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パワハラ課長パワハラ田

「そこには忘れてしまった何かがあるかもしれませんってどういう意味だ?」


「あの・・・昔にしかなかった・・何か?みたいな?・・・です」


「そもそも忘れてんだよな。忘れてるんだったら何があるかも分からないだろ」


「ですから、あるかもしれません、と」


 ・・・はじまった


 会議室に集まった社員達が虚空を見つめたり、手の甲を見たりと今から始まる残酷ショーに備えている。

 

 生贄になった社員は第一課の三木さんだ。

 

 今日は「コノエ電機」企画開発部第一課、第二課、営業部合同で新しい商品企画のプレゼンをする日。

 社員同士で新商品を協議する。企画を実現させるための最初の関門だ。開発チームの代表者は商品の説明だけではなく、購買層の分析から宣伝広告のイメージも提案する。

 

 日頃から自信に溢れている三木さんの顔から血の気が引いていく。彼が提案したレトロな掃除機の広告「きっとそこには忘れていた何かがあるかもしれません」のコピーに第二課課長から手が上がった。

 

「あの・・ですから、この掃除機を使うことで、忘れていた何かを思い出すかもしれないと」


「吸い取ったゴミの中から出てくるのか?そんなテクノロジーがあるのか」


「そうではなくて、懐かしさみたいな、ですが、ないかもしれませんが、あるかもしれませんと言うことを思い出させてくれるかもしれませんと」

 

 全員の頭の上に「?」が浮かぶ


「自分で言っている意味わかってるのか?」


「あの・・・すいません。取り下げます」


「ちょっと待て。意味があるから最後に、この呪文みたいなものを唱えたんだろ。その意味を教えくれと俺は言っているんだが。ここにいる誰かを呪い殺そうとでもしてるのか」

 

 たまらず営業部長の黒田女史が助け舟を出す。 


「いいじゃないですか、そんな細かいこと。よく使われているフレーズじゃない。最後に適当につけただけでしょ。今はこのレトロ家電について協議しましょう」

 

 黒田女史の一言で三木さんも他の社員も困ったような笑みを浮かべる。

 

 1人だけ変なクレームをつける人がいて困ったな、みたいな空気が会議室を包み込む。

 

 企画開発部第二課には、課長である先輩と部下の僕だけ。たった2人だけの課なので、第一課と営業部勢揃いの中では完全にアウェーである。

 

 それでも先輩の表情は一切変わらない。


 この人に場の空気なんて通用するわけないじゃないか。


 なんで毎回そんな簡単なことを忘れてしまうのだろう。

  



 そう言えば、僕が先輩の下についてから、先輩が何かに驚いたり、慌てたりした姿を一度も見たことがない。

 

 2ヶ月前もそうだ。残暑が厳しい9月、法務部の和田部長がエントランスで倒れた。たまたま居合わせた人達は僕も含めてだが、何もできずオロオロするのみだった。

 そこへ、颯爽と現れた先輩は倒れた和田部長のそばに行き、ほんの少しの間だがポケットに手を突っ込んだまま、全くの無表情で部長を見下ろしていた。


 裏返って動かなくなった蝉でも見ているみたいだった。


 その後、周りに的確に指示を出し、AEDで部長を蘇生させた。

 

 救急車を送り出し後、先輩に尋ねてみた。


「なんで、あんなに冷静でいられるんですか」


「冷静?俺は考えてただけだ」


「何をですか?」


「部長の人生を考えていた。彼はこのまま死なせてやった方が幸せなのかもしれんと思ってな。道端でよく蝉が裏返ってるだろ。無理に戻してやっても、少し飛んで、また落ちる。それが気の毒でな」

 

 ・・・本当に蝉だと思っていた


 

「俺が言いたいのは、そもそも、百億年前からありそうな馬鹿丸出しの定型分を使うなってことだよ。冒頭に新しい視点でって言ったのは君だろ」


「・・はい」


「このクソフレーズだけじゃない。レトロ家電を模した商品なんて、どこにでもあるじゃないか。どうやって最先端の商品じゃなくて、このクソみたいなモノを選んでもらえるんだ?」


「0から1とは言わない。10から11を生み出せとも言わない。ただ、新しいものを生み出す努力だけは怠るな。その結果がマイナスになってもだ。バカがクソで書いたようなクソ啓発本やクソビジネス書なんか読むな。これは、お前の頭の中にあるクソを掻き集めて、クソで固めてできた大きなクソだ。それが何だか分かるか?」


「・・・わかりません」


「クソだ」


 以上、会議終了

 

 すぐに立ち上がって会議室を出る先輩の後を慌てて追う。背後から皆の鋭い視線を感じる。


 やれやれ、またあいつのせいで


 これから第一課や営業部で先輩の悪口大会が始まるのだろう。

 

 三木さんが一課長や黒田女史に「モラハラだ」と訴えている。


 第二課に戻って、三木さんのフォローをしておく。

 なんで僕が?と思うけど、何となくそれも自分の仕事かなと思っている。

 先輩にも少しは他の社員の人達と仲良くして欲しい。


「アンポンタン電機は幼稚園でも始めたのか」


「あれでも友達には優しいんですよ」


「お前の頭は8ビットか」


「初期のファミコンじゃないですか」


「訂正する。2ビットだ。ファミコンに失礼だ」

 

 もう誰のフォローもしないと誓う


「いいか、よく考えろよ。誰もが友達には優しいに決まってるだろ。だってそうだろ?友達なんだから。ヤクザだって犯罪者だって友達には優しいに決まっている。要は、他人にどう接するかが問題だろ」


 先輩の口から他人にどう接するか?


「先輩は他人にどう接しているんですか?」


「他人とクソは違う」


「・・・先輩には友達いるんですか」


「当たり前だろ。今は思い出せないけどな」


「・・・」


 世間一般の物差しで測れば、先輩は超人的に仕事ができる。その上、超絶イケメンだ。

 

 長身で細身の体躯は何を着ても似合うはずだが、いつもヨレたスーツに皺だらけのシャツ。ネクタイもいつも同じで色があせている。それでも先輩が着るとハリウッドスターが演じる探偵みたいに良い意味で気だるい感じが出て、それはそれで目を惹く。

 

 すれ違う海外の観光客が何度も振り返って先輩を目で追うことはよくあることだ。


 世界に自慢したいジャパニーズビジネスマン


 男女問わず新入社員や初めてこの会社に来た人達はほとんど皆、先輩に見惚れてしまう。

 

 ただし、それは先輩と会話するまでだ。会話した時点で容姿のことは全て吹き飛んでしまう。 

 

 二人称は「クソ」、世の中全ての事象も「クソ」、そして「クソ」を完膚なきまで叩き落とす。


「クソはクソだろ。同じクソなら差別はしない。どいつもこいつも仕事をしないクソだ。クソは平等にクソだ。そこに差別は存在しない」


「いつまで待たせるんだ。お前の仕事よりも氷河が溶けてなくなる方が早い」


「一日中くだらないこと考えてて自分が嫌にならないのか?」 


 


 コノエ電機企画開発部第二課課長「原田杜雄」



 ついた渾名は「パワハラ田モラハラ雄」


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