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第3話 忍び寄る強制力に抗う俺と未来

 数日後の学園は空気が少しずつ、きな臭くなっていた。

「……また、ですか」

 カトリーヌの机の上には、破られたノートと黒い染みが広がっていた。誰かが故意に汚したのは明らかだ。

 周囲の生徒たちはひそひそと視線を向けるが、誰も止めようとはしない。

「これはもう、嫌がらせの域を超えているな……」

 俺は低くつぶやいた。

 バグった強制力、それともーー。

「カトリーヌ嬢」

「……はい」

「心配しなくていい。俺が守る」

 彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて安堵の微笑を浮かべた。

「殿下は……本当に不思議な方ですね。私、本来なら――」

 言いかけて、カトリーヌは口をつぐむ。

 その瞳に“違和感”がにじむ。

 まるで、自分が“本来はアレクシスの婚約者であるはず”だと記憶の底で知っているかのように。

「……なんでもありません。ありがとうございます」

 俺は苦笑でごまかし、話題を切り替えた。


 放課後、事件は起きた。

 人気のない廊下に呼び出されたカトリーヌが、濡れたドレス姿で立ち尽くしていたのだ。

「こ、これは……!」

 生徒たちが集まり、ざわめきが広がる。まるでカトリーヌが“ヒロイン”だとでも言いたげに。

 そして、その仕掛け人は――。

「まあまあ、かわいそうに。侯爵令嬢サマがこんなお姿を晒すなど……!」

 芝居がかった声で現れたのは、マルグリットだった。その顔は勝ち誇った笑みで歪んでいた。

「アレクシス殿下。真実を見抜いてくださいませ。彼女は見窄らしい。王太子殿下の婚約者にふさわしくありません」

 ……なるほど、俺に婚約者がいないことで“狂った強制力による断罪イベント”の前段階か。“婚約者候補”モノも、かつての世界の物語にはあったっけ。

 だけどーー

「くだらない」

 俺は一歩、前に出た。

「ラフィット男爵令嬢。誰がこんな茶番を仕組んだか、明らかだろう」

「っ……!」

 マルグリットの顔が強張る。そして俺たちを囲むように居た野次馬の、その場の空気が一気に変わった。

「カトリーヌ嬢は潔白だ。彼女を傷つける者がいれば、俺が許さない」

 断言した瞬間、周囲の生徒たちがざわめき、マルグリットは後ずさる。

「……坊ちゃま」

 背後で低く声をかけてきたのはレオニードだった。

「影の者たちが動いています。これ以上の企みは、許しません」

「……ありがとう、レオ」

 俺が答えると、レオニードはわずかに微笑み、そして俺の手を取った。

「坊ちゃまは俺だけを信じていればいい」

「なっ……!」

 突然の接触に、顔が熱くなる。人前だぞ!? と思いつつも、その言葉に胸の奥がじんと温かくなった。


 その夜。学園の寮で、俺は窓辺に座って月を眺めていた。今日の出来事が頭から離れない。

(物語は狂ってるのに、無理矢理進もうとしている……。でも、俺は絶対に従わない)

 拳を握りしめた時――。

「坊ちゃま」

俺の寝支度を済ませたレオニードが声をかけてきた。

「今日の坊ちゃまは、誇らしかった」

「俺はただ、カトリーヌ嬢を放っておけなかっただけだ。……彼女は俺の友人でもあり、兄上の婚約者だしな」

「それで十分です。……けれど、覚えていてください」

 レオニードはゆっくり歩み寄り、俺の肩に手を置いた。

 その指が熱い。息が近い。

「その、友を守る坊ちゃまを、お守りするのが俺の役目であり……願いでもある」

「……レオ」

「だから……他の誰にも触れさせない」

 その囁きに、俺は目を閉じ頷いた。

 ――マルグリットの暴走は止まらない。

 だが、俺にはレオニードがいる。どんな強制力にも、俺は屈しない。この誓いを胸に、俺は次の嵐へと備えるのだった。


***


 煌びやかなシャンデリアが光を放つ大広間。

 3年生の卒業の門出を祝うパーティーには、華やかな衣装に身を包んだ貴族の子女たちが集まり、音楽と笑い声が満ちていた。

 俺は会場の隅に立ち、深く息を吐いた。

 2年後……ここが物語の舞台になる。フラグは折っているのに、なぜか不安で仕方がない。

 マルグリットの企みは、前世のことは伏せて今起きている事実だけを事前にレオを通じて兄上へ報告済みだ。

それに、今日の俺はただの下級生として、また、王族の者が居ると箔がつくと言うだけで参加しているにすぎない。

「坊ちゃま、心配はいりません」

 隣で護衛のふりをして立つレオニードが低く囁く。

「アルベール殿下が全てご存知です。もしあの者が、坊ちゃまのいう通り予期せぬ動きをしようとも、俺が守ります」

「……ああ。信じてる」

 そう返すと、自然に手が触れ合った。ほんの一瞬のことだが、心臓が跳ねる。だが、触れた指先の温かさに安心した。


 そして――事件は起きた。

「アレクシス殿下!」

 甲高い声を上げたのは、絢爛なドレスに身を包んだマルグリットだった。

 彼女は人々の視線を集めながら進み出て、俺を指差した。

「この場で真実をお伝えしなければなりません! 王太子殿下の婚約者カトリーヌ嬢は、不貞を働きました!」

 ざわめきが広がる。

 原作通りなら、“2年後”ここで俺が同調し、カトリーヌを“断罪”する。だが、物語を捻じ曲げたからだろう、俺の不安は的中し、勝手に物語の強制力は働いた。

 卒業生たちだけでなく、その親や教師たちは何事が起こったのかとざわめいている。果たして、俺がここに居なかったらどうなっていたのか。居もしない王子とおかしな下級生の1人茶番ーーそれはそれで見てみたい気もするけど。

「……笑わせるな」

 俺の冷たい声が響いた。

「その虚言、どこから出た? カトリーヌ嬢を陥れようとした数々の悪行――すでに全て調べはついている」

「っ!? な、なにを――」

 マルグリットの顔が青ざめる。

「証人も証拠も揃っている」

 そう言ったのは、俺の兄――王太子アルベールだ。

 堂々とした足取りで進み出てくるその隣には本来ならこの場に参加しない、婚約者カトリーヌの姿。

 突然現れた兄上の気品ある声に、大広間の空気が一変する。それはそうだろう。次期王と名高い、この国の第一王子が突然現れて、謎の茶番を遮るのだから。

「マルグリット・アンヌ・ラフィット。そなたが我が婚約者であるカトリーヌを陥れようとした策、そのすべてを余は知っている。我が弟であるアレクシス、そして従者のレオニード。また王家の影の者たちの報告でな」

「そ、そんな……っ! そんなはずは! わたくしは……っアレクシスの婚約者になるのに……なんで……? カトリーヌは第1王子の婚約者? そんな馬鹿な……ありえないわ!」

 マルグリットは膝を崩し、震えながら否定の言葉を繰り返す。

 しかし誰も耳を貸さなかった。それはそうだ。兄上とカトリーヌ嬢の婚約は10年前に公表されているし、公務での2人の仲睦まじい姿は王家お抱えの広報によって発信されている。

 この世界は、魔法もあるから2人のことは国内に限らず交流している他国への牽制にもなっている。

「我が弟にも付き纏っていたな? 婚約者などと吹聴し王家と学園を混乱に陥れた罪、重い。……修道院で己を省みよ」

 兄上の宣告に、騎士たちがマルグリットを拘束する。

 抵抗の叫びもむなしく、彼女は連れ去られていった。

 ざわめきが収まり、会場に静けさが戻った。兄上は俺に近づき、ふっと微笑んだ。

「よくやったな、アレクシス」

「兄上……」

「昔のお前なら、流されていたかもしれん。だが今は違う。堂々と民を守る王弟の顔をしている」

 その言葉に俺の胸が熱くなった。兄上はすぐにカトリーヌへ視線を向け、優しく寄り添う。

 その姿を見て、俺は確信する。

(これで原作の“悲劇”は完全に潰せた)


***


 パーティーが再び賑わいを取り戻す中、俺は未来の国の支えとなる卒業生たちに軽く挨拶を済ませると寮に戻り、礼服のままバルコニーへ出た。冷たい夜風が頬を撫で、胸のざわつきが落ち着いていく。

「……坊ちゃま」

 背後に気配。振り返れば、レオニードが月明かりに照らされて立っていた。

「お前のおかげだ。兄上への報告も、影の者の手配も……全部」

「俺は当然のことをしたまでです」

 そう言いながら、レオニードは一歩、また一歩と近づいてくる。

 その瞳が真っ直ぐ俺を捕らえ、逃がさない。

「……坊ちゃま。俺は幼い頃から、ずっとあなたを見てきました」

「……っ」

「貴方は……あのときから何かを抱えていた。そして、いまだご家族にも隠している何かがあるのでしょう。だが、坊ちゃまが選ぶ未来を、俺は共に歩みたい」

 囁きと同時に、レオニードに手を引かれそのまま腕の中に閉じ込められた。

 温かく、力強い身体。ずっとそばにいたけど、頭や肩に触れることはあっても、こんなふうに密着することなんてなかった。

「だから……俺の隣にいてください」

 ――心臓が跳ねる。

 頭の中が真っ白になり、気づけば口が勝手に動いていた。

「……ああ。俺も……お前と一緒にいたい」

 次の瞬間、レオニードの腕がさらに俺を抱きしめた。

 月明かりの下、強く優しい温もりに包まれながら、俺は初めて運命に抗うことの意味を知る。


 第2王子アレクシスの未来は、もう“原作”には存在しない。

 ーーこれは俺とレオニードが紡ぐ、新しい物語なのだ。


***


 物語からすっかり離れた俺は2年間、無事に学園生活を送った。ふと、前世ではさらに違う物語が実はあって、とかそんなこともよぎったけど何事もなく。

 そして物語の始まりだった卒業式もその後のパーティーも、2年前のように騒動は起こらず無事に終わった。

 

それからしばらく後。

 王都の城下町は春を迎え、色とりどりの花が咲き誇っていた。

 俺は、兄上とカトリーヌの婚約発表の式典を見届けていた。

 堂々と人々の前に立つ兄上と、清楚で気品に満ちたカトリーヌ。二人が並ぶ姿は、誰が見てもお似合いの未来の王と王妃だ。

「カトリーヌ嬢は本当に素晴らしいお方ですね」

 隣で小声を漏らしたのはレオニードだ。

「ああ。マルグリットの悪意に負けず、乗り越えた。彼女の幸せは保証されてる。……本当に、原作の“断罪ルート”を潰せてよかった」


最後は小さく呟く。いつかの夜、レオには俺がみんなに隠し事をしていると言った事。……前世のことも物語のことも、誰も知らなくていいと俺は思っている。

 そんな俺の肩を、レオニードは軽く抱いた。

 人目があるから控えめだが、それでも確かな温もりが伝わる。みんな兄上たちに釘付けだからだろう、そんな俺たちの様子を誰もみてないし何も言わない。

 

 式典が終わり、人々が散っていく。

 俺とレオニードは城の裏庭を歩いていた。風に揺れる木々の音だけが響く、静かな時間。

「……アレクシス坊ちゃま」

「ん?」

「俺は、あの夜言ったことを取り消すつもりはありません」

 ……2年前、起こるはずのなかった断罪劇のあの夜。月明かりの下で告げられた言葉が、鮮やかに蘇る。

「坊ちゃまがどんな未来を選んでも、俺は共に歩む。……ですが、できれば、あなたの“唯一”になりたい」

「……っ!」

 頬が熱くなる。だけど俺は笑って誤魔化すことも、気取って否定することも、もうしない。

「……もう、坊ちゃまって呼ぶなよ」

「え?」

「俺はアレクシスだ。……お前の隣にいるのは、王子でもなんでもなく……ただの俺だ」

 レオニードの瞳が見開かれ、やがて深く細められる。

「……はい。アレクシス」

 柔らかな声色で名前を呼ばれた瞬間、心が震えた。そして次の瞬間、彼の唇が触れる。柔らかく、けれど強く。初めて触れた熱に、嫌悪なんてなく、寧ろ歓喜すらあり、そして俺の中で何かがカチリと嵌った気がした。


 長い時間をかけてゆっくりと育まれた関係は、側から見たただの王子と従者だろう。俺だって、ずっとそうだと思っていた。物語の強制力に抗い振り切った先は、2年前から未知のものだった。第2王子としての未来は、もう誰かに決められたものではない。

 5歳のあの日、自分で選び取った道。

 兄上とカトリーヌが築く王国の未来。

 そして俺とレオニードが歩む新しい物語。


 すべては、これから始まっていくんだ。

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