第4扉 工場
男は定期的に定時で帰るようになった。
何のためかというと猫の世話のためだ。
居ついた猫は部屋の中で大人しくしていることが多い。
一通りの猫用品、爪とぎやトイレを買ってあげると素直にそれを使用する。
時々不満なのか、ご飯をあげても食べないことがある。
後でちびちびと食べて、結局は完食するが。
そうして定時に帰る期間が増え、男の寝落ちが減っていった。
今週の通勤も終わる金曜日、今日も定時で帰宅することが出来ている。
猫は男の膝の上に乗り、寝ている。
男は買ってきたチュールをテーブルに置いて、ゆっくりと待ちながら缶ビールを開ける。
プシュッという音を聞いた猫は目を開け伸びをする。
ビールを喉へと軽く流し込んだ男はそれを見て、チュールを手に取る。
猫は目が輝き、催促するように『みぃー』と鳴いた。
そんなことをしながら夕食を終えると、男はベットに入り、ゆっくりと就寝の態勢へ。
猫はそんな男を見て、ゆっくりと男の足元付近の布団の上に乗っかって寝始めた。
そして、土曜の朝。
男は猫用に朝食の猫缶を開けて、エサ入れに入れる。
自分は昨日買ったコンビニのおにぎりとカップのインスタントうどんを頬張る。
ゆっくりと出掛ける準備をした男は寝ている猫を横目に見ながら、扉へと向かう。
今日の扉の様相はいかつい金属の扉。
意匠のないシンプルな形で色は薄い緑、擦れた跡が見える端には赤茶色のさび止めも見えた。
取っ手は格納が出来る様になっている半リング状で金属の光沢がきらりと光る。
押し引き両対応に見えるその扉を男は押して開いた。
おっとっと。
男は勢いあまって、面積の少ない足場から踏み外しそうになり、少しよろける。
入った先はなんと、扉の先は煙突のてっぺんだった。
男は高所恐怖症ではないものの、心の準備が出来ていない状態で30メートル以上ある場所に恐怖を覚えた。
あのまま足を踏み外していたら…
高所特有の冷たい風が吹き抜ける。
高さから風景を一望できると辺りを見渡したが、建物の周辺以外は靄がかかっており、良く見えない。
かぶりを振り、思考を持ち直させたところで、改めてどうするか?と考える。
考えた末、煙突のメンテナンス用梯子を使って降りることにした。
おっかなびっくり降りていく男。
高所作業どころか工場作業すらしたことがない男はたどたどしくも降り切ることが出来た。
煙突のついている建物の一番下まで降り切った男は、その建物に入口がないかと辺りを歩く。
建物の形状は明らかに何かを製造している工場。
使われていた形跡もあり、更には整理整頓も行き届いている。
こまめに掃除もされているようであり、長らく使用されていない様には見えなかった。
それだけに人がいない工場には異様さが目立つ。
そう思いながら建物を一周すると、建物にふたつの扉を見つけた。
降りた時にはこの扉はあったっけ?と不思議に思いつつ、左側の開いている扉の中を覗いてみた。
…あ、家だ。
扉の中はいつもの扉が繋がっている廊下が見えた。
最初からここに出現させろよ、という怒りと、煙突に登らなくて済むんだ…という安堵感で不思議な感情に見舞われる男。
安堵感を感じたことで冒険心がくすぶり、閉じていた右側の扉にも手を伸ばす。
取っ手を掴み、慎重に扉を開けた。
中には色々な…そして、男にはどう使用するか不明のラインの機械が並んでおり、如何にも工場内部だという感じを受ける。
照明がついておらず、薄暗い内部は窓やトタン屋根の隙間からのレンブラントの様な光がところどころ照らしていた。
好奇心を抑えきれず、中に入っていく男。
ところどころシャリっと切り子のような鉄粉で足音が響く。
水槽のようなものもあるが、水に濡れているだけで水が貯められてはいなかった。
機械や一部の場所には黒黄のトラ柄の様な塗装がある。
そこは危険な場所なのだろう。
だが、危険を示すような文字…注意書きは一切見られない。
工場には最低でもスイッチオン・オフや『安全』等の文字があると思うが、その類の表示がない分、余計に不気味な様相だった。
徐々に不安感が増していくことに苛立ちを覚えた男は建物から出ることにした。
思ったより、すんなりと外に出られた。
爽やかな一陣の風が頬をくすぐる。
ほっと一息ついた男は休むために縁石に腰を下ろす。
休むためにぼーっとしていると、ハクビシンの様な動物が走って通り過ぎていった。
そろそろ行くかと思い、伸びをする。
ふと空を見上げるといつの間にか曇り空になっており、雲の色が濃くなっていく。
まわりの空気も少し生ぬるい。
これはまずいかも…と、帰る扉に向かい、歩き始める。
そうするとぽつぽつと雨が降り出す。
男が走り出すと雨は強くなっていく。
帰りの扉の中まで駆け抜けるとそのまま意識を失った。
男は自室で倒れこむように寝ていた。
『みー、みー』
猫の餌の催促で目を覚ます男。
覚醒していく思考と共に雨でびしょ濡れになっていることに気づく。
男は猫のエサ入れにドライフードを入れ、風呂場へと向かった。




