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第2話 学園生活と再会、そして暴走令嬢

 15歳になった俺は、王立学園の入学式に立っていた。

 魔法も剣も学べるこの学園は、貴族子弟の義務教育の場であり、社交と婚約の舞台でもある。

 原作の断罪劇も、この学園生活の延長線上にある。

 だが安心しろ! 幼少期のお茶会で、俺はきっちり「婚約者も臣下もいらん」とフラグをへし折った。

 これで俺は物語から降りた! ――はずだ。

「アレクシス殿下」

 背後から声をかけられて振り向くと、そこには見覚えのある少女。

 透き通る金髪と澄んだ青い瞳、端正な顔立ち。

「……カトリーヌ嬢」

 そう、フランシーヌ侯爵家の令嬢カトリーヌ。原作では俺が冤罪を着せて断罪する“被害者”のはずだったが――。

「改めてご挨拶を。私はアルベール王太子殿下の婚約者として、この学園で学ばせていただきます」

「ああ! 兄上と、末永く仲良くな」

 俺はにっこり笑って返す。

 そう。原作と違い、彼女は今やアルベール兄上の婚約者。俺に断罪される未来は存在しない。

 これで完全に安心……と思った、その時だった。

「アレクシスさまぁ~」

 耳をつんざくような甲高い声と共に、赤毛の少女が飛び込んできた。

 マルグリット・アンヌ・ラフィット。例の“男爵令嬢”だ。

「ラフィット嬢……まだいたのか」

「ひっどーい! 私、アレクシス様の婚約者候補でしょう?」

「違うってはっきり言っただろ!」

 5歳のお茶会で側に来ることすら完全に拒否したから10年間接触は全くなかった。まあ、下位貴族がそう簡単に王族と接するなんて無理なんだけどな。

 だというのに、入学早々からなぜか彼女は原作通りの行動をとろうとしている。

 まるで“物語の強制力”に引きずられているかのように。

「どう言おうと、私は運命を信じてますから!」

 マルグリットはずずいと距離を詰め、腕に絡みつこうとする。

 うわっ、やめろ! 物理的に距離感が近い!

「坊ちゃまから離れろ」

 冷たい声が響いた次の瞬間、俺とマルグリットの間に長身の影がすっと割り込む。

「……レオ」

 そう、乳母兄弟のレオニードだ。17歳になった彼は、幼少期の面影を残しつつも逞しく成長し、騎士然とした雰囲気を纏っていた。

 短い栗色の髪に、鋭い琥珀色の瞳。すらりと伸びた背筋。腰には本物の剣。

「わ、のレオニード様……!」

 マルグリットが一瞬怯む。

「アレクシス殿下に対し殿下と呼ばない不敬もだが。殿下は婚約者を持たないと決めている。勝手に縋るな」

「なっ……っ」

 きっぱり言い切られ、マルグリットは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。

「レオ、お前……」

「約束したでしょう。坊ちゃまの自由は、俺が守るって」

 真っ直ぐに俺を見るその瞳は、幼少期のそれよりもずっと強い。

 ……なんだろう、この感じ。心臓がやけに騒がしい。

「な、なんか……お前、大きくなったな」

「坊ちゃまが小さいだけですよ」

「う、うるさい!」

 レオニードは口元を緩めて、俺の頭に手を置いた。

 その仕草は昔と同じ――けれど背丈が伸びた分、すっかり“誰かを護る男”に変わっていた。

(やばい……イケメン度が増し増しになってる……!)

 はっ! 待てよ……? こんなイケメン、キャーキャー言われないわけないじゃないか。つまり俺は、俺の人生もだが、レオに伸びる魔の手も振り切らないと! レオは俺を守るって言ったけど、俺はレオの主人だ。王族の護衛なんて人気にならないはずがないんだから。


 ……けれど俺の目の前には、強制力に突き動かされたかのように常にマルグリットの影がちらついている。このままでは、いずれ原作通りの「断罪イベント」が再現されかねない。

 まずは3年間。卒業までマルグリットを回避しないといけないな。

 俺は、改めて決意を胸にした。


***


 王立学園に通い始めて数か月。俺は心から満喫していた。

「ふふん! やっぱり授業に出て、終わったら図書館で本読んで、たまに剣術場で遊んで……これこそ俺の自由な学園ライフだ!」

 昼下がりの中庭。もう、うっすらとしか思い出せない前世ではあまり見なかった青々とした芝生に寝転がって空を仰ぎながら、思わず声に出してしまう。

 離れた場所にはほかの生徒たちも居るが、俺の側に寄ってくる者はいない。クラスメイトとはそれなりに良好だけど、こういう場所で歓談するような友人、と呼べる者が居ないのは少し寂しいけど、第2王子とかそんな肩書きは関係ない。俺は“アレクシス”としてこの時間を楽しむのだ。

「……坊ちゃま、声が大きい。周囲に聞かれます」

 影のようにぴたりと傍らに立っているのは、もちろんレオニード。

「なんでお前、当たり前の顔してここにいるんだよ。学年違うだろ」

「坊ちゃまの安全を守るのに、学年は関係ありません」

「いや、机まで勝手に隣にしただろ……」

「当然です」

 ……まるで俺の“専属ストーカー”だ。いや、守られてるのはありがたいんだけどさ。でも俺は王族で、レオ以外にも“影の護衛”がいる。だからレオはちゃんと2学年上のクラスに在籍したらいいのに。

「アレクシス殿下」

 軽やかな声に振り向くと、そこに立っていたのはカトリーヌだった。

 相変わらず品のある微笑みで俺を見ている。将来の王太子妃にふさわしい聡明さが溢れていた。そんな彼女に寝転がってた姿を見られるのは恥ずかしい! 

 俺は慌てて身体を起こした。

「授業はいかがですか?」

「うん、まあ……自由で楽しいよ!」

「……そうですか。実は、その……」

 カトリーヌが小さく眉を寄せた。

 普段は毅然としている彼女にしては珍しい表情だった。

「最近、私の身の回りで妙なことが続いています。教科書がなくなったり、机に汚れがつけられたり……」

「それは……」

 俺は内心で顔をしかめた。

 原作では、“嫌がらせを受けた”のはマルグリットで、カトリーヌはした側の“悪役令嬢”として断罪される予定だった。だが今は兄上の婚約者だ。

 なぜ、彼女に嫌がらせが始まっているんだ? 俺の婚約者じゃなくなったことで起きるバグだとしても様子がおかしい。……他の物語だった、なんてオチは、無い、と思う。でもーー

「ーー心配するな、カトリーヌ嬢。俺が止める」

「アレクシス殿下が……?」

「俺はもう断罪なんてしない。絶対に」

 小さく呟いた俺に、カトリーヌが目を丸くする。レオニードも訝しげに俺を見た。けれど、2人に“物語”のことは話さない。これは、“物語”を唯一知ってる俺が止めればいいのだから。


 ーーだがその日の放課後。

 学園庭園の奥で俺を待ち伏せていたのは、例の赤毛の男爵令嬢マルグリットだった。

「アレクシスさまぁ! お疲れでしょう? わたくしが癒して差し上げますわ」

 いきなり両腕を広げて抱きついてこようとする。

 とっさに後ろへ飛び退いた俺の前に、すかさずレオニードが立ちはだかった。

「触るな」

「な、なにを……!」

 彼の鋭い目に射すくめられ、マルグリットが思わず足を止める。

「殿下に近づくな。二度とだ」

「わ、私は殿下の運命の相手ですもの!」

「運命? そんなものは存在しない」

 レオニードの声音は低く冷ややかで、幼い頃とは比べものにならない威圧感を放っていた。マルグリットは何か言いたげに俺を見てきたけど、レオニードの圧には勝てなかったのだろう。そそくさと立ち去った。

「はぁ……助かった」

「坊ちゃま、警戒を怠らないでください」

 庭園を離れた後も、レオニードはずっと俺を見下ろしてくる。

 その視線が強すぎて、直視するのが恥ずかしい。

「な、なに?」

「坊ちゃまは……俺のものです。他の誰にも渡しません」

「っ……!」

 突然の直球に、思わず顔が熱くなる。俺は5歳からずっと彼に守られてきた。

 でも今のレオニードはただの護衛じゃなく、まるで……獲物を見つめる獣のように、俺を見てくる。

「お、お前なぁ……言い過ぎだぞ」

「本心です。それに貴方を守ると誓った。……信じてください、アレクシス王子」

 堂々と言い切られ、普段は公の場でしか呼ばない名前。真剣すぎて何も言えない。

「さあ、寮に戻りましょう」

 レオの瞳も声もいつも通りに戻ったのに、胸がやけにドキドキして、息が浅くなった。


 その夜、自室で俺はソファに寝転がってぼんやりと考えた。

(おかしい……フラグは全部折ったはずだ。婚約者も臣下も拒否したし、カトリーヌも兄上の婚約者になった。なのにマルグリットは原作通りに動こうとする)

 まるで、物語に俺を引きずり込む“見えない力”が働いているみたいだ。

 強制力――そう呼ぶしかない。

「……だとしても、絶対に負けない。俺は自由に生きる」

 隣の、従者専用の部屋に控えたレオニード。彼は守ると言ったけど、甘えるばかりじゃダメなんだ。

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