45 聖の過去(後編)
俺は退院すると、伯父さん夫婦の下へ引き取られた。
耀は来年、大学院へ行くから1人増えたぐらい何て事無い、と伯父さん夫婦は言ってくれた。
しかし、伯父さん夫婦の下へ転がりこんでから数日後、
この家に来てから、一度も俺と話そうとしていなかった耀が、話しかけてきた。
「お前の所為で、叔父さん達死んだんじゃないの?」
「え……?」
唐突に、責める様に言った耀の顔が、途轍もなく怖かった。
「その時、お前何してた?」
「何…、って……」
事故の前。
俺は両親と話しをしていた。
楽しく、笑い合いながら……。
「お前との話に気を取られて、トラックに気づかなかったんじゃないの?」
「…………」
「お前と話しさえしていなければ、叔父さんはトラックを避けられたんじゃないのか?」
「…………」
「叔母さんだって、生きていたんじゃないのか?」
「…………」
「何で叔父さん達は死んだのに、お前は生きていたんだよ?」
そうだ、何でだろう。
父さんと母さんが死んだのに、何で俺だけ生きていたんだ……?
「お前が代わりに死ねば良かったのに」
「……ッ!!」
ショックだった。
その言葉が、俺の|心(精神)に突き刺さった。
弓矢のように、槍のように、剣のように、俺に突き刺さった。
その晩、耀が居間にいないのを見計らって、
俺は伯父さん夫婦に、何気無くを装って(多分、かなり挙動不審だっただろうけど)、聞いた。
「俺が死んでいたら、父さんと母さんは助かったのかな……?」
そう言ったら、伯父さんと伯母さんの顔は、みるみる青褪めた。
しかし、伯父さんの顔は赤に変わり……、
バシッ……、と俺の頬を殴った。
それから、こう言ってくれた。
「どの道、彼等は助からなかった。だが、お前が生きていてくれたことが、何よりも救いなんだ……!」
後で聞いた話だが、俺が寝付いた後、耀は伯父さんに一発殴られ、説教されたらしい。
耀の行動は、既に伯父さんに見透かされていたのだ。
だけど、その日を境に、耀が俺に構わなくなった。
これ程、嬉しいことはなかった。
でも、伯父さんは、あぁ言ってくれたけど、俺は耀の一言が胸に引っかかって、
どうしても、気掛かりで、考えざるを得なかった。
そして、毎晩毎晩、苛まれる事になった。
俺が死んでいたら両親は生きていたんじゃないか。
俺がいなかったら、俺が生まれていなければ……。
そんな考えが、いつもいつも頭の片隅に、
否、頭の中心にあって、そのことしか考えることが出来なかった。
伯父さんの言葉が、とても嬉しかった。
だけど、いつもその考えが頭の中心にあって、ダメなんだ。
小学校を卒業する頃、些細なことで、友達とケンカをした。
今思えば、只の子供のケンカ。
そんなときに言われた言葉が、心の継ぎ接ぎを一気に引き裂いてしまった。
―お前なんか、死んじゃえばいいんだっ!
只の口ゲンカ。
只の子供のケンカ。
そんな中で口にされた言葉。
それが、もしかしたら引き金だったかもしれない。
その言葉に弾かれた様に、俺はケンカした友達に殴りかかってしまった。
友達は入院した。
鼻は骨折し、他の殴った部分が全部打撲。
少し動くだけで、肋骨が骨折するのではないかと言うようなヒビまで入っていた。
幼かった俺のどこに、あんな力が潜んでいたのか。
自分で自分が怖かった。
伯父さんに事情を話したら納得はしてくれなかったものの、理解はしてくれた。
だが、友達の両親には酷く、当たられた。
そりゃ、そうだ。
卒業式も近いのに、卒業式に出られない身体になってしまったのだから。
俺と一緒になって、伯父さんと伯母さんが、必死に謝ってくれた。
悪いのは俺なのに。
申し訳なくて、心が傷んだ。
中学校に入ってからは、目付きが悪いとか、そんな感じで喧嘩になったりはしたものの、
特に何もなかった。
喧嘩のことを、伯父さんと伯母さんから注意されたぐらいだ。
まぁ、一応、これが俺の過去なのだが、両親が亡くなった以外に、大した事は無いだろう。
他にもっと壮絶な想いをした人だって、俺以上に沢山いるんだし。
それに、伯父さん夫婦に育てて貰えたし。
天涯孤独ではないのだから、そんなに寂しくも無かったし。
…取り合えず、以上が俺の過去だ。
「ごめんなさい、何か、とても……」
俺はこの話を那子に全て話した。
那子は居た堪れない感じだ。
那子には知ってて欲しかったから言ったけど、逆効果だっただろうか?
「別に大した事じゃないって」
そう言うと、那子はキッと、俺を見据えて言った。
「御両親を亡くしてるんだよ?大した事じゃないって、どういうことよ!?」
「え、あ、ごめんなさい……」
怒られた。
「ほら、最近俺が那子の前で泣いたりとかしてただろ?
その理由が多分、これかなぁって、思って……」
「まぁ、多分そうかもね。私の言葉とは真逆の、神林先生の言葉を思い出しちゃったのかもね」
「そうだろうな。でもさ、泣いた理由がコレじゃ、やっぱり大した事じゃないだろ?」
またしても那子は、キッと俺を見据えた。
「大した事だよ!?こういう事を抱えて、悩んでる人だって沢山いるんだからね!?」
「あ、はい、そうですね……」
「もう、聖君、ちゃんと分かってるの?」
上の空で、那子は怒ってても可愛いな、とか思っているので、
実質、那子の言葉を根本まで理解したわけじゃなかった。
…と言うか、真面目に聞いていなかった。
「でもね、聖君」
「ん?」
「私は聖君が生きていてくれて、とっても、嬉しいよ……」
「……っ」
那子の一言で、俺の涙腺は決壊した。
本人はそんなに悩んでないよアピール。
あっさり終わっちゃって、何か物足りない感じがします。
もっと、ゴテゴテ・ドロドロした感じにしようとしたのに……。
そして、やっぱり中途半端で、すみません。
多分、次からは明るい感じのを書きます。




