37 お誘い
その人―斎条加奈は、怪訝そうな目つきで俺を睨んでいる。
「加奈ちゃんこそ、何でここにいるの?」
「見れば分かるじゃないですか、ケーキ買いに来たんですよ」
馬鹿じゃないの?とでも言うような目つきだ。
そりゃ、ケーキ屋から出てきたんだから、ケーキくらいは買うだろうけどさ。
その視線は流石に痛い。
美人が台無しだよ。
否、それでも美人なんだけどね?
「加奈ちゃんって、ケーキ食べれるんだっけ?」
「食べれます。 でも、好きじゃない、です」
「何で買ったの?」
「買っちゃ悪いんですか?」
……悪くはないけどさ。
いつまでも、そのツンツンした態度は変わらないんだな。
昔はもう少し、可愛げがあったのに。
最近だって、普通に接してなかったっけ?
最近って言っても、夏休みぐらいまでだけど……。
「母が、ケーキ好きだから……」
「え、そうだっけ?」
「…………」
「無視すんなよ!」
まぁ、いいんだけどさ。
無視されんのは、慣れてるよ、どーせな。
「じゃあ、もう、帰るのか?」
「何で答えないといけないんですか?」
「いいだろ、それぐらい答えてくれても」
「帰ります、もう帰るだけです」
「今日は何か稽古とか、用事ってあるのか?」
「…………」
「そんな嫌そうな顔するなよ!」
感情が表に出るのはいいけどさ、出しすぎるのは良くないな。
超へこむ。
「今日は、何も無いです」
「だったらさ、俺の家、来ないか?」
「……え?」
今度は心底驚いた、といった顔をした。
まぁ、いきなり言われたら驚くし、困るだろうな。
「いや、聖もいないしさ、クリスマスなのに、一人っていうのも寂しいな、って……」
「クリスマスを意識しなければいいんじゃないの……、いいんじゃないんですか?」
おっと、今タメ口だったぞ?
素が出てきたな?
「夜、なんかあんの?」
「ない、ですけど」
「やっぱお前、俺んトコ来いよ」
「何で、あなたのところなんかに……?」
「今日、特に用事がないんだったら来いよ」
「い、嫌ですっ!」
……そうやってきつく言われると、かなり傷つくなー。
心がなくとも、そういうことはしてはいけないと思う。
傷つくから。
「だ、大体っ、教師が一生徒とプライベートでそういうのは、いけないでしょう!?」
「……っ」
そうか、教師と生徒の壁は厚いのか!
……でも、その前に、俺ら親戚だろ?
遠いけど、遠い親戚だけど。
「親戚だから、それぐらいは大丈夫だろ?
俺がそんなことを考えずに、お前を誘うとでも思ったのか?」
「あなたのことだから、女生徒を連れ回しているものだと思ってたわ」
「だから! 俺はそんな節操なしじゃない!」
俺は一途だ!
愛に生きる男だ!
……流石にそこまではいかないな。
「犯罪行為やら性行為やらをしない限り大丈夫だろ?」
「昼間から、そんな熟語を発している時点で危ないです」
「いや、別に発するぐらい大丈夫だろうよ」
まぁ、確かに、発する時点で、おかしいのかもしれないけれども……。
危ない人間なのかもしれないけれども……。
「じゃあ、一人じゃ寂しくて死んじゃうかもしれないので、どうか家に来てくれませんでしょうか?」
「恭しくものを頼まないでください」
「いいじゃん、別に。 何なら、送迎ぐらいするけど?」
「あなた、車持ってないじゃないですか」
「送迎は徒歩ですが、何か問題でもありますか!?」
あー、可愛くねー。
お嬢様、可愛くねー。
登下校とか徒歩じゃん、お前。
車で送迎とか、我侭言ってんじゃねぇぞ。
「今日、来なかったら、一生お前に付きまとってやる」
「困ります、止めてください」
「無理です」
「止めてください」
「今日来てくれたらね」
「嫌です」
「付きまとってやる」
「大体、そんなことできないでしょう?」
「残念ながら、できるんだな、これが。」
空メを毎日100通送信して、毎日留守電にメッセージ残して、ピンポンダッシュして……。
「それ、ただの嫌がらせじゃないですか。」
「今日来なかったら、嫌がらせしてやるからな!」
何処の小中学生だよ、コレ。
今時こんなことする奴、いねぇぞ。
しかし、俺には秘策がある。
「まぁ、嫌なら無理強いはしねぇよ」
「最初からそうして下さい」
「あーあー、加奈ちゃんが来るなら、昔好きだったチーズケーキを作ってあげたのにな~」
ピクッ
「これからスーパー行くところだし、そうだな~。
今日はラザニアでもするかな、チーズたっぷりの」
ピクッ、ピクッ
「グラタンもいいなぁ、カルボナーラも作るか」
「ちょっと」
「ん?」
「そ、そんなに来て欲しいなら、行ってあげない、こともない、です……」
ニヤァ……。と、俺は多分、笑っただろう。
心の中で。
罠にかかったな!
加奈は大のチーズ好きだということを、俺はまだ覚えているぞ!
「そうか? それなら、買い物、ちょっと付き合ってくれないか?」
コクコクと、2回ほど、加奈は頷いて見せた。
「じゃあ、行くか」
そうして、俺達はスーパーへと向かった。
まだ続きます。
クリスマスはもう終わったのにな。




