表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

女傑との再会

 

抜糸が終わり、本格的なリハビリが始まると同時に担当医が海子から結城と名乗る中年男に代わった。

 

 結城は、顎を少し上げ、細めた目で意味もなく頷いている。 

 

 初めて接する正真正銘の一等民だ。色々と聞いてみたいことがあったが、2秒で興味を失った。


「帝国大学医学部の名誉にかけて、杜雄様を万全な体調で十家会議に臨んでいただけるよう尽力する次第でございます。ちなみにですが、我が結城家は、あの五十九朱宮家の縁戚に当たりまして、五十九朱宮家と言えば、六蜜院家と長きに渡り」


「ここの病棟は貴族華族専用なんだろ?」


「・・・仰るとおりですが、」


「では一等民の病棟は?」


「一般国民はこの病棟の裏側にあります」


 一般国民?二等民以下は国民ではないような言い草だ


 おそらく、身分制度が染み付いて何も感じてない


 医者と患者が一等民で、看護師や栄養士、清掃員などが二等民か。一等民と二等民の距離感はどの程度なのだろうか。挨拶やお礼程度はするのか。それとも、目も合わせないのか。この医者の感じからすると、おそらく後者だ。


「杜雄様?あの・・・我が結城家は、あの五十九朱宮家の縁戚に当たりまして、五十九朱宮家と言えば」


「リハビリを兼ねて一般病棟まで行ってみたいのだが」


「それは・・・なんとも・・・私の一存では」


「じゃあ誰に許可を取ればいい?」


「あの、そのような前例はありませんので、許可を・・」


「だから、誰の許可がいるんだ?」


「・・・誰でしょう?」


「貴族にハンコをついてもらえと言うなら、行ってくる。どこにいる?」


「貴族の方は・・・今ここに・・おられます」


「なら、この話は終わりだ。頼んでおいた資料は?」


「はい、こちらに。あの〜なぜ、このような資料がお入り用なでしょうか?」


「長く海外だったから、ここ最近の日本について確認したいことがある。他にも二等民三等民の現状を調べたい。あんたが知っているなら話は早いが」


「もちろん下級民は存在していますが、我々とは何の関係もございませんので」


「同じ日本国民なのに関係ない」


「あの・・・六蜜院様?ご気分が優れないようでしたら、」


「・・・少し休みたいので、1人にしてくれないか」


「何かございましたら、いつでも申し付けください。一般病棟の件はこれから緊急教授会を開きますので少々お待ちください」



 用意させたのは、この国で使われている中高の教科書、法律関係の書籍、ここ数年のフィクション、ノンフィクションのベストセラーだ。


 とりあえず、この国の現行制度を理解することが重要だ。


 


 この国は帝、貴族、華族、一等民、二等民。そして、三等民に分かれている。 


 その前時代的な身分制度によって国際社会から孤立している。旧東側諸国とは国交もあり、一応は友好国だが、どの国もあまり近づきたくないのが本音のようだ。

 迷惑な日本を手懐けたり、けしかけたりすることで、西側諸国との外交カードとして利用しているだけだ。

 

 それでも、国として成立しているのは経済が比較的安定しているからだろう。人口は多いので内需でなんとかなっている。技術レベルが高いので中国やロシア、中東、アフリカにかなりの工業製品を輸出している。

 

 ただ、近年激化している三等民のテロによって、経済活動が鈍化している。二等民が一番煽りを受けているが、今のところ民主化につながる動きはない。


 黙って耐える国民性は俺のいた日本と同じだな

 

 一等民は大都市に居住している。


 沖縄と四国は地図にない。アメリカ領となっている。

 

 ニュースや天気予報を見る限りでは主だった都市は、


 札幌、水戸、福島、金沢、和歌山、京都、大阪、姫路、松江、鹿児島


 といったところか。 

 

 それらの都市の周辺に二等民が暮らし、貴族、華族、一等民の優雅な生活を支えている。

 

 さらに、フェンスで区切られた外に三等民の暮らす広大土地。


 ここにある資料では三等民のことは何もわからない。生活教育文化はどうなっているのか。退院したら境界のマーケットに行ってみることにしよう。



 帝は京都。貴族は東京、華族は各都市に居住している。


 帝が政治的に関わってくることはほとんどない。文化の中心は京都で、帝はその文化の維持に心血を注いでいる。


 俺のいた日本の省庁のようなものが各委員会でトップの委員長に各貴族の一人がつく。

 

 華族は委員会や各都市の首長、そして家の長は華族院としての役割を担っている。


 貴族、華族ともに、家から行政に出向させる人間は相当数必要になる。

 

 側室が認められている理由がそれだ。一等民は二等民を側室におき、華族は一等民から、貴族はあらゆる階層から側室を選ぶ。


 おそらく、あらゆる面で貴族華族は治外法権なのだろう。子供の数なんて世間に公表していなのではなく、できないのだ。


 そして、この国の舵取りをする最高権力機関が10の貴族の長からなる十家会議だ。


 どうやら、この俺がそのひとつに収まる事になるらしい。個人の意思や能力などは全く関係ない。



 全て、生まれた家で決まる。


 まぁ俺のいた日本もそんなもんだ。 


 それでも、この国がなんとか持っているのは国営企業群のおかげだ。そして全企業のオーナーは貴族、華族だ。貴族系の10の財閥、その傘下に華族系企業が群がっている。

 

 中には貴族系財閥を売上で遥かに凌ぐ華族系企業もあるらしい。これには興味が湧く。歪な主従関係は、この目で確かめておきたい。 


 ただ、どうしようもない程の権力の集中。政治経済軍事を全て握られている。二等民から中々声が上がらないのは仕方のないことかもしれない。




 病棟周辺の物騒な連中の交代の一瞬の隙を見つけた。一分一秒ずれがない正確なシフトのおかげで15時の交代時だけ必ず10秒ほどの空白があることが分かった。


 その10秒の隙をつき、馬鹿げたガウンをツツジの中に突っ込み、一気に公園を通り抜けて一般病棟内を目指す。

 

 Yの字の形をした中層の白い病棟。二又の中央に回転ドアがいくつも並んだ入り口を通り抜けると高級ホテルを思わせるエントランス。思ったより人はいない。


 何人かが俺を見ている。ガウンは脱いだが、患者服だ。エントランなので入院患者はあまりいない。いるにはいるが他の患者のものとは色も生地も違う。ここだと少し目立ちすぎる。

 

 すぐにエレベーターホールに向かう。


 幸いなことにエレベーターを待っているのは車椅子の男が一人だけだ。


 とりあえず患者や人の集まりそうな食堂に行ってみるか


 エレベーターのドアが開く直前、中年の男女の集団が騒ぎながらやってきて、俺と車椅子の男を押し退けてエレベーターに駆け込んだ。もう、乗る余地はない。


 閉まりそうなドアを押さえる。


「おい、降りろ」

 

「は?」

「一人くらい乗れますよ」


「俺じゃない。車椅子が乗れる分だけ空けろ」


「診察の時間で急いでいるの。手をどかしなさい」

「失礼だぞ、きみ。この奥様は」


「どんな名医でも馬鹿は治せん。諦めろ」


「まぁなんて失礼な!名を名乗りなさい」


 ここで名乗ってみて、貴族に対する反応を見てみたいが騒ぎになっても困る。

ここは馬鹿の言う通りにしておくか・・・


「このお方は六蜜院様です」


 車椅子の男は俺を知っている。何者だ?


「!?そんな貴族の方が・・・」


「・・・確か今、この病院に入院されていると」 


 俺をジロジロ見て、腕に巻かれた患者名に気づいた。女がヒャッと発した後、泡を吹いて倒れた。


「ここが病院で良かったな。先に行って診てもらえ」


 エレベーターが閉まる間、全員口を開けたままだった。


 思っていた以上に俺はかなり迷惑な存在みたいだ。


「俺を知っている。あんたは貴族か、華族か?」


「とんでもございません。ただの一般市民です。委員会で事務をしている関係で、貴族の方はよく存じております」


 嘘だ。こいつは何か知っている。死んだ魚のような目と落ちついた態度。あまり近づかない方がいいタイプだ。


「騒ぎになる前に戻られた方が良いかと思いますが」


「あぁそうする」


「六蜜院様にお会いできて光栄です」


「・・・・」


 この感覚はなんだ?俺はこいつを知っている。六蜜院の記憶か・・・


 思い出そうとしても仕方ないか。俺の記憶ではない。


 次のエレベーターが来た。


「それでは会合がありますので、失礼します」


「あぁ」


 そうは言ったものの、まだ少しは猶予はあるだろう。最初で最後のチャンスだ。やはり、この目で見ておきたい。


 階段で数階登り、別のエレベータで最上階の食堂に向かう。



 食堂というよりも、ここもホテルのレストランのような意匠だ。医師や患者たちが談笑しながら丸テーブルに座っている。看護師の姿はない。ウェイターは気配を消し、ただ絶対に失態のないよう緊張感をまとって動いている。


 大きな窓には東京の街並みが広がっている。都心部のビルは俺のいた日本と同じくらいだが、趣が違う。もう少し和建築に近い。頂上部にわざわざ瓦屋根を乗せた間抜けなビルもある。 

 

 天井に吊るされたいくつもの大型モニターでニュースが流れていた。ちょうど俺が巻き込まれたらしいテロの続報だ。


 俺に気づいた警備員らしき男が無線で連絡している。数名の医師が俺を見ながら耳元で何か囁き合っている。もう病院側の人間に知られ始めている。このニュースが終わったら戻るか。

 

 「六蜜院家当主、大日本帝国海軍提督から総務委員長、財務委員長を歴任された後に六様になられた六蜜院貞雄卿が25日に帝都大学附属上級病院で崩御されていたことを先ほど十家会議が発表しました。75歳でした」


 俺の父親らしいが、知らん爺さんだ。気の毒だが、なんの感情も湧いてこない

 

「20日正午、ご子息であらせらる杜雄様がロシアからご帰国された際、空港にお迎えにみえられた六様は、そこで空港爆破テロに遭遇されました。大日本帝国史上初めて貴族の方がテロの被害に遭われました」

 

「犯行声明はまだ出ていませんが、国家安全委員会の見解では、昨年から続く貴族華族を狙った連続爆破テロと見て間違いないとのことです。次期、六様になられる予定のご子息、杜雄様を狙ったのではないかと思われます」

 

 俺を狙った?ますます訳がわからん


「尚、ご子息の杜雄様は意識不明の重体となっておりましたが、今は順調に回復されているとのことです。え〜では、長年そのお姿を拝見したことがないことで有名でした杜雄様ですが、空港に降り立たれた時の映像を我が社が独自で入手いたしました。独占スクープです」


 死傷者が出ているニュースで、この感じは違和感がある。

 

 とにかく、この世界の俺がどんな人間だったのか知る機会だ


 俺が飛行機のタラップから降りてくる。ド派手な白い学ランのような軍服を着ている。腰にはサーベル。父親らしい爺さんに敬礼をしている。


 どっからどう見てもバカ丸出した。この世界の俺は恥知らずらしい。

 

 爺さんが大きく手を広げ、抱擁しようと待ち構える。


 マジか?頼むから、それだけはやめてくれ。 

 

 俺は爺さんを無視して、ひとり歩き始める。周りの人間が慌てて後を追ってくる。安心した。度し難い恥知らずではないようだ。画面は俺の顔のアップで静止した。


「いかがですか国民の皆さん!あの六蜜家ご出身で、このご尊顔!これからのご動向に注目です」


 こいつらは大丈夫か?この後死傷者のでるテロが起きているんだぞ。いや、考えてみれば、メディアのレベルはいい勝負か。こんなもんだった気もする。

 

 用は済んだ。とっとと引きあげたいのが、さっきから俺の腰の辺りを引っ張る奴がいる。




 しまった。ニュースに気を取られていた。キャスターのあまりにものバカっぷりに注意を怠った。六蜜院に近づく子供に気づかなかった

 

 女の子が六蜜院の服を引っ張っている。親は?いや、そんな余裕はない。すぐに女の子を引き離さなければ。


 不敬罪は銃殺だ。

  

 六蜜院が屈んで、女の子に何か語りかける


 ・・・え?抱きかかえた?知り合い?この子も貴族か?いや、ここは一般病棟だ。そんなはずはない。


 ここにいる者が全員気づき始めた。六蜜院の周りから人が離れている。



「何か御用ですか?お嬢さん」


「お兄ちゃん、イケメンね。私が大きくなったら結婚してあげようか」


「光栄だな。でも、残念ながら、その頃には俺は爺さんだな」

  

 前から顔面蒼白の海子が近づいてくる。 


「失礼いたしました」


「なんでお前が謝るんだ?」


「杜雄様、そろそろ病棟に」


「あっママだ!」


「・・・あの人か?」


「そう。降ろして」


「何を仰います。私がお連れしますよ」 


「お身体に差し障ります。あの私が」


「大丈夫だ。これもリハビリだ」



 六蜜院が女の子を母親の元まで連れて行く。母親は直立不動で待っている。顔が強張っている。何が起こっている?いや、この場にいる人間が一体何が今起こっているのか理解できていない。

 

・・・あの母親はどこかで見たことがある。


「あの・・・娘が大変失礼・・致しました。申し訳ございません」


「どっかで会った気がしたのはそういうことか。大きくなったな」


「あの一体・・」


「いや、申し訳ない。知り合いに似てるんだ。お嬢さんとあなた」


「私たち?ですか」


「昔、世話になった人と娘さんに」


「左様でございますか・・・申し遅れました。私、黒部重工代表取締役、黒部徳則の妻、黒部美鶴と申します。この度は心よりお悔やみ申し上げます」



 そうだ。黒部重工の黒部美鶴だ。長期療養中の徳則氏に代わって実質会社を取り仕切っていると噂される女傑だ。

 

 黒部工業は、確か一錠斎財閥傘下。六蜜院と関係は良くない。


 六蜜院は日本最大の軍事企業の実質No. 1だと分かって?あえて一錠斎側の人間を?


 いや、娘が近づいたのは偶然だ。それに記憶喪失も詐称だと考えにくい。


 あの女の子は勝手に貴族の服を引っ張ったのだ。詐称なら、何かしらの反応をするはずだ。私たちに対する接し方で分かる。完全に貴族としての振る舞いが抜け落ちている。


 

 六蜜院が女の子の頭を撫でている。


「じゃあな、タマキ」


「病室に戻るよ。俺がいると迷惑みたいだしな」


「それがよろしいかと思います。リハビリ室は向こうにもありますので」




「もうタマキ、心臓が飛び出るかと思ったわよ。いい?ちゃんと聞いて。真面目な話よ。貴族の方には、こちらから話しかけてはいけないの」  


「でも、お兄ちゃんはいい人だったよ。カッコいいし」


「あの方は・・・特別なのよ。他の貴族、華族の方も同じだと思ってはダメよ。・・・ところで、いつ自己紹介したの?」


「してないよ」


「そうなの?」


 タマキが掛けているポシェットに小さく名前を書いてあるのを思い出した。


「これをご覧になったのね。六蜜院様に名前呼んでもらえたね」


 今まで、何人も貴族、華族に会ってきた。はっきり言って別世界の人間だ。お世辞にも良い人達とは言えない。

 

 初めてまともな貴族に会った。ただ、あの見た目だけは残念だ。。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ