【ルシアン・ノワール ルート】第2話
あの日から、私は毎日、ルシアンの個人指導を受けることになった。
放課後、魔法学準備室へ向かう。
扉を開けると、ルシアンが本を読んでいた。
「来たか、リディア」
もう、敬称なし。
「はい……ルシアン、さん」
「ん、いい響きだね」
ルシアンは、満足そうに笑った。
「今日は、魔力の流れの応用を教えよう。座りたまえ」
私は、いつもの席に座る。
するとルシアンが、後ろから私を抱きかかえるように、手を伸ばしてきた。
「っ、ルシアンさん!?」
「魔法は、実践が一番だからね。こうして、直接魔力を流す」
彼の手が、私の手に重なる。
温かい魔力が流れ込んでくる。
「……感じるかい?」
「は、はい……」
「いい子だ。素直だね、君は」
耳元で囁かれて、心臓が跳ねる。
「こうして教えていると……君が、どんどん僕に染まっていくのが分かる」
「……え?」
「君の魔力が、僕の魔力に馴染んでいく。まるで……君が、僕のものになっていくみたいだ」
その言葉は危険だった。
「ル、ルシアンさん……」
「ん?」
「近いです……」
「近い方が、教えやすいだろう?」
(それは、そうだけど……!)
ルシアンは、くすくすと笑った。
「顔が赤いぞ、リディア。可愛いね」
(からかわれてる……!)
その日の指導が終わる。
「今日はよくできた。褒めてあげよう」
ルシアンは、私の頭を撫でた。
「……っ」
「ん?嫌かい?」
「い、いえ……」
「なら、いいだろう。君は、よく頑張ったからね」
その手は温かい。
「君は、素直で、教え甲斐がある。……いい生徒だ」
「ありがとう、ございます……」
「ただ……」
ルシアンは、私の顎を持ち上げた。
「君は、少し素直すぎる」
「……え?」
「こうして褒められると、すぐに嬉しそうな顔をする。……分かりやすいね」
その瞳が、私を見つめる。
「その素直さは……危険だよ、リディア」
「危険って……」
「悪い人間に利用されてしまう」
ルシアンは、ニヤリと笑った。
「……例えば、僕みたいな」
「ルシアン、さん……?」
「君は、僕を信用しすぎている。でも……僕が、君をどう思っているか、知らないだろう?」
その言葉は意味深だった。
「僕は、君を……」
そこで、ルシアンは言葉を切った。
「……まあ、いい。今日はここまでだ」
「あ、はい……」
部屋を出ようとすると、
「リディア」
「はい?」
「明日も、必ず来るんだよ。……約束だ」
その声は、命令のようで、どこか懇願のようにも聞こえた。
翌日。
個人指導の時間。
「今日は、精神魔法について教えよう」
「精神魔法……ですか?」
「ああ。人の心を読む魔法だ」
「え……!?」
「安心したまえ。完全に読めるわけじゃない。……ただ、感情の揺れは分かる」
ルシアンは、私の手を取った。
「例えば……今の君は、少し緊張している」
「……っ」
「そして……少しだけ、ドキドキしている」
(バレてる……!?)
「可愛いね、リディア。君の感情は、とても分かりやすい」
ルシアンは、くすくすと笑う。
「君は、僕といると緊張する。でも……嫌じゃない」
「……っ」
「違うかい?」
「……違わない、です」
正直に言うと、ルシアンは満足そうに微笑んだ。
「正直だね。……その正直さが、僕は好きだよ」
「……え?」
「君は、嘘をつけない。だから……僕は、君を信用できる」
ルシアンは、私の頭を撫でた。
「そして……君を、手放したくなくなる」
その言葉の意味が分からなかった。
ある日。
個人指導の後、ルシアンが言った。
「リディア、君は他の生徒と、どのくらい親しいんだい?」
「え……?」
「例えば、王太子や、あの騎士。君、よく一緒にいるだろう?」
「あ、それは……」
「……そうか」
ルシアンの表情が、一瞬暗くなった。
「ルシアンさん……?」
「……リディア」
「はい?」
「君は、僕以外の男と、あまり親しくしない方がいい」
「え……?」
「君は、素直すぎる。利用されてしまうよ」
その言葉は忠告のようで、でも——
「特に、王太子は危険だ。あの男は、君を所有物としか見ていない」
「そんなこと……」
「騎士も同じだ。あの男は、君を守ると言いながら、束縛している」
ルシアンは、私の手を握った。
「君を本当に理解しているのは……僕だけだ」
その目は真剣だった。
「だから、君は……僕だけを見ていればいい」
「ルシアン、さん……」
「……冗談だよ」
ルシアンは、ふっと笑った。
「君の顔、面白かったから、つい」
(冗談……?)
でも、その目は笑っていなかった。
その夜。
部屋で、今日の出来事を思い返す。
(ルシアンさん……あの言葉、本気だったのかな……)
彼は、私をどう思っているんだろう。
ただの、生徒?
それとも——
(考えすぎ、かな……)
でも、胸の奥がざわざわする。
ルシアンといると、心が落ち着かない。
でも嫌じゃない。
(私……どうしちゃったんだろう)
私は気づいていなかった。
ルシアンの「教育」が既に始まっていることを。




