25 トラウマ と トモダチ
「はぁ? お前、そんなこと考えてたのか?」
僕はその言葉を聴いた瞬間、笑ってしまった。
そんな僕を見て、永野君は〝変なもの〟でも見るかのように顔をしかめた。
僕―峰 守は、友人―永野 聖と、話をしていた。
長かった文化祭の準備が、やっとのことで終わった。
打ち上げは〝文化祭が終わったあと、教室で騒ぐ〟ことで落ち着いた。
今は明日のミーティングや最終調整、各自打ち上げなどなど…。
しかし、僕と永野君は学校に一番近い、駅前の喫茶店に来ていた。
理由は、僕が永野君に話をしたかったからだ。
永野君が停学になってからのことを、全て。
―それでも、過去のことを話すのは、怖くてできなかった。
無理に話す必要もないし…。―
永野君に、今更こんな話をするなんて…。と、自分でも思う。
だけど、これは僕の、せめてもの罪滅ぼしだ。
自己満足に終わっても、構わないと思ったから…。
そうしたら、永野君は、
―お前、そんなこと考えてたのか?
なんて言うものだから、自分でも馬鹿馬鹿しくなった。
馬鹿馬鹿しくなって、笑った。
笑った、自分を。
そんな僕を見て、更に、
「変な奴」
と言うから、笑った。
自分を、嘲り笑った。
「…落ち着いたか?」
と、聞くと、峰は僅かに、頭を縦に動かした。
峰の笑いが、やっと収まった。
何がこいつの引き金となったのか、わからなかった。
だから、ただ、ただ、コイツを見ていることしかできなかったのだ。
驚いたのは、そこまで〝峰 守〟という人間が、俺のことで塞ぎこんでいた。ということだった。
塞ぐ―というのは、引きこもりとか、見た目のことではない。
峰の性格はそれとは真逆で、明るくて、クラスの中心人物だった。
しかし、内面的な意味―他人には見えない部分で、塞ぎこみ恐れているということだった。
これを人は〝トラウマ〟と言ったりするのではないだろうか。
「はぁ…。」
笑い疲れたのか、峰は深い溜息をついた。
顔はまだ、にやけている。
「いや、ごめん。 勝手に一人で笑って。」
「他の奴なら、大概、引いてるな」
「もう、ドン引きだよな~」
…この、峰の〝笑顔〟は、どこまで本当なのだろうか。
今の話を聞く限り、峰は自分を偽って生きているんじゃないだろうか。
自分を殺して、クラスでは明るく振る舞っているだけなんじゃないだろうか。
…考えすぎか。
「僕、永野君に話ができて、よかった。」
「……」
「このままだったら、本当に自分が壊れちゃいそうでさ…」
「お前、学校は楽しいのか?」
峰には予想外の質問だったらしい。
目を丸くして、少し驚いたようだ。
「学校は、楽しい。 皆は、色んな自分を受け入れてくれた。」
「…〝学校は〟?」
峰は、少し目を伏せて、やがて微笑んだ。
「家は、楽しくないんだ。 息苦しくて」
「何か、あったのか?」
「別に、大したことじゃないんだけど」
―大したことじゃないなら、こんな風にはならなかったんじゃないのか?
そう聞いたら、〝それでも、些細なことだから〟と、言葉を濁した。
俺は、峰がそのまま壊れそうで、怖い。
実質、30分くらいしか、喫茶店にはいなかった。
「話ができて、よかったよ。」
「お前に何か、荷を負わせていたようで、悪いな。」
「いや、俺があんな性格だから…、永野君が気負うことないよ」
そうやって、無理矢理、笑顔を作ろうとしているのが、見ていて痛々しかった。
「それじゃ、俺、寄る所あるからっ!」
「待てよ」
気づいたら、峰の腕を掴んでいた。
「何かあったら、相談しろよ」
驚いたように、目を見開いていたが、やがて、目元を緩ませて笑った。
「おぅ、ありがとな。 聖」
俺は峰の後ろ姿を、人ごみに紛れるまで見送った。
見えなくなると、安堵の為か、溜息が出る。
これで、彼の肩の荷も、少しは軽くなっただろうか…。
打ち明けたっけ、「しょーもねーこと考えてたのか、お前」。
なんて言われたら、自分でも何考えてたんだろう?とかって、
後悔することがある。
永野君→聖 に昇格です。




