第5話 憧れの冒険者とスローライフ
「……わあ、本当に“冒険者ギルド”だ!」
思わず声が出てしまった。
重厚な石造りの建物。出入り口には大剣を背負った屈強な男や、軽鎧を身に着けた女性たちが行き交う。
王都の片隅にそびえるこのギルドは、日々多くの冒険者が依頼を受け、情報を交わし、酒を酌み交わす場。
俺、アレクシス・ヴァン・ルクレールは正しくは第二王子だった身を離れ、いまは臣籍降下して大公の地位を与えられた。
けれど、貴族社会や宮廷のきらびやかな日々よりも、前世で夢見た「冒険者ライフ」に胸をときめかせていた。
「殿下……んん! アレク。はしゃぎすぎだ」
隣で呆れたように声を落としたのは、俺の従者兼護衛でありそして最愛の人、レオニード・エルンスト。
鋭い目をした剣士姿はただの護衛にも見えるけれど、俺にとっては唯一無二の相棒である。
「いや、だってさ! あの“ギルド”だぞ! 依頼とか掲示板とか、ここから冒険が始まるんだ!」
「……子どもみたいだな」
レオニードは苦笑しつつも、歩調を合わせて扉を開いた。
中は賑やかで、革鎧をきしませる冒険者や、笑い声、酒の匂いが渦巻いている。
俺の胸はさらに高鳴った。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 新規登録はこちらでどうぞ!」
カウンターにいた受付嬢がにこやかに声をかけてきた。
そうそう、これこれ! と俺は前に出て、胸を張る。
「はい! 俺、アレクです。こちらはレオ。二人で冒険者として活動したいと思っています!」
「アレク……? えっと、姓は?」
「いらないよ。アレクでいい」
俺が笑顔で答えると、受付嬢は少し目を丸くしたが、深くは突っ込んでこなかった。
――そう、俺は王弟殿下であり大公なんてたいそうな肩書があるわけだが、ここではただの一人の冒険者でいたい。レオニードは無言で隣に立ち、腰に差していた剣を受付嬢に見せる。
「……かなりの業物ですね。鍛錬も相当積んでいらっしゃるようで」
「まあな」
レオニードは短く返し、淡々と登録書類に名前を書き込む。
冒険者登録というものは形式的なものだ。身元確認、得意な分野、武器や魔法の適性などを書き込み、簡単な能力測定を受ける。
俺は魔力測定で「平均より少し上」程度の数値を出し、レオニードは驚異的な身体能力を示した。
「はい、これで登録完了! 今日からあなたたちも冒険者です!」
受付嬢が渡してくれたギルドカードを見つめながら、俺は胸の内でガッツポーズを取った。
「お、新入りか?」
「へえ、兄ちゃんイイ顔してるな。魔法使い?」
さっそく、近くのテーブルに座っていたいかにも冒険者、と言った風情の男たちが話しかけてきた。
俺は笑顔で答える。
「ああ! 補助魔法と薬の調合が得意なんだ。まだまだだけど、頑張るよ」
「へぇ、補助系か。実はそういう奴が一番ありがたいんだぜ」
「剣士ばっかりだと回復が間に合わねえからな」
がはは! と彼らは気さくに笑い、俺を歓迎してくれる。その雰囲気がなんだか嬉しくて、つい調子に乗ってしまう。
「あと錬金術っぽいこともできる。薬草を混ぜたり、簡単な結界を張ったり」
「おお! 便利じゃねえか!」
「よし、今度一緒に組んでみるか?」
周囲がわいわいと盛り上がる中、レオがわずかに目を細めた。俺にぐっと近づき、低い声で囁く。
「……調子に乗るなよ、アレク」
「え? でも、せっかく仲良くなれそうなのに――」
「お前に色目を使っている奴もいる。気を付けろ」
そう言って俺の肩を抱くように腕を回すレオ。途端に冒険者たちが「お、おう……」と目をそらし、場の空気が一瞬固まった。
……あ、これ嫉妬だ。
俺は苦笑しながら、レオニードの腕を軽く叩いた。
ギルドの掲示板に貼られた依頼書を前に、俺は目を輝かせていた。
「おっ、これ! “薬草採取と低級魔物退治”。初心者向けって書いてあるじゃん」
「……まあ、悪くないな」
この世界、魔法があるからもちろんこのバッグ含めさまざまなものに魔法付与があるわけで。俺ももちろん冒険者をするにあたり持っているからしまいたかったけど、レオニードはがしかたないな、といわんばかりに依頼書を剥がすと住む図にウエストポーチにしまった。
「ほら行くぞ」
差し出された手を取ると、近くにいた冒険者たちが小さく口笛を吹いた。
「っ! レオ! 早く行くぞ!」
***
昼前の郊外の森は静かで、陽光が木漏れ日に変わって揺れている。薬草はどこでも自生するが、森に生えているものが一番質が良くポーションの材料には欠かせない。また、質が良いということは魔力量が多く含まれているわけで、魔物と呼ばれるものも当然生息している。
森の最奥、あるいはダンジョンの最奥になるほど魔力量を多く持ち、入口などは小型のゴブリンや狼が現れることがある。危険度は低いが、油断すれば怪我人も出る。だからこそ、冒険者デビューにうってつけだ。
俺は周囲に探索魔法を施すと腰に下げた小袋を開き、薬草を一枚一枚確認しながら摘み取る。
「お、この葉脈の形……合ってる。解毒薬に使えるやつだ」
「……学園での勉強もこれくらい精度が高ければ……」
「何言ってんだよ、学校の勉強なんて8割できてたらいいんだよ」
まったく、とレオはあきれながらも周囲を警戒している。
その時、茂みがざわめき――
『グギャッ!』
緑色の小鬼、ゴブリンが三体、棍棒を振り上げて飛び出してきた。
「アレク、下がれ!」
レオニードは即座に剣を抜き、鋭い踏み込みで一体を斬り払った。残り二体が横から襲いかかるが、その瞬間ーー
「《スロウ》!」
俺が叫ぶとゴブリンたちの動きが一瞬鈍る。その間にレオが剣を閃かせ、次々と斬り伏せていった。
「助かった」
「こっちこそ、レオが攻撃してくれるの助かる」
ゴブリンを倒した後、俺はすぐに浄化魔法陣を展開し、血に触れた地面を清める。こうしないと臭いに誘われて他の魔物がやってくるのだ。
そしてこういう後処理が冒険者仲間にはありがたいらしい。
「はあ……これだけ素早く丁寧だと勧誘も増えそうだな」
レオが呟いた声は、どこか誇らしげだった。
依頼を無事に終えてギルドへ戻り、受付に依頼書と押収物を差し出し、報酬額の照らし合わせをする。そこに先ほど顔を合わせた冒険者たちが寄ってきた。
「おー、新入り! やったな!」
「ゴブリンを三体? なかなかやるじゃねえか!」
受付嬢が受領印を押し、報酬の小袋を手渡してくれる。初めて自力で稼いだ、と思うと片手に収まった小袋の重みに感動する。
「はい、初仕事お疲れ様でした! またお待ちしていますね」
「ありがとう!」
ギルドの酒場スペースでは、冒険者たちがわいわいと酒を酌み交わしていた。周りのベテランの冒険者たちに声をかけられ、テンションも上がった俺は乾杯に乗ることにした。レオニードが制止しなかったのは、冒険者たちが俺だけでなく、レオニードにも労いの言葉をかけてきたからだろう。ここで断るのは空気が読めないってやつだ。
「なあアレクだっけか、今度オレたちと一緒に遠征に行かないか?」
「いや、こいつは俺と組んでる。悪いが譲らん」
割り込んできたのはレオニードだった。ぴしゃりと断言するその声音に、相手は「お、おう……」と引き下がる。
……やっぱり嫉妬だ。
周りは酒も入っていて、引かずにドッと笑い、盛り上がる。レオニードの真面目さは冒険者にはネタでしかないようだ。
前世でみたファンタジー作品でよく見た初心者いじりや、やっかみもなくとてもいい初日を終えた俺たちが借りた宿の一室。
扉を閉めた瞬間、レオニードの手が俺の腰を掴んだ。
「……まったく。人前で愛想を振りまくな」
「は?! 別に振りまいてないだろ、冒険者同士の交流じゃん」
「頭、肩、腕。どれだけ許した?」
それぞれの場所を触りながら低い声に耳元を甘く噛まれ、思わず肩を跳ねさせた。
「ひ……っ、レオっ」
「俺のことだけ見ろ。お前は俺の、アレクなんだから」
強く抱きしめられ、背中を撫でられる。胸の奥がじんわりと熱を帯び、逃げ場をなくす。
「……レオ、ほんとに、独占欲強いよな」
「当たり前だ。俺はお前の剣であり、恋人であり……誰にも渡さない」
深い口づけが降ってきて、抗議の言葉はすべて溶かされていった。
俺はその腕に身を委ね、ただ彼の名前を呼ぶしかなかった。




