2話 平民ケイティ
「ケイティ……」
「あ、気が付いたんですね! よかったぁ」
彼女はにこにこして駆け寄ってきた。思わず名前を呟いたけど、聞こえてなかったみたいで良かった。知人でもないのに名前を知ってたら変だもの。
ケイティは追加DLCのサブストーリーに出てくる平民。ある人が語る昔話に出てくるのを覚えている。アウレリア様が死ぬ原因、五角関係の登場人物のひとり。
「目の前で倒れたからびっくりしちゃって!」
「貴女が運んでくださったの?」
「はい、これでも力はある方なんです!」
腕を曲げて力拳を作り、そこを軽く叩いてアピールしてくる。私よりも少し背が高いくらいなのに、身体は私よりしっかりしている。だからって、そんな力持ちだったかしら?
愛嬌がある彼女は、よくある乙女ゲームのヒロインのようなもののはず。それなのに、そんな特殊な設定あったかしら?
「え、えっとぉ。私、パン屋の娘で重いものは日常でも運んでるので……!」
返答しないでいると慌てたように捲し立ててくる。目が泳いでるし、これは確実にクロね。誰か別の人に頼まれたってところかしら。でも、隠すってことは知られたくないんだろうし、無理に聞き出す必要もないわよね。
「そう、ありがとう。お礼を言うわ。私はミシェル・シルヴァーンよ」
「私、ケイティって言います」
「ケイティ、お礼をしたいから放課後私の屋敷にいらして」
サブストーリーの重要人物、もっと話せばいろいろと思いだせるかもしれない。お礼にかこつけて、家に誘えば断りづらいはず。
「いえいえいえいえ、それには及びません! 私は入学式が終わったことを伝えに来ただけなので、ほら、お店の手伝いもしなきゃいけないしっ!」
全力で断ってくるじゃない。まあ、そうよね。誰かに頼まれただけっぽいし、知りもしない伯爵令嬢の屋敷に平民がほいほい来るわけないよね。まだ時期じゃないということ、諦めるしかなさそうね。
「残念だわ。でも、入学式が終わったことを教えてくれてありがとう……」
入学式は終わってしまったのね。出れなかったということはとても痛い。ずっと辺境に居たから知り合いもいないのに、入学式でも顔出ししてないとなると……クラスで馴染めるかしら? ぼっちだと情報収集ができなくて詰んでしまいかねない。
視線を落とした隙に、ケイティの手が私に近づいた。なに? と思ってる間に優しい手つきで胸元に白いガーベラの花が乗った。加工がされた胸飾りだと遅れて気づく。
「入学式で一年生全員に配られたものなんです。入学おめでとうございます、シルヴァーン様」
柔らかく笑う彼女の表情は陽の下にいるような温かさだった。
あっぶない、あたしが恋に落ちるかと思った。そうだ、平民なのに貴族が通う学校に来れてる時点で、この子は乙女ゲームの主人公ポジション。無意識に愛嬌を振りまいていく純粋キャラってところよね。絆されて五角関係に巻き込まれないように気をつけないと。
「ありがとう」
少し口端を上げて、お礼を言うのが精いっぱいだった。落ち着くのよ、私。
コンコンという音がした。
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