろう。そなたの志、聞き届けた。

 この行は、公式には『勅令巡察』として扱う。国を離れ、世界を巡り、己を鍛え、再び戻る。これは"謹慎"ではなく、"再鍛の命"だ。帝国の剣として、いずれ再びその刃を掲げてくれ……」

 なんとも親身な言葉に、ベアトリーチェは感涙の念で溢れそうになる。

 今一度、深く、深く頭を下げる。

「この命、陛下のため、この国のため、民のために必ず磨き上げ、必ず――戻ります」

 ベアトリーチェは胸に手を当て、微笑む。

「…………頼むぞ、我らが"聖七天大英雄"よ。この称号は、十字架ではなく誉だ。そなたほどの者が重責に囚われたままでは、この国の夜は明けぬ」

 その言葉にベアトリーチェは、今一度力強く、豪快に返事を返した。


 その翌日。宮廷内廊下。

「アウレリア団長殿!」

 早足で廊下を移動するベアトリーチェに、息を荒げながら呼び止める声が響いた。

「レクター殿?」

 奇遇と言わんばかりに、驚きの声を返す。

 息を切らしながら走って来たのは、統一帝国防衛大臣のレクター・フォン・ダンテーヌである。

 普段デスクワークが殆どの生活故、額には汗がうかんでいる。

「正式書類が全て出揃いました。準備は終わったも同然でございます」

 ハンカチで顔を拭いながら、にこやかに告げた。

 ベアトリーチェは驚きの声を上げる。

「なんと、仕事が早いっ。なんと御礼をもうしたら良いか!」

 彼女が率先して帝国に残した『保険』、レクター大臣はこれの実施と準備にあたる最功労者とも言えるだろう。

 ベアトリーチェの提案を形にし、外務大臣とも連携を図りベアトリーチェの側近として各地を共に訪問までしている。

「御礼など必要ありません。これが仕事ですので」

 手を胸に当て、謙虚に言葉を返す。

 続けてレクターは内ポケットからメモ帳を取り出した。

「では、実施要項の確認を致します。

 第一の、『臨時指揮委任令、チェーン・オブ・コマンド』。アウレリア団長の指名通り各副団長を団長へ一時格上げ、限定指揮権の譲渡を書面化致しました。

 第二に、周辺要塞都市との連携ですが、こちらも団長の司令通り要塞都市に対する使節常駐の設置と、緊急出動協定の締結。団長殿と各都市の司令官との会談を元に正式合意書を作成しました。

 具体措置については、お渡ししていた資料をそのまま正式採用いたします」

「あの提案書か……」

 レクター大臣が手に持っている書類束、その中の例の資料を開き、改めて示す。

 そこには、事細かに保険に対する詳細措置が書き込まれていた。

 具体措置として、馬便・速使ルートの冗長化。要塞に「帝国非常予備隊」すなわち即応小隊を配置、補給庫(武器、薬草、魔導具、一部弾薬)を常備。要塞と首都間の戦略補給ルートに対する「護送装置(巡回隊)」の増強。

 との事柄が緻密にまとめられている。

 資料にはメモとして手書きの書き込みがあり、「通信連携として魔導ラジオの導入も検討。資金に余裕があれば」などと書かれていた。

 どれ程、彼の仕事振りは極上であることかが伺える。

「大したものだ……。私のしたいことをここまで言語化してくれるとは」

 感嘆するベアトリーチェを他所に、レクター大臣は苦笑を浮かべていた。

「ありがとうございます。ですが…………、あのような曖昧な提案は、少々困ると言いますか……。書類の方もかなり……」

「うっ……、すまない……。こういうの苦手で……」

「ご安心下さい、慣れてますから」

 ――本当にごめん……。

 内心で平謝りしながら、ベアトリーチェは肩を竦めた。

「さて、次は隣国への部分的外交要請ですが……」

「大臣殿……」

 レクター大臣のセリフを、ベアトリーチェは静かに止めた。

 彼女はかなり申し訳なさそうな表情を浮かべたまま、大臣の肩に手を据える。

「どうされました?」

「歩きながらでは更に申し訳ない、近くに中庭がある。ガゼボに座って話そう」

 先程から、2人は廊下を移動しながらの話し合いを続けている。

 ベアトリーチェの囁かな労いと、話に傾注したいという意志の現れであった。

「すぐそこだ、紅茶でも用意しよう。好きだったろう」

「ご厚意に感謝します。……しかし、ミルクをお付け頂くと嬉しいですな……」

「何故だ……? 渋み好きでは……」

 眉間に皺を寄せた大臣は、自らの腹部を摩る。

「近頃、胃痛がしておりまして……」

 ――…………。

 ベアトリーチェは肩を落とし、悔恨の念たっぷりの顔を滲ませた。

「本当に……、ご苦労さまです……」


 場所は宮殿内、東庭園のガゼボ。中庭は芝生が一面に敷かれており、黄金を連想させるパンジーが外廊下脇に植えられていた。

 こじんまりとしたデザインではあるが、雑草は一切無く花や芝はとても綺麗に切りそろえられていた。

 恐らく、庭師はかなり几帳面なのだろう。

「私が入れよう」

 侍女が紅茶のカップとポットをテーブルに置く。ベアトリーチェはすぐさまポットを受け取り、侍女をやんわりと下げさせた。

 侍女の洗練された一礼に軽く頭を下げ、ベアトリーチェは大臣のカップに紅茶を注ぐ。

「これは誠に、ありがとうございます」

「これくらいのことは当然だな。……君には無理をさせた。労いはいくらでも」

 注がれた紅茶は、『インペリアル・メリアージュ』。帝都ヴァルシュタッドのオリジナル高級ブランドである。

「では早速、部分的防衛要請でしたね。まず、兼ねてより仲の良い隣国には『友邦協力要請』を出し、第五魔王国には限定的な軍事協力(情報共有・臨時哨戒隊派遣)を申し入れております。

 総団長殿の、各外務長官、防衛大臣への非公式ルートでの先行接触をなんとか正式文書といたしました」

 淡々と報告を済ませていく。しかし、行っていた事はかなり大それたものであり、お互いに相当な仕事量であったことが伺える内容だった。

「ここは、さすがアウレリア団長殿と言うべきか、まさか第五魔王国との協力を実現するとは」

「自らの肩書きを利用するという、汚い手法だ。褒められることでは……」

 ベアトリーチェの言に、レクター大臣は「なにを仰いますか」と否定した。

「国内は言わずもがな、各国では『襲撃事件を鎮圧のみならず、迅速に防衛強化の対応を自ら率先して尽力する、英雄の鑑』などとも言われております」

 両手を広げ、嬉々として語る大臣を他所にベアトリーチェは溜息をついている。

「……裏を返せば、主犯を取り逃した挙句他国に助けを求めている、大英雄の名折れだな」

 そう言った彼女は、まるで自分を卑下するように苦笑を零した。

「まぁ泣き言はもう良いだろう。あまりクヨクヨしてられん」

「……そうでありますか」

 レクター大臣は神妙に頷いて続けた。

「……では、この第五魔王国との部分的協力要請ですが、我らが帝国と第五魔王国の位置関係による地政学的見解から、中央大陸の北から北東一帯の防衛協力となりました。地帯の監視強化と『興信・前線偵察』の受け入れでございます」

 統一帝国は、中央大陸であるセントラリア大陸の北東端(要は大陸の右斜め上の沿岸部)に広大な領地を有しており、第五魔王国は中央大陸と北方大陸『ノルデリア大陸』の陸続き接続部やや中央大陸寄りに位置している。

 領土や影響範囲は第五魔王国の方が広大な故、位置的協力はこのような形となったのだろう。

「留意点といたしましては、第五魔王国は『拡張軍事防衛国家』であり、帝国が不必要な主権侵害を求めないことを明記します。報酬、主に一部交易優遇・情報交換で合意を取り付けております。

 かなり無理な外交でしたが、ここはアウレリア団長殿のファインプレーでしたね」

 こめかみを掻きながら、微笑みを浮かべる。

 ベアトリーチェは苦笑しながら応えた。

「たしか『過去に共同演習を行った経験』を無理やり使ったんだったな。こればかりは申し訳なかったな」

「いえ、流石と言うべきです。あの魔王国と軍事協同など、時代が違えば偉業として記録されます」

「協力とは言うものの、帝国側一部地方都市とだがな……。しかし……、魔王なる者については詳しくないゆえ、一度見てみたかったが、仕方ないな。

 勝手ながら、あの国は堅く生真面目な印象があったが、親切で助かった」

「ええ、相互利益という形ではありますがこれはかなり大きいです。

 協力に際し、恐れながらメモにて情報をお纏め致しました。ご確認下さい」

 そう言って、大臣は一枚のメモ用紙をテーブルに置いた。

「なるほど……」

 そこにはなんとも几帳面にまとめられたフォーマットが整然と書かれている。このまま提出しても、正式文書として採用されかねない綺麗さだ。

 内容は、

 仮題、『皇帝府・第五魔王国、協力覚書(暫定)』

 目的、接続地帯(やや帝国寄り)の防衛強化と相互情報共有。

 範囲、監視・偵察・補給通路の護衛に限定。戦線侵入や領土行動は含まない。

 期間、帝国主戦力の権限復帰まで。(延長は相互合意)。

 資源、帝国は補給品を一部供給、第五魔王国は前線哨戒隊を派遣。

 監視/通報、共同監視室を設置、緊急時は相互通報。

 主権尊重、いかなる協力も相手国主権を侵害しない。

 秘密保持、協力内容は機密とする(公開は両国合意のもと)。

 大まかに要約すると以上のような内容である。

「権限復帰、か……」

「はい、恐れながら。団長殿がお戻りするまでが期間故、ここは正式な名分が必要となります」

「ありがとう、気負わせてしまったな。外交に置いてアバウトは禁物……、だったか。これは確かに胃痛ものだな」

 困り顔を浮かべるベアトリーチェと、腹部を今一度摩るレクター大臣。

「安心してくれ、皇帝陛下からの許可は降りた。『勅令巡察』と」

「なんと……、寛大な」

「あぁ……そうだな。恐らく、陛下は全てを察してくれたのだろう」

 『勅令巡察』。なんとも曖昧だが、同時に有力な大義名分であることは間違いない。

「勅令ともあらば、互いの世論と政治的圧力への心配は皆無です。我々の足元の薄氷がやっと溶けましたな」

 皮肉じみた比喩を言い、声を上げて大臣は笑った。

「あとは、行動に移すのみです。

 即時友邦同盟演習及び、第五魔王国の地方都市所属哨戒隊と共同監視ショートドリルの実施。これにより、協力のハードルを下げ、事実上の協力体制を可視化する効果が期待できます」

「舌を巻く有能振りだな。何処に足を向けて寝れば良いのやら」

「はっはっは。寝る向きはお気になさらず。

 さて、次の即応補給キャッシュですが、兵站部門と話し合い、こちらは重要消耗品を優先的にすでに設置が進んでおります」

 前線は言わずもがな、哨戒任務においても、あらゆる軍事的行動には補給が付き物であり生命線である。

 レクター大臣の功により、キャッシュとデポを中隊から大隊規模を確保し、各要所へ効率よく分散済みであった。

 これで、不測の事態で主補給線が絶たれようとも短期間作戦を継続可能だ。

 ――……見習わねばな。これを全て、私一人でも出来るように……。

「感謝する。完璧な仕事だ」

「勿体なきお言葉、光栄でございます……」

 レクター大臣は深々と頭を下げた。

 ベアトリーチェは自らのティーカップに入った紅茶グイッと煽り、立ち上がる。

「茶葉は君のために買ったものだ。残りは好きにしてくれ」

「どちらへ向かわれるのですか?」

「………………。……彼らに、挨拶を。託すためにな……」

 視線を落とし、表情が曇る。

 レクター大臣は驚きの声を上げた。

「まさか、本人方にはまだ伝えていなかったのですね」

「あぁ。彼らはまだ治療中だ。大怪我を負った直後に、責任も負わせる訳にはいかない。……自分勝手だがな」

「そんなことはございません。あの方々なら、快くお見送りして下さることでしょう」

 ベアトリーチェは微かに、笑みをうかべた。

 そして小さく、

「だと良いがな……」

 と呟いた。

「では、何度も悪いが最後に、帝国内の予備戦力と防衛の増強も忘れないよう頼む」

「もちろんでございます。貴女の提案書はすでに、添削済みです」

 胸に手を当てにこやかに答える。

 ベアトリーチェは短く笑い、「流石だ!」と言った。

「全て任せてしまい、申し訳ない。修行にて課題とする」

「まさか、そんなことはございません!私は正式文書を作成したに過ぎませんよ」

「見事な謙遜だ。暫く見られなくなるのが悲しいよ」

 苦笑いするベアトリーチェ。

「あとはお任せ下さい。お気兼ね無く、行ってらっしゃいませ」

 恭しく、一礼する。

「ありがとう!」

 ベアトリーチェは大きな声で応え、庭園を後にした。

 威勢の良いお礼の声とは裏腹に、レクター大臣の目に映る彼女の麗しくも偉丈夫な背中は、どこか物寂しそうだった。


 回廊の先、宮殿内奥。

 ベアトリーチェは音も無く廊下をゆっくりと歩いていた。

「…………。」

 ここから先は病棟である。騎士団らが療養中の場所であり、レシア、ウォードン、リルが入院中だ。

 1ヶ月以上が経った今でも、致命傷を負った彼らの容態は芳しくない。

 病棟の外で、時を告げる鐘がゆっくりと鳴る。

香草の煮詰められた匂いが微かに漂い、窓から射す光が塵をきらめかせていた。

「アウレリア団長」

 突然、若い男の声が響いた。

「……レシア」

 気づけば、扉の横に腕を組んで壁に背を預けているレシアが佇んでいた。

 親衛騎士団副団長レシア・フォン・ソルディエール。襲撃事件の際、後方にて翼竜をすべて打倒した功績を持ち、今や若くして英傑である。

 そんな彼は、現在包帯とガーゼだらけである。

「もう、歩いて大丈夫なのか」

 ベアトリーチェは静かに問うた。

「俺はそこまで大怪我してませんよ。強いて言えば、上腕骨がボッキリやられてるくらいです」

 そう言ってレシアは右二の腕を摩った。

「流石に、団長ほど治りは早くないですがね」

「………………。……やはり、君は私より強いだろう」

 視線を落とし、苦笑いを浮かべるベアトリーチェ。

 レシアは片眉を上げ、疑問を口にした。

「何を言ってんですか。そんな訳……」

 言いかけたところで、大きく溜息を落とす。

 レシアはゆっくりとベアトリーチェに歩み寄った。

「噂通り、だいぶメンタルがやられてるようですね」

「当然だ……。力不足を突き付けられたからな……。大英雄など……、重責でしかない」

「そのための修行旅、ってことですか」

「……?!」

 レシアからの驚きの言に、ベアトリーチェは面食らった。

 旅の準備は全て秘密裏に行っていたはずだった。

 ベアトリーチェは慌てて弁解しようとする。決して、逃げの意志でもなければ責任を人任せする意図も皆無だからだ。

「何処でそれを……。レシア、私は逃げるつもりではなくてだな……」

「分かってますよ。全て、この国を想っての事だと言うことも。なので俺は、団長の自らへの過小評価も否定しません。今は、ただ貴方の背中を押すのみです」

「………………。」

 チャラい見た目とは予想外に、なんとも優しい声色である。

 レシアはすぐに笑顔を称え、ベアトリーチェの背中を叩いた。

「ほら、挨拶に来たんですよね。明るく、さっさと済ませましょうよ」

「……全部理解されていたとは、なんとも小っ恥ずかしいな」

 軽く赤面しながら、二人で目の前のドアを開ける。

 病床には四つ無機質な白いベッドが置かれており、換気のため開けられた窓から入る風が、白いカーテンを揺らしていた。

「団長殿!」

 最初に視界へ飛び込んできたのは、包帯で真っ白い巨躯。

 第一戦闘師団副団長、ウォードンだ。

「具合はどうだ、寝たきりからは脱したみたいだが」

 お互いに、敬礼をする。

 ウォードンは豪快に笑いながら、

「もちろん、頗る元気であります。木乃伊から脱せないのは残念ですがな」

「しかし、傷跡は残るんだろう。申し訳ない限りだ……」

 ウォードンは一度、ベアトリーチェを庇って竜人の火砲を真正面から受け止めている。

 大部分の大火傷と、複数の骨折、筋肉断裂等により予断を許さない状況だったのだ。

「火傷も名誉の傷です。それに、貴方の謝罪は聞き飽きました」

 レシアも、「全くだ。耳にタコ作る気ですか」と笑い声を上げる。

「話は、レシアの地獄耳により聞いております。ご安心を、私の貴方に対する尊敬の念は一切変わっておりません。誉れ高き大英雄を磨き上げて下さい」

 ウォードンはもう一度敬礼をし、激励した。

 ベアトリーチェは、「ありがとな」と言い綺麗な笑顔を見せる。

「リルは、大丈夫なのか」

 彼女は直ぐに神妙な表情へと移った。

 リルもまた、大怪我をしている。

 時計塔のてっぺんから、崩落に巻き込まれたのだ。

 ただで済むはずがない。

「こちらです。私もちょうど、容態を確認しに来たところです」

 ウォードンはそう言いながら、病床左奥の仕切りカーテンをゆっくりと動かした。

「………………。」

 ベットには同じく包帯、ガーゼまみれのリルが静かに横たわっている。

 目は閉じられており、身動き1つしない。

「大丈夫です。寝てるだけですから」

 レシアが静かに口を開いた。

「体調は良くなって来ています。昨日は俺の薬粥を勝手に食ってやがってました」

 眉間に深い皺を寄せる。

 ベアトリーチェはその言葉を聞き、人心地が着いた。

「それは……、良かった」

 眠るリルの枕元で一瞬だけ彼女の拳を握る。

ベアトリーチェの指には、共に戦ったときの傷跡がまだ残っている。

目を閉じ、深く息を吐く。

背に当たる陽光が、まるで祝福のように淡く染まった。

「皆、本当に自分勝手ですまないな。頼りっぱなしだった」

 ウォードンとレシアが、微笑を零す。

「お任せを! 我々もさらに強くなります故、どんと頼って下さい!」

「気にせず、修行に励んで下さい。俺らは、臨時的昇進で給料アップですわ」

 親指を立てて笑うレシア。

 ベアトリーチェも吊られて笑みを称える。

「この国を、頼んだ」

 敬礼をし、黙祷のように沈黙を交わした。

 ――………………。

 すると、ベアトリーチェの左手がそっと握られた。

 少々驚いて、リルの方へ目線をやる。

「……わたしも……」

 目を開けたリルが、ベアトリーチェの手を握っていた。

「私も、団長と一緒に、行きたいです……。私も強くなりたい……!」

「リル……。悪いが……」

 ベアトリーチェは膝を突き、リルの頭に優しく手を置いた。

「お前を危険に晒す訳にはいかない。それにこの国を託すには、君たちが一番安心出来るんだ」

「でも……」

 言いかけたところで、レシアがしかめっ面をして声を上げた。

「てめぇは黙って寝てろ」

 捲っていたシーツを、バサッと粗雑にリルへ掛ける。

「ひどぉい……」

 なんともしょんぼりとした顔で目を伏せる。

 端で「おいおい……」と苦笑いしながら制止するベアトリーチェを他所に、レシアは、

「この国を託されたつってんだよ。期待に応えるしかないだろーが」

「はぁい……」

 またも弱々しい声で呟くリル。

「けど……」

 そう言って半身を起こす。

「私も、こんなやつに負けないぐらい強くなりますから……!」

 真っ直ぐにベアトリーチェを見つめる。レシアの「こんなやつ?」という声を尻目に、

「ああ。頼んだぞ」

 と、お互いに熱い握手を交わした。

 そしてゆっくりと立ち上がり、ベアトリーチェは扉前に立って、後ろを振り返る。

「……………………。」

 ――……行かねばならない。

 彼女の予想に反し、皆笑顔だ。

「では、失礼する。皆の者、任せた!」

「はっ!」

 最後の敬礼。

 室内に、勇ましさ溢れる声が満ちた。

 窓から入るすれ違う風が、鎧の裾を小さく撫でる。

 病室の扉が閉まるとき、外では小鳥が鳴いていた。


 こうして、ベアトリーチェは帝国に別れを告げ修行旅に出たのであった。

人物紹介:ベアトリーチェ。


誠実すぎる大英雄。

そして恐ろしいほどの脳筋。


本名:ベアトリーチェ=アウレリア・ロードスクヴェルト

年齢:64(外見は20代後半)

身長:180cm

種族:ハーフ・ダークエルフ


帝国騎士団長にして『聖七天大英雄』の一角。

誠実さと正義感を体現したような人物であり、軍人として極めて高い評価を受けている。


性格は非常に真面目で実直。嘘や誤魔化しが苦手で、頼み事を断れないタイプ。

努力を当然の義務と考えており、自分を「努力家」とは思っていない。

他者の才能を素直に認め、慢心することもなく、常に自分の未熟さを意識している。


責任感が強く、自責思考気味。

ある人物に対して、深い尊敬と劣等感、そして喪失感を抱いている。


ここまで聞くと完璧な騎士のようだが、実態はかなりの脳筋で天然。

幼少期から座学は苦手で、ひたすら剣の鍛錬ばかりしていた。

ストイックなエリートなのか、単に抜けているのかはよく分からない。


軍人としての才能は非常に高く、訓練指導や前線指揮の能力は特に優秀。

活字は苦手だが、戦況報告や軍事資料だけは異様に理解が早い。


外見は女性としてはかなり大柄で、鍛え抜かれた筋肉質の体格。

濃い紫のウェーブがかったセミショートヘアと褐色の肌、そして長く尖った耳がダークエルフの血を感じさせる。

体には戦いで負った古傷が点在しており、特に手と前腕には剣士特有の痕が残る。


姿勢は常に美しく、立っているだけで騎士と分かる威圧感を持つが、表情は基本的に穏やか。

装いは実用重視で装飾品にはほとんど興味がなく、そもそも流行をよく分かっていない。


趣味は鍛錬、食べ歩き、部下との飲み会、そして帝国周辺の戦況新聞のチェック。


(偏見:運動部のおバカなOGにこんな人いそう)

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