第3扉 家
今日は定時だった。
喜びよりも戸惑いが思考を包み込んでいた男。
疑問符を浮かべている内に帰宅した。
いつもの様に冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッと小気味いい音で缶が開く。
少し飛び出てきた泡を啜る男。
帰りに寄ったスーパーでちょっと豪勢な…とは言っても些細であるが、
パックの刺身などのおかずをレジ袋から取り出し、それをつまみに飲み始める。
ささやかな癒しの時間だ。
男は本格的に酔う前に風呂を済ませる。
時間と体調に余裕のある今日は、些細なことも気にしない。
テレビをつけてのんびりした時間を過ごすと次第に酔いが回り、眠気に逆らわず落ちて行った。
そして、翌日である土曜日。
心に余裕のある男は平日と同じ時間に起きて、朝食を用意して食べ、お茶を啜ってから、扉へと向かう。
今日の扉の様相は引き戸。
かまちは木で出来ており、扉板の中の仕切りも木で出来ている。
その仕切りで八分割された扉板には曇りガラスがはめ込まれていたが、そのガラスから戸の先の様子はうかがい知ることが出来なかった。
男は扉を横に引いて開く。
そうすると今までとは様子が違う。
なぜならば、そこは人の家の玄関に見えた。
その家は玄関が広く、三和土でさえ横に広く三畳分ほどの大きさだった。
男は誰かいないかと『…こ、こんにちは。失礼します』と大きめの声を上げて挨拶をするが、反応はない。
中を伺い見ても、人の様子は感じられなかった。
奥に人がいるのではないかと『お邪魔しまーす』と言って上がり込む。
いつもの男ならば留守だろうと思い、帰るところであるが、不思議な扉の効力か意を決して上がって中へと進む。
玄関から居間、台所に個人部屋らしいところまで。
まったく人が見当たらない。
かなりの部屋数があるこの家は和風建築らしく、二階がないらしい。
お風呂まで見に行ったが、それでも人の気配すらなかった。
あちらこちらと人を探したため疲れてしまった男は、居心地の悪さがあったが居間で休むことにした。
今まで人がいない焦燥感で気づかなかったが、少し寒い。
そして居間には炬燵がある。
炬燵の中を見ると火鉢があり、火鉢の中の木炭は熱を帯びていた。
人がいないのに……と、少し不安になる男。
よく見てみると火鉢の周りに猫らしき動物が6匹いた。
その猫たちは気持ちよさそうに寝息を立てて寝ている。
柄は多種多様で黒、白、茶トラ、三毛までいた。
不気味ではあったが、寒さに抗えず炬燵に足を入れる男。
足を入れて座ったところで、猫の内の一匹、茶トラの子が膝の上にあがって寝てしまった。
実は動物好きだった男は思わず猫の頭を撫でる。
すると猫は嫌がりもせず、気持ち良さそうにしていた。
疲れた心身を炬燵で癒していると疲れが取れ、頭脳が明晰になってくる。
そろそろ動こうかと考えたところで、膝に乗っていた猫がぴょんと跳ね起き、どこか他の部屋に行ってしまった。
『追いかけた方が何か分かるかもしれない』とは感じたが、逆に薄っすらと恐怖が過ぎり、結局は何もせずに帰ることにした。
男は炬燵を出て、扉のあった玄関へと向かう。
その向かう途中もやっぱり人の気配がなかった。
何事もなく扉の前に立ち、後ろを振り向く男。
そこには黒猫と白猫が玄関マットの上に座っていた。
まるで送り出しをするように。
男は扉に半身入り、猫たちにバイバイと手を振る。
そこから家に入り、扉を閉めようとしたところで何かが足元を横切ってするっと家に入ってきたが、そのまま閉めてしまっていた。
意識が遠ざかる。
いつもの様に扉を閉めた後は自室に座っている。
しかし、いつもとは違うものを感じていた。
それは何かすぐにわかる、自分の膝の上に茶トラの猫がいたのだから。
もうあの戸の扉は現れない、無意識にそれはすぐに感じ取っている。
困った男を余所目に欠伸する猫。
男は取り敢えず、近くのスーパーへと猫用品を買いに行こうと考えていた。




