【ヴィクター・エステル ルート】第2話
あの日から、ヴィクターは本当に毎日、私の世話を焼くようになった。
朝、寮から出ると、必ずヴィクターが待っている。
「おはようございます、リディア様!」
「お、おはようございます……」
「今日もいい天気ですね!」
ヴィクターは、いつも笑顔だ。
そして、手には——
「朝食、作ってきました!」
「え、でも私、寮で……」
「寮の食事では栄養が足りません!僕が作ったものの方が、リディア様に合っています!」
(どうして分かるの……!?)
でも、断れない雰囲気。
結局、中庭でヴィクターの作った朝食を食べることになった。
「……美味しいです」
「本当ですか!?」
ヴィクターの顔が、パッと明るくなる。
「良かった……!リディア様に喜んでいただけて、僕は幸せです!」
その笑顔は純粋で、でも——
(なんか、怖い……)
授業が終わる。
「リディア様!」
またヴィクターが現れた。
「お疲れ様です!お飲み物をどうぞ!」
差し出されたのは、冷たいジュース。
「あ、ありがとうございます……」
「今日は暑かったですから、水分補給が大切です!」
(なんで、そこまで……)
「あ、そうだ!リディア様、今日のお昼、何を召し上がりましたか?」
「え……普通に、学食で……」
「学食!?」
ヴィクターが、ショックを受けた顔をした。
「どうして僕を呼んでくださらなかったんですか!?」
「え、だって……」
「お弁当を作ったのに……!」
(作ってたの!?)
「すみません、知らなくて……」
「……そうですか」
ヴィクターは、しょんぼりとした。
「なら、仕方ないですね。明日は、必ず一緒にお昼を食べましょう!」
「は、はい……」
(断れない……!)
放課後。
図書館で本を読んでいると、ヴィクターが現れた。
「リディア様、失礼します」
「ヴィクターさん……?」
「お飲み物と、お菓子をどうぞ」
テーブルに、紅茶とクッキーが置かれる。
「あ、ありがとうございます……でも、図書館に飲食物って……」
「司書の方に許可をいただきました!」
(そこまで……!?)
「リディア様が快適に過ごせるよう、僕が手配いたしました」
ヴィクターは、満足そうに微笑んだ。
「……ヴィクターさん」
「はい?」
「どうして、そこまで……してくれるんですか?」
私の問いに、ヴィクターは少し驚いた顔をした。
「それは……リディア様が、僕に初めて『ありがとう』と言ってくれたからです」
「え……?」
「僕は、侯爵家の次男です。兄は優秀で、僕は……いつも影でした」
ヴィクターの笑顔が、少しだけ曇った。
「誰も、僕に期待していませんでした。僕が何をしても、誰も見てくれなかった」
「ヴィクターさん……」
「でも、リディア様は違った。僕のしたことに、『ありがとう』と言ってくれた」
彼の碧眼が、私を見つめる。
「それだけで、僕は……生きる意味を見つけたんです」
「……」
「だから、リディア様のために、僕は何でもします。それが、僕の存在意義ですから」
その言葉は重かった。
「ヴィクターさん……私、そんな……」
「いえ、リディア様は何も悪くありません。僕が勝手に、そう思っているだけです」
ヴィクターは、柔らかく微笑んだ。
「だから……これからも、僕にリディア様のお世話をさせてください」
その笑顔は優しくて、でもどこか、危うかった。
翌日。
朝、目覚めると、枕元に手紙があった。
『リディア様へ。
今日は早朝から用事があり、お迎えに行けません。申し訳ございません。
代わりに、朝食を部屋に置いておきました。
必ず召し上がってくださいね。
ヴィクター』
(え……部屋に、入ったの!?)
慌てて周りを見る。
テーブルに、豪華な朝食が並んでいた。
そして、部屋は綺麗に掃除されている。
(いつの間に……!?)
窓の外を見ると、ヴィクターが手を振っていた。
(ずっと、見てたの!?)
怖い。
でも、
朝食を食べてみると、美味しい。
(ヴィクターさん……本当に、料理上手……)
そして、手紙を読み返す。
丁寧な字で、愛情を込めて書かれている。
(この人……本当に、私のことを……)
胸が、温かくなった。
(でもこれって……重すぎない……?)
不安も、感じた。
昼休み。
「リディア様!」
ヴィクターが、大きな荷物を持って現れた。
「今日のお弁当です!」
開けてみると、三段重ねの豪華な弁当。
「ヴィクターさん……これ、作るのに何時間……?」
「夜中からずっと作っていました!」
(寝てないの!?)
「大丈夫ですか……?」
「大丈夫です!リディア様のためなら、寝なくても平気です!」
(それ、大丈夫じゃない……!)
「ヴィクターさん、無理しないでください……」
「無理なんてしていません!これが、僕の幸せですから!」
ヴィクターは、満面の笑みで言った。
(この人……本気だ……)
その日の午後。
授業中、突然、教室の外が騒がしくなった。
「何事だ?」
先生が教室を出る。
「リディア・ヴァンフェルト様はいらっしゃいますか!?」
ヴィクターの声だった。
「!?」
慌てて教室を出ると、ヴィクターが血相を変えて立っていた。
「ヴィクターさん!?どうしたんですか!?」
「リディア様!お怪我はありませんか!?」
「え、怪我……?」
「先ほど、リディア様の教室で、椅子が倒れる音が聞こえたので……!」
(それ、ただの物音では……!?)
「大丈夫です、何もありません……」
「本当ですか!?」
ヴィクターは、私の全身を確認するように見回した。
「よ、良かった……!もし、リディア様に何かあったらと思うと……!」
彼の目には、涙が浮かんでいた。
(大げさすぎる……!)
周囲の生徒たちが、ジロジロと見ている。
恥ずかしい。
「ヴィクターさん、もう大丈夫ですから……」
「いえ!これからは、もっと注意深く見守らなければ!」
(見守る、って……監視!?)
「あ、あの……」
「リディア様、これからは授業中も、僕が近くで待機していた方がいいですね!」
「え、それは……!」
「そうします!リディア様の安全が第一です!」
(絶対駄目……!)
でも、ヴィクターの目は本気だった。
その夜。
部屋で、今日の出来事を思い返す。
(ヴィクターさん……優しいけど……怖い……)
彼の「奉仕」はもはや、監視に近い。
でも——
(私のことを、こんなに心配してくれる人……初めて、かも)
前世でも、こんなに誰かに大切にされたことはなかった。
(だから……嫌じゃない)
でも——
(このまま、エスカレートしたら……)
不安が、胸をよぎった。
そして、その予感は正しかった。




