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第6扉 河原

今日は久しぶりに終電間際までの残業だった。

泊りにもなりそうだったが、帰ることが出来るのは頑張って終わらせた成果だ。


夕食も取れていない男はコンビニで食事を買う。

それと同時に夕飯が遅くなった猫へのご機嫌取りのためのチュールも添えて。




『みぃー、みぃー、みぃー』


土曜日の朝、疲れて玄関で力尽きて寝てしまった男は強烈な痛みと共に目覚めた。

鼻腔がヒリヒリする。

涙が出たのはけっして眠気の所為ではないだろう。


目の前を見ると猫が顔を覗き込むように見ている。

それで理解した、嚙まれたということを。


今まで、この猫が噛んできたことは一度もない。

不機嫌が頂点に達していると感じた男はコンビニのレジ袋からチュールを取り出すと、早速開けて口元へと差し出す。

猫は顔を背けて歩き出すと、足元にすり寄る。


『みぃーーー』


そう鳴くと手元へと戻ってきて、差し出されたチュールを食べだした。

食べ終えた猫は自分のお気に入りの寝床へと戻っていく。


男は立ち上がり、コンビニのレジ袋を持って台所に向かう。

袋から冷めた弁当を取り出し、電子レンジで温める。


それが土曜日の朝食となった。



今回もリュックサックを用意して飲み物と傘、それにタオルを詰め込む。

時間を気にして、食べ物までは用意が出来なかった。


辿り着いた今日の扉の様相は金属の扉枠に扉板はガラス。

それでも中の様子が伺えないのは、内側にカーテン状の厚い布が掛かっており、見えない工夫がされていた。

取っ手の部分は金属の押し板かと思ったが、少し出っ張っており、引くことも可能な公共の施設でよくみられる形状の様だ。


男はその取っ手を押して、扉を開いた。


そしてその扉から入った先は小さなコテージの様な作りの建物だった。


カウンターと棚がある。

棚には虫や魚を獲るための様な網、そして籠が並んでいる。

カウンターには何も置かれていない。

また、文字に見える書類の様な物は何もなかった。


扉とはカウンターを挟んで反対側の方にも扉がある。

その扉も同じような形状だ。


カウンターを避け、来た扉とは別の扉も開けてみた。

開けた途端、足元に何かが横切る。


横切ったものを見てみようと視線を向けると……家の猫がいた。

いつもならば家から外には出ようとしない猫。


挨拶をするように『みぃ』と鳴くと、走って去っていった。

男は驚いて声を出す暇も与えず、何も出来ないで走り去る猫を呆然と見送る。


この様な自然の中で猫を追いかけて探し出すのは不可能だろう…と改めて思い直すと同時に周りの景色を見る。

辺りは木が生い茂り、森の一角に感じる。

目の前には右から左に流れている川と河原が見えた。


流れている水は透明度が高く、川底の石まで見える。

そして、鮎や山女魚の様な川魚が泳いでいるのも確認が出来た。


下流の方を見てみると誰が設置したのか簗がある。

魚が数匹かかっており、ぴちぴちと踊るように跳ねている。

そして、その隣には石で組まれた竈があった。


そうか、あの網や籠はこれのためか…と納得した男。

小屋の方へと戻り、棚にあった籠を取りに向かう。


小屋に入り、棚からたも網と籠の一式を取り出す。

その棚の隣を見てみるとまるで『バーベキューをしてください』と言わんばかりに調味料や焼き網、そして鉄板から串まで揃っていた。

それらも籠に入れ、小屋から持ち出す男。


簗についた男はさっそくとばかりに腕まくり、そしてズボンのすそも捲り上げ、靴下を脱いで魚を獲る。

初めての体験に四苦八苦しながらもなんとか数匹籠に入れると、一陣の風が吹く。

その風は男の額に滲んだ汗をふき飛ばし、爽やかな気分にさせた。


そして、竈に火をつける男。


普段はコンビニ弁当ばかりで料理などほとんどしない。

ろくにやり方もわからない男はスマートフォンで検索しようとした。

だが、スマホは圏外で繋がらない。

検索することはあきらめ、魚調理の勝手の分からない男は焼き網を置き、焼き魚にすることにした。


捌かず、そして内臓を取らずに網の上に魚を置く。

小屋から持ってきた調味料のうち、塩だけを軽く振る。


出来上がって食べてみると格別な美味しさを感じた。

それは、自分で手間をかけて獲り、調理し、そして…自然の中で食べたからだろう。


二匹ほど食べて空腹から解放されると、一度落ち着くために河原の大きめの石へと腰を下ろした。

ふぅ…とため息をつき、周りの自然に心をゆだねる男。


思い出したかのように背負っていたリュックサックから麦茶の入った水筒を出して、くいっと飲む。

そうしてゆったりした時間を過ごそうとしたところで猫が戻ってきた。


戻ってきた猫は何か咥えている。

咥えていたものは川魚だった。

猫はその川魚をぺっと吐き出し、男の目の前に置く。

男は何故か猫が『この魚を焼いてくれ』と言っている様に感じ、その魚を拾って竈で焼いた。

竈まで一緒についてきた猫の前に置く。


そうすると猫はその魚を食べだした。

最初に齧ったときには『あちっ』と言わんばかりに、ぴょんと後ずさったが、その後はまた食べだす猫。

男は頬杖をつき、しゃがんでその様子を見ている。

一匹食べ終えた猫は満足したのか、その場で毛繕いを始めた。


そのままぼーっとしていた男は、ふと見上げると空は茜色に色づいていることに気づいた。

『まずい』と直感した男。

竈の火が落ちていることは確認したが、それ以上の片付けもせず、急いで小屋へと走り出す。

駆け出した男に猫も追随して走り出した。


まるで陸上競技の長距離走でゴールテープを切るように家への扉に飛び込む男。

その前には猫も足元をすり抜け飛び込んでいた。





…ハッと目を覚ます男。

男は両手を広げ、ベットの上にうつ伏せで寝ころんでいた。

部屋を見渡すと猫は部屋の真ん中あたりで毛繕いをしている。


なんとか帰ってこれたんだな、と実感が湧いてきた男は時計を見やる。

夜の20時を過ぎていた。

男はそろそろ風呂に入るか…と思い、風呂掃除へと向かっていった。

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