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大英雄の修行旅、荷物持ちは最凶魔王  作者: 西奈 喜楽


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三話 灰の頂

「で、どうだった? 君の評価を聞きたい」

 森の中、ベアトリーチェの嬉々とした声が、古き轍に落ちた。

 ベアトリーチェを中心に、リュウドウ、フェンネと仲良くといった風に並んで歩く一行。

 土道に深い森の影は無く、木漏れ日が十分に道を照らしていた。

「剣術と体術は目を見張りますね」

 リュウドウの、気の抜けると言っても過言では無いほど、落ち着きのある声色が響く。

「ただ、魔力は柄にしか通っていませんでした」

「……ソッカ…………」

 これ以上無い程に落ち込むベアトリーチェ。先程の立ち回りに、余程の自信があったのだろうか。

 しょぼん、という擬音を体現したように肩を落とし、同時に彼女のハーフエルフ特有の長い耳が、八の字に垂れた。

「うぇッ、ハーフエルフでも耳って動かせるんですね……」

 ギョッとしたように、フェンネはその耳をまじまじと眺める。

 途端に、ベアトリーチェの表情と共に、その耳がスイっと元に戻った。

「あぁ。個人差はあるそうだが、私は意識的にも動かせるぞ。ほら」

 言いながら、耳をヒラヒラと上下に動かしてみせる。

 目を輝かせながらはしゃぐフェンネを他所に、リュウドウは後目で、

「エルフとは、本来狩猟を生業とする種族だったとか。特徴である大きく尖った耳は、音を敏感に感じ取るだけでなく、体温調節にも適していたそうです」

「へぇ……。魔法のイメージしかなかったな。同族なのに何もしらないな……」

 腕を組み、史実や昔話上のエルフなるものを思い浮かべる。

「案外珍しい種族ですもんね……。私も、長寿ということだけしか」

 フェンネはそう言って、ベアトリーチェの顔を覗いた。

 凛々しく、淡麗で鋭い顔立ち。

 その見た目は、20代後半程に見える。

「アウレリア様は、大分若く見えますね」

 純粋な一言に、彼女の頬が僅かに赤らむ。

「あ、ありがとう……。こう見えて、華甲は越えているんだがな」

 照れくさそうに、戸惑いながら頭を搔く。

 その発言に、フェンネは目を丸くした。

「え゙っ! 羨ましい。第八陛下、エルフの年齢って如何なものでしょうか」

「良い好奇心です、ペンネさん」

 リュウドウはニコリと微笑み、冗談を口にした。

 等のフェンネは悲しそうな顔を称え、

「パスタじゃないです……」

 と、静かに零した。

「エルフの寿命はおおよそ300から400年とされています。人間の3倍程度ですね。幼少期の成長スピードは人間と全く同じ、成長期を終えてからは年齢的変化と老化が極端に遅くなるそうです」

「ほぉん」

 エルフ本人であるベアトリーチェは、空を眺めるように軽い相槌を打つ。

「ハーフエルフの寿命は凡そ半分。ベアトリーチェさんは人間に換算すると、丁度見た目通りの年齢ではないのでしょうか」

「いわゆる長命種というやつか……」

「はい、その通りです。魔導との適正が深いと、相関的に寿命が長くなるとの研究もあるとか」

 一通り説明を聞いたベアトリーチェは、寿命という言葉を反芻する。

「魔王も皆、長命だったな。大戦以前から存命だと聞いた」

 魔王、その言葉にフェンネが肩を僅かに震わせた。

 その視線はリュウドウに向いている。

「た、確か……、皆数百歳は優に超えてますよね……。歴史の教科書に色々と載ってました」

「魔王の種族が気になるな……。長い年月を生き、世界の頂点に君臨する存在か……」

 強さへの憧れ、そして畏怖。

 ベアトリーチェは空を仰ぎ、拙い歴史の知識を思い出す。

 圧倒的かつ、異次元の実力で世界を震撼させた、強大なる人物ら。

 遠い存在過ぎるが故、話題に上がったとしても、どこか別の世界の出来事と思ってしまう。

 そして、今ベアトリーチェの横を歩いている、絶世の美男子は、わざとらしく笑みを零していた。

「頂点だなんて……、それほどでもありますが」

「………………。」

 ベアトリーチェの脳内に反芻される、『史上最凶』『天地万有』という言葉が、彼女の声を詰まらせた。

「…………んぅ、普通に怖いんですよね……。こんな至近距離に魔王がいるのって……」

 フェンネは肩を震わせながら、ベアトリーチェの左手にしがみついた。

「たしか、……第二魔王陛下の種族は、『古代竜人族』でしたよね……。なんか有名だったはず。竜に倣って寿命も相当だとか……」

 ――……竜人族。

 その言葉に、ベアトリーチェの胸中が蠢いた。

「そうです。古参ゆえ、ある程度は知られているようですね。他に知ってたりはしますか?」

「ええ……っ」

 ベアトリーチェの腕に掴まったまま、顔に皺を寄せる。

「第四魔王陛下が、『獣人族』で。第六魔王陛下が、『ハイ・エルフ』。第七魔王陛下が……、あー、なんかめちゃくちゃなやつ……」

「めちゃくちゃなやつ……??」

 ベアトリーチェは彼女の発言に、疑問符を浮かべた。

「はっは。『カオス・キメラ』ですね。やはり、国によって教科書の内容は違えど、ある程度は知られているようだ」

 静かな笑みを浮かべ、リュウドウは呟きを残す。

 横のベアトリーチェは思考を放棄した表情を称えていた。

「かおすきめらぁ……。知らん用語ばかりだな……。生物学の授業など、微塵も記憶に無いぞ」

「やばぁ……」

 極端な勉強嫌いを見せつけられたフェンネは、少々引いた態度で距離を取った。

「リュウドウ…………」

 ここで、純粋な疑問がベアトリーチェに滲む。

 微風が止んだ。

「君の、種族を聞いてもいいか?」

 ベアトリーチェは、リュウドウの背中に向かって問いかけた。

「今思えば、君の事を私は何も知らない……」

 リュウドウは振り返らず、歩みを止めない。

 ベアトリーチェの言葉が、静かに轍へと落ちた。

 答えは、ない。

 彼女の歩は、まるで躊躇うように遅くなる。

 リュウドウの足音だけが、規則正しく響いている

 彼との距離が、空いていく。

 何気ない質問だ。

 だが、リュウドウは答えない。

 ただ、静謐に。その美しい微笑みを崩さず、歩き続ける。

 そして——

 ゆっくりと、顔だけ振り返った。

「ヒミツ、です」

 その笑みは、悪戯に無邪気で——そして、優しかった。

 だが、その目の奥には——何か、深いものがあった。

「………………」

 ベアトリーチェは、言葉を失った。

 拒絶、ではない。

 だが——明確に、「答えない」という意思。

 リュウドウは、くすりと笑った。

「見た目で、判断してみて下さい」

 今一度、笑みを称えて——立ち止まった。

 ベアトリーチェが追いつくのを、待つように。

 空いた距離が、ゆっくりと削れる。

 ベアトリーチェは、リュウドウの隣に並んだ。

「見た目、か……」

 彼女は静かに、独りごちた。

 改めて、リュウドウを見る。

 中性的な青年。

 いや——「青年」と呼ぶのも、正しいのかわからない。

 その美は、まさに周囲を凍えさせるほどに、常軌を逸脱している。

 艶やかな黒髪。

 ハイライトのない、漆黒の瞳。

 白磁のような、透き通る肌。

 生気すら感じさせない容貌と、その静けさ。

 人間とも、人形とも、陶器とも言えない、その外見。

 ベアトリーチェは——真剣に、考えた。

 そして——

「球体関節人形族……?」

「なんですかそれ」

 リュウドウが、目を丸くした。

「えぇ、生き物じゃないってぇ……」

 ベアトリーチェの余りにも的外れな回答に、空気は崩れる。

 流石のフェンネすら、顔を顰めていた。

「さて、冗談は程々に。着きましたよ」

 ベアトリーチェは、顔を上げた。

 そして——見た。

 遠くに、村を囲む城壁が見える。

 石造りの、古びた城壁。

「……あれが、目的地か」

「ええ」

 リュウドウは、頷いた。

「あの村で——少し、休憩しましょう」

 彼は、優しく微笑んだ。

 だがベアトリーチェは、まだ心の中で——

——リュウドウは、何者なのか。

 その疑問を、抱え続けていた。


 二


「助けてもらった上に、護衛までしてくれて……、ありがとうございました……」

 深々とフェンネは頭を下げた。

 大きな荷物はがしゃりと音をたて、結った髪はペタンと捲れる。

「そんな、何度も言うが、そんな丁寧な例などいらんぞ」

 苦笑いを浮かべながら、ベアトリーチェは顔を上げるよう促す。

「え、えへへ……。商人ですので、人との関わりは気をつけてるんですよ……」

 後頭部を撫でながら、フェンネは笑みを浮かべた。

 そして、

「早速、入りますか……」

 城壁の門へ足取り早く、進む。

 村、という区分にしてはやけに重厚な城壁と門。

 入口には検問まで敷かれている。

「立派だな……。行商の要なのか?」

 石壁を見上げながら、ベアトリーチェは感嘆を漏らす。

「どうやら、『商人ギルド』の支部があるようですね。小さな領地をそのまま買取り、商会の中継拠点にしているようです」

 リュウドウがすかさず解説をする。

 まるで知らないことなど無いかのような知識量だ。

「はい、仰る通りです……。なので、私の会員証を見せれば……」

 言いながらフェンネは、検問の騎士に羊皮紙の巻物を提示した。

 ギルドの証印か、大きな赤い落款が目に入った。

「……確認致しました。フェンネ・フィリーティ様ですね。管轄にも問題ありません。どうぞ、お入り下さい」

 穏やかな口調が、門に響く。

 ゆっくりと、その大きな扉が開かれた。

 ベアトリーチェも、フェンネに続き、騎士に一礼をして門をくぐる。

「まずは宿屋探しか……」

 キョロキョロと周りを見渡しながら、建物を探す。

 不意に、彼女の腹が鳴った。

「いや、飯屋が先だな」

 一瞬頬を赤らめて、腹部を摩る。

 するとフェンネが、ベアトリーチェの鎧をコツコツとノックした。

「あの……、良かったら食べますか……?」

 と言って差し出したのは、決して小さくはない干し肉だった。

「非常食用で取っておいたものなんですが、期限も近いので。……是非」

 おずおずといった風に差し出す。

 ベアトリーチェは一瞬にして満面の笑みを浮かべた。

「良いのか?! 誠にありがとう。遠慮なく頂く」

 嬉しそうに受け取り、早速齧る。

 フェンネは小さく微笑みながら、

「えへへ……。では、ちょっと商会まで行ってくるので、また合流お願いしたいです……」

 そう言って、お辞儀を繰り返しながら去って行った。

 小さな体躯は、背の巨大なバックパックにより全て隠れており、歩く度に横に掛けてある袋やランタンが揺れ動く。

 ベアトリーチェはその弱々しい後ろ姿を見送っていた。

「良い子だな……。好感が凄い」

 笑みを漏らし、呟きを残す。

「私たちの関係を詮索しないのも、気配りしてくれているように感じる」

 リュウドウはその言葉に、「ええ」と一言同意した。

「ある意味、商人として適正のある人柄ですね」

 微笑みを称え、ゆったりと歩き出す。

「早速、宿屋を探しますか。一晩休憩ですね」

「そうだな。次の戦闘までに、リフレッシュしたいところだ」

 並んで歩きながら、ベアトリーチェは残りの干し肉を一口で頬張る。

 非常食とは言え、調味料と塩味がしっかりと効いており、舌鼓は免れない。

 もぐもぐと咀嚼をしながら、通りを抜ける。

 商会の影響か、行商人を含む人々の活気が目まぐるしかった。

 貿易の馬車や放浪者、騎士も往来をしている。

「……ん?」

 突如、ベアトリーチェの目に人集りが写った。

 『酒場』と書かれた看板の下に決して多くはないが、複数人程度の人々が集まっている。

 皆、怪訝な顔つきで中の様子を見ていた。

「中で揉め事か?」

「酔っ払いが喧嘩でもしているのでは。野次馬でもしに行きます?」

 ベアトリーチェは足早に、人混みを掻き分ける。

「野次馬って……。喧嘩は仲裁するものだろう……」

 と言いながら、半開きの扉に手をかけた。

 一気に押し開けると、室内の熱気とともに、怒号と笑い声、そして鼻を突く安酒の匂いが押し寄せてきた。

「――だからさぁ、おじさん!アタシの肉を勝手につまむのは、流石に宣戦布告だって言ってるでしょ!?」

 酒場には似つかわしくない、甲高い怒号が空気を裂いた。

 扉をくぐったばかりのベアトリーチェは、思わず視線を中央へ向ける。

 店の真ん中、丸太を組んだ円卓。その一角が異様に騒がしい。

 髪を跳ねさせた小柄な少女が、今にも卓を蹴り飛ばしそうな勢いで大男へ食ってかかっていた。

「あぁ、もう! ルル、落ち着け! 相手はただの酔っ払いだろ!!」

 背後から必死に腰へ腕を回し、暴走を止めているのは金髪の青年。

 整った顔立ちは騎士のようだが、今は必死の形相で踏ん張っている。

 少女の細腕とは思えぬ怪力に、床板が軋んだ。

「アルヴィス君、その……ルルちゃん、もう手が届きそうよ! ああ、でも喧嘩はダメよぉ……!」

 その横で、白い法衣を纏ったエルフの女性が右往左往していた。

 祈るように両手を胸に当てているが、止めに入る勇気はないらしい。

 対する大男は、熊のような体躯。

 酒気を漂わせ、脂ぎった笑みを浮かべながらゆらりと立ち上がる。

「いい加減ガタガタうるせぇんだよ、クソガキ。ちょっと絡んだだけだろうが」

 その言葉に、少女の瞳がさらに吊り上がる。

「アタシの仲間と肉に手ェ出しといて、許せるわけないだろがッ!!

 かかってこいよ! オラッ、ウラッ!」

「がぁぁッ……! 止めろっ、暴れるなっ!」

「ルルちゃん……! もう流石に……」

「あぁ?! やってやんよチビっ!」

 椅子が倒れ、酒が零れ、周囲の客が一斉に距離を取る。

 酒場の喧騒は一瞬で質を変えた。

 ただの騒ぎではない――武力衝突の前触れだ。

 ベアトリーチェは無言で状況を観察する。

 少女の膂力。

 青年の体幹。

 エルフの法衣に刻まれた簡易治癒の紋。

 旅慣れている。

 酔客と、ただの娘ではない。

 リュウドウが小さく息を吐いた。

「……さて。止めますか、それとも観察しますか?」

 その問いに、ベアトリーチェは眉間に皺を寄せる。

「愚問だな」

 そう残して、ルルという少女と大男の間に歩み出た。

「おいッ! 双方、一旦落ち着け!! 店の中で暴れようとするな!」

 二人の腕を掴みながら、ベアトリーチェは怒鳴り声を上げた。

 突然現れた、貫禄のある騎士に戸惑いつつも、二人はその腕を振りほどこうとする。

「はぁ?! 何だよ急にっ、これはあたしの喧嘩だっ!」

 語尾強く、叫びながらルルはベアトリーチェの腕をそのまま引っ張った。

 グンっ、とベアトリーチェの体が傾く。

 ――うおっ??! とんでもない腕力だな……っ

 アルヴィスという青年が苦戦していたのを見て、ある程度は予想をしていたが、あまりにも強すぎる。

 しかし、それでも振り解けないベアトリーチェの腕を見て、ルル自身も、

 ――は!? 力強ッ!

 と、戸惑う。

「離せ女ァ! そこの小娘が先に怒鳴ってきたんだよ!!」

 怒りと酔いで、大男の顔は真っ赤だ。

 叫びながら、反対の手で円卓を押し飛ばす。

「うっわ!!」

 倒れはしなかったものの、アルヴィスの体に激突する。

「あぁあ??! やりやがったなジジイ!!」

 ルルの怒りが頂点に達し、アルヴィスがよろけた隙をみて制止を強引に振り解いた。

「アルヴィス君?!」

 エルフの女性が駆け寄るが、

「セレスさんッ、俺よりルルを……!」

 尻餅を着いたアルヴィスから放たれたルルが、猛獣のように飛びかかろうとする。

 ベアトリーチェは咄嗟にルルを両手で制止した。

「ま、待て待て! 落ち着け!!」

 その小さな体格からは想像も出来ない怪力、抑えるだけで手一杯である。

 大男が迫り来るが、ベアトリーチェは手を離せない。

「はぁ……。仕方ない……」

 見かねたリュウドウが、溜息を付きながら歩み寄った。

 ゆったりとした歩調で、大男の前に立った。

「また女かッ! どけやァッッ!!」

 大男は躊躇無くリュウドウの腹部目掛けて横蹴りを放った。

 重く、鈍い音が響く。

「り、リュウドウ?!! 大丈夫か?!」

 ベアトリーチェが叫ぶ。

 しかし、

「はっ……? あぁ……?!!」

 リュウドウはその端麗な姿勢を一切崩していなかった。

 大男が口を開けて戸惑う。

 蹴りは確実にクリーンヒットしている。

 全く、ビクともしない。

「てめっ、なん――」

 男の声は、そこで断ち切られた。

 代わりに、

「ぅゴぉあ……ッっ!」

 そんな呻き声が聞こえたかと思うと、大男は腹を抱え、前のめりになって状態を屈める。

 ドサっ。

 その巨躯が、糸が切れたように床へと倒れた。

 周りの者は、何が起きたか理解が出来ていない。

 それも当然、皆の目にはリュウドウが何もしていないように写っていたからだった。

 唐突に、大男が腹を抱えて倒れた。

 それしか、見えていない。

「おや。興奮し過ぎて失神したようだ」

 等のリュウドウは涼しげな笑顔を称えたまま、男を眺める。

「誰か、彼を診療所へ運んでやって下さい」

 場違いなまでの、落ち着いた口調で言いながら、ベアトリーチェの方に向き直る。

「すまない、リュウドウ……」

 申し訳なさそうな表情をして、ベアトリーチェは体の力を抜いた。

「なんというか、我儘に付き合わせてしまったな……」

「結構。テーブルを片付けますかね」

 手をヒラヒラと振りながら、リュウドウは宥めるような微笑みを表す。

「な、なんだよ……」

 呆気にとられていたルルは、我に返ったように

「気絶とか、つまんな……」

 苛立ちを吐き捨てるように呟いた。

「ルル、と言ったか……。怪我はないか?」

 ベアトリーチェが優しく声をかける。

 しかし、火種の当人であるルルは小っ恥ずかしそうに顔を俯けて、

「その……、なんというか。ゴメン、ありがとう……」

 と小さく残した。

 後ろではアルヴィスとセレスが、安堵の表情を滲ませ、大きく溜息をついていた。

 ルルの可愛げの残る様子を見て、ベアトリーチェの口からは微笑が漏れた。


 三


「大変ご迷惑をおかけしました……」

 アルヴィスと呼ばれた騎士が、椅子を引き、深々と頭を下げた。金髪がさらりと垂れる。

 騒動は既に収まっている。

 壊れた椅子は片付けられ、床の酒も拭われた。周囲の客はまだちらちらとこちらを窺っているが、杯は再び傾けられ、笑い声も戻り始めていた。

「お詫びはなんなりと。弁償も、慰謝も……」

「いや、構わないさ」

 ベアトリーチェは軽く手を振る。

「むしろ、こちらが強引に割って入った形だ……。騎士としては放っておけなかっただけだ」

 落ち着いた低音が場を和らげる。

 アルヴィスは一瞬、目を見開いた。

 その声音に、同業の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。

「……騎士、でいらっしゃるのですか?」

「まぁ、一応な……」

 曖昧に答え、ベアトリーチェは卓上の水差しを手に取った。

 隣ではセレスが、困ったような笑みを浮かべている。

「本当にごめんなさいねぇ。ルルちゃん、ちょっと正義感が強すぎて……」

「ちょっとじゃないだろっ」

 しゅんと肩を落としていたルルが、反射的に顔を上げる。

 しかしすぐに、視線を逸らした。

「……でも、勝手に暴れたのは悪かったよ。……その、助けてくれてありがと」

 ぶっきらぼうな謝意。

 ベアトリーチェは目を細めた。

「良かった、肉は守られたな」

「そこ?」

 ルルががばりと顔を上げる。

 思わず、テーブルに小さな笑いが生まれた。

 空気が、ようやく柔らかくなる。

 それを見計らったように、リュウドウが静かに口を挟んだ。

「自己紹介がまだでしたね。我々は旅の途中です」

 穏やかな微笑。

「これも何かの縁でしょう」

 その所作は、ただの従者には見えないが、本人は特に補足しない。

 アルヴィスは姿勢を正す。

「改めまして。アルヴィス・レイナード。近くの辺境王都騎士団所属……でした。今は独立して、三人で依頼を受けています」

「"でした"?」

「色々ありまして」

 小さな苦笑を漏らす。

 すかさず、セレスが小さく会釈する。

「セレス・エルミアよ。回復と補助を担当しているわ。見ての通り、平和主義でぇ……」

「ルルだよ。前衛、タンク。殴るの担当」

「雑すぎないか?」

 アルヴィスが即座に突っ込む。

 ベアトリーチェは頷いた。

「ベアトリーチェだ。切るの担当。こっちはリュウドウ」

「初めまして、しがない荷物持ち担当です」

「今のは謙遜だ。見ての通り、助けられてばかりでな……」

 ほんの少し前まで剣呑だった卓は、今や穏やかな灯りの下にあった。

 外では夜風が窓を揺らしている。

 ベアトリーチェは、目の前の3人にそれぞれ目線を向けた。

 ――……個性的な、面々だな…………。

 よく見れば、ルルの額には小さな角が覗いていた。

 セレスの方は、耳が長く尖っている。

「ベアトリーチェさん、もしかして」

 疑問を口にする前に、セレスがおっとりとした雰囲気で身を乗り出す。

「ハーフエルフ?」

「あぁその通りだ。ダークエルフと人間の混血だな」

「やっぱり。嬉しいわぁ、同族なんて滅多に会わないんだもの」

 笑みを浮かべて、滑らかな手を合わせる。

 アルヴィス以上に薄い金髪を揺らして、自身の耳を示した。

「私は、純正のエルフ族よ。よろしくね」

 そう言ってニッコリと微笑む。

 言われの無い親近感が湧いてくる。

 ベアトリーチェもつられて笑みを零した。

「あたしも! 混血だよ」

 元気よく挙手をし、ルルは声を上げる。

 濃紺のサイドテールが、大きく揺れた。

「人間、竜人、鬼!!」

「多いな……」

 まさかの三種族が混ざった混血。

 元気の良さと、情報量にベアトリーチェは少しばかり圧倒的される。

「僕は純正の人間――」

「そのネタもういいから」

 胸を張るアルヴィスを、ルルがジト目で制止する。

 彼は肩を落とし、

「キビシ……」

 と、小さく声を零した。

 その様子を優しげに見ていたセレスは、クスリと微笑みを漏らす。

「ルルの、先程の怪力は種族の影響か?」

 ベアトリーチェはルルの角を見ながら、疑問を残した。

 筋力鍛錬を欠かさないベアトリーチェが、必死にならないと制止しきれない膂力。

 まさに人間離れしている。

「ん、そうだよ。鬼はよく知らないけど、竜人族って力強いみたいだし」

 そう言って、二の腕の力こぶを自慢するように、鼻息を荒くする。

「けどさ……、アタシが気になるのは……」

 不意に声を潜めたルルの視線が、卓の端へと滑る。

 そこではリュウドウが、何事もなかったかのように酒を啜っていた。

「リュウドウだっけ? さっきの、見逃してないからね。あのオッサン、自分で失神したんじゃなくて、殴ったんでしょ」

「え?」

 セレスが目を丸くする。

「恐ろしく速い殴り。アタシでなきゃ見逃しちゃうね……」

 低く、芝居がかった声音。

「なに言ってんの?」

 急に声色を落としたルルに、アルヴィスは眉をひそめる。

「けど確かに……雰囲気も。貫禄があるというか……」

 アルヴィスは腕を組み、改めてリュウドウを観察した。

 酒場の喧騒の中で、ただ一人、波に呑まれていない男。

 姿勢、呼吸、視線。

 どれもが静かに整っている。

 ベアトリーチェの背に、じわりと汗が滲む。

――不味い、触れるな……

 彼女はさりげなく話題を逸らそうと口を開きかけたが、

 コトリ、と。

 リュウドウがグラスを置く音が、妙に澄んで響いた。

 ゆっくりと視線を上げる。

「ちょっと、強いだけの魔導師ですよ」

 悪戯めいた微笑。

 圧も殺気もない。

 ただ、底の見えない余裕だけがある。

 数秒の沈黙。

 そして――

「良いねぇ」

 にやり、とルルが口角を吊り上げた。

「アタシも強いよ?」

 胸を張る。

 さっきまでの警戒は、すでに闘志へ変わっていた。

「手合わせする?」

「や、やややめろ」

 ベアトリーチェが即座に制止する。

「村が吹き飛ぶ」

「強すぎでしょ……」

 アルヴィスが小声で突っ込む。

 セレスは慌てて両手を振った。

「も、もう喧嘩はダメよぉ……!」

 緊張は、笑いに溶けた。

 リュウドウは再び酒を口にする。

「機会があれば」

 それだけ言って、視線を窓の外へ流す。

 外はすっかり夜。

 揺れる松明の明かり。

 酒場の扉が開き、旅装の男たちが入ってくる。

 腰には刃。

 粗野な笑い声。

 アルヴィスが小さく呟いた。

「……最近、この辺りは物騒でして。匪賊も増えているとか」

 ルルが肩を鳴らす。

「なら丁度いいじゃん。アタシらの出番でしょ」

 ベアトリーチェは、その言葉に静かに目を細めた。

 ――物騒。

 その響きが、やけに耳に残る。

「君たちは、いつ頃からパーティを組んでいるんだ? 見たところ、全員手練に見えるが」

 ベアトリーチェの問いに、アルヴィスが小さく微笑む。

 その瞳には、懐かしみと優しさが含まれているように感じた。

「もう随分と。出身地が同じなんです。ここから南方の辺境国家で、皆育ちました。故郷は違えど、育った町が一緒で」

「幼馴染みたいなかんじだね。地元でギルドの案件する時は、いっつもこの3人だった」

「懐かしいわねぇ……」

 腕を組んだルルが天井を仰ぐ。その様子をセレスは頬に手を当て、感慨深いように呟いた。

 ベアトリーチェは机で手を組み、口を開く。

「では、今回は遠征か?」

「半分はそうですね……」

 その問いに、アルヴィスは何故か苦笑いを残した。

 そして、バツが悪そうに続ける。

「殆ど放浪者のつもりで、旅をしている状態です」

「あたしの我儘に付き合ってもらってるんだよね」

 ここで隣のルルが、声色低く零した。

「……あはは、ルル。何度も言うけど、そんな事はないよ」

「そうよ。私たちは、あなたと旅をするって決めたんだから……」

 視線を落とすルルを、宥めるように、または言い聞かせるように二人が優しく声を掛ける。

 ベアトリーチェは眉毛を上げ、怪訝な表情を称えるも、

「目標があるんだな。……聞いても良いか?」

 と慎重に、優しく問いかける。

 酒も進み、空気はすっかり柔らいでいた。

 ルルは椅子の背にもたれ、グラスを揺らしながら、ふと視線を天井へ向ける。

「……あたしさ」

 唐突に落ちた声色は、さっきまでの喧騒とは違っていた。

 アルヴィスが小さく目をやり、セレスは静かに手を止める。

「竜の国、行くんだ」

 ベアトリーチェが目を丸くする。

「竜の国……?」

「まぁ、知ってるよね。正式名称は――統一ヴォルカン・ドラハト連合王国。ま、長いからみんな"竜の国"って呼ぶけどさ」

 言いながら、ルルは自分の腕を軽く叩いた。

 鱗の気配が、わずかに浮く。

「言ったでしょ。半分、3分の1? そこの血だから」

 一瞬だけ、店の喧騒が遠のいたような錯覚。

 ベアトリーチェは無意識に、その横顔を見つめる。

「でもさ、覚えてないんだよね。何も」

 軽く笑う。だが目は笑っていない。

「小さい頃に売られて。気付いたら他所の国。言葉も違うし、名前も違うし……」

 指先が、テーブルをとん、と叩く。

「だから、行ってみたい。あたしが生まれた場所ってやつを。どんな国か、この目で実際に見てみたいし、空気を吸ってみたいんだ。竜人族にも会って話したい」

 少し間を置き、

「それと――」

 瞳が僅かに熱を帯びる。

「竜王」

 その名に、空気がわずかに張る。

「第二魔王。竜の頂点。この世界で、純粋な"力"で君臨してる王。まさに、『破壊と火力の権化』」

 拳を握る。

「『絶界の暴竜』なんて言われてるんだよ? 憧れるだろ、普通。あたしも、あれを目指したい」

 子供のような真っ直ぐさ。

 だが、ただの憧れではない。

「自分がどこから来たのか、確かめたい。ついでに、どこまで行けるかも試したいんだ」

「……一人で行くって言い出したんです」

 アルヴィスが苦笑する。

「止めても聞かなくて」

「だって止めるじゃん、絶対!」

「止めるよ。無茶しかしないんだから」

 セレスが優しく、しかしはっきりと言う。

「ルルちゃんは、強いけれど……強いからこそ、一直線なのよねぇ」

 ルルはむっとする。

「悪いかよ」

 アルヴィスは静かに首を振る。

「悪くない。だから一緒にいるんだ」

 その言葉は軽いが、本気だ。

「手綱を握る役が必要だろう?」

「私は回復と後方支援。アルヴィス君は前衛。……ちょうど良いでしょう?」

 ルルは鼻を鳴らす。

「保護者じゃん、ほぼ」

 だがその声音は柔らかい。

 ベアトリーチェは、黙って聞いていた。

 故郷。

 憧れの王。

 力への渇望。

 どれも、自分と無縁ではない。

「……良い目標だ。いや、素晴らしい」

 短く、それだけを言う。

 ルルは少し驚き、それからにやりと笑う。

「でしょ?」

 それまで黙っていたリュウドウが、静かに杯を置く。

「竜の国は、歓迎ばかりの地ではありませんよ」

 淡々とした事実。

「それでも行くのですか?」

 ルルは即答する。

「行く」

 一切の迷いなく。

 リュウドウはわずかに目を細める。

「ならば――良い旅になります」

 それ以上は何も言わない。

 ベアトリーチェは、ゆっくりと声をかける。

「実は……、私たちもその国を目指しているんだ」

「まじか!」

「そんなんですかっ?」

「まぁ……!」

 その台詞に、三人は仲良く声を合わせた。

「それはまた、どのような目的で?」

 アルヴィスが身を乗り出すかのように、聞き耳を立てた。

 端正な顔が、驚愕の色で染まっている。

「……色々とあるが、修行というのが大きい……な」

 諸々の感情と苦渋を、胸中にしまい込む。

 卓上のランタンが、ゆらりと揺れた。

 アルヴィスは腕を組んだまま、しばし黙る。

 視線はベアトリーチェから外れない。

「修行、か」

 短く繰り返す。

 セレスが、グラスを置いた。

 澄んだ音が、妙に大きく響く。

「その国でなければならない理由が、あるのね……?」

 柔らかい問いだが、逃がさない。

 ベアトリーチェは一瞬だけ視線を伏せ、それから頷いた。

「……ある」

 それ以上は言わない。

 沈黙。

 ルルが、落ち着きなく椅子を揺らした。

「でもさ、方向が同じってことは……その、道も一緒、ってことだよね?」

 遠慮がちだが、期待が混じる。

 アルヴィスは息を吐いた。

「三人旅は、慣れている。だが——」

 言い淀む。

 セレスが視線だけで続きを促す。

「正直に言えば、余裕があるとは言えない」

 苦笑。

「……ルルの暴走を止める役が、もう一人いれば助かります」

「ちょっ……!」

 ルルが抗議しかけ、言葉を飲み込む。

 ベアトリーチェの口元が、わずかに緩む。

「面倒を見る、ということか?」

「守る、とも言えますね」

 アルヴィスは即答した。

 静かだが、揺らがない声。

 その一言に、ルルが目を丸くする。

 ベアトリーチェはその様子を見て、ほんの僅かに目を細めた。

「……断る理由は無いな」

 椅子を引く。

 立ち上がる。

「仲間は、多い方が良い」

 アルヴィスもゆっくりと立つ。

 二人の距離が縮まる。

「共に来るか?」

「そちらこそ」

 一拍。

 どちらからともなく、手を差し出す。

 硬い握手。

 骨と骨が軋むほど強い。

 探り合いではない。

 確かめ合う握り。

 セレスが、ほっと息を吐いた。

「では、決まりですね」

 ルルが、ぱっと顔を輝かせる。

「五人旅だ!」

「ウフフ、よろしくね」

 ランタンの火が、もう一度揺れる。

 酒場の喧騒は変わらない。

 だが、卓だけが少しだけ温度を変えていた。

「……これも、縁だな」

 誰が言ったのかは、曖昧なまま。

 杯が、軽く打ち合わされた。

 音は小さい。

 しかし、確かに始まりの音だった。

※冒頭で魔王らの種族について話していましたが、特に支障はないので無視で構いません。

( ꒪Д꒪)カキタカッタダケ


※補足

第八魔王は公的には「ヴァルゼルト・フォン・ギルデマール」として知られています。

リュウドウなどと直接呼ぶのは一部の人物か、ベアトリーチェくらい。

(ベアトリーチェの天然度合いと図太さは規格外なので、当てにしない方がいいです)

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