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第4話 兄王夫婦と、俺の新しい日々

 王都の春祭りは、国中から人が集まる華やかな催しだ。城の広場には露店が並び、舞踏の音楽が昼間から響いている。

 俺――アレクシスは、城門の近くでレオニードと肩を並べていた。

「坊ちゃま、……いや、アレクシス」

「ん?」

「はしゃぎすぎると人混みで危ない。手を」

「……子供扱いするなよ」

「違います。恋人扱いです」

 真顔でそんなことを言うから、思わず顔が熱くなる。レオニードは人目を気にせず、しっかり俺の指を絡め取ってきた。

 ……まあ、確かに安心感はあるんだけど。


 ***


 やがて城のバルコニーに姿を現したのは、兄王アルベールとカトリーヌ王妃。二人は並んで人々に手を振り、それに応えるように群衆から歓声が上がり、広場に幸福な空気が満ちていく。

「……兄上も、カトリーヌも幸せそうだな」

 俺は胸の奥がじんわりと温かくなった。原作ではカトリーヌは理不尽な目に遭い、兄上との未来も壊されるはずだったけれど、今、二人は堂々と王と王妃として人々に愛されている。こんなに嬉しいことはないだろう? だから、その姿を目にした瞬間、俺はようやく心から安心できたのだ。

「アレクシス?」

 隣のレオニードが首を傾げる。

「少し、泣きそうな顔してますよ」

「……違う。ただ、良かったと思っただけだ」

「ふふ。あなたらしい」

 レオニードは優しく笑い、俺の手をぎゅっと握った。


 式典が終わった後、俺たちは兄上の招待で城内の一室に通された。

 豪奢な部屋に用意されたティーセット。窓から差し込む光は春の午後を柔らかく照らしている。

「アレクシス、よく来てくれた」

「陛下も、カトリーヌ義姉上も。ご壮健そうで何よりです」

 深く頭を下げると、カトリーヌが微笑んむ。

「もう“義姉上”だなんて。アレクシス殿下には感謝してもしきれませんわ。あの時、私を守ってくださったこと……」

「……俺は、何も大したことは」

「いいえ」

 カトリーヌの瞳がまっすぐ俺を射抜く。

「あなたがいたから、私はアルベール様と共に未来を歩めるのです」

 兄上も、穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。

「お前は俺の自慢の弟だ。アレクシス。……だが、それ以上に“幸せになってほしい弟”でもある」

「……兄上」

 俺が前世の記憶を思い出してから今日までーー原作ではこんなふうに対話することもないどころか、十全十美な兄上に勝手に憎悪を抱き、下位貴族子女のマルグリットなんかに入れ込んだ挙句次期王になろうなどと企てーーなぜ物語の“俺”は自己分析できなかったのか。努力するか俺みたいに開き直って王弟として、優秀な次期王の家臣として人生謳歌すれば……

 その瞬間、隣に座るレオニードの手がさりげなく俺の背に触れ、そっと支えてくれた。

「それで……」

 兄上の視線がレオニードへ移る。

「お前は……弟を泣かせずに済んでいるのか?」

 突然の問いに、俺は「兄上!?」と慌てるが、レオニードは真剣な表情で応じた。

「陛下。俺はアレクシスを泣かせてしまうかもしれません。ただし、それは――幸せで泣くときだけです」

「……っ」

 そんな直球を言えるのか、この男は。

 顔が一気に真っ赤になる俺を見て、兄上は満足げに頷いた。

「ならばよい。……カトリーヌ、俺たちは安心して弟を任せられるな」

「ええ。素敵なお相手ですもの」

 ……俺だけがテーブルの下で頭を抱えていた。


 ***


 ティータイムは穏やかに続いていた。

 兄上とカトリーヌは本当に自然な仕草で互いを気遣い見つめ合う。王と王妃という立場を忘れさせるほど、夫婦としての温かさがそこにあった。

(……原作のことを知らなければ、こんなにも幸せそうな二人を“当たり前”だと思えただろうか)

 あの運命を回避するために奔走した日々を思い返す。断罪の場に立つ未来を拒み、兄上のために、そして自分自身のために選び取った道。

 今、俺の目の前には――幸せな夫婦の姿と、隣で静かに寄り添ってくれるレオニードがいる。

 それだけで胸がいっぱいになった。

「アレクシス殿下」

 カトリーヌがカップを置き、柔らかな笑みを浮かべる。

「アルベール様は時折仰るのです。“アレクシスも幸せにならなければならない”と」

 言葉に詰まる俺の肩を、レオニードが軽く抱く。

 その腕に支えられて、どうにか返事を絞り出した。

「俺は……もう、十分に幸せです」

 兄上とカトリーヌが優しく目を細める。二人の表情は、未来を祝福してくれているように見えた。


 日が傾き始め、謁見室を辞す時間になり、別れ際に兄上が俺の肩を抱いて囁いた。

「アレクシス。……お前が自由に生きられるようになったことが、俺は何より嬉しい」

「兄上……」

「だが忘れるな。お前は俺の弟だ。困ったときは、必ず頼れ」

 胸の奥に熱いものが込み上げ、俺は深く頭を垂れた。

「……はい」

 カトリーヌも俺へと微笑みかけてくれる。

「アレクシス殿下。これからは私たち夫婦も、あなたとレオニード様の幸せを見守らせてください」

「……ありがとう」

 扉が閉まり、静けさが訪れたとき、俺は思わず大きく息を吐き出した。

「……どうしましたか?」

「いや……ようやく、心底安心したんだ」

「安心?」

「原作で壊されていたはずの未来が、ちゃんと幸せに続いている。兄上も、カトリーヌ嬢も……俺も」

 レオニードはきっと俺のぼやきの前半なんて、なんのことかわからないだろう。それでも目を細めて、俺を抱き寄せた。

「……なら、これからは“俺たち自身の未来”にもっと目を向けてください」

「っ……お前は、そういうことをさらっと……」

 唇を塞がれる。

 甘い口づけに、胸の奥の不安がすべて溶けていく。

 長い口づけのあと、レオニードが俺の耳元で囁いた。

「アレクシス。幸せで泣かせる約束……今日も果たせましたね」

「……っ、バカ……」

 顔を埋める俺を抱きしめながら、レオニードは静かに笑った。



 兄王夫婦の幸せを確かめ、俺たちは新しい未来を歩き始める。

 断罪も追放もない世界。

 あるのはただ――俺とレオニードが共に築いていく、自由で温かな日々。

(俺はもう、二度と後悔しない。この選んだ未来を、絶対に守り抜く)

 そう胸に誓いながら、俺は恋人の手を強く握り返した。

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