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大英雄の修行旅、荷物持ちは最凶魔王  作者: 西奈 喜楽


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序章 出会い

※長いです、お気をつけて( ꒪Д꒪)ノ

「普通にビビります。ヤメテ下さい」

 場所は変わり、英雄一行がいるのは古風な雰囲気を残した小さな魔法店であった。

 先程一行が目指した都市、「第二リィド要塞都市」。その入口近くにある、一人の少女が営んでいる魔法魔術店である。名前は「八百万魔導店(やおよろずまどうてん)」地元では知る人ぞ知る、"有能魔法店"だ。

「すまん……、突然。ほんとに……ごめん」

 そんなこぢんまりと構えられた店の中にて、店主に軽く叱られているのは誰でもない、先程の修行中の騎士、"ベアトリーチェ=アウレリア・ロードスクヴェルト"である。

「まぁ、そこまで小さくなって欲しい訳ではあませんが……」

 偉丈夫なベアトリーチェがまるで幼い子供のように、萎んでしまっている。

 しかしながらこんな彼女でも、大国の騎士であり" 大英雄 "と評される人物である。

 そんな彼女を叱っているのは、魔法店を一人で切り盛りしている少女、"ノクティス・ヘルマティア"だ。

 白く長い髪を垂らし、ゆったりとした黒い衣装を纏っている。肌はベアトリーチェよりもさらに黒く、耳もより長く尖っている。

 誰が見ても、間違うことなく、純正の"黒耳長人族(ダークエルフ)"である。

 エルフということは、実年齢は見た目以上に上のはずだ。

 しかし今は、小柄なノクティスよりもベアトリーチェの方が年下と思えるほどである。

「いや、客が居なくなってしまったのは私の責任だ」

「……萎み過ぎです。軽く注意したかっただけですので、大丈夫ですよ」

 様々な、多種多様で珍しい魔導具も置いてあるこの八百万魔導店。

 裏には禁書なども控えているという、魔法オタクからすると素晴らしき穴場である。

 故に立地が悪くとも、それなりに繁盛しているのだ。

 当然、先程までも現役魔導師や学生らしき客がチラホラいた。

 のだが……。

「でもしかし、蜘蛛の子を散らすようにお客さんが逃げて行っちゃいましたからねぇ」

 やれやれ、と言うように肩をすくめる。

「損失には変わりないと言うことだな、分かっている………………」

 発言通り、彼女の店には現在たった3人しか人が居ないのだ。

 小さな店とはいえ、これでは閑古鳥が来てしまう過疎ぶりだ。

「ま、大丈夫ですよ。冷めない熱り(ほとぼ)はありません。顔、そろそろ上げてください」

「良いのか……?」

 皺の寄った何とも悲しげな顔で、ノクティスを見上げる。

 そんな顔を上げるな、と言いたげに顔を顰めて、

「そんな怒ってないですから……。というより、脳が働きません」

 と、冷や汗を拭っていた。

「流石の私も、びっくりですねぇこりゃぁ……」

 そう言って目線をやったさきには、

「……………………。」

 黒く光る耳飾り。スマートに着こなすダークスーツ、店の窓からもれる陽に照らされたスーツ以上に黒い髪は艶やかに光っていた。

 そんな美麗な見た目の青年は、呑気に魔導書を立ち読みしている。

「………………うぃっス」

「" うぃっス "じゃねーよ」

 その青年の軽薄な態度に、ノクティスは肩透かしを食らった気分になった。

「オホン……。とにかく、お久しぶりです。ヴァルゼルト様」

 ぺこりと軽く頭を下げる。

 こちらも人に言えない程には軽率である。

「えーと、第二リィド要塞都市でしたかね、こんな所までくんだりして店にお越しいただくのであれば、事前にお知らせ願いたいものです」

 傍から見れば当然の言葉遣い。しかしながら彼女のそれは、やけに親しげであった。

「こちらこそ、ご無沙汰しております。リュウドウで結構です。申し訳ありませんねー」

 そう、落ち着きのある所作で返したのは、史上最凶と呼称される魔王、"リュウドウ=ヴァルゼルト・フォン・ギルデマール"その人である。

「いやはや、魔導に詳しい人しか来ない店。当然俺の事を知っている人ばかりでしたね……、こりゃすみません」

 なにやら面白おかしくといった風に微笑むリュウドウ。

「済まなかった……。そんな当然の事を知らなかったばかりに」

 またもや肩を落とすベアトリーチェ。

「相変わらず、世間知ら……、えー、箱入り騎士様ですねぇ」

「そのための修行でもあるんだがな……。面目ない」

 話の通り、リュウドウは見た目こそ人畜無害そうな気のいい青年。しかしその中身は紛うことなき災禍の主、魔の王である。

 その存在は、政界、国際情勢、魔導関連の界隈でも非常に強大なもの。

 世間一般に浸透せずとも、ニッチな魔導に詳しいものなら当然顔が知れているはずだ。

 実際、客らはリュウドウの顔が見えたとたん注目した。そして、確信を得たように血の気が引いていったのだった。

 彼らの逃げざまは、まさに蜘蛛の子である。

 この騒動の原因は、世間知らずのベアトリーチェと、からかい好きで巫山戯たリュウドウだ。

「まさか魔王様が来店するとは、処理が追いつきませんでしたよ」

 そうは言っても、早から冷静になっているノクティスである。

「どちらとも面識のある方ですので、お客様として来てくれるのはありがたいですがねぇ」

 肘をついて、口をへの字に曲げる。トレードマークのギザギザした綺麗な歯が覗いた。

「え、二人は知人だったのか」

 再び顔を上げるベアトリーチェ。

「まあそれなりに。仕事柄ゆえにですかね」

 ノクティスの魔導師としての経験値、魔法店という多くの人と関わる立場上、顔の広さにはお墨が着くのだろう。

 ――だが魔王と知り合いというのは、中々な話だな……。

「流石ノクティスだ。毎度感服させられる」

 ベアトリーチェによる本心からの褒め言葉。

 当の本人は、

「歳を食ってるだけですよ」

 と、無表情に流す。

 しかし、すぐさま机に両手をついてベアトリーチェに凄んだ。

「とにかく、私の事はどうでもいいです。貴女も人のこと言えないでしょ。なんで、騎士である貴女が魔王などという人物と一緒に旅をしているんですか」

 ノクティスの反応は当然である。単なる王国の国防機能の一端でしかない騎士が、何故どのようにして魔王と旅をしているのか。ましてや、

「ましてや荷物持ちなんかさせてるではないですか」

 ノクティスの示した先には、片手に大型ブリーフケースを持ったリュウドウがいる。

 対してベアトリーチェ自身は剣を除き全くの手ぶらである。誰が見ても、リュウドウが荷物持ち係であるのは明白だ。

「いや……、させている訳ではないんだがな……」

「そこはさほど問題ではないです」

 前のめりになってきた姿勢を整え、会計カウンターを後にするノクティス。

 そのままベアトリーチェの前へと歩み寄る。

「こんな素っ頓狂な事態、お目にかかった事がないです。先程から言ってますが、突然の太客来訪もお客さんのことも、もう構いません」

「…………!」

 戸惑うベアトリーチェを他所に、ノクティスはテーブル横の椅子に腰を掛けて、続けた。

「根掘り葉掘り、お話を聴かせて頂きたい」

 いつの間にか、彼女の顔は好奇の微笑みが滲んでいたのだった。


 二


「では俺のことはお気に入りなさらず。近くのカフェにてお待ちしておりますので、お声かけ下さい」

 まるで執事と見まごうほどの言動と配慮である。そう、にっこりと微笑んでリュウドウは「ごゆっくりどうぞ〜」と店を出ていった。

 現在、店さきには「準備中」の看板が掲げられ、店内には店主と騎士が丸テーブルを挟んで座っていた。

「まさか荷物持ちのみならず、召使いとして扱ってます?」

 入れたてのハーブティーを啜りながら、ノクティスは目を細めた。

「そんなことは決してない……っ。むしろ、そんな扱いは誰にもさせたくない」

 先程から慌て気味のベアトリーチェは必死に弁明を図る。

「失敬。そんな慌てないで下さい。なにかワケがある事を理解しての冗談ですよ」

 その言葉に、大きく安堵の溜息をつくベアトリーチェ。

 目の前に置かれたティーカップを手に取った。

「…………美味いな」

 何から説明をしようか、どのように弁明をしようかと考えあぐねいて、過剰行使寸前の脳。絞り出した言葉はハーブティーへの単純すぎる感想のみだった。

「ローズヒップティーです。去年の冬に貰ったバラの果実で作りました。フルーティーな味わいが好きでよく作ってまして」

「へー……」

 脳筋騎士に、当然そのような小粋な知識は殆ど無い。

「では早速聴かせてもらえますかね。なぜ二人で旅をしているのか、どうやって荷物持ちをさせているのか。こと細かく、成り行きを語って下さい」

 傍から見れば普段通りのノクティスであるが、内心は話を聞きたくてうずうずしている。

「そうだな……」

 呟いたベアトリーチェは顎に手をあて、悩み込む。

「まず……、やはり魔王と旅をしているというのは、かなり変なのだな」

「当然でしょう。空前絶後で荒唐無稽です」

 疑問に対し、軽く吐き捨てる。

「やはり、先に魔王とはなんたるかを教えた方が宜しいですか?」

 辟易するノクティス。

「……お願いしたい。なにぶん、帝国の親衛のみに注力していた人生でな……」

「にしても国際情勢に疎すぎやしませんかね」

 親衛騎士団とは元来、王室の警護が主目的である。しかしながら、政治に触れる者としては少々無知と言わざるを得ない。

「リュウドウ様が教えて差し上げれば良いのに。まああの人は自身の事をベラベラ喋る人じゃないか……」

 ハーブティーを啜り、短いため息をつくノクティス。

「まず、魔王という存在についてはどこまで説明出来ます?」

 その問に、ベアトリーチェは眉間に皺を寄せた。

「…………確か、『魔王』と呼ばれる強大な国王が複数人点在している」

「流石に複数人いる事は存じ上げてるんですね。他には?」

「あー……。そうだな」

「はい」

「……………………。」

 沈黙が刹那、流れる。

「……えっ。それだけ?」

「……ぅん」

「えー……」

 満面の顰めっ面を披露するノクティス。

「最低限の知識しか持ち得てないわけですか……」

 カチャリとコップを置いて続ける。

「学生時代は何を学んでらっしゃったのやら」

「昔から学問嫌いだったな。剣技一筋だ」

 とベアトリーチェは淡々と述べてみせる。

「ま、最近は歴史学を専攻しない限り魔王制度について詳しく学ぶ事は無いですね」

 ここでノクティスは、ぱんと手を合わせた。

「分かりました。これも修行の一環として、私の知見をめいいっぱい差し上げましょう」

 その言にベアトリーチェは満面の笑みと羨望の眼差しを向けた。

「おお……、それは非常にありがたい。蛍雪を経験することも一巻でな」

「恐らく、へたな歴史学の教授よりは知識を持ち得ていると思います。お得意さんであり、同じダークエルフとしてのよしみです。お代は貴女の話で結構」

「残念ながら私はハーフなんだが……」

 申し訳なさそうな態度に、ノクティスは「細けぇなぁ」と口を曲げる。

「ではでは傾注。金より貴重な『魔王について』の情報でこざいます」

 人差し指を立て、にこやかに始めた。


「……まず、先程仰ったように『魔王』という存在は複数人存在しています」

 そう言いながら、一本ずつ細い指を立てていく。

「第一魔王、第二魔王、第三魔王……、第四、第五、第六、第七……。そして、第八魔王のリュウドウ様。計8人が現役です」

「……多いんだな。末恐ろしいよ」

「人数に増減は起きましたが、現在では8人で安定していますね」

 ノクティスの呟きに、ベアトリーチェは眉を上げて反応する。

「なに、太古より8人じゃなかったのか」

 (つづま)やかな疑問ではあるが、この発言にノクティスは眉間に皺を寄せ、手を口に当てる。

「ええ……、実は違います。これに関してはあまり語られていません。政治的な情報のやり取りも皆無です」

「………………。」

「ですので一旦無視で」

「えっ」

 すんなりと開き直ったノクティスに肩透かしを盛大にくらう。

「まぁいいや……。話の流れは任せる」

「了解です。魔王の成立ちも含め、説明します。現代の魔王制度は紀元前より芽吹きました」

「今使われている歴より、前か……?」

「そうです。えーと今日は……」

 そう言って懐中時計らしきものを取り出す。

 今日の年月日を確認しているのだろうが、気にしていないのか、把握できていないのか、まるで老人である。

統天暦(とうてんれき)398年。5月6日……と」

 カチャンと音を立てて懐中時計を閉じる。

「この『統天暦』とは、魔王制度が安定化し文明に浸透仕切った際にちょうど制定された歴です。世の戦乱が終結したのに合わせて決められたそうです。故に、魔王とは拙いながらも紀元前、つまりは『獣魔統一時代』より武力を中心とした権力を有していました」

「…………ん」

 苦虫を噛み潰したような顔をしているベアトリーチェ。頭からは煙が立ち上がっているように見える。

「ちょっと専門的過ぎましたね」

「いや、大丈夫だ。ただ名前しかしらないものばかりで……」

「では少し分かりやすくしますね」

 そう言うと、人差し指を指揮棒のようにゆっくりと振った。

 途端、2人の間に浅葱色のモヤが現れる。

 モヤは夜空の如く微かにキラキラと光っていた。

「凄いな……!なんだこれは」

「幻術系魔法の応用ですね」

 さらに指をふいっと動かすと、空中に文字と記号が浮かび上がった。

 数直線のような棒の上には間隔を開けて、『統天暦』『大戦』『獣魔統一時代』の文字がある。

「最初に、始まりとしてこの世界を少し昔から実質的に支配していたのは『神獣』と呼ばれる魔物達でした。資料が少ないので微かな情報しか御座いませんが、現在の魔王をもっと危険にした感じだとお考え下さい」

 『獣魔統一時代』の下に、数百年の文字とデフォルメされた獣の絵が浮かんだ。

「この数百年続いた『暗黒時代』は、第一魔王に始まり、次々と表舞台に顔をだした魔王達により打倒され、代頭が成されました。正に、大革命とも言えるかと」

「そこまで聞くと、英雄的な話だな」

「ま、行った事は確かに文明貢献ですが、別の見方をしてみましょう」

「見方?」

 ベアトリーチェは首を傾げ、疑問を顕にする。

「考えてもみて下さい。『物凄く強い神獣を自らの手で殺し、支配権を強奪した魔物』、人類や文明に直接的敵意は無いけれど中々に恐ろしい存在に見られませんか?」

「確かにそう言われれば……」

 ――畏怖……、恐怖ですらあるか。

「時に、魔王とは皆魔族なのか?」

「良い質問でごさいますね。では魔王達に焦点を当ててみますか」

 頭上に浮かんでいた文字がふわりと消え、新しく絵と文字が現れる。

「魔王は全員、見た目は人間に近けれど、魔族であり魔物に分類されます。簡単に言えば、人類や人族ではない人外ですね。なので、魔の王、魔族の王を略して『魔王』と呼ばれるようになりました」

「ふむふむ」

「巨大な力を持った魔族の王、実力も権力も影響力も強大な人物が魔王と名乗れるのです」

「やはり、存在自体が大きな者なんだな……」

「全くもってそうです。魔王とは当然領地を、国を統治しており政治的権力や軍事力は絶大なもの、情勢に大きく関わる方々です。なのに、リュウドウ様ときたら……」

「…………あー」

「あんな『一般市民ですウェーイ』みたいな感じでトコトコ歩き回られるとか、かなりの大事ですからね……?!」

「話を聞くと、ますます事の重大性諸々が理解できてきたよ……。しかも、彼は『史上最凶』と言われた新興魔王らしいな。だいぶ重要人物じゃないか」

「お分かりになって来たようで幸いです」

 かなり皮肉っぽく返すノクティス。

「この史上最凶と言うのは本当なのか?魔王がとんでもない実力を誇るのは以前より知っていたが……、あんな好青年が他の魔王を打倒出来ると?」

 冷や汗をかきながら、質問をする。

 ノクティスは又もや眉間に皺を寄せて思考を巡らせた。

「そうですね………………。魔王の純粋な力関係は分かりません。しかしながら……」

 ――………………。

 俯いたノクティスを見、ベアトリーチェは固唾を飲んだ。

「……彼について詳しく説明いたしますか」

「あぁ、頼む。私自身あいつのことを余り知らなくてな……。もっと話てくれれば良いのに」

「基本受け身の人なので……。とにかく、彼は先程も述べたように、第八魔王の座を有する、近代にて長年空席であった第八の席に突然即位した魔王です」

「……中々含みのある言い方じゃないか」

「ええ、謎の多い魔王のうちの1人ですから。数百年間空席であった第八に約40年前に即位されました」

「………………いくつなんだ彼は」

「さぁ……。けど明らかに見た目とリンクはしてませんね。我々が言うのもなんですが」

「全く……、ただの温厚な好青年の見た目をして、蓋を開ければ腰を抜かす人物だ」

「私は抜かしそうになりましたがね。で、です。彼は即位後間もなく領地付近に存在した神獣の生き残りを単身で殺害。そして突如侵攻してきた第三魔王をも打倒してしまいます」

「侵攻……?魔王同士ではありうる事なのか?」

「いえ、元来魔王は直接不可侵条約を結んでおります。故に、第三魔王の暴挙として記録されました。そして驚くべきことに、リュウドウ様は第三魔王の軍までも壊滅させています。結果、数万の兵が死亡しました」

「なっ……。数万人と魔王を一人で……」

「次も驚きですよ。その後単身で攻撃を仕掛けてきた第二魔王を退けています。まぁこれは『喧嘩』みたいなものらしく、戦争とは記録されていませんがね」

「第二魔王……。あまり知らないが、軍事国家の統治者と聞く」

「そうです、しかも魔王の中でも単純な実力は最上位、ばりばり武闘派です。第四魔王にも喧嘩を吹っかけられたらしいですが、これも退けているそうです」

「不可侵条約はどこへ散歩しに行ったんだ………。とまれ、凄まじい経歴だな……」

「そうですね……、先代の第八との関係性は不明ですが世襲が行われたのも歴史上初です」

「あぁ彼が初めてなのか」

「どうやら推薦という形で席を引き継いだため、世襲と呼ばれたそうです。第三魔王もその後世襲が行われたため、現在は二代目です」

 一息残し、ノクティスは両手を広げた。

 空中の絵や文字がふわりと消える。

 

「こうして誕生したのが、新第八魔王 "天地万有"リュウドウ=ヴァルゼルト・フォン・ギルデマールで御座います」

 

 ぶわっと、空中にリュウドウの絵が浮かび上がった。

 飾り気の無いスーツ、色白の顔立ちは気の良い青年に他ならない。

 見た目こそ人間の若い男性。しかし年齢も、種族さえもかけ離れたものである。

 

「天地万有…………。この世の……全て……?」

 

「魔王には異名や王を冠する2つ名があります。人々が勝手に呼び始めるものですが、彼の苛烈な経歴、際立って強大な実力を込めて、目撃した人達によって史上最凶、天地万有、無冠の権化と呼ばれるに至ります」

「無冠?」

「彼は唯一、統治において『王』を名乗っていないんですよ。ですので、異名には王がついていないとか」

「これまた気になる話だな」

「ざっくりと基礎知識程度に語りましたが、流石に全てを詳細に話すのは相当な時間がかかりますよ……」

「そうだな、追追自分でも知見を集めるとする。すまない、ありがとう。こんなに教えてくれるとは」

 ぺこりと頭を下げる。

「……彼は……、人間ではないのか……」

 喋り疲れて口が乾いたのだろうか、ノクティスは残りの香草茶をいっきに飲み干した。

「…………見た目こそ穏やかな青年。彼の出自は一切分かりませんが、人間でないことは明白でしょうね……。人を辞めたのか、元より人でないのか。私の意見としては、リュウドウ様は確かに言葉にならない実力を持っています……。正に化け物でしょう」

「………………。」

 ノクティスは空になったコップへと視線を落とした。

「魔王はほぼ災害です。彼らはたった一人で国すら破壊しうる力を持ちます。不可侵条約があるのも魔王同士が本気でぶつかり合えば、文明が、世界が滅びます」

 沈鬱、彼女の声色はそう表現出来る。

「………………そう、だな……」

「ですので」

 そう言って視線を戻したノクティスは、

「最凶の魔王に気に入られた貴女は非常に幸運でしょう。羨ましい限りです。良かったですね」

 と陽気に言ってのけた。

 情緒の変化が早い。

「……全くもって……、全くだな……はは」

 ――人類にとって脅威だな……。彼が優しくて本当に助かった……。

「なんですかその苦笑いは。武者修行中ですよね、最凶がお供してくれるとか便宜の極みでしょう」

「本当にその通りだ」

「お得意さんの修行旅は、店主である私が応援致しましょう。幸あれ!」

 ニッコリと笑ってノクティスは両手を広げる。

「アハハ」

 ベアトリーチェはつられて笑い出す。そして続けて「ありがとう」と呟いた。

「とにかく魔王達、特にリュウドウ様の基本的な説明は以上になります」

「ああ。…………。」

 ――…………リュウドウ。

「最凶の災害、か…………」


 三


「では授業料を請求します」

 そう言って両手を差し出すノクティス。

「え?」

 一瞬戸惑うベアトリーチェであったが、直ぐに合点がいった。

「あっそうか、私の話だったな」

「むしろそれが本命です」

 完全に話を聞く姿勢に戻ったのか、ノクティスはお互い空のティーカップへハーブティーをなみなみ注ぐ。

 鮮やかな赤茶色から、薄らとした湯気がホカホカ立ちのぼっていた。

「どこから……、どう語ろうか」

 腕を組んで懊悩する。

「決まってますよ。こと細かく、最初から、お願いします」

「長くなるぞ?」

「大いに結構。リュウドウ様なぞ待たせておいて大丈夫ですから」

 手をひらひら振りながらにこやかに答える。

 ベアトリーチェは少々気を使って、

「あんだけ大層に紹介したのに……、扱いは雑だな」

「まあまあ、それぐらいの扱いでいいんですよ彼は」

 ――先程から……、やはり仲が良いのか?

「………………。」

 ――それとも彼の飄々とした態度のせいか……。

「……では授業料分は話そうか、まずは……そうだな」

「何故修行に出ようと決意したか、から聞きたいです」

 前のめりになるノクティス。

 老獪な雰囲気とは逆に、無邪気な態度を顕にしている。

「分かった、それじゃあ始めよう……。旅の理由と、魔王を連れている訳を」

 深く息を吐いて、ベアトリーチェは重く力強い口調で語りだした。


 *


 時は遡上し、ベアトリーチェが帝国にて親衛騎士として勤務していた頃。

 場所は中央大陸『セントラリア大陸』。大陸中央やや北東に位置する、中央統一帝国、正式国号『アウスデリア統一帝国』。

 皇帝陛下と帝都が鎮座する、首都『ヴァルシュタッド』。ベアトリーチェ=アウレリア・ロードスクヴェルトが生まれ育った場所である。

 貿易と外交が盛んな国家であり、軍事力、技術力も申し分ない。産業・学術・政治の中心とも言える先進国、魔王勢力を除けば覇権国家となりうる潜在力を持つ。

 ベアトリーチェはそんな大国の、皇室直属親衛騎士団団長及び、第一戦闘師団総団長であった。

 そう、彼女は大国最強の騎士なのだ。


「肩書きは正しく『帝国最高戦力』『至高の騎士』ではありませんか。貴女の噂は良く耳にしますよ」

「……そんな期待を私は裏切ったんだ。ある"事件"が切っ掛けでな。経緯を話そう……」


 彼女の勇ましさ、そして力は他国にも波紋が届いているほどだ。

「彼女がいれば安心」「防衛の要」「彼女に勝る人物はいない」そんな羨望を国民から浴びていた。

 その根源は本人の実直さ、誠実さ、生真面目さから来ている。まさに、秀才。

 ハーフエルフの長い寿命を、剣技と忠誠へと向けた人生は、部下から、仲間から、そして皇帝からも賛美されている。

 しかし……、彼女にとって、大きな転機が訪れる。

「何事だ……ッ」

 突如、広大な帝国中に鳴り響いた轟音。

「敵軍か?!」

 国民は混乱へ、軍は慌ただしく出動へ。

 そんな中、音を聞いたベアトリーチェはいち早く行動を興していた。

 宮殿の長い廊下を、鎧と剣の重量を無視しているかのように疾走する。

 混乱が浸透する、対して彼女は冷静かつ凛としていた。

「アウレリア団長!!」

 後ろから野太い男性の叫び声が聞こえた。

「出撃だ、ウォードン!」

「一体全体、何が起きたのでありますか!」

 そう言って、ベアトリーチェの後ろに付いて走る筋骨隆々の偉丈夫。

 背中にはベアトリーチェのものより倍はあろう大剣が背負われていた。

 帝国第一戦闘師団副団長、ウォードン・ベクトルリングである。

 大柄なベアトリーチェが霞む程に、その身体は巨躯であり後ろで束ねた髪の毛も相まって、「確実に強い騎士」と印象を与えられる。

「大規模襲撃と具申致します……!現在、確師団へスクランブル要請を掛けました」

「仕事が速いな、助かる!」

 不意に、窓の外に目やる。

 宮殿は高い立地にある故、何処で何が起きたか直ぐに視認することができた。

「不味いな……」

 帝国を囲む巨大な防衛壁。

 王城、宮殿の遥か正面に聳え立つ中央門の西側の壁と、その周辺の建物が大きく崩れており黒煙が天高く登っていた。

「団長!魔導反応を検知しました!」

 回廊を抜け、中庭を突っ切る途中、頭上から若々しい青年の声が響く。

「こっからでも冷や汗かく圧力ですわ。ただの襲撃じゃなさそうですね」

 ベアトリーチェの横にすたっと華麗に着地した青年。

 皇室親衛騎士団副団長、レシア・フォン・ソルディエールだ。

 軽薄な表情と言動に見合わない肩書きである。

 両手には銀色に光り輝く双剣が握られていた。柄は無く、刀身も細い。

「ならば、魔族の強襲か。困ったな」

 3人足並み揃え、大きな中庭を二つ程駆け抜ける。

 宮殿の入口前に到着した。

 周りは、出動に際しゾロゾロと鎧と剣を光らせながら兵士達が走っており、雄々しく煙の方向へと駆ける者、国民の避難誘導をする者がいた。

「あぁあ……、ヤバい、これはヤバいですよ……」

 情けなく震える声が耳に入る。

「副長!早いな!」

 ベアトリーチェが声をかけた先には、

「団長!良かった……!」

 望遠鏡を持った1人の女性がいた。

 こちらは標準的な体格であり、清楚な顔立ちだ。鎧も少なく、剣も所持していなかった。

 しかし、彼女の背中にはマスケット銃があった。

 皇室親衛騎士団副長、リル・アルシュファだ。同じ女性、という要素を見られベアトリーチェの補佐を担っている。

 背中に担がれた、滑腔銃身の異様に長い銃。

 帝国お手製の、長距離フリントロック式マスケット銃である。

 製造及び運用難易度、デメリットの量から使用する兵士は極端に少ない。

「見て下さい……。魔力を感じたので様子を伺ったら……っ」

 震える手で単眼望遠鏡を手渡す。

 ベアトリーチェは黒煙の方を覗いて、

「……!」

 息が詰まった。

 一気に冷や汗と悪寒が背中を伝う。

 望遠鏡で覗いた先、黒煙の周りの上空には複数の影が浮かんでいる。

「竜ッ……、だと……!」

 空には数体の翼竜が大きな翼を羽ばたかせていた。

「あれは小~中型の翼竜です……」

 レシアが重々しく伝える。

「参ったな、人間の襲撃の方がまだマシだッ……!」

 険しい表情でウォードンは歯を噛み締めた。

 ベアトリーチェは望遠鏡を返しながら、

「……我々の目的は変わらない」

 そう言って、剣を抜いた。

「出撃する、なんとしても皇帝陛下を帝国を守るぞ!!」

 動揺の色は隠し切れていない。しかし、その声に呼応し、残りの3人も声をあげる。

「はっ!」

 レシアは双剣を構え、ウォードンは大剣を抜く。リルは慌ててマスケット銃を抱えた。

「戦闘師団は私と一緒に撃沈に向かえ!親衛騎士団は宮殿と皇室の徹底防衛だっ!」

「なっ、竜族ですよ?!俺も行かせて下さい!協力致します!!」

 レシアが戸惑った態度で返す。

「親衛騎士団とは、陛下の傍でお守りするのが主軸だ」

 ベアトリーチェは落ち着いた声色で言った。

「私なら大丈夫。自身の役を全うしてくれ。……お前が居れば、皇室を心配無く預けられる」

 元来竜族とは神話より伝えられる古来の種族である。その力は絶大であり、魔族、魔物の中で最も強力と言われる。

 いくら堅牢な帝国であれど、その力で踏まれればひとたまりもない。

 ましてや現代の軍事には空中戦力が殆ど無い故、軍事大国の弱点に突きを入れる出来事だ。

「了解、致しました……!」

 歯痒さを残しながらも、レシアは団長の命令を承諾した。

「リル、高所に登るぞ。後方援護と防衛に務める」

「はいっ……!」

「ありがとう、任せる」

 ベアトリーチェはそう残し、「ウォードン、援護を頼む」と言って疾走した。


 一直線に街中を駆ける。

「上空に4体の翼竜を視認しました!」

「構えろ!」

 ベアトリーチェの声とほぼ同時に、2匹の翼竜が滑空してくる。そのまま2人目掛けて突進を仕掛けてきた。

「……。」

 ベアトリーチェは難なく跳躍し躱す。そのまま空中で回転し、竜の背後を斬った。

「ぬんッっ!」

 一方ウォードンは、突進してきた竜を大剣で真正面から受け止める。

 そのまま大剣を上から竜の脳天目掛けて叩き下ろした。

 竜の断末魔をかき消し、鈍い轟音が鳴る。倒された竜の周りには罅と血潮が広がっている。

「本当に、これが中型ですか。民家の倍はありますよ……!」

 ウォードンの言う通り、翼竜は胴体だけでも周囲の民家を軽々と超えている。羽を広げれば視界に収まらない程だ。

 加えて紺色の鱗は黒曜石の様に光沢を示し、非常に固い。

「まるで要塞だな……」

「しかし、この程度であれば希望が見えます」

 剣に着いた血を振り払いながら、互いに口を開く。

 ウォードンはベアトリーチェへ視線を渡した。

「数も多くありません、このまま落ち着いて対処すれば損害を抑えられます!」

 笑顔を向けるウォードンに対し、ベアトリーチェは「ああ」と同意して答えた。

「そうだな、あとは残りの竜を一匹ずつ――」

 寸陰。

 大破壊音が鳴動した。

 地面は大きな罅割れによって隆起し、罅の伝導と衝撃によって建造物は尽く崩れていった。

 ベアトリーチェは音が鳴った方へ、ウォードンへ目をやる。

「!!!!、ウォードン!!」

 土煙の中、ウォードンの鎧の輝きが覗いた。完全に意識が無いようだ。

 それだけではない。

「………………!!!」

 ゾクッッっっ。

 ――………………なんだ、これは……。

 感じた経験の無い、並外れた悪寒。そして威圧感。

 煙が晴れ、見えた光景は、

「なんだ……、貴様は……」

 目線の先には、1人の長髪の男が立っていた。

 ウォードンを踏み躙って、ただ静かに。

 ――……威圧感。先程の攻撃はこいつかッ……。

 鼓動が、警鐘を高鳴らせる。

「……………………。」

 男は、

 ――………………竜人……?!

 翼竜と同じ紺色の鱗、翼、尾。

 仏頂面、頭からは4本、黒く鋭い角が生えている。

 紛れもない、竜と人間の混合種族。竜人族(ドラゴニュート)だ。

「こ、この襲撃は貴様が首謀と捉える……。目的を言え」

 恐怖と緊張から来る、特有の脱力感。

 ベアトリーチェは全てを振り払うように、剣をしかと構え、声を上げた。

 ――済まない、ウォードン……!反応出来なかった私のミスだッ……!

「無作為に人々を攻撃するのは断じて許容できない。話す意思がないならば、戦闘は避けられないぞ……」

「……………………。」

 竜人は依然として口を開かない。

 ただ、視線をこちらに向け足をウォードンから外した。

 ――………………来る、

 ベアトリーチェが身構えた瞬間、

「………………!!」

 竜人は凄まじい速度で距離を詰め、蹴りをベアトリーチェの腹部目掛けて放った。

 ッギイィィン

「グぅッ!!」

 間一髪、剣のガードが間に合った。

 歯を噛み締め、全力を持って蹴りを受け止める。

 しかし、

「……!?」

 ギリギリギリと押し負けている。

 腕がみしみしと軋みだした。

「ぬぅッ!」

 そのまま、ベアトリーチェは蹴り飛ばされた。

 その重い一撃は彼女を高速で飛ばし、数軒の建造物を貫通させた。

「………………。」

 がらがらと建物が崩れるなか、ベアトリーチェは吐血しながらも立ち上がろうとする。

 ――…………一撃がっ、重すぎる!しかも……

 顔を上げれば、竜人は目の前に迫っており次の攻撃を繰り出していた。

 ガキんッ

 殴りを、剣撃で止める。

 ――速い……ッッ!!

 またもや押し負けそうになるが、即座に剣を外側に振り、拳を受け流した。

 速く、重い。

 次々に攻撃が仕掛けられる。

「……!!」

 頭から、口から流血をしながらもベアトリーチェは必死に食らいつき攻撃を受け流していく。

 鋭い地鳴りと轟々とした戦闘音が鳴り響いた。

 周囲の家屋は衝撃により粉々だ。

 ――防戦一方……ッ!!

 竜人が一瞬距離をとる、そして

「!」

 翼を広げたと同時に体を回転させた。鋭い翼は周りの家屋を両断し、ベアトリーチェの腹部上側を裂いた。

「くっそ……!」

 ブシッ

 鎧をも貫通したその斬撃はベアトリーチェを流血させる。

 しかし、臆することなくベアトリーチェは果敢に隙を突くため突進した。

「くっ……。おおおオオオ!!」

 姿勢低く、剣先を竜人に向けての全速力。

 どッ

 突如鈍い音が鳴った。

「かはっ……」

 すぐさま姿勢を直した竜人が、ベアトリーチェの項辺りを狙い、肘打ちを叩き下ろしたのだった。

 ぐらりと視界がブレる。

 ドゴンッ!

 よろけたベアトリーチェの体に、強烈な膝蹴りがお見舞いされた。

「ごっ…………、ぶフっ」

 少量吐血が口から吹き出される。

 ベアトリーチェはたまらず膝から崩れ落ちた。

 ――……立てっ、ないッッ……

 身体が痙攣し始める。

 竜人はベアトリーチェの前に直立し、じっと見下ろしていた。

「………………皇室だ」

「…………?!」

 遂に竜人が声を発した。

 その重い声色は、自然と圧迫感をベアトリーチェへと与えた。

「私の目的は、帝国の皇室にある」

「皇室に……、何の用だッ」

 顔を上げ、竜人を睨み付ける。

「私は、皇室、親衛騎士。貴様を絶対に通すつもりは無いッッ!」

 竜人は目を細め、小さくため息をついた。

「……お前がどうしようと関係ない。私に皇室を明け渡し、投降するか……。私に、皇室ごと国を破壊されるかだ」

「貴様ッ……!何を――」

 ベアトリーチェは激しく咳き込み、血を吐いた。

 竜人はベアトリーチェの頭を踏み付ける。

 ゴッと地面に叩きつけられ、額からは大量の血が流れ始めた。

「お前の様な、矮小な者に私が止められるとでも……。既に大量の兵士が死んでいる、愚鈍甚だしい」

「……――、!」

「何も守れないだろう。黙って降伏していろ……」

 足に力が込められ、グリグリと踏み躙られる。

 ベアトリーチェは竜人の言葉に、打ちひしがれそうになった。

 強く唇を噛み締める。

「貴様が、黙れッ……」

 しかし、それ以上に激昂している。

 帝国の守護はベアトリーチェの使命であり、命を賭しても完遂するもの。

「……?」

 力を振り絞り、頭を竜人の足ごと上げようとする。

 徐々に顔が上がり始めた。竜人が力負けしているのか。

「矮小だとっ……!愚鈍だとッ……!関係ないッッ!!!」

 血で真っ赤になった顔。そこに浮かぶは憤怒の形相だ。

「私はっ、帝国の要だ、ただ皇室を護る!」

「…………話は意味がないな」

 竜人はそう呟いた。

 ベアトリーチェの剣を握る手にいっそう力が入る。

「団長おぉッ!!」

 突然強い衝撃が頭上から襲った。

 竜人の足が離れた。

「……?!」

 即座にベアトリーチェは距離をとり、竜人の方へと目線をやる。

「ウォードン!!!」

 そこには大剣で一撃を与えているウォードンと、腕1本で押し合いに拮抗している竜人がいた。

 ウォードンは既に先程の攻撃により流血が凄まじい。

「………………。」

 なんと竜人の受け止めている前腕から血が吹き出していた。

「むさい漢を舐めんじゃねえよっ!こちとら鍛えてんだッッ!!」

 ――ウォードン……!

 ベアトリーチェはすぐさま竜人へと斬りかかる。

 地面を力強く蹴り、剣を振りかぶった。

 しかし、

 キィぃぃイイイイ…………

 そんな高い音がなると同時に、突如視界に閃光が輝く。

「?!」

 竜人の口がめいいっぱい開かれており、その喉奥から青色の鋭い光が覗いていたのだった。

 これは危険だ。

 見た目からでも、その凄まじい魔力からでも分かる。

 ――……避けられ……な……

 とんでもない竜の咆哮。

 光と共に、高濃度の魔力と火線が走った。

 その高温は周囲のレンガを、家屋を溶かし炎を産みだし爆発を起こしたのだ。

「………………。」

 爆音がなりやんだ。

「………………!、ウォードン!!!!お前ッ!」

 目を開けた瞬間飛び込んできた情景は、目の前にいる自分を庇って先程のブレスを受けたウォードンだった。

 周囲は黒焦げて融解。当然無事なはずはない。

 ウォードンの分厚く巨大な大剣は完全に溶けており、鎧も無くなっていた。

 身体中ひどい火傷を負い、炭化もしている。

 ――………………嘘だ……。

 まるで人形のように、岩を連想させる巨躯は崩れ倒れた。

 ベアトリーチェの頬を涙が伝う。

「次こそはお前だ、死ね……」

 そう言って竜人は口を開く、またもやあの閃光が光始める。

 ブチ、ブチりと何かがちぎれる音が頭のなかで聞こえた。

 ベアトリーチェの顔には青筋が浮かび上がっていた。表情は正しく鬼の形相。

 経験したことの無い程の、力が入った。

「貴様あああああアァああッッッッ!!!」

 竜人へと踏み出した瞬間、火砲が放たれる。

 バヂィイイ!!

 そんな音と共に、

「?!」

「ぬうぅううぅッ……、ガああああぁああ!!!」

 なんと、高温の火線をベアトリーチェは切り裂いて進んでいたのだった。

 凄まじい温度と炎は剣を赤くし、ベアトリーチェの手をジュブううという音と一緒に爛れさせている。

 しかしベアトリーチェは止まろうとしない。

 むしろ、鼻血を、流血を吹き出しながら一気に距離を詰めた。

 そのまま剣の一突きを開かれた口に突き立てた。

「ごっ……、がァァァ!!」

 剣は竜人の口奥を貫通し、項から刀身が突き出る。

 火砲が止み、目の前には血を流す竜人がいた。

「……………………ハァッ」

 ――……………………。

 切れかけていた息を吸う。

 竜人は白目を向き、静かになっていた。

 ――………………。

 息を整えるように、深呼吸をする。

 どシュッ

「……………………がっ、は……」

 途端、ベアトリーチェの横腹を鋭い手刀が貫通した。

「調子に、……、乗るなッ……!」

 ギョロっと竜人の黒目がベアトリーチェを見据えた。

 まだ生きていたのだ。

 手刀を引き抜き、次は首を狙って振りかぶる。

 傷口からは血が水風船を割ったようにドバドバとながれている。

 剣で防御をしようと構えるが、竜人の方が一息速かった。

 バチィン!

 ――…………!!

 途端、竜人の腕が吹き飛んだ。断面は破裂したような火傷が出来ている。

「グゥ……っ」

 ――…………何が起きたっ?

 竜人は直ぐに遠くの方向を睨み付けた。

 ベアトリーチェも目線を向ける。

「アウレリア団長ー!!」

「リルか?!!!」

 数百メートル先、時計台らしき塔に極端に長い銃を構えたリルが、冷や汗を滝のように流しながら立っていた。

 先程の一撃、竜の鱗をも貫通する一閃はリルのマスケット銃であったのだ。

 宮殿付近では、レシアが翼竜を複数相手している。

 轟音を聞いたレシアは団長の安否を気にかけ、リルを送ったのだ。

 しかし、

「目障りな……」

「リル!!逃げろ!!」

 翼を広げる竜人。

 危険を察知したベアトリーチェは、間合いに踏み込み竜人の胸に剣を突き刺した。

「……?!なんだとッ……!」

 有効打。それは早計だった。

 なんと竜人の喉の傷口、吹き飛んだ腕が高速で再生をしていた。

 しかも、剣で胸を刺されたというのに、ビクともしない。

 バサァッ

 竜人が翼を振るう。

 瞬間突風が吹き荒れ、前方の建物ごとリルの時計台を粉々に、

「リル!!!!」

「!……、あっ……」

 吹き飛ばした。

 破片は細かく飛び散り、時計台は消し飛んだ。

 ――………………ッ!!!

「あああぁあああ!!!」

 怒りに任せ、胸に突き立てていた剣をそのまま振り上げる。

「がぁっ……」

 剣は肉、骨、鱗を裂きながら肩から抜け出る。

 ドパっ、竜人から赤い血が流れ出た。

「………………!」

 そんなことも束の間、目線を上げると、

 ミチミチみち……

 ――………………もう、再生しかけている……

 がしりと、ベアトリーチェの頭を竜人が鷲掴んだ。

 一殺那、大きく開かれた口から青色の光が覗きはじめる。

「なんなんだ、……、貴様は一体……、何が……」

 ――…………。

 ドンッ………

 建物に反響して響く破裂音。

「これはッ……」

 気づけば、竜人の顔の側部が抉れていた。

「だん、団長……っ」

 ガラガラ。

 瓦礫の山、その中からレンガの破片を掻き分けて上半身を出していたのは、

「だんぢょうはッ……あ゛、殺させない……!!」

 打撲と血まみれのリルだ。

 ぐったりと半身を持たれさせ、左腕は変な方向へと曲がっている。

 しかし、力強く右手でマスケット銃を握っていた。

 ――ありがとうッ、リル!!

 意識を失い、ずるりと倒れたリルを見てベアトリーチェは歯を食いしばった。

「全く、執拗い……」

 竜人はリルに向かって火砲を構えた。

「させんッッッ!!!」

 ベアトリーチェは竜人の胸倉を掴んで強烈な頭突きを与える。

 竜人は鼻血を流し、たまらずよろけた。

 逃がさないようにベアトリーチェは距離を縮め、剣を振るった。

「……!」

 竜人は咄嗟に手で斬撃を受け止める。

 左腕の前腕が、ベアトリーチェの剣を防いでおり硬い鱗によりバチバチと火花を飛び散らしている。

「ぐぅぅウウぅ…………ッッ」

 構わず、ベアトリーチェは剣に力を込めた。

 徐々に前腕から血が吹き出る。

 ググググ……と力をどんどん加えていくベアトリーチェ。

 ついには、

「なっ……」

 竜人の腕を切り落とし、胴体へと深い斬撃を通したのだった。

 お互いに体から、口から鮮血がダダ漏れる。

「……ッ!」

 斬られた竜人は即座に体を回転させた。

 その勢いで、ベアトリーチェへ回転蹴りを放つ。

 振り切った影響で、剣を上部へと戻すまでは時間がかかる、ベアトリーチェは反射的に左腕で急所を庇った。

 ゴキンッ

 蹴りは左上腕にヒットし、ベアトリーチェの左肩は激しく脱臼した。

「…………。」

 血が滲み、左腕は完全におかしな形へと折れ曲がった。

「……!」

 竜人の気が綻ぶ。

 慢心。

 ベアトリーチェはその隙を見逃さない。

 諦めも、しない。

「ぅうがァァァッ!」

 右手1本で、竜人の心臓を的確に突き刺す。

「がっ、ゴボッ……ごホ……ごボボッ……!」

 傷口から、口から蛇口を捻った様に血が流れ出た。

 それだけでは留まらない。

 ベアトリーチェは突き刺しても尚、前進した。

 血を吹き出しながらも、唸り声を上げて。

 力を、死力を振り絞り竜人を城壁へとどんどん押しやって行く。

「グブッ……」

 竜人も必死の抵抗をする。治りかけの左手と右手でベアトリーチェを殴り続けた。

 だがやはり止まる気配はない。

 ――………私のっ、使命は……!帝国の護衛ッ!!

「こンの国からっ、出て行けェッッ!!」

 背後にある壊れかけの城門を突き破り、竜人を突き飛ばす。

 竜人は意識を失いかけ、血を垂らしながら吹き飛んだ。

「…………はァッ、はっ……はぁ、ハァ」

 子鹿の様に痙攣する膝。

 もう自らの血でびしょ濡れのベアトリーチェは、力なく、竜人を眺めた。

 瀕死の状態。

 流石の竜人でも、首を落とせば死に至る。

 片足を引き摺り、垂れた左腕を庇いながらベアトリーチェは竜人へと近づく。

 剣を首に合わせるが、

「ッッ?!、ゴホッゴホッ、げっ、あガッッ……!」

 大量の吐瀉物と、血が口から溢れ出た。

 ――…………もうッ、身体が……

 既に限界である。

「とっ……、ど、とどめ、をっ……」

 バタリ

 遂に仰向けに倒れる。

「……ヒュっ、カひゅっ……」

 呼吸もままならない。

 ――………………太陽が、眩しい……

 見下すように上から降りかかる陽光。

 ベアトリーチェが目を閉じかけたその時、

「…………。」

 眩しかった陽光は遮られ、一筋の影が顔を覆っていた。

「……ハァ……。はっ……、予想外な程に、厄介な奴だな……」

 竜人が立ち上がっていた。

「……クソっ……」

 ベアトリーチェは眉間に皺を寄せて歯噛みした。

「ただ……、帝国の最高戦力がこれか。もう止められまい」

「……まだ、他の兵士達がいるだろう。切磋琢磨してきた仲だ、直ぐに討たれるだろうな……」

「間抜けが。お前より弱小など、無意味だ」

 再生しかけの左腕の手刀を振りかぶる。

 大の字で倒れているベアトリーチェに、もう避けられる体力は残っていなかった。

 カァァァン……

「なっ」

 竜人とベアトリーチェの間に、一本の銀剣が突如突き刺さった。

 鏡のように反射するその剣に柄は無く、普通の物より少し細い。

「……これは!」

 双剣だ。

「くそ竜があああァァァ!」

 そう叫び声を上げながら、上空より飛び降りてきたのは、

「レシア……!」

 血まみれ、傷だらけのレシアだった。

 宮殿付近を翼竜から守っていたのだろう、既にボロボロである。

「遅くなりましたッ、ご無事ですか?!」

「助かったよ……!、感謝する……ッ」

「でかトカゲ共は全員刺身にしてやりましたッ。王都はもう安全、衛生兵も出動しています」

 ――……さすがだッ!副団長!

 あまりの感激に、ベアトリーチェの涙腺が綻びかける。

「退け」

「へっ、喋んなよ。ウチの麗しき団長様はお触り禁止だぜぇ」

「……。」

「俺の銀剣が怖いんだろ、やっぱ弱点か?」

「試させてやろうか……?」

「そのダメージでか?、言っとくがまだ戦力はいるぞ」

 レシアが親指で城壁のてっぺんを指さした。

 そこには、多数の魔導師が火砲を放てるよう魔法陣を展開していた。

「良かったな、ウチの団長が魔導に疎くて」

「………………。」

 傷は再生し続けている。

 竜人は目を細めて、兵士らを見渡した。

「……………………。」

 レシアは戦闘姿勢を取り、剣を構えた。

「………………。戦力不足か……。その団長とやらに礼を言うといい」

 そう言い残した竜人は、ゆっくりと翼を広げ飛び立った。

「オイ!」

 レシアは双剣をしまい、竜人に向かって声を上げた。

「てめぇら何処のもんだよ。バッタの大群みたいに荒らしやがって。目的くらい言えよ!」

 竜人は見下ろしながら、

「……………………。」

 何も発する事なく、颯爽と飛び去っていった。

「見逃された……か。なんかイマイチ後味悪いな」

 ボリボリと後頭部を掻きむしる。

 大きなため息をつきながら、レシアは後ろを振り向いた。

「…………すまない……、みんな」

 ベアトリーチェがか細く、呟く。

「えっ?」

「済まなかった……本当に……、情けない……!」

 ベアトリーチェの顔は悲しみで歪み、涙目であった。

「こんなっ……、被害を出してしまった……。しかも、二人をっ……」

「お、オイオイ、それはねぇですよ団長っ。むしろ被害を抑えられた方ですよ……!」

 慌ててレシアは彼女の言を否定した。

「リルもウォードンも、今は衛生兵によって治療を受けています。危ない状態ではありますが、団長が居なかったら皆殺しですよっ」

 ベアトリーチェの横に膝をつき、優しくフォローを入れる。

「……いや……、わたしが……もっと、ちゃん……と……………………」

 いい終える前に、ベアトリーチェの目は塞がり声が事切れた。

 ベアトリーチェの視界は酷く歪み、やがて黒くフェードアウトしたのだった。

「えっ、団長?!団長ッ!!――――――」


  *


「そんな苦い経験から、以来自分を呵責する念が絶えないんですね」

「そうだな……、私がもっと強ければあんなに被害は出なかったし、2人が重症を負うことも無かった」

「貴方自身も、良く死にませんでしたね」

 ノクティスはそう言って、

「続きはどうなったんですか?」

「あぁ。そんな落ち込んでいた私には目もくれず、帝国は私を賞賛した」

「そりゃ竜人を退けたんですから、当然です」

「いや、その賞賛というのがな、単なる報酬とかじゃないんだ」

「それが、あの称号に繋がるわけですね」

「そうだな……。あの事件はその後『統一帝国竜人強襲事件』として記録された。そして、その主犯を退けたとして、私は"大英雄"の称号を授かった」

「なんか嬉しそうじゃ無いですね。十分功労してますよ、しかも大英雄など大陸規模で合議される、世界に7人しか存在しない勲章です。人類にとっては最も誉高い称号です」

「それが駄目なんだ」

 食い気味で反論するノクティス。直ぐに咳払いをし、「すまん」と小さく謝った。

「私には、こんな大きな十字架を背負うことは出来ない……。こんな弱さで、帝国の安全など担えない」

「………………。」

「自分の弱さと、世界の広さ、以下に私が蛙だったのか、知った」

「それ故に、修行を?」

「そうだ。ぽっと出の竜人如きには負けられんからな」

「けど竜は最強の種族と知られていますよ?」

「よく考えてみろ。竜人は私を殺そうと思えば簡単に出来た。取り巻きも、中型では無く大型やそれ以上、もしくは古竜なら?攻めてきたのが竜人ではなく竜王だったら……!」

「いや竜王に勝てたら人間どころか、生物辞めてますよ」

「オホン……。確かに、竜王は言い過ぎか」

「要は、誇張はすれど竜王にも対抗しうる力、帝国に一切傷を付けないような力を欲してリュウドウ様に接触をしたのですか?」

「半分正解だ。ただ、私から彼に会いに行ったのではない。それについても話そうか」

「指南役としては合うのでしょうか……?確かに竜王を殺せる程には強いでしょうが」

「役割についてもしっかり話すつもり……え?あいつ竜王倒せるの?」

「さぁ、喧嘩には何度か勝ってるそうですが。ま一旦関係ない話は置いといて……」

 そう言ってノクティスは、何かを放り投げるジェスチャーをする。

「確かに、魔王達もその実力を持ってして国を守りますからね、目指すベクトルは良いのではないでしょうか。では早速、リュウドウ様との馴れ初めを語って頂ければと」

 とぽぽぽ、とノクティスはベアトリーチェのカップに茶を継ぎ足す。

「あぁ、ありがと……。勿体ぶるつもりもない、さっさと話してしまおう」


 *

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