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五僧門家の長女


 映像の中で六蜜院杜雄が少女の頭を撫でている。


 夕方のニュースはこれで決まりだ。謎めいた容姿端麗な貴族と少女との交流。

 しかも、あの黒部の愛娘だ。その辺の一般市民とは違う。どの局も涎を垂れ流して欲しがる。

 

 彼は、あの六蜜院家に生まれながら、12歳から海外で過ごしてきたため、国民にはあまり知られてはいない。

 

 空港で爆破テロに巻き込まれ、父君を亡くす。傷心を癒してくれる少女に優しく手を差し伸べる姿は実に神々しい。華々しいデビューだ。


 我々貴族のイメージアップにこれ程の素材はないだろう。

 

 映像ファイルと共に送られてきた六蜜院杜雄の報告書を開く。



 眉目秀麗、文武両道。ただし、幼少期より素行に問題あり。初等科で貴族華族の子息に傷害事件を起こしたことにより退学処分。


 貴族で退学したのは後にも先にも彼だけだ。あの貞雄様でも手元には置けなかった。

 

 貞雄様は少々目立ちたがる傾向はあったが、その辺の馬鹿な貴族ではない。六蜜院家は彼が日本にいて、取り返しのつかない問題を起こす前に対処した。



 留学先のスイスで寄宿舎生活に入る。プラハで大学院まで過ごした後、ロシアの資源開発系のシンクタンクに就職。主席フェローにまで上り詰める。

 専門は資源開発の研究とあるが、これは表向き。本当の専門は地政学上の戦略立案、現代兵器を用いた局地戦の研究とある。


 報告書ではロシアの政治家官僚ばかりか中国の要人達からもかなり信頼されていたらしい。財界から政界、軍人に至るまで、かなり広い交友関係を持つが、一方で快く思わない連中も相当数いたみたいだ。

 

 見下している極東の小国のアジア人にあらゆる面で負けたのだ。プライドが許さないのだろう。


 六蜜院貞雄様の引退表明に伴い帰国要請。当初は拒んでいたらしいが、中国高官との接触後に帰国を決める。テロ組織の何かしら情報を得たとされるが、詳細は不明。セクトに関する重要な情報であることは間違いない。


 頭部の負傷により、一時的な記憶障害が出ているが、順調に回復。来週あたりには退院する見込み。

 ただし、入院先の病院で六蜜院派華族の古参連中に暴言。その内の1人が華族院に抗議している。

 

 貞雄様が亡くなった今、頼みの跡取りが当てにならない状況で、六蜜院派の連中は新たな庇護を求めて他の貴族に近づいている。

 

 あの六蜜院家もここまでか。華族の連中ほど薄情な者はいない。旨みがなければ、他の宿主を探し求める。強いものに巻かれるために生きている。まぁそれが昔からの唯一の存在意義と言えば、それまでだが。


 ただ、面倒なのは十八と六十二だ。利用できると思ったら、なりふり構わず取り込もうとするだろう。


 

 報告書に添付された入院中の杜雄の写真を見る。

 

 昔の面影はある。おそらく、私の知っている彼のままだ。暴言の一件をきいて、少し安心している自分もいる。

 



 私が初めて会ったのは彼が初等科に入学して間もない頃だ。貞雄様に彼の家庭教師を頼まれた。六蜜院家と五僧門家は京都時代から切っても切れない関係だ。断る選択肢はなかった。  

 

 最初の印象は整った綺麗な顔をしているが、無愛想な少年だった。全く可愛げがなかった。貴族の生まれから、女である私を馬鹿にしているのかと思っていたが、そうではなかった。

 

 彼は貴族という縛られた環境に辟易していたのだ。初等科に入学して、同じ貴族華族の子息達の言動から、より一層貴族に対する嫌悪感を募らせていった。

 

 私と思想傾向が似ていた。私も彼と同様に恵まれた監獄生活に嫌気がさしていた。


 その頃の私は西側の自由な思想に憧れていた。彼は私の言動の端々に、それを感じ取って、何気ない会話をしていく中で距離が縮まっていった。打ち解けるまで時間はさほどかからなかった。

 

 彼は頭の回転も早く、それでいて優しく、少しキツめのユーモアに溢れた少年だった。

 

 2人でこっそり屋敷の地下室に忍び込んで、叔父上が密輸しているアメリカ製の映画を見たり、次のアメリカ大統領を予想したりして遊んでいた。木曜毎に2人だけの秘密が増えていった。

 

 私は杜雄が自分の弟だと思うようになっていった。自分の兄弟達と交換して欲しかった。兄や弟は特権階級丸出しの馬鹿なガキだったし、一番下の弟は甘やかされて育って依頼心しか持ち合わせていない。


 ただ、私たちは本当の兄弟かもしれない。後になって知ったが、母と思っていた人とは血は繋がっていなかった。おそらく兄弟はそれぞれ母が違う。

 貴族の男はそこら中の女に手をだす。人のものでも気にしない。他の貴族も似たり寄ったりだ。

 私たちは運良く五僧門家に選ばれただけだ。選ばれなかった親子はそれなりの年金と地位を保証され、どこか遠くに飛ばされるか、見込みのある子は私たちの補欠として待機しながら、今か今かとチャンスを伺っている。

 

 今さら杜雄が兄弟と分かっても何も変わらない。今の私たちにはどうしようもないほどの隔たりがある。

 


 初等科最終学年で傷害事件を起こしたのは、紛れもない事実だ。

 

 貴族を中心としたグループが一般の生徒達を虐めていた。特に成績トップの子が目をつけられた。試験で下駄を履かせてもらっても、その子に敵わなかったことが原因だった。

 

 首謀者が貴族の場合、教師は何も言うことができない。その生徒が校舎から飛び降りた。

 死なないと親を矯正施設に入れると脅された結果だ。なんとか一命を取り留めたが、一生歩くことができなくなった。

 

 その生徒が車椅子で再び登校した日に、貴族たちは車椅子を取り上げ、這いつくばる生徒と亀を競走させた。教師たちにお金を賭けさせた。

 

 それを杜雄が目撃した。許さなかった。その場にいた貴族華族、笑っていた生徒全員を病院送りにした。


「初めて貴族に生まれたことを感謝した。先生たちは僕を止めることはできない」


 その夜、私の部屋の窓がノックされた。どうやって壁を登ってきたのかは分からないが、杜雄は危険をおかして私に別れを言いに来てくれた。


「凪の弟だとは分かっていた。でも、どうしても許せなかった。僕は五僧門家の人達に謝罪する。ご家族を半殺しにした」


 イジメの首謀者は私の弟、司だった。私は、顔が腫れ上がり、腕やら脇腹やらを折られた我が弟を見て、腐った根性を叩き直してくれたと感謝した。ただ、直らなかった。より腐った。今では腐敗臭が国中に漂っている。


「悪いのは司よ。私だって杜雄と同じことをする」


「退学になるみたい」


「え!?退学?なんで杜雄が?そりゃ暴力は悪いけど、虐めをしていたのは」


「やり過ぎたんだよ。でも、今回のことで、僕は感情的になると歯止めが効かなくなることが分かった。これは唯一の収穫だ」


 全員が口裏を合わせて、杜雄が一方的に暴力を振るったことになった。

 

 おかげで貴族で初めて退学の勲章を手に入れた。


「最後にお願いがあるんだ。なんとか藤原くんを転校させてやってほしい。凪にしか頼めない」


「虐められていた子ね。大丈夫。私が責任を持って受け入れ先を探すわ」


「ありがとう。彼はとても優秀なんだ。初めて僕が囲碁で負けた相手なんだ。いずれこの国に必要な人になる」


「あなたが負けたの?信じられないんだけど。で、杜雄はどうするの?」


「父上が海外に出すだって。せめて好きな国を選ばしてやるって」


「待って!杜雄が何て言ったのか当ててみせるわ・・・アメリカ!」


「アメリカに亡命したいって言ったら、泡吹いて倒れた」


「笑っては失礼だげど・・・最高」 


「本気で言ったんだけど」


「そうよね。君はいつも本気ね。でも、お姉様はそれが少し心配」 

 

 私は杜雄を抱きしめた。もちろん恋愛感情ではない。私は彼と心と心で繋がっていると思っていた。それは何よりも尊いものだと思っていた。

 

「ありがとう。凪のおかげで独りじゃないって思えた」


「私もよ」


「そろそろ行くよ」


「うん。健闘を祈る」


「凪なら女性初の十家になれるよ」


「なってみせるわ」


 今となっては甘酸っぱい思い出に過ぎない。多感な少女と変わり者の少年の些細な物語だ。お互い貴族に生まれ、恵まれ過ぎた環境に飽きていた。


 頂上からはまだ見えないものが見えるはずだと信じていた。

 

 当然、そんなものはなかった。この国は見渡す限り腐っている。

 

 きっと司は彼に復讐するだろう。暇を持て余した馬鹿は涎を垂らしながら色々と陥れるための策を講じているに違いない。


 くだらないが、何を言ったところで無駄だ。今や私より司の方が序列が上だ。結婚もしない女の私に何の価値もないと思っている。

 

 それに、この国は今それどころではない。各セクトが次々と同盟を結び始めている。工作員たちが次々と捕まっている。殺し合いをしていた三等民達が手を結んでいる。

 

 傑物が現れたか。向こうは完全な実力社会だ。西側に学生を留学させて20年だ。遅かれ早かれこうなることは分かっていたが、事態が急展開すぎる。私たちの知らないところで何かが確実に起こっている。


 六蜜院杜雄。


 お飾りの六様にしておくわけにはいかない。


 貴族同士のくだらない権力争いに巻き込んでいる場合ではない。


 

「お姉様、総務委員の皆様がお揃いになりました」


「しばらく待たせておきなさい」


「承知いたしました」


 PCにメールが届いている。知らないアドレスだ。

 添付された写真を開いていみる。

 

 帝国病院のエレベーターホールにいる杜雄・・・・ 


「・・・・」


「お姉様?」

 

 杜雄を守る。あいつらはもう動き始めている。先回りする必要がある


「誠さん」


「はい、お姉様」


「あなた杜雄様の秘書になりなさい」


「無理です」


「あなた、お耳どうしたの?」


「ついています」


「2回も同じこと言わせないでね」


「そんなこと司お兄様が許されるはずがありません」


「杜雄様のことは毎日必ず報告しなさい」


「でも・・・承知いたしました」

 

 誠では頼りないが、いないよりマシだ。いや、いない方がマシかもしれない。

 ただ、信用できるのはこの子しかいない。 


「何をしているの?すぐに行きなさい」


「あの・・一つだけお聞きしても」


「何?」 


「お姉様は杜雄様の家庭教師をしていらしたと・・・」


「そうよ」


「杜雄様がすぐに暴力を振るというのは本当なのでしょうか」


「そうよ。誠さんとは今生の別れね」 




 ・・・僕は貴族になんか生まれてたくなかった 



 

 

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