【セラフィム・アルテミス ルート】第2話
翌日、図書館へ向かう。
セラフィムが、いつものようにピアノを弾いていた。
「こんにちは、セラフィムさん」
「……あ、リディアさん……」
彼は、少し驚いたような、嬉しそうな顔をした。
「……また、来てくれた」
「はい。約束しましたから」
「……ありがとうございます」
セラフィムは、小さく微笑んだ。
その笑顔が昨日より、少しだけ明るい気がした。
演奏を聴いているとふと、質問したくなった。
「ねえ、セラフィムさん」
「……はい?」
「ピアノって……難しいですか?」
「……難しい、かもしれません。でも……」
セラフィムは、鍵盤に触れた。
「……楽しい、です」
「楽しい……」
「……音が、生まれる瞬間。それが……好きなんです」
その目は、キラキラと輝いていた。
音楽の話をする時の彼はまるで別人のようだった。
「……リディアさんは、ピアノ……弾けますか?」
「え?私は……少しだけ、昔……」
転生前、子供の頃に少しだけ習っていた。
「……なら、一緒に……弾きませんか?」
「え……!?」
「……僕が、教えます」
セラフィムは、ピアノの椅子を少しずらして隣に座るスペースを作った。
「……ここに、座ってください」
言われるまま、隣に座る。
セラフィムとの距離が近い。
「……では、まず……この鍵盤を」
彼が私の手を取って、鍵盤に導く。
「……ここを、押してみてください」
「こ、こう……?」
ポロン、と音が鳴る。
「……いい音、です」
セラフィムは、微笑んだ。
「……では、次はここ……」
彼の手が、優しく私の手を導く。
一つ一つ、音を出していく。
「……綺麗……」
「……リディアさんの音、綺麗です」
「そんな……私なんて、全然……」
「……いえ、本当です」
セラフィムは、真剣な顔で言った。
「……音には、その人の心が出ます。リディアさんの音は……優しくて、温かい」
「セラフィムさん……」
「……だから、好き、です」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「……あ、音楽が、です! 音楽が、好きなんです!」
セラフィムは、慌てて訂正した。
顔が、少し赤い。
(可愛い……)
それから、私たちは一緒にピアノを弾くようになった。
簡単な曲から始め、少しずつ難しい曲にも挑戦する。
「……ここは、こうやって……」
「あ、なるほど……!」
「……上手です、リディアさん」
「ありがとうございます!」
一緒に音楽を奏でる時間は楽しかった。
そして、セラフィムも少しずつ、笑顔が増えていった。
「……リディアさん」
「はい?」
「……あなたと、ピアノを弾くのは……楽しいです」
「私も、です!」
「……初めて、かもしれません」
「え……?」
「……誰かと、一緒に……音楽を楽しむのは」
セラフィムは、鍵盤を見つめた。
「……いつも、一人で弾いていたから……」
「……」
「……でも、あなたがいると……音楽が、もっと楽しくなる」
彼は、私を見た。
「……ありがとう、リディアさん」
その笑顔は本当に、嬉しそうだった。
ある日。
いつものように図書館へ行くと、セラフィムがいなかった。
「……あれ?」
いつもの場所に、いない。
(どうしたんだろう……?)
心配になって、図書館中を探すと——
奥の、読書スペースでセラフィムを見つけた。
机に突っ伏して、眠っている。
「セラフィムさん……?」
そっと近づく。
彼の顔が、赤い。
「……っ!熱……!?」
額に手を当てると熱い。
「セラフィムさん! 起きてください!」
「……ん……」
セラフィムが、ゆっくりと目を開けた。
「……リディア、さん……?」
「熱があります!医務室に行きましょう!」
「……大丈夫、です……いつものこと、なので……」
「大丈夫じゃないです!」
私は、彼を支えて立ち上がらせた。
「……すみません……心配、かけて……」
「謝らないでください!」
医務室まで連れて行くと、案の定高熱だった。
「安静にしていてください」
医務官にそう言われ、セラフィムはベッドに寝かされた。
「……リディアさん、もう……大丈夫です……」
「駄目です。私、ここにいます」
「……でも……」
「友達が具合悪いのに、放っておけません」
私は、椅子に座った。
セラフィムは、少し驚いたような顔をする。
「……ありがとう、ございます……」
小さく、微笑んだ。
その後、私はずっとセラフィムの側にいた。
彼が眠っている間も、ずっと。
夕方、セラフィムが目を覚ました。
「……ん……」
「目が覚めましたか?」
「……リディアさん……? まだ、いてくれたんですか……?」
「当然です」
「……でも、もう夕方……」
「大丈夫です。授業はサボりました」
「……っ!?それは、駄目です……!」
セラフィムが、慌てて起き上がろうとする。
「大丈夫です、大丈夫です!」
私は、彼を寝かせた。
「セラフィムさんの方が大事ですから」
「……僕なんかのために……」
「『僕なんか』じゃないです」
私は、彼の手を握った。
「セラフィムさんは、大切な友達です」
「……友達……」
「はい。だから、心配するのは当たり前です」
セラフィムの目から、涙が溢れた。
「……っ……ありがとう、ございます……」
「……?」
「……初めて、です……誰かに、こんなに……心配してもらうの……」
彼は、涙を拭いた。
「嬉しくて……」
その涙は悲しみではなく、喜びの涙だった。
「……リディアさん」
「はい?」
「……あなたは、僕の……大切な、友達です」
セラフィムは、微笑んだ。
「……これからも、ずっと友達で、いてくれますか?」
「もちろんです!」
「……ありがとう」
セラフィムは、安心したようにまた眠りについた。
私は、彼の手を握ったままずっと、側にいた。
その後。
セラフィムは、もっと心を開いてくれるようになった。
「……リディアさん、今日は……僕の好きな曲、聴いてくれますか?」
「はい!」
「……これは、母が……好きだった曲なんです」
「お母様の……」
「……母は、優しい人でした。僕に、ピアノを教えてくれた」
セラフィムは、優しく鍵盤を撫でた。
「……母は、もういませんけど……でも、ピアノを弾くと……母を、思い出せるんです」
「……」
「……だから、ピアノは……僕の、宝物なんです」
その言葉は愛に溢れていた。
演奏が始まる。
優しくて、温かくて、まるで、母親の抱擁のような音。
「……素敵、です……」
私の目からも、涙が溢れた。
演奏が終わると、セラフィムが驚いた顔をしていた。
「……リディアさん、泣いて……?」
「あ、ごめんなさい……感動、しちゃって……」
セラフィムは、ハンカチを差し出してくれた。
「……ありがとう、ございます……」
「……こちらこそ」
彼は、微笑んだ。
「……僕の音楽で、泣いてくれて……嬉しいです」
「え……?」
「……それだけ、心に……届いたってことですから」
セラフィムの笑顔は本物だった。
(ああ……この人、少しずつ……)
心を、開いてくれている。
ある日。
「……リディアさん」
「はい?」
「……一緒に、連弾……しませんか?」
「連弾……!?」
「……はい。二人で、一つの曲を……」
セラフィムは、少し恥ずかしそうに言う。
「……弾きたいんです」
「もちろんです!」
そして、私たちは初めての連弾に挑戦した。
「……ここで、僕が入ります……」
「はい……!」
最初は、タイミングが合わなかった。
「あ、ごめんなさい……!」
「大丈夫です。もう一度……」
何度も、何度も、練習する。
そして——
「……っ!合いました!」
「……はい……!」
二人の音が、重なる。
一つの、美しい音楽になった。
「……綺麗……!」
「……本当ですね」
演奏が終わると、二人で顔を見合わせる。
笑った。
「……楽しかったです!」
「……僕も、です!」
セラフィムの笑顔は太陽のように、明るかった。
(ああ……セラフィムさん、笑ってる……)
嬉しくて、胸がいっぱいになった。
「……リディアさん」
「はい?」
「……あなたといると……僕、幸せです」
その言葉は純粋で、真っ直ぐだった。
「私もです」
笑顔で答える。
セラフィムは少しずつ、前に進んでいる。
そして、私も彼と一緒に、歩いていきたいと思った。




