第12扉 実家
今日は連日の終電間際の残業で疲れ果てていた。
朝も疲れからギリギリの起床で髭が剃れないまま、伸び放題になっている。
それでも何とか仕事を終わらせて終電で帰る途中、一駅乗り過ごしてしまった。
男の乗っている電車は一駅ごとの間隔が長く、歩くと1時間近く掛かってしまう。
それでもしょうがないとトボトボと一駅分を歩いていく。
途中で見つけた、いつもの寄るコンビニとは別の系列の店に入る男。
給料日前で懐の寂しい男は第三のビールとつまみになりそうなスナック菓子、そしておにぎりを買って店を後にする。
途中、小さな公園で休憩を取ったりして、なんとか家にたどり着く。
玄関の扉を開くと猫と鳥が出迎えた。
男に一通りまとわりつくと抗議の様な鳴き声をあげる。
それは、エサの催促だった。
やれやれと思いつつ、エサを用意すると待ってましたとばかりにエサを頬張る猫と鳥。
それを見届けた男はダイニングテーブルの椅子に腰掛けて買ってきた缶を開け、ぐいっと呷る。
そのまま一気に飲み干し、缶をテーブルに置くとそのままテーブルにうつ伏せで倒れた。
翌日。
テーブルで寝落ちしてしまったため、身体中が痛い。
男は起き上がる。
昨日は酒だけ飲んで寝落ちしてしまったことに、身体中の痛みが教えてくれていた。
一度伸びをして立ち上がると猫と鳥にエサを用意し、自分も昨日買ったおにぎりを頬張る。
食べ物を取ったことで頭がある程度覚醒して、今日は土曜日だったことに気づいた。
時計を見るとまだ早朝だ。
面倒くさいし、どうしようかな?と考えたが、結局は扉へと向かうことにする。
リュックサックは前回使用した状態だったが、中身を変えずにそのまま背負う。
そうして到着した扉はどこかで見たことのあるアルミサッシの戸枠に曇りガラスがはめ込まれた引き戸。
二枚の引き戸の中央部分には鍵穴が見える。
戸板の曇りガラスはその先が見えなかった。
扉に手をかけて少し引くと鍵はかかっていないらしく動いた。
男はそのまま力を入れて扉を開いた。
開いた途端、懐かしい匂いが流れてくる。
目の前の光景に言葉を失って呆然と立ち尽くす男。
それは実家の玄関だった。
両親が亡くなって空き家になったから、三年前に解体した筈なのに…と思いつつも足を踏み入れる。
扉をくぐり抜けて立った場所は玄関の三和土。
右手に靴箱の棚があり、その上には水槽が乗っていた。
水槽には酸素発生器が取り付けてあり、コポコポと音を出して稼働している。
その中で金魚が優雅に泳いでいた。
両親が居た頃には既に金魚がいなくなって水槽は捨てたし、壊す直前よりは随分と前だな…
玄関の先は短い廊下があり、左手に階段、右手にお手洗いの扉、正面にはリビングへと続く扉がある。
まさか、もしかして…の入り乱れた感情のまま、靴を脱いで上がり込み、リビングの扉を開けた。
そこには誰もいなかった。
やっぱり、そうだよな……と、愕然とする男。
リビングは右手のダイニングキッチンと左手のリビングルームが仕切りなしで構成されている部屋だ。
ダイニングに置かれたテーブル、キッチン、リビングのソファー。
直近で使われた形跡がなかったが、埃をかぶっているわけでもなく、きれいな状態だった。
リビングの奥手にはキャットタワーがあり、猫が爪とぎした傷跡なども残っていたが、猫はいなかった。
リビングに敷かれたカーペットの上にはテーブルがあり、テーブルにはお茶請けの煎餅が入っている。
母親がよく食べていたそれらには、メーカーや賞味期限などを示す表記はされていなかった。
リビングのソファーとキャットタワーの間の壁際には引き戸があり、その先は仏間兼両親の寝室になっている。
男は仏壇がどういう状態になっているか気になり、引き戸を開けた。
しかし、仏壇のあった場所は壁になっており、違和感を半端なく感じる。
その横の場所には棚があり、ライターとロウソクが置いてある。
この仏壇は幼少の頃からあった筈…何もないその壁が男には異様に見えた。
そして、そのことが気になった男は他の部屋も調べていく。
トイレに二階の部屋、リビングに繋がっている他の部屋……やはり、人も動物も気配がない。
唯一いたのは水槽の金魚だけだ。
ふと窓に視線を移す。
外は靄が掛かっていて、様子がまったく見えない。
入る前は懐かしい雰囲気に和んでいたが、今となっては不気味で悍ましく感じている。
一刻も早くここを出ようと玄関へと急ぐ男。
玄関までたどり着き、自分の家に繋がっている扉を背に振り向くと『もうここには来るなよ』と両親から言われている気がした。
男は頷き、扉をくぐる。
そして、意識を失った。
気が付くと男は自室のベッドで仰向けで寝ていた。
猫は男に寄り添って寝ている。
鳥も猫の反対側で寄り添っていた。
男はゆっくりと起き上がり、窓から外の様子を探ってみる。
日はまだ高い位置にある。
時計を見るとまだ正午にもなっていない。
身体も心も疲れた男はもう一度、寝に入っていった。




