第8扉 倉庫
今日の男は会社に遅刻しかけた。
年度末で仕事が立て込んでおり、疲れが溜まっていたのかもしれない。
幸いにして寸前のところで遅刻を免れたのは、歩く機会が多くなり運動が増えたからだろうか。
意外なところであちらの影響が出ている様に思える。
なんとか業務をこなして、トラブルに見舞われず、遅くない時間帯で家に帰ることが出来た男。
鳴き声と共に猫から出迎えを受ける。
猫に夕食のエサをあげてから、自分の夕飯も用意する。
スーパーで買ってきた二割引の惣菜をテーブルに並べる。
それから、冷蔵庫から缶ビールと作り置きの煮物を取り出し、テーブルの惣菜たちの横に加えた。
猫が食べているのを見つめながら、缶ビールを開けて、ぐいっと呷る。
今日もやっと終わったな…とか考えながら、並べられた夕食に手を付けた。
そして、土曜日。
リュックサックに飲食物や携帯用の道具一式を詰め込み、更に痴漢対策用スプレーを入れて準備する。
そして扉へと向かった。
今日の扉は引き戸で鉄枠に鉄の戸板、そしてそれらは鉄鋲や溶接で接合されていた。
シルバーで光沢がある金属はシステムキッチンでよく使われるステンレス鋼の様にも見えた。
取っ手は閂で止められており、それを外すことで容易に引くことが出来そうだ。
男はその扉の閂を抜いた後、力を入れて横に引いた。
中はシンプルな部屋だった。
床は平面で何も置いていない。
壁はアルミサッシのような薄い柱とプラスチック製の様な板で仕切られている。
広さは10畳ぐらいで、先には壁と同じような作りの扉。
扉の横には白い鉄製の箱があり、その箱の中央部分に黒いガラスの様な窓がはめ込まれていた。
何もない部屋はそのまま通り抜けようと次の扉の前に立つ。
すると、ドアが自動で開いた。
次の部屋は通路の様だ。
その通路は狭く、すぐに次の扉がある。
…だが、少し様子がおかしい。
両壁に無数の半球状の穴が規則的に開いていた。
少し戸惑う男。
ここで立ち止まるのは無駄だと感じ、意を決して通路に入る。
入った途端、閉まる扉。
閉まってから一拍置いた後、シューっという音と共に穴の部分から強風が噴射された。
慌てて引き返そうとする男。
だが、扉は開かない。
そして、噴射が止まると先の扉が自動的に開いた。
仕方なく開いた扉をくぐり抜ける男。
そこは目測では測れないぐらいの広い部屋だった。
シンプルな白い壁と無骨なH状の鉄柱で枠組みされているその部屋には窓がない。
ヒヤッとした一陣の風が男の頬を伝っていった。
辺りを見渡すと棚が整然と並んでおり、その棚には段ボール箱が積まれている。
棚はみな同じ様相であったが、段ボール箱は色・形状・大きさが棚の場所によって違っていた。
とりあえず、どのくらいの広さがあるのかと歩き出す男。
カツーン、カツーン…と男の足音だけが辺りに響いていく。
一回りすると部屋の大きさがだいたいバスケットボールのコートぐらいだと分かった。
ふと強い匂いが鼻をくすぐる。
その匂いは近くにある段ボール箱だった。
その箱からは何か植物の葉の様なものが飛び出ていることが見て取れる。
男は箱に近づき、漂ってきた匂いを嗅いでみる。
『あ、これは…』と気づく男。
そう、これはにんにくの臭い。
改めてそれぞれの箱を見ると箱の表面には絵が描いてある。
その匂いの箱にはニンニクの、そして他の箱には人参やきゅうり、葉物…キャベツか?の絵が。
野菜類だけではなく、牛や豚、鶏の様な絵まで箱に描いてあった。
『そうか、食材の倉庫か』と感じた男。
冷たい空気だったのは食材を劣化させないため、つまり冷蔵庫だからだと悟る。
だが、その倉庫には人の気配がない。
この大量の食材は誰が?何のために?
なんとなく背筋に冷たい物が走り、怖くなった男。
来た道に戻り、出入り口のドアの前に立つと自動で扉が開く。
入るときみたいに強い風に吹かれるかと恐れて、ゆっくりと慎重に扉をくぐったが、今度は何もなく次の扉までたどり着き、その扉もすんなりと自動で開いた。
その扉へと飛び込むようにくぐり抜けると、へたり込む様に床へと腰を下ろす。
ふぅとひと息をつく男。
落ち着いたこともあって、今日は『もういいや』と家の扉へと向かい、そのまま後ろを見ることもなく入っていった。
ふと気づく男。
自室のベッドの縁を椅子代わりにして足を床に垂らし、座っていた。
周りを見回すと猫がベッドのど真ん中で寝ている。
窓を見ると暗くなりかけていることに気づき、時計を確認すると18時をまわっている。
もうこんな時間か…と思いながら、猫のエサをあげるためにキッチンへと向かっていった。




