伯爵令嬢セレーナの華麗なる推理 ~殺された公爵と隠された真実~
この世界は、地球とは別の世界。
いわゆる、異世界。
文明レベルは中世ヨーロッパ。
科学は発達せず、魔法が普及している。
ゆえに、DNA型鑑定や指紋の識別、防犯カメラなどは存在しない。
すべての事件は、裁判長の独断で決められる。
「決定的な証拠」が見つからない限りは。
こんな世界で、ある一人の少女が、自らの知能だけを武器に様々な事件を解決していく。
この物語は、その少女の華麗なる推理を記したものである。
「おはよう、エド。朝食は準備できているかしら?」
「おはようございます、セレーナ様。すでに準備できております」
そういって、エドは椅子を引いた。
私の名前は、セレーナ=フォン=ロゼット。
ロゼット伯爵家の令嬢です。
そして、私の身の回りのお世話をしてくれるのが、専属執事のエドです。
今日も、窓から差し込む朝日に照らされながら、優雅な朝食をとっております。
「それにしてもセレーナ様、今日は起きるのがお早いですね」
「当たり前でしょう、エド。今日は公爵様がお見えになるのよ。令嬢である私もお出迎えするのだから、身なりをしっかり整えておかないと」
そう、今日は公爵様がこの屋敷にお見えになるのです。
その方はエドモンド・シュタインバッハ様で、シュタインバッハ家の当主であります。
ロゼット家の令嬢である私は、ロゼット家当主であり、私の父親のテオドール=フォン=ロゼットとともに公爵様をお出迎えすることになっております。
公爵様が到着されるのは昼頃。
それまでに準備を終わらせなくては!
「ごちそうさま。エド、早く化粧室に行くわよ」
「かしこまりました。侍女たちも呼んで参ります」
お出迎えまで、残り5時間。
貴族の化粧には、かなりの時間がかかる。
服装を整える必要もあるから、ゆっくりはしていられない。
結局、屋敷の侍女が総出で私の準備をすることになった。
・・・5時間後。
「よく来たな、我が友エドモンドよ!」
「久しいな、テオドール」
お父様と公爵様は旧知の仲で、昔から仲が良い。
隣国と戦争をしていたときも、共に戦い、戦果を上げたそうだ。
「お久しぶりです、エドモンド様」
「おお、セレーナか。立派になったな」
公爵様には、幼い頃に会ったことがある。
そのとき公爵様には一緒に遊んでもらった。
今も変わらず優しいお方だ。
「長旅で疲れているだろう。昼食を用意しているから、早く食べようではないか」
私たちは、昼食を食べるために食堂へ向かった。
「初めまして、エドモンド様。この屋敷で料理長を務めています、ガイと申します」
ガイは凄腕のシェフだ。
彼の作る料理は絶品で、いつも私を満足させてくれる。
きっと、公爵様も気に入るはず。
私たちは席に座り、食事を始めた。
普通なら、貴族同士の会食は情報の共有など、仕事の一部のように行われる。
でも、お父様と公爵様の会食は、友人と楽しく食事をしているように見える。
そのおかげで、私も楽しくを食事をすることができた。
食事が終わると、お父様と公爵様は二人だけで会談室へ行った。
これが、公爵様が訪れた理由だ。
二人は重要な話をするために、今日、会う約束をしていたのだ。
もちろん、その会議に私は参加しない。
なので、夕食までは私の時間を過ごすことができる。
というわけで、私は屋敷の書庫に行くことにした。
道中、公爵様の従者がいる部屋の前を通った。
従者は3人いるようだ。
従者は大変ね。この屋敷にいる間、特にすることがないだろうし、部屋からも勝手に出られない。
何か差し入れでもしようかしら。
そう思いつつ、今は手元に何もないので、とりあえず書庫に向かうことにした。
書庫に着くと、中には女性が一人だけいた。
「こんにちは、カリン」
「こんにちは、セレーナ様。何か御用ですか?」
彼女はカリン。書庫の管理を任されている司書だ。
カリンは知識が豊富で、分からないことを聞けば、だいたい知っている。
だから、カリンにはいつもお世話になっている。
「いいえ、特に用事があるわけではないの。少し時間があったから、暇つぶしにね」
「そうですか、ゆっくりしていってください」
私は面白い本がないか探した。
この書庫には頻繁に訪れているが、まだ知らない本が多くある。
それほど、この書庫は大きいのだ。
新たな出会いに期待しながら、一つ一つ本の表紙を見ていった。
いくつか面白そうな本を見つけたので、自分の部屋に持って帰ることにした。
それと、公爵様の従者の方にも本を渡そうと思い、以前読んでみて面白かった本を追加で持っていくことにした。
「カリン、この本を借りるわ」
書庫の本を持ち出すときは、そのことを記録しておかなくてはならない。
その記録をするのも、司書の役目だ。
「セレーナ様、また面白い本を見つめましたね。やっぱり見る目を持ってますよ」
「えへへ、そうかな」
カリンから言われると、とても嬉しく感じる。
私は、本を両手で持ちながら、書庫を後にした。
自分の部屋に戻る途中、従者の方に本を渡した。
とても退屈だったみたいで、喜んでもらえた。
自分の部屋に着くと、さっそく本を読むことにした。
本は本当に面白い。
私の知らない知識をたくさん持っている。
これからも本を読み続けて、もっと知識を蓄えたいと思う。
そして、いつかこの知識が人の役に立てばいいなと思う。
こうして、私は時間を忘れて本を読みふけった。
窓の外が少し暗くなり始めた頃だった。
ドアをノックする音が部屋に響いた。
「セレーナ様、夕食の時間です」
エドの声がドア越しに聞こえた。
もうそんな時間になっていたのね。
やはり、本を読んでいると時間を忘れてしまいがちだ。
「今から向かうわ。お父様たちはまだ会議かしら?」
「あと少しで会議は終わると聞いています」
私は急いで食堂に向かった。
お父様たちより遅れて着くわけにはいかないからだ。
お父様と公爵様が食堂に着き次第、すぐに食事を始められるようにしておかなければいけない。
令嬢たる者、他人に迷惑をかけてはいけないのだ。
私が食堂に着いたとき、まだお父様と公爵様は会議を続けていた。
無事に間に合ったようで、私はホッとした。
少しして、二人が食堂に入ってきた。
その頃には料理は完成して、すぐに食事を始めることができた。
夕食も、昼食と同じような楽しい雰囲気だった。
はじめは、会議で少し疲れた様子だったが、食事が進むにつれて二人とも元気になっていった。
それを見ていた私も、元気をもらった気がする。
「エドモンド、今日は有意義な時間が過ごせたよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「夜はゆっくりしていってくれ」
夕食が終わり、それぞれ自分の部屋へ向かった。
公爵様はこの屋敷に一泊して、明日の朝に出発する予定だ。
「公爵様、お部屋までご案内します」
公爵様の屋敷内での案内を担当しているのは、リュウだ。
彼はこの屋敷の執事で、侍女たちと共に仕事をしている。
「あれ、リュウ、その手袋どうしたの?」
リュウが真っ白な手袋をしているのが気になり、私は尋ねてみた。
「ああ、これはプレゼントですよ。知人から貰いました」
「そうなの。似合っているわよ」
プレゼントか。
知人と言っているけど、もしかして彼女?
リュウの恋愛話とか聞いたことないから、今度確認しなきゃ。
そんなことを考えているうちに、みんな食堂から出ていっていた。
私も自分の部屋に戻って、早く寝ることにした。
今日は早起きをしたから、もう眠たい。
部屋に向かう途中、公爵様が泊まる部屋の前を通った。
リュウが公爵様と話をしている。
明日のことについて、予定を伝えたりしているのだろう。
私は軽く挨拶をして、その場を去った。
屋敷の者が寝静まり、夜の闇が屋敷全体を包んだ深夜。
夜風の吹く音と、虫たちの鳴き声だけが屋敷の中に響く。
それ以外は、何の物音もしない。
はずだった。
「キャーーーーーッ」
侍女と思われる女性の声が、屋敷の中に響き渡る。
「どうしたっ!」
屋敷にいる全員が声の聞こえた場所に集まった。
私は少し遅れて、皆がいる場所に辿り着いた。
場所は、屋敷で働く女性の部屋が並ぶ廊下だった。
そして、その後ろからお父様が息を切らしながら走ってきた。
「なにごとだ?」
そう言って、お父様は叫んだ侍女の元に行った。
人が多すぎて、何があるのか、私には全く分からない。
「こ、これは・・・っ」
何かを見たと思われるお父様の声は、恐怖と悲しみを帯びていた。
食事をしていたときの姿からは、想像もできない声だ。
周りを取り囲む人を押しのけて、私はお父様の元に行った。
そして、そこにあったのは、
首から血を流した公爵様の死体だった。
皆の顔をよく見てみると、怯えた表情をしている。
そして、死体の傍には、侍女のリズが座り込んでいた。
現状を把握するため、リズに質問をしたかったが、難しそうだ。
さっきから呼吸が乱れている。
落ち着くまで、待つ必要がある。
私は質問を諦めて、死体の状態を確認することにした。
死体は仰向けになっており、首から血が流れている。
傷口はきれいに切れており、鋭利なものが使われたと考えられる。
他に目立った外傷はなし。
服装も乱れていない。
他には・・・、
?
右手だけ少し色が違う?
微妙だけど、左手より少し色が薄くなってる?
私は不思議に思い、顔を近づけようとした。
「ダメだ、セレーナ。ふざけている場合じゃない」
近くで見ようとする私をお父様は止めた。
その顔を見ると、目に涙をにじませながら、歯を食いしばっていた。
親友を失って、お父様は相当辛い気持ちをしている。
そう思い、私はその場を離れることにした。
他の人たちにも、お父様は離れるよう命令した。
皆がそれぞれの部屋に戻るなか、後ろを振り返ると、お父様だけは床に膝をつき、公爵様の顔を見ていた。
次の日の朝。
目が覚め、部屋のドアを開けると、悲しそうな顔をしたエドが立っていた。
おそらく、私の想像通りのことが起こっているのだろう。
「どうしたの、エド?」
「セレーナ様、実は・・・」
私は屋敷の正門に向かった。
「お父様っ!」
そこでは、お父様が馬車に乗ろうとしていた。
そして、お父様の手には手錠がかけられている。
私は、お父様の元に走っていった。
「セレーナよ、心配するな。すぐに帰ってくるから」
お父様は、笑いながら言った。
でも、私には、お父様の顔が諦めているように見た。
「お父様、諦めないでください」
私は、お父様の目を真っすぐ見つめて言った。
「私が、本当の真実を見つけます。絶対にお父様に濡れ衣は着せません!」
お父様は、少し驚いたような顔をしてから、いつもの笑顔で応えた。
「さすが私の娘だ!期待しているぞ」
そう言い残して、お父様は馬車とともに屋敷を出た。
私は、お父様の乗った馬車を最後まで見送ったあと、屋敷に戻った。
「セレーナ様、大丈夫ですか?」
屋敷に戻ると、エドが心配そうに私に声をかけてきた。
「大丈夫よ、心配しないで」
私はエドに笑顔で答えた。
「それより、この事件の真犯人を見つけるわよ」
私は、捕まったお父様の無実を証明するため、犯人を捜すことに決めた。
そのためには、エドの協力が必要だ。
私一人では限界がある。
「・・・」
私の言葉を聞いたエドは、何も答えず、黙っている。
何かを頭で思い出しているみたいだ。
「エド、返事は?」
「あっ、すみません!あのことを思い出してしまって」
「あのこと?」
「はい、昨夜のことです。公爵様がお亡くなりになられて、あの場にいた全員が青ざめた表情をするなか、セレーナ様だけは違いました。なんというか、前を向いて進もうとしているように見えました。そして、今のセレーナ様の言葉を聞いて分かりました。セレーナ様は、あのときから犯人を捜そうとしていたのですね。こうなると予想していたから」
エドは、満足そうな顔をしている。
「セレーナ様、絶対に犯人を見つけ出しましょう!」
「もちろんよ」
こうして、無事にエドが協力してくれることになった。
私は、エドを連れて事件のあった場所へ向かうことにした。
事件現場に着くと、そこは綺麗に片付けられていた。
「エド、ここの掃除は誰がしたの?」
「侍女たちがしました」
侍女たちか、本当に立派ね。
自分たちも疲れているだろうに。
でも、これだと犯人の手がかりは見つかりそうにないわね。
「あの、セレーナ様」
「どうしたの、エド?」
エドは、何か納得していない様子だ。
「どうしてテオドール様は犯人と疑われるのでしょうか?騎士団まで昨夜の件を報告したのはテオドール様ですし、二人の仲が良いことは有名ではないですか」
エドの言う通りだ。
本来であれば、お父様が疑われることはない。
でも、今回は違う。
「昨夜の出来事、お父様が疑われるように仕向けられているわ」
「えっ!?」
私は、その理由をエドに説明した。
「まずは、死体の状態。首以外には目立った外傷がなく、服装も乱れていない。おそらく、不意を突かれている。次に、傷口の位置。おそらく、正面から切られている。そして、傷口の形。鋭利なもので切られたようになっていた。このことから、犯人は公爵様と一緒にいて、不意をついて正面から首を切ったと考えられるわ」
「なるほど。でも、それだけではテオドール様が疑われる理由にはならないのではないですか?」
「ええ。これ以上に大きな理由があるわ。一つは、公爵様の魔法使いとしての実力。公爵様は土魔法の使い手で、並みの人間では不意打ちであっても怪我を負わせることは難しい。一方、風魔法の使い手であるお父様なら、一瞬で首を切ることが可能。それに、あの傷口なら風魔法でも同じようになる。もう一つは、死体のあった場所。あそこはお父様の寝室から一番遠いの。だから、逆に隠蔽をしようとしたと疑われるわ」
「確かに、そうなるとテオドール様が疑われますね」
どうやらエドは納得したみたいだ。
おそらく、騎士団はすでに事件の現場を調査している。
そして、私がエドに説明してのと同じ理由でお父様を犯人と考えた。
でも、何か引っかかるのよね。
事件の真相を解明するためには、まだ情報を集める必要がありそうだわ。
「エド、公爵様の遺体は?」
「従者の方が持って行ったと聞きました。おそらく、公爵様の屋敷に持って帰るのでしょう」
これを聞いた私は、すぐに従者のもとへ向かうことにした。
従者たちは屋敷内にいなかったので、正門に向かった。
正門に着くと、従者たちが馬車に荷物を詰め終わり、出発しようとしていた。
「すみません、待ってください」
私は、馬車を走らせようとした従者に声をかけた。
すると、馬車の中から他の二人が出てきた。
「セレーナ様、何の御用でしょうか?」
「あなたたちに話を聞きたいの。この事件の真犯人を見つけるために」
これを聞いた従者たちは、小声で何かを話し合い始めた。
そして、少し話したあと、従者の一人が私にこう言った。
「すみません、セレーナ様。私たちは早くエドモンド様のご遺体を屋敷に持ち帰り、弔いをしてさしあげたいのです。なので、セレーナ様に協力することはできません」
従者の言っていることは妥当だ。
主人が亡くなったのだから、早く弔ってあげたいだろう。
その気持ちは私も分かる。
でも、私は彼らを帰すわけにはいかない。
「あなたたちも、犯人を知りたくはありませんか?」
「セレーナ様、それよりも私たちはエドモンド様を早く弔いたいのです。どうか理解してください」
「お気持ちは分かりますが、少しで良いので協力してもらえませんか?」
しつこくお願いをする私に嫌気が差したのか、従者たちは不機嫌そうな顔をした。
そして、怒った口調で質問をしてきた。
「もしかして、私たちのことを疑っているのですか、事件の犯人と?」
「・・・可能性はあると思っています」
私は正直に答えた。
彼らが犯人である可能性は捨て切れない。
もし、彼らが犯人だとすれば、ここで逃がすわけにはいかない。
「私たちがエドモンド様を殺した?そんなわけないですよっ!!」
従者はさっきよりも強い口調で言った。
「セレーナ様、これ以上は無駄です。エドモンド様のためにも、私たちは早急に帰りたいのです」
従者たちを説得するのは難しそうだ。
でも、こちらも諦めるわけにはいかない。
「分かりました。全員とは言いません。一人だけでよいので残ってもらえませんか?」
「セレーナ様、何度も言いますが、協力はできま―」
「公爵様も、本当の犯人を見つけてほしいと思っているのではないでしょうか?」
「!」
従者たちの表情が変わった。
「公爵様の親友であるお父様が捕まっているのですよ?そんなこと、公爵様が望むと思いますか?」
「そ、それは・・・」
従者たちの表情に迷いが表れた。
「先ほど、あなたたちを犯人と疑ったことは申し訳ありません。ですが、真犯人を見つけることは、公爵様のためにも必要だと思います。なので、どうか協力してもらえませんか?」
従者たちは悩んだ末、カイルという男を残していくことに決めた。
「公爵様のために」
この一言で、彼らは行動を変えたのだ。
おそらく、彼らは犯人ではないだろう。
この会話を通して、そう感じた。
二人の従者は、公爵様の遺体を馬車に乗せ、屋敷を去っていった。
「セレーナ様、次はどうなさいますか?」
「そうね・・・、死体を発見した侍女に話を聞きに行くわよ」
昨夜は、混乱した様子で話をすることができなかったから、少しは話ができるようになっているといいけれど。
少しの不安を持ちながら、侍女の部屋に向かった。
コンコン
「・・・誰ですか?」
「私よ、セレーナ」
私が答えると、部屋のドアがゆっくりと開き、中からリズが顔を出した。
「何のようでございましょうか?」
リズの顔は、疲れ切っていた。
おそらく、一睡もしてないのだろう。
目の下にはクマができている。
でも、昨夜とは違い、会話はできそうだ。
「疲れているときに申し訳ないのだけど、昨夜のことを詳しく聞かせてもらえないかしら?」
リズは、不快な表情を見せた後、私たちを部屋に入れた。
「昨夜は、たまたま目が覚めて、トイレに行こうと思ったの」
リズは昨夜のことについて語り出した。
「それで、ドアを開けたら、廊下に公爵様が横たわっていたの。私は急いで駆け寄ったわ。でも、もうお亡くなりになっていたわ」
リズの話を聞いたところ、あまり手がかりになる情報は出てこなかった。
私は、いくつか質問をすることにした。
「昨夜は、何時に部屋に入ったの?」
「おそらく、10時頃です」
「最後に部屋に入った人は、誰かわかる?」
「はっきりとは分かりませんが、隣の部屋のドアが閉まる音が11時頃に聞こえました」
「11時以降に、廊下を歩く足音は聞こえた?」
「寝ていたので確かではありませんが、足音は聞こえませんでした」
「わかったわ。ありがとう」
私は質問を終えると、すぐにリズの部屋を出た。
あまり思い出したくはないだろうから。
「セレーナ様、何か手がかりはありましたか?」
「う~ん、どうかな。でも、いくつか気になることがあったわ。事件現場の近くの部屋の人にも話を聞きましょう」
私たちは、話を聞いてまわることにした。
何人かは部屋にいなかったので、あとで探して話を聞いた。
さっきリズが話していた隣の部屋には、カリンが住んでいた。
私は、カリンにも質問をした。
「カリン、昨夜は何時に部屋に入った?」
「ええと、11時頃だと思います」
リズの話と一緒だ。
「そのとき、廊下に変なところはなかった?」
「特には・・・。いつも通りだと思います」
私とエドは、数時間かけて、全員の話を聞いた。
そして、気が付くと外はもう暗くなっていた。
今日はここまでのようだ。
私は食堂に向かった。
食堂に着くと、屋敷の者が集まっていた。
でも、何だか重々しい雰囲気だ。
「皆、どうかした?」
私が尋ねると、食堂にいたリュウが手紙を渡してきた。
「実は、テオドール様が・・・」
手紙には、お父様が有罪になったことが書かれていた。
そして、その罰として、死刑が宣告されていた。
執行は明後日の午前10時だ。
「やはり、こうなりましたか・・・」
貴族を殺すことは重罪だ。
それは、犯人が貴族であっても同じ。
私は、こうなることを予想していた。
でも、一つだけ想定外なことがあった。
死刑執行までの期間が短いわ。
早く真犯人を見つけなくては。
私は、絶対にお父様を助けると改めて心に誓った。
次の日、まず私は昨日の情報を整理することにした。
1. 最後に部屋に入ったのはカリンで、それは11時頃だった。
2. 11時以降は、廊下で足音や話し声は聞こえなかった。
3. リズが死体を発見したのは、12時頃。
思ったより情報が少ない。
これでは犯人の特定が困難だ。
それに、一つ問題がある。
何も音がしなかったことだ。
普通、人がいれば足音や話し声が聞こえるはずだ。
なのに、誰も聞いていない。
これではまるで、音が聞こえないように魔法が使われていたみたいだ。
そんなことができる魔法は、風魔法しかない。
でも、風魔法を使えるのは、この屋敷ではお父様以外にいない。
もしかして、騎士団はこのことも知っているのかしら?
だとしたら、無実を証明するのはより難しくなるわ。
犯人は、ここまで計算していたのね。
犯人はかなり頭の切れる人みたいだ。
私は行き詰ってしまい、頭を抱えた。
「う~ん・・・。あっ!」
私は、気になったことを思い出した。
なので、さっそくエドを連れて、あの人のところに向かうことにした。
「忙しいところ申し訳ないのだけど、少しお話できるかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ」
私が向かったのは、リュウのところだ。
私がリュウを見つけたとき、リュウは侍女たちと屋敷の掃除をしている最中だった。
「それで、話とは何ですか?」
「あなたに一つ、聞きたいことがあるの。公爵様が屋敷に来られた日、あなたは白い手袋をしていたわよね?でも、昨日からつけていないでしょ?それが気になってね」
さっきまで笑顔だったリュウの顔が、一瞬ゆらいだ。
「あの手袋、気に入っていたのですが、汚れがついてしまったので捨てました」
「そうだったの。聞きたかったのはそれだけよ。ありがとね」
リュウは私に頭を下げると、すぐに仕事に戻っていった。
「セレーナ様、なぜリュウにあんな質問を?」
エドが不思議そうな顔をしている。
「ただ気になっただよ。でも・・・、さっきのリュウの回答は変だったわ」
「え?どこがですか?」
エドは、さらに不思議そうな顔をして私を見た。
「だって、あの手袋はプレゼントなのよ?まだ一回しか使ってないのに、汚れたからって捨てるかしら。少しの間くらい、大切に持っておくのが普通でしょ?」
「そうですか?人によるのでは・・・」
エドは納得していないようだが、私は確かに違和感を感じた。
義理堅い性格のリュウが、貰ったプレゼントをすぐに捨てられるとは思えない。
それに、あの日私がリュウを最後に見たのは夕食のあとだ。
公爵様の部屋の前で話をしていたときだ。
そして、そのときのリュウは白い手袋をつけていた。
つまり、まだ手袋は汚れていなかった。
公爵様を部屋に案内して、その日の仕事は終わりのはず。
では、いつ手袋を汚したのか。
「エド、今からリュウの手袋を探すわよ」
エドは露骨に嫌な顔をしたが、彼に拒否権はない。
それに、私一人では屋敷のゴミの中から手袋を探し出すのに何日もかかる。
そんな余裕はない。
私は、嫌がるエドの手を引っ張りながら、手袋探しを始めた。
屋敷には、いたるところにゴミ箱が置かれている。
そして、すべてのゴミは早朝に集められ、ゴミ置き場に運ばれる。
リュウがいつ手袋を捨てたのか分からないため、私たちは屋敷のゴミ箱とゴミ置き場の両方で手袋を探す必要がある。
かなりの重労働になりそうだ。
「セレーナ様、生ごみが臭いです」
エドには調理場のゴミ箱を探させた。
あそこは一番臭うから、私はしたくない。
エドがいてくれて本当に良かった。
とはいえ、残された時間は長くない。
明日の昼にはお父様の死刑が執行されてしまう。
私も一生懸命ゴミ箱の中を探した。
時々、侍女がゴミ箱を漁る私たちを怪しそう見ていた。
傍から見れば、不審者そのものだ。
仕方ないと思いつつ、内心では恥ずかしかった。
でも、手を止めるわけにはいかない。
私たちは黙々とゴミ箱を漁った。
数時間後、屋敷のすべてのゴミ箱を確認し終えた。
でも、手袋は見つからなかった。
「エド、ゴミ置き場に向かうわよ」
「・・・はい」
私たちは、屋敷から少し離れたところにあるゴミ置き場へ向かった。
ゴミ置き場に着くと、そこには大量のゴミが捨てられていた。
この中から手袋を探し出すと思うと、頭がおかしくなりそうだ。
おまけに、ひどく臭う。
エドはすでに顔色が悪い。
それでも、手袋は探し出さないといけない。
事件の真犯人を証明するには、決定的な証拠が必要だから。
私は覚悟を決め、ゴミの山に挑んだ。
数時間後。
日が沈み始め、辺りが夕焼けに染められた頃だった。
「見つけた!」
私はついに手袋を見つけた。
それは袋の中に入れられ、口を固く縛られていた。
「エド、屋敷にいる者を食堂に集めて。すぐに来れる人だけでいいから」
そう伝えると、エドは急いで屋敷に戻った。
あまり時間がない。
明日の10時には死刑が執行されてしまう。
なるべく早く真犯人を騎士団に伝えなくては。
焦る気持ちを抑えつつ、私も屋敷に向かった。
食堂に着くと、そこには侍女のリズ、料理長のガイ、従者のカイル、そしてリュウがいた。
他には何人か侍女もいた。
皆、何が始まるのか分からず混乱した様子だ。
私は、堂々とした態度で強く言い放った。
「真犯人が分かったわ」
その瞬間、皆の雰囲気が変わった。
「真犯人は―」
私は、真犯人を指さした。
「あなたよ、リュウ」
食堂中がどよめく。
リュウは、訳が分からないといった表情を浮かべている。
「セレーナ様、私は何もしていません」
「証拠があるのよ」
そう言って、私は袋に入った白い手袋を出した。
「それがどうしたのですか?」
リュウは平然とした表情だ。
「これ、何か付いているわね。なにかしら?」
白い手袋には、薄い茶色の粉が付いていた。
「私は知りません」
リュウは自分の犯行を認めない。
私は、これまで集めた情報から推理した事件の真相を話した。
「まず、あなたは公爵様を部屋へ連れて行った。そして、仕込んでいた毒を手袋に付けた。それが、この薄い茶色の粉。この毒は速効性で、少量でも口にすると死に至る。色が肌の色と似ていて、気づかずに手に付着したままになる可能性があったから、分かりやすいように白い手袋をしていた。そして、あなたは毒の付いた手袋で公爵様の手に触れた。公爵様はそのことに気づかず、毒の付いた手で口に触り、そのまま命を落としてしまった。その証拠に、公爵様の死体の右手は色が薄くなっていたわ。公爵様の死を確認したあなたは、お父様を疑わせるために死体の首を切り、廊下に置いた。そうよね?」
「確かに矛盾はありません。でも、それだけでは私が犯人と断定できないのではないですか?公爵様が亡くなったあと、誰かが私の手袋に毒を付けた可能性だってあります。それに、その手袋に付いているのが本物の毒という証拠はあるのですか?」
「確かに、今の証拠だけでは不十分ですわ。でも・・・」
そう言って、私は手袋に付いていた薄い茶色の粉を口に運んだ。
「待って!!」
そのとき、リュウが慌てた顔で大きな声を出した。
でも、私はすでに粉を飲み込んでいた。
「そ、そんな・・・」
リュウは絶望した顔をしている。
「あら、この粉が本物の毒だと知っていたのですか?」
「え?」
リュウが私の顔を見て、驚いた表情を浮かべた。
「ど、どうして・・・生きているんだ?」
この瞬間、私の推理を完成させる最後の証拠が揃った。
「リュウ、この毒はキノコからできていて、一日経つと毒性が無くなるのよ」
「え・・・」
リュウは呆然とした様子で、全身から力が抜けたようになった。
「これで、あなたが犯人だという証拠は揃いました。自分の罪を認めますか?」
リュウは下を向いたまま黙った。
でも、少しすると顔を上げた。
「はい、私が公爵様を殺しました」
話を聞いていた人たちのざわめきが無くなった。
食堂が静寂に包まれる。
何を言うべきなのか、誰も分からない様子だ。
さっきまで一緒に仕事をしていた仲間が人を殺していたのだから、事実を受け入れるのは簡単ではないだろう。
誰も声を出そうとしないので、私が指示を出した。
「すぐ騎士団に報告を。お父様を解放してもらうわよ」
指示を聞いた途端、我に返ったように皆が動き出した。
どうにか、お父様の死刑が執行される前に間に合いそうだ。
私は安堵のため息を吐いた。
「セレーナ様、ビックリしましたよ」
エドが私に声をかけてきた。
少し頬を膨らませている。
「あんな無茶はしないでください。もし毒が残っていて死んでしまったら、どうするんですか」
「仕方ないのよ。ああでもしないと、リュウは犯行を認めないでしょうし」
エドはまだ怒った顔をしている。
「もしかしたら、リュウはセレーナ様の命よりも自分の身を優先したかもしれないですよね?そしたら、どうするつもりだったんですか」
「それはないわよ」
私は、はっきりと言った。
「だって、あの手袋はゴミの山の深い所にあったんだから」
「どういうことですか?」
「あの手袋が埋まっていたのは、1週間前のゴミがあるところだったの。つまり、リュウはゴミの山を掘ってから手袋を捨てていたの」
「それは、証拠を隠すためではないのですか?」
エドが首をひねった。
私が何を言いたいのか、分かっていないようだ。
「証拠を隠すためなら、そんなに掘る必要はないの。むしろ、掘っているところを誰かに見つかって怪しまれる危険があるわ」
「では、なぜリュウはゴミの山を深くまで掘ったのですか?」
「それはね、他の人が手袋を触って死ぬのを避けるためよ」
「!?」
エドは愕然とした表情をした。
「リュウは、他の人を殺したくなかったのよ。手袋が入っていた袋の口が固く締められていたのも、そのためだと思うわ。だから、私が粉を飲めば止めに入ると考えたの」
なぜリュウが他の人を殺したくなかったのか。
それは、リュウがそういう人間だからだ。
今まで、屋敷で共に過ごしてきたのだから、リュウの性格くらい分かっている。
でも、だからこそ、リュウが犯人だったことは辛い事実なのだ。
私は、現実をしっかりと受け止め、前に進む覚悟をした。
「エド、私は自分の部屋に行くわ」
「私もついていきます」
エドは浮かない顔をしている。
「いいえ、大丈夫よ。それよりも、ここにいない屋敷の者にこのことを伝えてくれないかしら。皆、お父様を心配しているだろうし」
「そうですね、私は皆に伝えてきます。セレーナ様、今日はお疲れさまでした」
エドは頭を下げると、食堂から出て行った。
そして、私も食堂を離れた。
でも、部屋には向かわなかった。
私が向かった先は、書庫だった。
まだ、やるべきことが一つ残っている。
それを終わらせなければならない。
すでに日は沈み、ロウソクの火だけが屋敷を内側から照らしていた。
「ねぇ、カリン。少し話をしてもいいかしら?」
私が書庫に行ったのは、カリンと話をするためだった。
「ええ、大丈夫ですよ」
カリンは落ち着いている。
手に持っている本を机に置き、私の顔を見た。
「それで、話とは?」
私は、カリンの目を見て言った。
「実は、リュウが公爵様を殺した犯人だったの」
カリンの顔が一気に青ざめた。
私は、食堂で起きたことをカリンに全部話した。
「そんな・・・リュウが・・・」
話を聞き終わる頃には、カリンは絶望したような表情になっていた。
「話してくださり、ありがとうございます。・・・かなりショックだったので、一人にしてもらってもいいですか?」
カリンの声に元気がない。
二人は仲が良かったから、気を病むのも仕方ない。
でも、私の目的はこれではない。
「カリン、あなたはリュウの共犯者ね?」
「え・・・?」
カリンの表情が固まった。
「何を言っているのですか、セレーナ様?」
「今回の犯行は、リュウだけでは不可能なのよ」
カリンの表情に緊張が表れた。
「まず、死体が廊下にあったこと。リュウは自分で運んだと言ったけど、それはありえない。なぜなら、誰も足音を聞いていないから。本当は、カリンが死体を運んだのよね。死体の首を切り、廊下に置いたあと、あなたはそのまま自分の部屋に入った。そうすれば、風魔法で音を消せるお父様が疑われるから」
カリンの顔から余裕がなくなっている。
「でも、足音なんて聞き逃すことがあるじゃないですか。それだけで私が共犯者とは言えないですよ?」
「ええ、そうね。だから私はリュウの前で粉を飲んだのよ」
「?」
カリンは、私の言っていることが理解できないようだ。
「リュウはね、あの毒が一日で毒性を失うって知らなかったの。自分が使った毒なのに。だから私は確信したの。共犯者がいるって。そして、この屋敷でそんな知識をもっているのはカリンしかいないわ。さっき話した内容も含めて、このことから私はあなたが共犯者だと思うわ」
カリンは下を向いたまま、何も言おうとしない。
もう、諦めたのだろう。
「カリン、どうして公爵様を殺したの?」
私が優しく質問すると、カリンは顔を上げ、私を睨みつけた。
カリンの表情は、怒りそのものだ。
「あんたは知らないわよ、私たちの悲しみを!」
カリンは声を荒げた。
「私とリュウの故郷はね、エドモンドとテオドールに燃やされたのよ!そのときに兄弟も親も亡くしたわ。つまりね、私たちは敗戦国の人間ってわけ。こんな呑気な生活をしているお嬢様には分からないでしょう?私たちがどんな思いでエドモンドを殺したか!どれほど二人を憎んだか!」
カリンは興奮しきった様子だ。
息を切らせ、呼吸を乱している。
顔には汗をかいている。
でも、私は冷静さを保った。
感情的になってはいけない。
「やっぱり、そうだったのね」
「やっぱり?」
私は、リュウとカリンの動機を何となく想像していた。
そして、実際の動機も想像通りのものだった。
「実はね、あなたたちが隣国の人間ということは知っていたの。もちろん、お父様も」
「なんで知っているんだ?一度も言ったことはないのに」
カリンは私の言ったことを疑っているようだ。
「あなたたちは気づいていないのだろうけど、二人とも言葉の発音が少し独特よ。すぐに隣国の人間だって分かったわ」
「そうか。それじゃあ、どうして私たちを雇ったんだ?寝首を襲われるかもしれないのに」
私は、カリンの知らない真実を伝えることにした。
「お父様は、戦争に負けた隣国の人々を助けたかったの」
「は?」
カリンは、信じられないといった顔をしている。
いや、私の言ったことを嘘だと信じているのかもしれない。
どちらにしても、怒りが収まっていないのは確かだ。
「今回の公爵様との会議も、隣国で親を失った子供たちのために孤児院を建てるよう国王にお願いするためのものだったのよ」
「嘘だ、そんなわけがない!あいつらは私たちの故郷を燃やしたっ!!」
カリンは、私の話を否定しようと焦っている。
自分の現実を守りたいのだ。
「あなたたちの故郷を私は知らない。でも、少し前にお父様が言っていたわ。国王の命令で敵の村を燃やしたことは本当に辛かったと。二度と同じような過ちを犯さないよう、国王に頭を下げてお願いしたそうよ」
「そんなの、お前の勝手な妄想だ!私は認めないっ!!」
カリンは頭を押さえながら、その場に座り込んだ。
床には涙が落ちている。
「そんなの、信じない・・・・私は・・間違って・・・」
カリンの声は、今にも消えそうなほど弱弱しくなっていた。
現実を受け入れるのも時間の問題だろうと私は思った。
カリンは今まで復讐のために生きてきた。
その相手が自分たちを助けようとしているのだから、それは自分の人生を否定されるようなものだ。
受け入れるのは辛いだろう。
でも、現実を知らなければ、自分の過ちを認めることはできない。
私にできることは何もないと思い、私はその場を去った。
今回の事件、真犯人としてはリュウだけが捕まることになるだろう。
私は、カリンが共犯者であることを皆に言うつもりはない。
本音を言うと、リュウとカリンが犯人だったことは悲しい。
二人とも長い間、この屋敷で働いていた。
二人との思い出は数え切れないほどある。
二人は私の親友だ。
でも、犯人を見つけなければ、お父様を救うことはできない。
だから、リュウが犯人であることを皆の前で明らかにした。
カリンのことについて、お父様には真実を伝えようと思う。
カリンは罪を犯した。
これは事実であり、罪をなかったことにする権利は私にはない。
カリンの処遇は、お父様にまかせることにする。
どうなるか、私には分からない。
「もし平和な世界だったら、リュウもカリンも罪を犯すことはなかったのかしら」
私は、夜空に輝く星々を見ながら、叶わない願いをした。
こうして、伯爵令嬢セレーナの華麗なる推理によって、事件は幕を閉じた。
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