30話 ゲームの語り手
パン屋へ着けば賑わいを見せておりケイティが慌ただしく接客している。私は、パン屋に入る前に、少し遠くからそれを観察した。
「入らないのか?」
「忙しそうなのでどうしようかと……」
仕事帰りにパン屋へ寄る人が多いみたいだ。ケイティはひとりひとりに笑顔で接客している。そこを邪魔して相談する時間をもらうのは気が引ける。
私が迷っていると、見たことのある男性がパン屋の方へ歩いてくるのを見つけた。
「あの人ってラルフさんじゃ?」
「そうだな。あいつはよく街をふらふらして物を買ってくるぞ。そういえば美味しいパン屋が行きつけとか言っていたか」
ライオネル殿下の話の通り、ラルフさんはケイティがいるパン屋までやってくる。新しく出来上がったメニュー表を表に出しに来たケイティと会って、笑いあいながら立ち話を始める。
私は、その光景を見たことがあった。追加DLCでやったゲーム画面だ。左下に語り手の顔グラがあった。曖昧に笑う大魔法使い。
「ゲームの語り手だ……」
過去の話を語ってくれた人物は大魔法使いだ。すべての属性が使えるチートに近いキャラクターで、仲間にするにはそれなりの苦労があった。彼女が、自分の過去を主人公に話して聞かせるのがサブストーリーの内容だ。
彼女は年老いた老婆で名前は――
「――ケイティ」
ケイティの曖昧に笑う顔。そうだ、大魔法使いになったケイティの標準の表情だ。
「おいっ。何をぶつぶつ言ってるんだ?」
ライオネル殿下の声ではっとする。思いだしたことで思考の海に呑まれていた。ケイティとラルフさんはすでに店内に移動したようで、店の前にはいない。
「……すみません、ちょっと驚いてしまって」
ライオネル殿下に謝ると、顔を覗き込まれてびくっとする。
「お前……顔色が悪いが大丈夫か?」
「……慣れない土地で疲れが出ただけです。今日は挨拶とパンを買って帰るだけにします」
「……解った」
私はふっと息を吐いて顔に力を入れると、パン屋へ入る。カランカランと鈴を鳴らしてパン屋へ入れば、私に気づいたケイティがぱっと顔を綻ばせて私の方へやってくる。
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