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第13扉 海中庭園

今週は割とのんびりできているな、と思っていた男。

ところが今日は散々だった。


電車に乗れば痴漢に間違われ、遅刻する。

たまたま隣にいた会社の同僚の女性が見ていなければ、冤罪事件に巻き込まれて遅刻どころではなかったことだろう。

それに会社でも、ミスをなすりつけられた後輩を庇ったせいで残業が増える。

給湯室でお茶を淹れていたら、後ろから人が倒れてきて、お気に入りのマグカップを割る。

しまいには帰り道で動物のフンを踏む。


這う這うの体で、ようやく家へとたどり着いた男。

猫と鳥の『遅い』と言っている風に気配を感じ、気力を奮い立たせてエサを与えた。

それぞれエサを程々に食べ、男に寄り添う猫と鳥。


慰めてくれるような姿勢に涙目になりかけた。

涙腺が弱いのは年を取ってきた証拠かな…と感じながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出してカシュッと開けた。


そして、翌日。

今日は土曜日だ。


前日の気疲れは多少あったが、一週間としてはのんびりとしていたために体調は悪くない。

意外に早く起きた朝、着替えてコーヒーを淹れ、パンを焼き、買っておいたハムとカット野菜をパンに乗せる。


朝食を摂り、リュックサックに携帯用の道具一式が入っていることを確認して飲み物やタオル、着替えを詰め込むとそれを背負って扉へと向かった。


今日の扉は金属、光沢からしてアルミというよりステンレスのような扉枠に薄い青色のガラスの様な扉板。

青くも透明なガラスではあったが、その先は見えない不思議な様相だ。

取っ手は枠と同じく金属で出来ており、表面に皮の様な布が巻いてあった。


男は慎重に取っ手に手をかけ、その扉を開いた。



開いた扉の先から潮の香りと少し湿った空気が流れてくる。

先まで見えるが、明るくも暗くもある不思議な空間の光景に目を奪われた。


少し戸惑ったが、男は意を決して扉をくぐった。


入った場所はまるで水族館の様なところだった。

半円状の造りの廊下は全面が透明のガラスで出来ており、その先にはところどころで魚の群れが泳いでいる。


それらを眺めながらゆっくりと歩いていると、観音開きの扉の前に着いた。

その扉は音響施設が整ったコンサート会場や映画館の上映室にあるような布で覆われた意匠をしている。


扉を開き、中に入ると広い空間に出た。

壁は黒く、一定間隔で窓がある。

天井は半球状でガラスになっており、廊下と同じく、外の様子が伺えた。


その部屋はブルーライトで照らされており、よく見るとあちこちに三人掛けのソファーが点在している。

男はそのソファーのひとつに腰を掛けて天井を見上げた。


遠くの方で白い光がキラキラと輝いて見える。

太陽の光だろうか。

そこにふと見えたのは30~40cm程の魚の群れ。

その光に照らされ、光をまとったまま通り過ぎていく。

一方、別の方向に視線を移すと、くらげのような生き物の群れが自ら光を発してゆらゆらと漂っていた。


幻想的な光景に目を奪われ、呆然と過ごしていた男。

時間を忘れ、眠りそうになる。


カクンと首が後ろに動き、我に返る男。

くるる、という音でお腹すいていることに気づいた。

しかし、今日は食事を持ってきていない。

探してみるか…と、思い立ったところで奥の方から醤油の焼いたような匂いが漂ってきた。


その匂いの先には無機質な金属の枠にプラスチック製のような板の扉がある。

男は立ち上がり、その扉を開けた。


中にはガラスで囲われたケースがあり、サザエやホタテの様な貝がその匂いを漂わせていた。

不審には思ったが、空腹に抗えず、ガラスケースからホタテを取り出すとちょんと指で触る。

そして、その指を舐めてみた。


美味しい…


男は結局食べることに決め、ガラスケース近くにテーブルと椅子を見つけて座ると、リュックサックから飲み物を取り出す。

男は一心不乱にそれらの貝を食べた。


食事に満足して貝殻や食器を片付けるとソファーに戻り、身体を預ける。

ゆったりした時間を過ごす男。


そして、ふと見上げると、遠くの方で輝いていた光が弱くなっていたことに気づいた。

そろそろ時間だな…と感じて、立ち上がる。


来た道を慌てずゆっくりと戻っていく。

家の扉の前まで到着したら、廊下の上の方で20cmに満たないであろう小魚の群れが通り過ぎていった。

それはまるで『さようなら』と挨拶している風に感じた。


男はゆっくりと扉をくぐり抜け、そして…意識を失った。



気付くと男はダイニングの椅子に腰かけていた。

周りには猫も鳥もいない、自由に過ごしているのだろう。

時計を見ると17時だ。


猫と鳥のエサを用意すると、自分もだな…と、出掛ける準備を始めた。


今日は焼き魚にでもしようか。

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