3話 宰相の孫ノクタリウス
「シルヴァレーン嬢、お加減はいかがですか?」
女性よりはいくぶん低い声。男性であろう声の主は扉を開けて中に入ってくることはしない。思わぬ第三者の登場に私は平常心を取り戻した。誰だが知らないけど、ちょうどよかった。
「お気遣い痛み入ります。どうぞお入りになって」
私が入る許可を出すと、ドアを開けて男性が一人入って来た。学生服からして、生徒の一人だということがわかる。漆黒の髪はあたしが見慣れているものよりも艶があって綺麗だ。メガネの奥の黒い瞳を眇めており、ケイティへの嫌悪感が滲み出ている。
彼もまた重要人物のひとり――宰相の孫ノクタリウスだ。
彼の残した書記をゲーム内で読んだ記憶がある。たしか侯爵令嬢アウレリア様の幼馴染でアウレリア様が好きだったはず。アウレリア様も彼を愛していたと記されていたけど、その真偽は定かではない。サブストーリーと若干の矛盾があるもの。他には、第一王子フィリップ殿下の思い人が平民だっていう嘆きが書かれていた。この話で出てくる平民はケイティしかいなかったはずだから、フリップ殿下がケイティを好きだった可能性がある。
「……君は平民だろう? シルヴァレーン伯爵令嬢に近すぎるのではないか?」
「あ、すみません……!」
「シルヴァレーン嬢の知人なのか?」
「いえ、倒れた時に傍に居たので心配になって様子を見に来たんです」
ケイティは高圧的なノクタリウス様に負けずににこっと笑う。彼女の気にしてない雰囲気にノクタリウス様の方が面を食らって狼狽している。しかし、ノクタリウス様もスタンスは崩さないつもりらしく、さらにケイティに厳しく言葉を投げる。
「それであれば用事も終わったのだろう? 早く帰るべきでは?」
「ですが、この状態のシルヴァレーン様を残していくことはできません」
「僕が来た理由がわからないのか? シルヴァレーン嬢の迎えの者が来たから呼びに来たのだ」
「……! よかった!」
ノクタリウス様が重ねた嫌みはまったくケイティには伝わらないようで、私の迎えが来て喜ぶ始末。強いわね、この子。
「と、とにかくわかったなら君は帰りたまえ」
「はい! シルヴァーン様もお大事になさってください!」
ケイティは笑顔で私とノクタリウス様に頭を下げて、部屋を出て行ってしまった。ああ、貴重な情報源が……次の約束が取れてないのにっ。
「どうなさいましたか?」
「いえ、なんでもありませんわ」
私は頭を振って応えた。
ノクタリウス様の平民に対する反応はいたって普通のことだ。私も前世の記憶が戻ってなければケイティのことは無視していただろうし、無礼だと言い募ったかもしれない。ここは大人しく貴族の淑女として振舞っておいた方がいいだろう。
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